第五十九回 漢軍は幽冀の王浚を攻む
この時、晋将たちは二度の勝利に慢心して漢兵を軽んじる気持ちを起こした。劉聰が堅守する洛水の陣を攻めることなく、度外に置いたのである。この間に劉聰は本拠地の
晋将たちの行いは実に、劉聰に失地挽回を許す愚行であった。
※
一方、洛陽の戦に敗れた劉曜は、
それを知った
「軍勢は多くの死傷者を出して糧秣も奪われました。しばらくは平陽に還って軍勢を練り直し、天時と人事の頃合を待って雪辱を図られればよいのです。その時、
「満を持しての洛陽攻めにあたり、二度も敗戦を喫した。何の面目があって主上に見えられようか」
諸葛宣于が傍らより言う。
「勝敗は兵家の常、一戦の勝敗に拘ってはいられません」
ついに劉曜も意を決し、西河郡には
※
平陽に着くや
「詔命を奉じて洛陽を攻め、王彌と呼延晏の恥を雪ぐべく大小十数戦して有利に戦を進めていたにも関わらず、司馬越と苟晞の軍勢に不意を襲われて大敗を喫しました。将兵の戦死する者は四、五万に上り、軍勢の鋭気は挫けて再戦を挑むに術なく、恥を忍んで帰還いたしました。陛下に顔向けできず、深く悔やんでおります」
劉曜の謝罪を受けて
「兵は危事であって必勝は期しがたい。敗戦したからといってそれがすべて罪であるわけもない。再挙に向けて勉励し、大業を図る心を失わねばよいのだ」
その後は酒宴となって将兵を慰労し、厚く賞賜が行われた。また、
※
平陽に還った王彌も地に伏して上奏する。
「臣は勅命を奉じて洛陽を攻めるにあたり、先鋒を拝して軍を進めました。図らずも
「卿は軍の首将として出兵に際して勲功多く、敗れることなど数えるほどもなかった。一敗によりこれまでの勲功が失われるはずもない。晋の国運はいまだ尽きず、
劉淵はそう言って王彌の罪を許すと、かえって
※
翌日、劉曜と王彌が諸将とともに恩を謝すると、劉淵が言う。
「
諸葛宣于が進み出て言う。
「覆轍を踏んではなりません。復仇には二年を待たれるべきです。晋の国運が退潮に入るのを待ち、全軍を挙げて洛陽に威を加えれば、労せずして陥れられましょう。そのためには、まず蚕が葉を喰らうように近隣の郡縣を奪い、糧秣を積んで兵士を募るのが先決です。そうしてこそ、洛陽を陥れられます」
一息吐くと語を継ぐ。
「先に洛陽で二敗を喫したことより推して、天が吾が大漢の兵威を抑えんとした節がございます。可能であればしばらくは出兵を慎み、将は練兵して威力を養い、その後に洛陽を目指すのが上策です。それでこそ、洛陽を陥れて中原を恢復できましょう」
劉淵は諸葛宣于の言に駁して言う。
「軍勢は一所に久しく留めるべきではない。吾が大漢の軍勢は盛んであり、一敗したとて萎縮するに及ばぬ。坐して時を待つことなどできぬ。天は晋の州郡を吾らに与えようとしているのである」
ついに詔が下され、
さらに、
劉霊と曹嶷の二将は詔を奉じるとすぐさま退き、劉霊は八万の軍勢に姜飛、関心をはじめとする十将を率い、河北を指して軍勢を発する。曹嶷も五万の精鋭を率いると、
諸葛宣于は
「主上は老いを感じ、焦っておられる。諫言を容れず軍勢の強盛を誇るとは、必ずや大敗を喫することとなろう」
※
劉霊たちは北に進んで晋との境を踏んだ。晋の斥候はこのことを知ると、幽州に馳せ戻って報せる。
「漢賊の劉霊が十万の軍勢とともに攻め寄せて参りました。数日のうちには此処まで到りましょう」
「
そう言うと、幕僚の
「漢賊に信義なく、吾は先に襄國の一戦で敗北を喫した。それゆえ、与し易しと思い込んで劉霊を遣わして幽州、冀州を乱そうというのであろう。必ずや漢賊どもを打ち破ってこの幽州に跋扈させてはならぬ。劉霊を陥れる計略があれば隠さず申し述べよ」
裴憲が言う。
「
遊暢も言う。
「まずは軍勢を発して州境に食い止め、百姓を驚かせてはなりません。まずは州郡を安寧に保つことが第一です。その後、大軍を発して軍営を定めて膠着させ、漢賊の緩急を測って計略を施すのが上策でしょう」
王浚は遊暢の言を納れ、
漢兵も陣形を披いて対峙した。劉霊は
※
陣頭に出た劉霊は長鎗を手に馬を陣頭に進めて叫んだ。
「今や吾が大漢は中興して兵馬は強盛、天下を掃討することも掌を反すようなものだ。よって、お前が拠る幽州の地を平らげに来た。軍勢を率いて吾らを阻もうと言うならば、それは時勢を知らぬに過ぎぬ。すみやかに馬より下りて投降し、城を献じて刀鎗の錆となるのを免れよ。いささかでも躊躇するならば、城池を毀って抗う者は殺戮するのみである。そうなってから悔いても及ばぬぞ」
「
孫緯が怒って罵り返すと、馬を拍って斬りかかる。劉霊も鎗を捻って架け支え、二人の戦は瞬く間に六十合を超える。いよいよ戦が酣といった頃合になると、忽然と塵埃が天に揚がって日を翳らせる。
※
鬨の声とともに幽州軍の本軍が姿を現した。王浚が自ら率いる本軍には、
王浚も陣頭に姿を現して乱戦の場を一渡り見渡すと、
戦場はさらに広がって捲き上がる塵埃は一帯を覆い、ちょうど紅日は西に沈んで周囲は薄闇に沈みはじめる。王浚は鉦を鳴らして軍勢を収めると、漢兵たちも退いて野営に入った。
戦が終われば戦場には晋漢の将兵の屍が打ち伏せ、戦死者はにわかに数え切れぬことであった。
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