第253話 同盟領

「エルバンテ公、私は、どうしたら、どうしたら良いでしょうか?」

 俺は、アリストテレスさんを見る。

「お館さま、エルバンテ軍は全軍を持ってモン・ハン公の帰領を助力するべきです」

「では、モン・ハン公、貴公は一度モン・ハン領に帰るべきです。そのために必要な軍は我が軍が同行します」

 急遽、軍に命令が下り、2週間後に約1万5千の兵士が、エル=モン・ハン公とともに、モン・ハン領に進軍することになった。

 この話が周辺各国に伝わると、親交のある国が応援に来てくれるとの連絡が入る。

 旧ハルロイド領、一時王国自治領となっていたが、領民総意で立て直し、今では神聖エリス教領が約1千5百、マハタイト領が同じく1千5百、プロギス領2千、ジャーネル領2千である。


 1か月後、神聖エリス教軍、マハタイト軍と合流したエルバンテ軍1万8千は、モン・ハン公一家と、公都モン・ハンに入った。

 我々がモン・ハン公都に入ると同時に、プロギス領2千、ジャーネル領2千もモン・ハン公都に入った。

 この頃には既にエルバンテ領との併合の話は、庶民にまで知れ渡っていた。

 帰って来たモン・ハン公を庶民は白い目で見ている。

 それはそうだ、自分の領土を売った売国奴なのだから。

 だが、売国奴ではあっても、エルバンテと一緒になるのが反対かというと、そうではない。

 むしろ、議会制が導入されているエルバンテは文化面、科学面でも学ぶべき領地であるので、庶民は歓迎している。

 それに、努力次第で、国の運営に携わる事ができるエルバンテは開かれたところである。

 今のモン・ハンでは、貧乏農家に生まれたら、いくら優秀でも貧乏農家で終わる。

 だが、理屈と感情は別物だ。

 理屈では理解できている。しかし、売国奴は許せない。

 モン・ハン領主邸前の広場では、領民が押しかけており、中には併合反対の文字が書かれた旗を持っている者もいる。

 その前に置かれた台上で一人の貴族が演説を行っていた。

「領主エル=モン・ハンは、王家建国から続く、伝統あるここモン・ハン領をエルバンテ領に譲り渡そうとしている。

 領主の一存で勝手に、物のように領地を差し上げる、なんて事が許されるだろうか。

 いや、許されない。領地に暮らして居るのは領主だけでない。領民も居るのだ。

 領民の了解なしに、領地をやり取りする、そんな事が許されても良いだろうか」

 「「「おおっー」」」

 広場から歓声が上がる。

 この貴族は、自分の野望を領民の声とする事で、誘導することがうまいようだ。

「そんな事はないぞ。俺はこの前、エルバンテの祭りに言って来たが、向こうの文化や科学力は秀逸だ。武力ではかなわないぞ。

 それに議会制度は政治だって、うまく政を行っている。

 俺は、エルバンテとの併合に賛成だ」

「みなさん、聞きましたか?

 たしかに文化面、技術面ではエルバンテに遠く及ばないでしょう。しかし、伝統ではどうでしょうか?

 エルバンテはまだ新しい領土、反する我がモン・ハン領には500年の伝統があります。

 その全てが失われるのは我々の心が失われるということなのです。

 心を失っても、裕福になれれば良いでしょうか?

 いえ、決してそんな事は無いと思います。まずは、崇高な精神を有する事こそが、モン・ハン領民として大事なのではないでしょうか?」

「「「そうだ、そうだ」」」

 うん、我々は完全に悪役だな。

 そんな演説会場の周りをエルバンテ軍とその合同軍2万2千が取り囲んだ。

「なんだ、どうしてエルバンテ軍が居る?」

「いや、エルバンテ軍だけでない。神聖エリス教軍、マハタイト軍、プロギス軍、ジャーネル軍もいるぞ」

 聴衆の中から声が上がる。

「あー、みなさん静粛に、ここはエルバンテ合同軍2万2千が囲んでいます」

 俺が言うと群衆は騒ぎだす。

「何だって?」

「俺たちは囲まれたということか。軍隊はどうしている?」

「えー、モン・ハン軍については、指揮権が領主にあります。また、先のハルロイド平定の際にエルバンテ軍と共同した経緯もあり、ここにモン・ハン軍は来ません」

「ひー、助けてくれ」

「誰だ、ここに来ようと言ったのは」

 群衆から悲鳴に似た声が上がる。

「さて、現状が分かったところで、説明します。あ、言い忘れましたが、私は、シンヤ・キバヤシ・エルバンテ、皆さんの言うところのエルバンテ公です」

「ええっー、なんでこんなところに居るんだ」

「おい、たった4人でキバヤシ領を手に入れたやつだ。俺たちもどうなるか」

 いや、あれは俺は何もやってないから。

「今のあなたたちの現状と、モン・ハン領の現状は同じです。モン・ハン領は小さく、周りは大きい。そして、周りから常に力を加えられている訳です。

 さて、あなたたちはどうやってこの場から脱出しますか?」

 群衆たちの中からひそひそ声がする。

「騙されるな、そんな事は詭弁だ。ここで我々を殺せば、王国が黙っていない。

 みんな、騙されるんじゃない」

 台上で演説していた貴族が言う。

「王国が黙っていない担保は?」

「担保?」

「事実、我々がここに居るのに王国軍は来ていないじゃないか。それなのに何故、黙っていないと言い切れる」

「……」

 貴族は黙った。

「それに私は、あなたがこの囲いから出る策を聞いている。まずはそれを答えて貰おう」

「そ、それは話し合いで…」

「では、話し合いは断る。さあ、話し合いは断られた。次はどうする?」

「……」

 群衆も黙った。

「私が教えよう。エルバンテ軍に入ればいいのさ。エル=モン・ハン公が取った方法と同じように」

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