基山side

同級生の吸血鬼くん 9

 まどろみの中、思い出されるのは父の言葉。幼い頃自宅のソファーに座っている僕の横に腰かけた父はこんな言葉を僕にくれた。


『太陽、お前は誰かが苦しんでいる時には支えてやれるだけの強い力と、悲しんでいる時にはそれを癒せるだけの優しい心を持たなければいけない』


 父はそう言ったけど、僕はそんな風になれる自信がなかった。そんな不安な気持ちを口にすると、父は諭すように言葉を続けた。


『お前は吸血鬼だ。それは人より優れているというわけではないが、優れた力は確かに持っている。それを受け入れなさい。そうすればおのずと強くなれる』


 父の言葉に、僕はコクンと頷く。


『優しい心を手に入れるのは簡単なことじゃない。だけど太陽が大きくなった時、か弱い女性や幼い子供が困っているのを見たら声をかけてあげなさい。視野を広げ、心を通わせて行けば気がつけば優しさは育っていくものだ』


 頭を撫でる、大きな手。

 幼かった僕はまだよくわからなかったけど、それがとても大切なことだという事だけは分かった。


『いいか、人がやりたがらないことでも率先してやる。弱きは助ける。特に女性には優しく、嫌な事も率先してやりなさい。父さんもそれを続けていくから』


 そう言って父さんは、母さんから頼まれていたゴミ出しとお使いに出かけて行った。とたんにさっきの父の言葉は、母の尻に敷かれている事への言い訳のような気がしてくる。そんな父の背中を見ながら、僕は生きてきた。


 吸血鬼といっても、僕が実際に誰かの血を吸った事は、生まれてから数えるほどしかない。そしてその相手は、常に母さんだった。


 母さんは人間だったけど、いずれ僕が吸血鬼としての力が必要になった時に困らないようにと、吸血の方法を教えてくれた。

 血を吸うのは手段にすぎない。相手に恐怖を与えてはいけない。いつもそう言いながら、母さんは僕に血を与えてくれた。

 血を吸った直後は、自分の中にあふれる魔力に少し戸惑ったけど、血をくれた相手に感謝し、手にした力は誰かのために使いなさいという母の言葉が、僕の心を穏やかにさせた。


 けれど、僕は最近少し不安だ。本当に力が必要になった時、誰かが僕に血を与えてくれた時、果たして僕は正しい行いができるのだろうか?

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