第256話 BCP

「タイフーンというのは、毎年、夏から秋にかけて1~2個は来るもんなんだ。

 それに我々も長い事、あの地域に住んでいる。来る予兆というか、そういうのは感覚で分かるんだよ。

 その日もタイフーンが来そうだと思ったので、従業員を帰したんだ。今、思えばそれが失敗だった」

 ボントスさんが言う。

「俺も気象官からタイフーンが来そうだと告げられて、国中に警戒警報を出したんだ」

 今度はヘドックさんだ。

「ところが来たタイフーンは今までのものと違った。雨は3日3晩降り続き、それに大潮が加わって川の水が急激に上昇し始めた。風は強く、立って歩けないほどだった。

 その頃には住民の家も流され始めた。川に近い住民は流されて既に行方不明の状態だった。その報告が来たのは結構後になってからだ。

 助けようにも水はある。船を出そうにも風が強く船は出せないという状況だ。

 人々は屋根の上に逃げたが、家自体が流される始末なので、正直逃げ場はなかった」

 ヘドックさんが一気に言う。

「私は数人の従業員とタイフーン対策で工場に残っており、工場の事務所に居ました。

 工場は建て替えたばかりで、ある程度頑丈に作っていましたので、とりあえず、タイフーンには持ちこたえましたが、設備は使い物にならなくなりました」

 今度はボントスさんが言う。

「助かった住民をキバヤシの船に乗せて避難させて貰ったのは感謝する。だが、我々が最後の住民だ」

 首都以外の住民がどうなったかまでは分からない」

 ヘドックさんも「なりたくてなった訳じゃない」と言いつつ、取り敢えず国王らしき事はやっていたようだ。

「ゴムの木はどうでしょうか?」

 俺が、気になっていた事を訊ねた。

「工場はだめです。泥が工場の中まで入ってきており、復旧はかなり難しいでしょう。

 ゴムの木はサザンランド全域にありますから、失ったとしても1/5ぐらいでしょう。

 それにゴムの需要があると分かって、今ではゴムの木を手掛けているところもあるので、それほど問題とはならないと思います」

 ゴムの減産は最小限で済みそうだが、問題は工場だ。

「工場の方ですが、カーネル国以外に2か所建設しています。理由は他の国からの要望によるものです。もう一つは、危機リスクの分散です。このような災害とか火災とかあった際に1か所だと製造が中断してしまうので、複数個所あればそんな事はありませんから」

 現代で言う、BCPの考え方だ。

 ボントスさんはかなり優秀な経営者のようだ。

「ですが、あの日、従業員を家に帰さなければ、従業員も2階に避難する事ができたので、被害に会わなかったのじゃないかと思うと残念でなりません」

「今夜は邸宅に部屋を用意させます。ゆっくりお休みください」

「「ありがとうございます」」

 立ち上がったアンミューを見ると、お腹のあたりがふっくらしている。

「アンミューさん、あなた……」

「はい、お腹の中に子供がいます。今ではこの子だけが希望です」

 嫁たちも同じように子供が居るので、アンミューの言う言葉は胸に応えたようだ。

 災害支援に行っていた船もどんどん帰ってくるが、聞いた以上の報告はなかった。

 港には家族や親戚の情報を得られないかと、サザンランドから避難して来た人たちが来るが、たまに情報を得られる人が居るだけで、ほとんどの人は何の情報も得られなかった。

 それでも、グンネル国だけでなく、他の国にも支援物資を提供するため、船は今日も出港する。

 中には、復旧支援と情報の入手のため、その船に乗り込む住民もいる。

 一方、娘たちだが、サザンランド支援のための募金活動を行っている。

 エルバンテ公都の街角やトウキョーの街角で、学院の生徒たちと声を枯らしている。

「サザンランドではタイフーンによる災害が発生しています。復旧の募金をお願いします」

 3人別々のところで、活動しているからだろうか、それとも学院がやっているからだろうか、俺の娘だとは知られていないようだ。

 だが、これが意外な発見があった。

 娘たちは離れた場所でお互いの意思を交わす事ができるのだ。

 双子では、お互いの考えている事が分かるとかあるけど、娘たちもそうらしい。

 だが、それは魔法の力もあるかもしれない。

 娘たちはエリスとミュに剣と魔法を教わっている。

 エリスとミュはかなり厳しいらしく、小さい頃は3人で泣いていた事もあった。

 そんな時はラピスが3人を癒していた。

 だが、エリスとミュも剣や魔法の指導以外の時は優しいので、子供たちも慕っている。

 反対に行儀に厳しいのはラピスだ。

「ほら、顔を食器に近づけて食べてはダメよ」

「お箸は箸置きに置きなさい」

「椅子に座ったら足をブラブラさせない」

 一々、言われるのを見ると気の毒になるが、将来どこかの嫁に行っても恥ずかしくない躾をしなければと思うのが、母親の気持ちなんだろう。

「パパ」

「もう、大きいから『パパ』ではなく『お父さま』と呼びなさい」

 なので最近、娘が「パパ」ではなく、「お父さま」と呼ぶようになった。

 俺としては、「パパ」でも良かったが、「お父さま」も悪くないと思っている。

 エリス、ラピス、ミュもそれぞれ、エリス母さま、ミュ母さま、ラピス母さまと呼ばれている。

「母さまと呼ばれると、何だか歳を取った感じがするな」

 不用意にそんな発言をした俺は、久しぶりに地雷を踏んだ事を理解した。

 その後、3人から文句を言われ、それを娘たちに見られていたので、父親の威厳が失墜した。

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