第276話 初めて

「エリス、あのタコって何という名前なんだろう?」

「うーん、私の知識の中にも入ってないわ」

「では、勝手に名前を付けるか、ただのタコだと呼びにくいし」

「あれって、『電気ダコ』じゃないの?」

「そうよ、『電気ダコ』よ」

「そうよ、そうよ」

 娘たちの間では「電気ダコ」って名前になっているようだ。

「アリストテレスさんは、どう思いますか?」

「あれって、『電気ダコ』ですよね?水兵たちも既にそう呼んでますよ」

 え、ええっー、いつの間にそうなったんだ。

 俺は食堂に行ってみた。

「俺はな、ミサイルをあの電気ダコの角の真正面に当てたんだ。それなのに、こいつは3フぐらい右に外しやがった」

「ちゃんと電気ダコには当たりましたよ、先輩」

 どうやら、艦載機のパイロットたちには「電気ダコ」になったようだ。

 潜水艦の船員たちの方にも行ってみる。

「『フジ』って潜ると目標を視認できないだろう。だから俺は『電気ダコ』の位置を記憶して、潜った位置から距離を算定して発射したんだよ。それがどんぴしゃだったな」

「俺はあの『電気ダコ』に捕まったらどうしようかと思ったぜ」

 やはり「電気ダコ」に決まっているようだ。

 俺はミズホの自室で、ミュが持ってきた電気ダコの魔石をバランスボールにして、平行を保つトレーニングをしている。

「コンコン」

「どうぞ」

「お館さま、こちらに見えたんですね。食堂でエルバンテ放送が入る距離になりました。通信も可能です。

 それで、キューリットとも連絡が取れました。電気ダコの魔石を早く見たいそうです」

「それじゃ、輸送機で運びましょうか。試験運行も兼ねて」

 そう言えば、輸送機も名前ついてなかったっけ。

「輸送1号機、発進準備、発進準備」

「左右のプロペラ廻せ」

「ブォーン、ブォーン」

「輸送1号機、タクシーへ」

 輸送1号機が移動する。

「輸送1号機発進、先にトウキョーのみんなに、よろしく言ってくれよ」

「輸送1号機、了解。先に港で出迎えてやるよ、ハハハ」

「ブーン」

 輸送1号機が発艦して行った。今日中にトウキョーの飛行場に降りられるだろう。

「護衛機、2機発進します」

「了解。トウキョーの彼女に直行するなよ」

「分かった、分かった、発艦する」

 輸送機の護衛機も発艦した。


「あのー、マリンさん、サインを貰ってもいいでしょうか?」

 マリンがニコッと笑ってサインする。

「あ、あのー、ぼ、僕もいいでしょうか?」

「ええ、もちろん」

 マリンは慣れた手つきで、ささっと、サインする。

 食堂で食事をしていたマリンの後ろには、既に長蛇の列が出来ている。

「マリンお姉ちゃん、すごーい」

「アスカはサインなんてしたことない」

「ホノカもない」

「あ、あのー、僕もお願いします」

 マリンに差し出した色紙が、すっと横から出た手に取られた。

 その手は、色紙にささっとサインをして、差し出した男に渡された。

「へっ、えっ??」

「あらー、ベルク、私のサインじゃだめー?」

「あ、あっ、機関長」

「あらー、仕事場を離れると、シャルローゼって呼んでもいいわよ」

「あ、いえ、機関長を呼び捨てなんて、とんでもない」

「そーお?ベルクはトイレ行くって、いなくなったのに長いので、探しに来たわ。それで、もう用は済んだのかしら」

「え、いえ、ま、まだ……」

「あら、サインはちゃんとあるわよ。感謝してね、私の初めてをあげたんだから」

「機関長、人が聞いたら誤解します。変な事は言わないで下さい」

「だったら、さっさと持ち場に戻りましょうねぇ」

「あ、は、はい」

「ねえねえ、マリン姉さん」

「何?ホノカちゃん」

「あのベルクって人、シャルローゼさんの初めてを貰ったって、何を貰ったの?」

「「「ブー」」」

 周りで今の会話を聞いていた船員たちが噴き出した。

 それから、機関士ベルクは機関長の初めてを貰った人として名を知られる事になる。

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