第298話 輪廻転生
「とりあえず、ここでは何ですから、エルバンテ大使館の方へ行きましょう」
俺は公園の外に待機している黒塗り、青ナンバーの車のところへ行った。
すると待機していた運転手を見てびっくりした。
「ジェコビッチじゃないか」
「オヤカタサマ、コチラヘドウゾ」
たどたどしい日本語で言う。
「ジェコビッチは、日本語が話せるのか?」
「スコシ」
「ジェコビッチは努力家だわ。前世の事を教えたら、日本語を勉強したの」
そういえば、前世でもホーゲンにキチンの乗り方を習っていたっけ。
俺たちは、ジェコビッチの運転する車でエルバンテ大使館に入った。
エルバンテ大使館の一室で話を聞くと、俺たちは前世から一緒になる運命らしい。
そのためだけに、命を繋いできたというのだ。
にわかに信じ難い話だ。
そこに給仕が、お茶を運んできたが、それを見てまたびっくりした。
「エミリーじゃないか」
「そうです。今度こそ、お嫁にして下さいね」
「「「ダメです」」」
「ええっー、1憶8千万年も待ったのに」
ちょっと、時の数え方が異状だろう。
「エミリーも前世の記憶があるのか?」
「ええ、記憶はありますし、お館さまの事はお嬢さまと小さい時から話していますので、何でも知っています」
「日本語も?」
「ええ、お嬢さまと一緒に習いました」
俺は夢を見ていたと思っていたが、実は前世を見ていたのか。
だとすると、もう一人、居るはずだが……。
「すいません、遅くなりました。コンサートでアンコールが続いたので、なかなか終わらなくて、その後も出待ちとかで大変で」
それに現れたのは、現在人気ナンバー1アイドル「吹雪まりん」だ。
「あ、あっ、『吹雪まりん』ちゃん」
彼女は「にこっ」と笑うと、
「あっ、ご存じでしたか?旦那さま、末永くよろしくお願いします」
「「「ダメです」」」
「えー、1憶8千万年も待ったんですよ」
こっちも同じような事を言う。
それから、1晩いろいろな話を聞かされた。
ほとんどは前世の記憶があったので、話の内容は理解できたが、それでもにわかに信じられない。
翌日、静岡の俺の実家に、エルバンテ大使館の書記官が挨拶に行くと言う。
その書記官が、まずは俺のところに来た。
「エ、エミールじゃないか」
「ご領主さま、やはりご存じでしたか。私も前世どうのこうのという話は信じられませんでしたが、こうもいろいろと証拠が挙がっては否定もできません。
私はたしかに『エミール』です」
そこに入って来たのは中年の女性で、いかにも才女と思われる美人である。
おれはこの人を知っている。前世でも秘書をやってくれていた。
「旦那さま、紹介が必要ですか?」
「いや、その必要はない。彼女は『ミストラル』だ」
「正解です。彼女には前世の記憶はありませんので、きっと名前を言われてびっくりしていると思いますよ。どうですか、ミストラル」
「え、ええ、聞かされてはいましたが、まさか言われると思いませんでした」
「それでは、これからの事を説明します。
1週間はこの大使館に居て頂きます。その間に渡航手続きとエルバンテ永住権を取得します。結婚式は、1か月後にエルバンテ公国の教会で挙げて頂きます。
ざっとこんな感じですが、よろしいでしょうか?」
「結婚式って誰と挙げるんですか?」
「もちろん、エリスさま、ミュさま、ラピスさまです」
「3人一辺に?」
「ついでだから、5人と一辺にするとのはどうでしょう?」
「手間が省けるから、俺はそれでもいいけど」
マリンちゃんの意見に俺が答える。
「「ええっ、やっったー」」
「「「ダメです」」」
「だって、1憶8千万年も待ってくれたし、前世の記憶でも二人はいろいろと俺に尽くしてくれたし、俺としては断るのは心苦しい」
「「「ええー?」」」
「「「しょ、承認」」」
「では、エルバンテ教会で5人ということで手配します」
「そのエルバンテ教会の司教さんって、もしかして『アーデルヘイト』さん?」
「そちらもご存じでしたか。その通りでございます」
「では、私も直ぐにエルバンテへの渡航手続きに入ります。あと、引退会見しないと」
1週間後に現役絶頂のアイドルが引退会見を開いた。
記者に理由を聞かれたアイドルは「一人の女性に戻って、世界に出てみたい」と言った。
テレビは朝からワイドショーはこの話題ばかり、スポーツ新聞は1面トップ記事で扱われた。
そして、パパラッチが撮影した写真は記者会見後に羽田空港に直行し、エルバンテ公国専用機に乗り込む、元アイドルの姿だ。
この写真はその後、いろいろな憶測を呼ぶが、1か月後にエルバンテ公国で披露された結婚式の写真を見て、世間は騒然となる。
その写真には、夫と思われる一人の日本人男性と真っ白なウェデング衣装を身に着けた5人の花嫁が写っていたからだ。
その一人はまさしく、「吹雪まりん」であり、その他の3人は世界的デザイナー会社社長兼スーパーモデルのミュ・ローズ・サイン、美人医学博士でゴットハンドと呼ばれる、エリス・ルージュ、そして美貌と言われる、ラピスラズリィ公女が写っていたのだ。
ただ、もう一人が不明だったが、それも時間が経つにつれ分かった。
公女の幼馴染で侍女の「エミリー・ガゼット」だと言う。
そして、ここエルバンテ公国に来て、1年が過ぎ去ろうとしている。
いま、嫁たちのお腹の中は子供がいる。俺はいきなり、5人の父親だ。
今、エルバンテ公都中心を流れる「イルミド川」を見下ろす、公主邸のベランダのロッキングチェアに座り、沈む夕日を見ている。
ここのイルミド川は前世のサン・イルミド川のように川幅は9kmもない。
せいぜい90mだが、その美しさは同じだ。
公都に沈む紅い夕日に照らし出される景色を見ていると、瞼が重くなってきた。
瞼が閉じる前に、俺の目に入ってきた景色に思わず呟く。
「ああ、この世界は美しい」
完
異世界で最強の妻を娶ったら… 東風 吹葉 @ikkuu_banri
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