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「これが私たちの星系、太陽系です」

 シルの説明で、僕はいろんなことを知った。惑星は太陽の周りを公転していること。惑星は自転していて、重力が発生すること。だから惑星が球体でも人は宇宙に落ちていかない。そして、火星の重力は地球の三分の一しかないこと。

「既にあなたたちは火星の重力に適合した体になっています。だから地球人(テラン)はあなたたちからすれば、高い身体能力を持っているように見えるんです。高くジャンプできるし、力も強い。さすがに彼らも惑星の重力を変えることまではできなかった。今でも稀に地球人(テラン)と同じ体を持った子供が生まれることがありますけど」

「『先祖返り』だね」

「そうです。ほかにも火星と地球の環境が大きく違っている点があります」

「火星には地球人(テラン)にとって有害な物質が降り注いでいるんだよね」

「その通りです。あなたはなかなか優秀な生徒ですね」

 確か、バーニィがいってたな。なんだっけ。

「地磁気っていうのが火星には無いんだよね」

「ええ。地球の中にはマントル対流といって、高温の地殻が渦巻いています。それが磁気を発生させて有害物質を防いでいるんですよ」

「でも火星にはそれがない?」

「火星の内部は冷え切っていますから。テラフォーミングで地表の環境は変えられても、惑星の内部を変えることはできないのです」

 僕はずっと疑問だったことを訊いてみた。

「地球人(テラン)はそのままでは火星で生きていけない。なのにどうしてこの星に移り住もうとしたの」

「理由はいくつかあります。人間というものは新天地を目指して外へ出て行こうとする性質を持っています。大昔は地球上の未知の土地へ。やがて地球からほかの惑星へ。火星の探査も最初はそうやって始まりました」

「それは人間の遺伝子というもののせい?」

「遺伝子というより、ミームでしょうね。それもまた今度説明しましょう。もうひとつは人間が増えすぎたからということ。そのままでは地球の資源が枯渇してしまうほど、人間が増えていきました。さらに貧富の差が増大して、貧しいものが生きていくのが難しくなっていきました。増えすぎた人口の新しい受け皿として。火星のテラフォーミングはそうやって始まりました。でも、一番大きな理由は、全地球規模で大きな災厄が発生したからです」

「災厄って――」

「申し訳ありません。これ以上その情報に私はアクセスできないんです。この施設はスタンドアローンですけどプロテクトがかかっています。『アーム』の方がここをファントムから奪いましたが、そのプロテクトは解除できませんでした。ですからこれ以上お話しすることはできないんです」

 前にヨミから聞いた話とそれほど違わなかった。結局真相はファントムに訊くしかないのか。すんなりと教えてくれるとは思えないけど。

 それからシルは地球の歴史について教えてくれた。僕の目の前の空間に、昔の地球の映像が流れ出した。それはほとんど戦争の歴史といってよかった。常に地球上のどこかで争いが起こっていた。延々とその繰り返しだ。時代を経るごとにその規模はどんどん大きくなっていった。恐ろしい兵器によって、たくさんの人が死んでいく。僕はだんだん気分が悪くなってきた。

「どうして地球人(テラン)は戦争を繰り返してきたんだろう」

 シルはちょっと悲しそうな顔をした。

「残念ながら、私には答えられません。たぶん、誰にも答えられないでしょうね。レン、疲れたでしょう。今日はこれぐらいにしましょうか」

 いわれてみたら、もう何時間も経っている。いつの間にか陽が暮れかけていた。僕はベッドのある部屋に案内された。そこも真っ白な部屋だった。食事はライブラリで作られているものが出てきた。いくつかに区切られたトレーにペースト状のものが乗っている。栄養はあるんだろうけど味気なかった。サキのジャガイモが恋しくなった。

 思っていたよりも疲れていたみたいだ。ベッドに横になると、僕はあっという間に眠りに落ちていった。

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