第六章 奴らのやり方が正しいとは思えねぇ
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TB――ニキータ・ヴェレチェンニコフは今から三十年前に東部地区で生まれた。僕が思っていたよりもTBは年が上だった。やっぱり女の人の年齢はよく分からない。
『先祖返り』は一般的に広く知られているわけじゃない。だから、『先祖返り』を生んだ親たちの多くは戸惑うことになる。普通の赤ん坊にはない力を持った子供を気味悪がる親たちもいた。バーニィによると、コーディネーターたちは『先祖返り』が生まれたら、治療の名目で引き取っているそうだ。コーディネーターたちの多くが医者なのはそのためでもある。彼らは独自のネットワークを持っていた。
でも、TBの場合はなぜかコーディネーターに情報が伝わらなかった。コーディネーターも火星の全領域をカバーできていないらしい。TBの親たちも、普通の赤ん坊ではないことに戸惑ったのだろう。物心がつく頃、TBは里子に出された。でも、普通の子供の何倍もの力を持っている彼女の扱いは難しかった。TBはいろんな場所を転々とすることになる。
「ニキはその頃のことをあまり話したがらなかったからよくは分からないんだが、ずいぶんとひどい目にあったみたいだ」
僕たちはあれからセルゲイ団長のテントで彼の話を聞いていた。
「実際、私がニキと会ったときもひどい扱いを受けていた。私はその日、妻を連れて一座で使う動物を見に、獣の売り買いをしている商人のところに行った。ニキはそこにいた。この子は獣たちと同じような檻に入れられていたんだ。鎖のついた首輪で繋がれて、服はぼろぼろだった。本当に獣に育てられた子供のように見えたよ」
つらい思い出のはずなのに、じっと団長の話に耳を傾けているTBの表情はなぜか穏やかだった。
「私が『人間の子供じゃないか』というと、商人は、『人間じゃない。怪物の子供だからこれから処分される』といった」
団長は、TBがこれまで何人もの大人に大怪我を負わせ、ようやく捕まったいきさつを聞いた。銃で撃たれても平気な怪物。怪物は怪物に任せよう。TBは、檻ごとファントムが出没するといわれている森に置き去りにされることになっていた。
「でも、私にはすぐに分かったよ。この子は怪物なんかじゃない。ニキの目を見れば分かる。妻も同じことを感じたらしい。ニキの檻の前にしゃがみ込むとこういったんだ」
私たちといっしょに来る?
団長の奥さんがそういうと、TBはこくりとうなずいた。
団長夫婦にはTBと同じくらいの歳の娘がいた。だから余計に彼女のことを放っておけなかった。
もちろん、TBをすんなりと引き取ることは難しかった。警官(東部地区では保安官のことをそう呼ぶらしい)からTBの処分の命令が出ていた。すったもんだの挙句商人が承諾したのは、TBが首輪の鎖を引きちぎり、鉄の格子を易々と折り曲げてしまったからだ。TBは捨てられたあとでそうやって逃げるつもりだったらしい。警官にはこの檻を見せて、途中で逃げられたといえばいい。こうしてTBはボーリン一座に引き取られることになった。
当時、TBは自分の年齢が分からなかった。団長がTBの過去を無理やり聞き出して、恐らく六歳ぐらいだろうと推定した。
TBはみるみるうちに一座に欠かせない存在になっていった。すぐにほとんどの芸をマスターしてしまったからだ。綱渡りや空中ブランコ、ナイフ投げといった危険な技を易々とこなした。普通は習得に十年以上かかるそうだ。特に、ナイフ投げは団長が自ら教え込んだ。それは彼が代々受け継いできた技だった。そして、過去何代にも渡って伝わっている伝統のナイフをTBに与えた。
TBが八歳の頃、彼女はすでに一座の花形スターになっていた。
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