第十三章 僕はそれをいろんな人から教わった
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耳鳴りのようなブーンという音と、かすかな振動。何かを読み上げている声が聞こえる。発射シークエンス? 聞き覚えのある声だ。これは、シル? 僕はライブラリにいたんだっけ?
僕が目を開けると、天井は何かの装置で埋め尽くされていた。
違う。
ヨミ!
僕は跳ね起きた。力が入らない。簡易ベッドのようなものに寝かされている。
少し離れた場所では、ファントムたちが機械を操作していた。操作盤の前はガラスの窓だ。シルがいて、何かを報告している。
ここはもしかして、シャトルの中なのか。
「気がついたか」
カウントが僕の側に来てしゃがんだ。
「まだ動かないほうがいい。それにもうすぐ発進する」
それでも起き上がろうとする僕の肩をカウントはぐっと押さえつけた。
「もう遅い」
シルと操縦席のファントムたちの声が聞こえる。
「システムオールグリーン。進路クリア。ジャイロトロン出力九十八パーセントで安定」
「ガイダンスを機内へ。秒読み開始」
「十、九、八――」
「マイクロ波照射シークエンススタート」
「――五、四、三――」
僕は思わず叫んだ。
「カウント、待って!」
「ゼロ。照射」
「リフト・オフ」
床が何か大きな力で突き上げられたような鈍い衝撃のあと、シャトルは飛び立った。
以前、シルからシャトルと宇宙ステーションのことは教えてもらっていた。大規模燃料電池の電力を使ったマイクロ波でシャトルは打ち上げられる。
お椀を伏せた形のシャトル下部に照射された高出力のマイクロ波パルスビームが高温のプラズマを発生させて、急激に膨張した空気が機体をぐんぐんと上空に押し上げていく。
窓から見える大気の色がどんどん薄くなっていく。外の景色の角度が変わった。
体がふわふわと浮かびはじめた。これが無重力状態か。機内にはあちこちに手すりのようなものが付いている。ようやく体に力が戻り始めてきた。僕は手すりにつかまった。
「第一宇宙速度に到達。周回軌道に乗りました」
シルの報告を受けて、カウントが女性のファントムに告げる。
「イルザ、ランデブーは任せた」
「了解。でもほとんどシルがやってくれるんだけどね」
カウントが僕の側に来た。
「あれが火星の姿だよ」
窓の外、僕の右斜め上に、火星の姿が部分的に見えていた。赤茶けた大地と、それに似た色の海、陸地にはまばらな緑がちりばめられている。確かに地球みたいに美しくはない。でも、初めて見る今の火星の姿は、なぜか僕を懐かしい気持ちにさせた。
「ビーコンキャッチ。相対速度コンマゼロ五」
操縦席のイルザが告げる。やがて反対側の窓から彼らの宇宙ステーションの姿が見えた。どんどん近づいていく。
「コンマゼロゼロ三。速度同調。シル、スラスター作動」
「了解。ドッキングします」
ゴン、という音と振動が伝わった。
「ドッキング完了。シル、チェックをお願い」
こうしてシャトルはあっという間に宇宙ステーションにドッキングした。無重力状態に慣れていない僕の体を支えて、カウントはゆっくりと僕を導いた。
西部地区の低軌道ステーション、『ノード・ワン』へ。
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