第六十二回 汲桑は曹樽を斬って東平城を奪う
▼「東平」は『
◆襄國 ┏━━海
┏━┛
◆易陽 清河◆ ┃ 臨菑●
┃(青州)
◆邯鄲 平原◆ ┏┛ ◆済南
┏━┛
●鄴(相州) ┏━┛◇ ▲泰山
┏━┛ 碻磝城
頓丘◆ Z委粟津
┏黄河━┛ ◆東平
┏┛◆濮陽 ┌┐
━┛ ┌┘│ ● 南武陽
◆ 巨野澤└─┘兗州 ◆
白馬 瑯琊◆
詔を受けた石勒はそれを
「先に
「
▼「都尉」は『
石勒は張賓の策を容れることとし、汲桑をはじめとする諸将は襄國を発して東平に軍勢を進めた。
※
襄國より漢軍が発したとの情報は、斥候により東平に知らされた。
東平の守将は、
▼曹仁の子は
曹樽が言う。
「この東平は
曹杯は
▼「裨将」は副将の意、この場合は何深が曹杯と曹樽の副官に近い立場であったと考えればよい。
汲桑は東平に備えがあると知ると軍勢を止め、後に続く曹嶷と張雄の到着を待った。二人が到着すると、進退を定めるべく軍議を開き、その席で張雄が言う。
「東平の軍勢は一万に過ぎず、曹杯と曹樽の兄弟が州境に布陣して吾らを拒もうとしております。必ずや、城の防備は手薄になっておりましょう。曹都尉(曹嶷)と
▼「都護」は『晋書』職官志によると、「
曹嶷はその策を容れて軍勢を分かつ。孔萇と桃豹の二将が二万の軍勢とともに東平に直行し、汲桑は曹杯の陣に戦を挑む。曹樽はそれを見ると、軍勢を率いて陣を布き、汲桑が率いる漢兵に相対した。
漢将の張敬が中央に馬を立て、その左には趙染、右には張雄が並ぶ。鎧兜を着込んだ汲桑はさらにその前にあり、
▼「門神」は邪気の侵入を防ぐ神。古くは桃の枝のような魔よけを門に挿したが、唐代から後は
※
汲桑が叫んで言う。
「
▼「牧馬帥」とは、汲桑が蜀漢では
その言葉に応じて晋の陣に砲声が響き、金鼓が一斉に鳴らされる。雷鳴のような音の中で晋陣の軍旗が披いた。馬を進めた曹杯が陣頭に立ち、長鎗で張雄を指して言う。
「お前たちは胡人の中でも獣と同じく礼法を守らぬ。無闇に吾が境を侵すとは、死に場所を探しているとでも言うつもりか」
張雄が応じて言い返す。
「お前は何様であればそのような大言を吐くのか」
「吾は
▼「金枝」とは高貴な血筋を言う。
「それならば、お前は魏の宗室、今や晋は曹氏の国ではあるまい。一族の恨みを忘れて仇に仕えるとは、父祖の名を辱めることに他ならぬ。吾が身を顧みて
▼「左丘明」は、『
「小僧っ子めが妄言を抜かすな。すぐに生きながら擒としてその身を微塵に砕いてくれる。それでもお前の罪は償い切れぬぞ」
曹杯は怒って叫ぶと、長鎗を振るって漢の陣前を斬り抜ける、それに応じて張敬が馬を出そうとしたところ、すでに張雄が馬を拍って陣前に出ていた。
「叔父上がたはしばらく控えておられよ。この甥めが父祖の仇めを生きながら擒といたします」
▼「張雄」は張賓の子であり、張敬にとっては甥にあたる。この言は張敬に述べられたと解するのがよい。
曹杯は向かってくる張雄が年若いと見て意に介さない。しかし、五十合を過ぎて張雄の鎗先はいよいよ鋭く、戦意はいや増すばかり。晋漢両陣の兵士たちは喚声を挙げて軍威を張る。
※
曹樽は戦が続くのを見ると苛立ち、ついに叫んで言う。
「兄上は大将の身、このような
言うや否や、張雄を挟み撃ちにするべく馬を拍って戦場に向かった。それを見た汲桑が目を怒らせて叫ぶ。
「吾は先鋒の身でありながら、此処に留まってまだ一戦もしておらぬというのに、賊めが抜け駆けをするか」
汲桑は大斧を振るって走り出し、それを見た曹樽は馬を返して汲桑に向かう。長鎗を退いた曹樽は、駆けつける汲桑の胸を狙って鎗を突く。汲桑は体を開いてその鎗先を楽々と交わすと、大斧を振るって曹樽の馬頭を斬り落とした。
馬とともに曹樽は地に倒れ、ふたたび大斧を振りかぶった汲桑はその頭蓋を狙って振り下ろす。曹樽は避けることもならず、一斧を受けて戦場に露と落ちた。曹杯は弟が殺されたと見ると、馬頭を返して東平を指して逃げ奔る。
張敬は兵を差し招いて一斉に進み、逃げる晋兵を追い討ちに討つ。晋兵が逃げ奔ること二十里(約11.2km)を過ぎたところ、まさに日が落ちようとする。夜陰に乗じて逃れようと晋兵たちが企てるところ、一斉に砲声が挙がって三人の猛将が東平に向かう途上に姿を現した。
曹杯は陣を破って逃れようとするものの、曹嶷と夔安が大斧を振るって進むを許さない。ついに諦めて他の道に逃れ去る。漢兵たちは二軍に分かれて晋兵の後をさらに追い、五千にも及ぶ人馬を討ち取った。
曹杯は漢兵に追われて東平を捨てて逃れ去った。曹嶷が軍勢を収めたところ、曹杯は間道から
▼原文では曹杯は東平を捨てて洛陽に逃れようとしたとするが、後文では瑯琊に逃げ込んだとする。「洛陽」は「瑯琊」の誤りと見て省いた。
※
張敬が追いついたとき、孔萇がちょうど軍勢を返そうとしていた。曹嶷と夔安が曹杯を阻んで東平の城に入れず、二十里も追って軍勢を返したと聞くと、張敬はその場に軍勢を止めて張雄を呼び寄せ、軍議を開くこととした。
到着して事情を聞いた張雄が言う。
「すでにこのような事態であれば、東平の城を囲んで陥れるのが上策です。城に入れば苟晞の援軍もにわかに手を出せますまい」
ついに軍勢を四つに分けて東に向かい、東平の城に攻め寄せた。守将の何深はちょうど西門を巡検していたところ、桃豹が投げた
▼「標槍」は投げ槍の一種と考えればよい。通常の鎗とは異なり、投げつけて敵を攻撃する。
曹杯の子の
すでに一更(午後八時)にもなろうかという時刻であり、城内の民は逃げようにも隙間なく包囲されて逃げ道がない。
守兵を指揮して抵抗していた曹炳はついに私邸に逃げ戻り、張敬と張雄は兵士に消火を命じて延焼を抑える。漢軍はすべての城門とそれにつづく路の封鎖を終えた。
曹嶷はそもそも
「汲桑の野郎、先鋒の任を受けたってのに仁義を施しもしねえで、好き勝手に罪もねえ人間を殺しまくりやがった。善い死に方ができると思わねえ方がいいだろうぜ」
そう嘆息すると、曹嶷は曹杯の一族の屍を手厚く葬ったことであった。
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