特別な血 7

男はクククと気味悪く笑いながら、集まってきた警官達に目を向ける。


「人質? 違うな。コレは……」


 瞬間、男が私を抱えたかと思うと、その体が宙を舞った。


「俺のモノだ!」


 昼間と同じだ。私を抱えているというのに信じられない身軽さと腕力で、次々と警察を薙ぎ払っていく。この力が私の血によるものだなんて、とても信じられない。

 だけど警察もワンパターンではない。私達の足元に何かが投げ込まれた。


「催涙弾か?」


 足元に転がった球体の物体から白い煙が噴き出した。煙を吸った人の目と鼻に激痛が走るという催涙弾、もちろん見るのは初めてだ。だけど私がそれを認識した刹那、男はまたも跳躍した。


 抱えられている私はよくわからなかったけど、男は一回の跳躍で催涙ガスの範囲から逃げたらしい。

もちろん普通ならそんなこと出来ないけど、風向きも考えれば今のコイツには難しいことではない。

 暴れる男に抱えられながらも、私はなぜかひどく冷静で、まるで今自分が見ているものが、テレビに映された遠くで起きている出来事のようにも思えてしまう。

 人海戦術で迫る警察を力で振り払う男。警察がいくら頑張っても無駄だと言うことが理解できてしまい、もはや恐怖すら感じられない。

 冷めた頭のまま、これでは昼間の再現をしているだけだと無意味に分析をしてしまう。


(そう言えば昼間は、なぜか基山がいたっけ)

 さすがに今回はいるはずがないと、そう思っていた。思っていたのだけれど――


「基山?」


 そこに基山はいた。

多くの警官が蠢うごめく中でも私服姿の基山はとても目立ち、男を囲む警官の間をかいくぐってこっちに向かって走りながら手を振り上げている。あの手に持っている物は――ビン?


 瞬く間に基山は駆けてくる。しかし男もそんな基山に気が付いたようだ。振り上げていた基山の手を瞬時に掴み、力を入れて圧迫する。


「―――ッ!」


 基山の声が漏れ、持っていたビンが落ちる。だけど基山はそのままでは終わらなかった。

 男も予想外だったのだろう。基山は腕を掴まれているのを逆手にとり、そのまま後ろに飛び、地面に向かって勢いよく倒れ込んだ。


「―――ッ?」


基山の手を掴んでいた男は一瞬の出来事に手を放すのを忘れ、そのまま基山に覆いかぶさるように倒れる。そして抱えられていた私は――


「キャッ」


 尻餅をついていた。不意を突かれた男が私から手を放し、ようやく解放されたのだ。


「基山!」


 急いで目を向けると、そこにあったのは地面に倒れながらも私を取り戻そうと手を伸ばす男。そしてその邪魔をしようと、必死に男にしがみつく基山の姿だった。


「邪魔をするな!」


 男が基山を殴り、顔に痛々しい傷が出来る。それでも基山は手を放そうとしない。私は逃げることを忘れその様子を見ていると、不意に基山が叫んだ。


「水城さんッ、ビン!」


――ビン?見ると足元に先ほど基山の手からこぼれたビンが落ちていた。私はそれを拾い上げる。


「それの中身を、こいつに!」


基山が何をしようとしているかはわからなかったけど、私は言われるがままビンの蓋を開けた。暗くてよくわからないけど、中にはなにやら液体が入っている。これをかけろってこと?


「何をしている!」


男がこちらに手を伸ばす。それを基山が必死に止める。私は無我夢中でビンの中の液体を男の顔めがけてかけた。


「―――ん?ヴァァァァァアアア!」


とたんに男が顔を抑え苦しみ始めた。それも半端な苦しみ方ではない。

あっけに取られる私の手を男から離れた基山がとる。


「こっちへ」

「えっ?」


基山に手を引かれた私は、言われるがまま走った。男の周りを再び警官が取り囲む。

パトカーの後ろまで逃げてきたけど、基山はなおも走るのをやめない。


「もっと遠くへ。あいつからできるだけ離れるんだ!」


 基山はそう言って、私を連れて走り続ける。もちろん私だって同意見だ。

夢中で走って行く中、すぐ後ろに感じていたパトカーのライトや争う音が、次第に遠くなっていくのを感じた。

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