第八回 長沙王司馬乂と齊王司馬冏は雲龍門に戦う

 齊王せいおうの徒党である董艾とうがい葛旟かつよ長沙王ちょうさおうが甲冑を着込んで宮中に入ったと知り、必ずや変事が起こるであろうと考えて王府にいる齊王に言う。

「長沙王が金鎧きんがいを着込んで宮中に入りました。これは只事ではありません。おそらく、河間王かかんおう成都王せいとおうの軍勢を外援に吾らを制しようというのでしょう。軍勢を整えて応じるにも先に宮中に入られては及びません。油断なく備えるよりありますまい」

 齊王は大いにおどろいて路秀ろしゅう衛毅えいき韓泰かんたい劉眞りゅうしんたちに命じ、軍勢を率いて雲龍門うんりゅうもんを攻め破り、宮中に入って長沙王を拘束せんと図る。

 雲龍門では長沙王の将の馬咸ばかん逮苞たいほう馮嵩ふうすう宋洪そうこう董拱とうきょう宋淇そうき上官己じょうかんきたちが左右に軍勢を分けて迎え撃つ。両軍の放つ矢がいなごのように飛び交い、晋帝しんていの許に届かんばかりになる。

 晋帝は愕いて言う。

羽林うりんの軍勢は長沙王を助けて齊王の軍勢を鎮圧せよ」

 長沙王は成輔せいほ劉佑りゅうゆう東華門とうかもんに留めて晋帝の護衛とし、自らは王瑚おうこ王矩おうく皇甫商こうほしょう陳珍ちんちんを引き連れて羽林の軍勢とともに雲龍門を出た。

 陳珍が先駆となって齊王の軍勢に斬り込むと、諸将も後について攻めかかる。その勢いは水瓶を倒して溢れる水の如く、齊王の軍勢では董艾と葛旟も自ら陣頭に立って迎え撃つ。

 齊王と長沙王の軍勢は雲龍門外で衝突を繰り返し、半時(一時間)ばかりの間に将兵と民の死傷する者が相次ぐ。長沙王の軍勢の善戦に加えて禁中の衛兵と羽林の軍勢までが防戦にあたっていると知り、齊王はにわかに雲龍門を破れぬと覚って思案する。

 ついに一計を案じると宦官の王璜おうこうに計略をおこなうよう命じた。王璜は禁中の内庫に忍び込んで騶虞幡すうぐはんを盗み出すと、自ら旗を手に両軍の間に入って言う。

「吾は天子の勅命を奉じておる。疑う者はこのはたを見よ。両軍はしばらく矢を控えて勅命を承れ。何ゆえに妄りに兵馬を起こして禁門を馬蹄ばてい塵埃じんあいで汚し、死傷者の血で宮衛をけがすとは、臣として不敬である。各々は戦を止めて軍勢を退けよ。勅命に背いて宮闕きゅうけつを騒がした者は三族を夷戮いりくされるものと心得よ。両王の争いは明日に百官を集めて朝廷にて議論をおこなう。勅命に従って違えてはならぬ」

 両軍の将兵は騶虞幡を見るより身動きする者もない。羽林の軍勢もついに宮中に引き退こうとした。

 王瑚が王璜を罵って言う。

「兄上は忠義の人であったにも関わらず、何ゆえに禁中の公物を私して齊王の悪逆を助けるのか」

「弟は妄りに朝廷を乱すのみならず、吾を責めようというのか」

 王璜はそう言い返す。それを聞いた王瑚は齊王に言う。

「騶虞幡を信じて軍勢を返せば、明日には謀反の罪に陥れられましょう。そうなっては手の打ちようがありません。察するに、これは齊王の詐略であることは明らかです。従ってはなりません」

 長沙王も頷いて言う。

「主上は成輔と劉佑が護衛となり、東華門楼の上におられる。騶虞幡を余人に授けることがあろうか。これは齊王が王璜に命じて幡を盗み出させ、勅命と偽って孤の軍勢を退かせようとしているのであろう」

 そう言うと、対策を案じるべく諸将を呼び集めたことであった。

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