第十八回 東海王司馬越は鄴城を攻めんと欲す
「長沙王は忠正にして罪はない。すでに官爵を削られた後、命まで奪う必要はなかった」
「これは
成都王は長沙王の死を惜しみ、麾下にあった
洛陽周辺の治安は親将の
それを聞いた
「九錫とは乱世にあって大功を建てた臣下を顕彰する
成都王は盧志の多言を怒り、叱って退けた。
盧志は諫言を容れられず、このままでは禍が及ぶかと
その東海王は謀議を諮る智士を求め、齊王の属官であった
※
「成都王は鄴に帰還され、石超を代理として朝廷に残されました。そのため、吾も
河間王は事の次第を聞いて喜び、洛陽に人を遣わして上奏した。
「成都王を皇太弟として
晋帝はその上奏を受けるも、ついに行わなかった。
この時、朝廷は柱石の大臣を欠いて国政が混乱していた。石超は部将の身でありながら権を
さらに、成都王は洛陽に入城した折に意に添わぬ朝臣数百人を殺しており、いずれも忠良にして罪のない者たちであった。このため、朝臣はことごとく成都王の専横を憎んで長沙王の忠正を追慕し、嘆息しない者がない。
東海王はこれを知ると腹心の
「孤は長沙王を除くにあたって成都王の兵威を借りた。その成都王が己の意に添わぬ者を除き、さらに河間王は上奏して成都王を皇太弟に立てんと図っておる。これが成れば天下の半ばは成都王の有に帰そう。しかし、石超は匹夫に過ぎず、朝廷にあって横暴をおこない、吾らを鷹犬のように使っておる。これでは吾が本懐を遂げられぬ。どうしたものであろうか」
「成都王を除かんとの思し召しであれば、今こそその時です。成都王はまだ東宮に入ってはおりません。長沙王の麾下にあった
東海王はその策を容れて上官己、
「大王が石超を誅殺して皇后と皇太子の復位を行われれば、両宮を正すのみならず千載一遇の美事となりましょう。吾らは犬馬の労を尽くして国賊を除かせて頂きます」
「卿らが孤を助けるつもりであれば、すみやかに事を行って誤るな」
東海王がそう言うと、何倫が止めて言う。
「成都王麾下の部将は石超だけではなく、朝廷に多くおります。にわかに事を行ってはなりません。必ず計略によって
東海王はついで劉佑に方策を問うた。
「いずれも行うべきではありません。成都王は謙退して鄴に帰還され、大王を尚書令に任じて朝政を委ねられました。成都王の官職が高くても、鄴にあっては名ばかりのことに過ぎません。また、成都王を皇太弟に立てる謀は河間王によるものであって成都王が望んだものではなく、羊皇后を廃したことは父の羊玄之が長沙王に阿附したがゆえのこと、皇太子は齊王が擁立したためにこれを忌んだのでしょう。しばらく時を待てば、朝廷で議論が行われるはずです。石超は確かに横暴を働いております。それゆえ、書状をもって成都王に知らしめ、余人をもって代えるよう求めれば、鄴に召還されましょう。さすれば、大王の求められるところは得られます。無名の帥を起こして石超を攻め殺せば、成都王と無用の仇を結んで国家に寧日は訪れません」
劉佑の言を聞いても東海王は迂遠であると言って聞き入れない。
王瑚と陳珍が東海王の意を迎えて献策する。
「今や朝権は大王の手にあり、何をなせぬことがありましょうや。
「石超一人であればどうとでもなろうが、郭勱、和演、董洪、郭嵩の四賊はいずれも勇士である。にわかには謀れまい」
東海王の懸念を聞くと王瑚が言う。
「計略は吾ら二人の胸中にてすでに成っております。大王におかれては酒を供えて書状を認め、四賊を誘き出して頂ければよいのです」
東海王はその言を納れ、人を遣って四将を召し寄せる。
「吾が王より四将軍と
それを聞いた四将に異議はなく、喜んで東海王の府に到った。
※
東海王は郭勱、和演、董洪、郭嵩の四将を引見して言う。
「今、孤が特に将軍らにご足労を願ったのは、
四将はそれを聞くと拝謝して東海王を讃える。そこに使いの者が到り、報せて言う。
「石将軍(石超)は朝廷の役目があり、明日には此方に伺うとのことです」
それより、東海王は四将と酒を酌み交わし、その傍らには麾下の何倫と
宴席では酒盃が回され、一人が飲み干すと次の者に酒が注がれる。それが十巡もせぬうちに、府中に伏せていた王瑚、陳珍、上官己、成輔、董拱、劉佑の六将が軍勢とともに姿を現す。何倫と宋冑を加えた八将が二人がかりで四将を組み伏せ、一刀の下に斬り殺した。
東海王は使者を遣わすと朝廷の衛兵たちに宣して言う。
「石超は虎の威を借りて君臣を欺き侮った。それゆえ、勅命を奉じてその罪を問う。お前たちは詔に従って国のために尽力せよ。さすれば各々に褒賞が授けられよう」
その言葉を聞くと、禁衛の兵士には石超に家族を殺害された者が多く、応諾すると武器を手に前駆を務める。その頃、石超の許には事態を告げる者が現れて言う。
「東海王が郭勱、和演、董洪、郭嵩を殺害し、軍勢とともに将軍の罪を問うと言ってこちらに向かっております」
それを聞いた石超は大いに愕き、城壁を越えて鄴に逃げ去った。
※
東海王の許に報せる者があって言う。
「石超はすでに事態を知って単身で城壁を乗り越え、鄴城に逃げ去りました」
それを聞いた東海王が言う。
「石超が鄴城に逃げ戻れば、それを聞いた成都王は兵を挙げて罪を問おうとするであろう。朝政を執る主を欠いては如何ともし難い」
ついに詔を矯めて文武百官を会し、羊皇后と清河王の司馬覃の位を復すと百官とともに上奏して言う。
「成都王の
晋帝はその上奏を聞いて言う。
「成都王は鎮所の鄴に還っており、そのような意図はあるまい。石超は洛陽の統治を委ねられたものの、衆人を従えることができず逃げ去ったに過ぎぬ。皇弟の身は軽々しく事を起こすべきではない。先に長沙王は忠義を尽くしたものの、お前の誤解を受けてその身を終えたではないか」
東海王はその言葉を聞くと、晋帝に己を害さんとする意図があるのではないかと疑う。また、説得にも応じないと見て取り、詔を
朝廷の百官の多くは従わず、ただ侍中の
「過ちのない者を伐つことを
つまり、敗れた際には洛陽に逃げ戻る算段をしているかと問うたわけである。それを聞いた嵇紹は表情を改めて言った。
「臣下たるものが主君に従う以上、死生を伴にする覚悟である。駿馬があろうと役になど立つものか」
そう言い捨てると、晋帝に従って出発したのであった。
※
東海王は長沙王麾下と禁衛を合わせた十万の軍勢を率い、鄴の南の
成都王の許には石超が逃げ戻っており、報告して言う。
「東海王は密かに兵を潜ませて郭勱、和演、董洪、郭嵩の四将を害し、軍勢を奪って吾を攻めました。多勢に無勢では敵しがたく、それゆえに洛陽を逃れたのです。今や東海王は親征を煩わせてその背後から軍勢を進めております」
成都王はそれを聞くと怒って言う。
「賊めが何という無礼を働くか。孤が自ら軍勢を率いて向かい、この不義の徒を
そう言うところに勅使が到着して詔を宣し、成都王の罪を数えて言う。
「二度も軍勢をもって洛陽に迫り、齊王と長沙王を殺害して聖上の手足を除き、ついに皇太弟となることを願った。聖上を欺くことも甚だしい。さらに皇太子と皇后を廃したこと、帝位を簒奪せんと企てたものであろう。東海王の
成都王は詔を聞いて愕き、諸将を召して言う。
「長沙王の死は東海王が密かに張方に命じたこと、洛陽の包囲も孤が命じたものではなく、張方が勝手にやったに過ぎぬ。それにも関わらず、東海王はすべてを孤の罪として聖上を
この時、
その言葉を聞いた東安王は成都王が晋帝と戦うことになるかと憂え、諌めて言う。
「吾が大晋は骨肉の親が相争って根本を弱くし、ついに四方で叛乱が起こって
成都王はそれを聞いて答えず、石超が進み出て言う。
「王のお言葉はまったくその通りでございますが、時勢においてはできぬこともございます。先に長沙王が殺害されましたが、それも勅命によらなかったわけではございません。すでに御駕が鄴を親征しているのです。自ら
石超の言葉を聞いて東安王が言う。
「長沙王の死は張方が暗に企てたものであろう」
「王は宗廟社稷のために親親の義を尽くさんと大義を説かれますが、東海王の心中は計略が多く、また張方の一件もあって進退は容易ではありません」
「長史の言葉が正しいでしょう。殿下のお言葉に従えば、自らの身を籠に投じて東海王に縛らせるようなものです。事態が急変すればたちまち金墉城に幽閉されて東海王の下僕になりたいと願っても叶いますまい。まして、東海王が大王に危害を加えぬとは限りません。鄴城は堅固にして軍勢は多く、この城に拠って防ぐのが上策というものです。東海王の麾下には長沙王の旧将が多く、いまだ心服してはおりますまい。雌雄を決すれば勝敗はいまだ測れません。勝てぬならば城に退いて守りを固め、河間王の救援を仰いで敵を退ければよいのです。詔を騙った計略に陥ってはなりません」
成都王はその献策を容れて東安王にも与するように求める。しかし、東安王はそれを拒んで正道により成都王を責めた。成都王はついに怒って東安王を殺すとその軍勢を奪い、瑯琊王は自らも害されるかと懼れて
ついに石超と趙譲を先鋒に任じ、
▼「黎陽津」は津の字があるとおり、黄河の北岸に位置する。位置関係としてみれば、鄴とにらみ合うくらいの南に東海王の軍営がある安陽、その南に成都王がかつて軍勢を留めた
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