096

 僕は途中から相手がファントムだということも忘れて、話に聞き入った。目の前の写真がどんどん変わっていく。発電所の破壊からしばらく経った周辺地域の写真だった。誰もいない、廃墟のような街並み。高濃度の有害物質に汚染された海にぎっしりと浮かんでいる膨大な数の魚の死骸。たくさんの動物の死体。

「死の世界だ」

 僕のつぶやきにカウントはうなずいて、もう冷めてしまっているコーヒーをすすった。

 わずか数年間で、それらの発電所は全て破壊されてしまった。でも、本当の災厄はそれからだった。汚染された発電所の周辺地域は住めなくなり、今度は安全な土地を巡る争いが発生した。発電所があったのは豊かな国々だったから、彼らは安全な土地を求めて貧しい国々に殺到した。それは永い永い争いだった。毎日のように国境が変わり、地図は意味をなさなくなった。

「攻撃を始めた国の人たちはそうなることを予想できなかったの」

 カウントは僕の疑問に首を振った。

「恐らく彼らはとりあえず主導権を奪うことしか考えてなかったんだ。それに、有害物質に対する知識も不足していた。もっと短期的で局所的な効果を期待したんだろう。もっとも、豊かな国でも正確な知識を持っていた人間は少なかったみたいだけどね。確かに豊かな国々の機能は停止した。でも、そこから地球規模の泥沼の争いが始まって、人口はどんどん減少していったんだ」

 地球の人口推移のグラフは未だに減少が続いている。

「発電所の破壊があったのはもう何百年も前だよね。それなのに、まだ人口は減っている。もうその有害物質の影響はなくなっているんじゃないの」

「物質の種類によって大きな差がある。数年で影響がなくなるものものあれば、最も長いもので何十億年も影響が残るものもある」

「何十億年! それじゃあ石油ができてしまう」

「まあ確かにそのとおりだね。有害物質の影響で死産や幼児の死亡率は相変わらず高い。でも人口の減少はただ単にそれだけじゃないんだ。どうやら地球人(テラン)は種としての衰退期に直面しているらしい」

 また新しいグラフが出現した。今度も人口同様右肩下がりだ。

「地球人(テラン)が新しく開発した技術や製品の推移だ。経済活動自体はここしばらくは比較的安定している。でも、新しい技術開発力が著しく低下しているんだ。もう彼らには新しいものを生み出す力が無い。あの災厄があったからなのか、もともとそういうタイミングだったのかは分からないけどね。ところで、お腹空かない?」

 僕は首を振った。とてもじゃないけど何かを食べたいと思うような心境じゃない。たとえそれが地球のことであっても、こんなひどい話を聞くとやり切れなくなってしまう。

 カウントはシルに命じて、ここの常備食を出してもらって食べ始めた。相変わらず不味そうだ。僕の視線に気付いて、カウントがいった。

「私も不味いと思うよ。火星のいいところは食べ物がおいしいことだね。それで、ここまでで何か訊きたいことはあるかな」

 疑問はたくさんあった。頭にいろんなことが渦巻いている。まず最初に疑問に思ったことを訊いてみた。

「僕が電気を見たのはメタンを改質した水素と酸素を燃料にした発電機で作ったものだった。MAの動力も同じはずだ。僕はシルからその仕組みを教わった。水素は爆発するから取り扱いに注意しなければならないけど、有害なものじゃないよね」

「君はなかなか鋭いね。確かに、安全なエネルギー資源はある。地球にも火星と同じくメタンハイドレートはある。太陽や風の力を電気に変える方法もあるんだ。でも、どれもコストがかかりすぎてたくさんの人の需要を賄うには適さないと判断された。それに、様々な利権がからんでいたしね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る