089

 翌日、目が覚めてから僕はいろんなものを破壊した。

 まず、テーブルに置いてあったグラスを割った。ベッドから起き上がろうとして、ヘッドボードを壊した。ドアを開けようとしてノブを壊した。とにかく、手で握るものをことごとく壊してしまった。

 金属製の食器はさすがに壊れなかったけど、ちょっと力を入れるとナイフとフォークが簡単に曲がってしまいそうだった。

 恐る恐る食事をしている僕の様子を、同じテーブルのTB、ヨミ、サキ、バーニィが見ている。

 バーニィがTBにたずねた。

「TB、後天的な『先祖返り』がその体に慣れるまでどれくらいかかると思う」

 TBはちょっと考えてから、指を一本立てた。

「一ヶ月か……」

 TBが首を振る。

「まさか、一年……」

 バーニィの言葉にTBがうなずいた。

「まあ、たまにお前も物を壊してるからな。いきなりTB化したレンに普通の生活は無理か」

 僕は自分の手をじっと見つめた。TBほどじゃないけど、一晩でかなり筋肉がついている気がする。さすがに身長が突然伸びることはなかったけど、体がどんどん大きくなりたがっているような感じがした。

 腕を組んで考え込んでいるバーニィの肩をTBがとんとん、とつついた。

 TBはあごの下に手をやって、何かのジェスチャーをしている。バーニィが首をかしげる。

「ニキ、もしかして、ラオスーのことをいってるの?」

 TBのしぐさを見ていたサキがいった。

 TBがこくこくとうなずく。

 バーニィがはっと顔を上げた。

「ラオスーって、ワイルド・グース・チェイスのことか」

 ふたたび、TBがこくこくとうなずいている。

「なるほどな……」

「チェイス・リーか。奴は苦手だ」

 顔をしかめるヨミに、サキがたしなめるようにいった。

「あんたが礼儀知らずだからでしょ」

「いったい何者なの」

 僕の問いにバーニィが答える。

「ドクがTBを預けた人物だ。TBはファントムに引き渡さなくてもよくなったが、ドクから離れることが条件だった。そのときドクがTBを預けたのが、ワイルド・グース・チェイス。チェイス・リーという人物だ」

 サキがそのあとを続けた。

「私たちは老師(ラオスー)と呼んでいるわ。もともとは東部地区に住む一族だったの。今はアナサインド・テリトリーに住んでる。ちなみにレン、MAと一緒に墜落した君を助けたのは彼よ」

「じゃあ、ファントムを殺したっていうのは……」

 サキがうなずく。

「確かにいい考えだわ。彼ならなんとかしてくれるかもしれない。それに、レンを助けてくれたお礼をいいにいかなきゃと思っていたの」

 火星の人間なのにファントムを殺せる人か。いったいどんな人なんだろう。それにしても――。

「なんとかしてくれるって、どういうこと?」

「彼は人間の体のことに精通しているの。だからTB化した体をうまくコントロールするすべを教えてくれるかもしれない」

「その人は医者なの」

「いいえ。彼はクンフーという体術のマスターよ」

 そうか。TBの格闘技はその人から教わったのか。TBが僕を見てうなずいた。TBを育てた人なら確かになんとかしてくれそうだ。

「よし、そうと決まれば、さっそく出発しよう。レン、しばらくチェイスのところに預かってもらえ」

 腰を上げかけるバーニィにヨミが声をかけた。

「アリソン、今カ――いや、マーシュをひとりにして大丈夫なのか。それにまだ作戦も決まっていないんだぞ」

「今の状態のレンがいても何もできないさ。チェイスのところなら大丈夫だ。なんせファントムに対抗できる唯一の人間だからな」

 まだ納得できないような顔をしているヨミに向けてバーニィが苦笑を浮かべた。

「まあ、少しでも離れたくないって気持ちは分かるが、がまんしてくれ、お嬢ちゃん。こいつのためだ」

「な! わ、私は別にそういう意味でいったのではだな――」

 あわてふためくヨミを無視して、バーニィは僕に片目をつぶった。

「そういうわけだから、レン。お嬢ちゃんのために、早く帰ってきてやれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る