084

 翌朝、一階の酒場を貸しきって僕たちはドクター・マチュアを囲んでテーブルについていた。

「テランの目的は、『先祖返り』、すなわちTBを出来るだけ多く回収することだ」

 ドクター・マチュアは口ひげを蓄えた紳士で、信頼できそうな人物だった。

「TBが出現し始めたのが今から約百年前、すでに数百人が地球に送られている」

『先祖返り』がそんなにいたなんて。

「一定規模のTBを地球に送ること。それが地球人(テラン)の目的だ。だから、火星の人口を減らす計画はかなり前から持ち上がっていた」

「それで、あんたたちコーディネーターはどうするつもりだ」

 バーニィが腕を組んだ。

「決定に従う」

「従うって、みすみす殺されるってこと?」

 僕は思わずたずねた。

「コーディネーターの本当の役割は火星の人間のために地球人(テラン)と交渉することではない。私たちはE.R.P.に基づいて行動している」

「E.R.P.?」

「地球復興計画( Earth Recovery Plan) のことだ」

 僕の質問にヨミが答えた。ドクター・マチュアがうなずく。

「かつて地球を大きな災厄が襲った。それによって土地は荒れ、人口は激減した。地球の環境は大きく変化してしまったんだ。火星のテラフォーミングには限界があって、たいして地球人(テラン)たちの役には立たなかった。しかし、TBが地球の復興に役立つことが分かった。私たちコーディネーターは代々、地球復興のために命を捧げることを定められてきた。だから、私たちは彼らの決定に従うつもりだ」

 そんな……。

「じゃあ、いったい僕たちは何のために生まれてきたの? 何のために生きているの?」

「もともと地球人(テラン)は火星も地球と同じように、地球人(テラン)の住める星にしようと考えていた。どうしても環境に適応しなかったから、ドーム型の都市を築くつもりだったんだ。だが、数百年前から、火星の環境に適合した人々が出てきた。そしてその数はあっという間に増大した。それが今の私たち、彼らのいう火星人(マーシャンズ)だ」

 ヨミが、鼻を鳴らした。

「私たちは火星人(マーシャンズ)なんかじゃない。やつらと同じ人間だ」

 ドクターは悲しそうに首を振った。

「だが、地球人(テラン)はそうは考えなかった。地球人(テラン)とは別の種族が現れたと捉えたんだ。将来、地球人(テラン)にとって私たちの存在が脅威となる可能性がある。そう判断した地球人(テラン)は私たちをコントロールした。一定の文明のレベルに保ち、地球人(テラン)に対抗できないようにしたんだ。かつて地球にあった時代を再現してね。西部地区は、地球のアメリカという国の昔の姿をモデルにデザインされているそうだ」

 そこでドクターはひと息つくと、深い溜息を漏らした。

「仮にTBが出現しなかったとしても、私たちはこの星から抹消される可能性を常にはらんでいるんだよ。地球人(テラン)にとって火星人(マーシャンズ)は人間ではない。残念ながらこれが事実だ」

 バーニィがテーブルに身を乗り出した。

「それで、奴らはいつ、どうやって計画を実行に移すんだ」

「具体的な日時は分からない。ただ、一か月後に、駐留しているファントムが交代する。恐らくそのタイミングに合わせて実行するつもりだと、私はみている。方法については――」

 ドクターはいいにくそうに言葉を切って、ヨミを見た。

「恐らくドレイン・アニムスを使うつもりだ」

「なんだって」

 ヨミとサキが同時に叫んだ。

「どういうこと?」

「ヨミのあの力、触れた生物の生命力を奪う、あれをドレイン・アニムスというのよ」

 サキが説明してくれた。

「ヨミは対象に直接触れなければ能力を発動できない。西部地区全体をカバーするような強大な力を持っている者、そんな人間はこの星にひとりしかいないわ」

 ヨミがあとを続けた。

「私の母だ」

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