第245話 社長の器
2か月半後、ヤマトはエルバンテの港に入った。
最後に、船員たちの慰労会も兼ねて、ショッピングセンターの大宴会場で解散会を行った。
解散会の後、各人は自分の家に向かう。
セルゲイさん、ウーリカ、ルルミはキバヤシ領へ、ミストラルは保育院に預けてある子供を引き取り、トウキョーの自宅へ、そして俺たちもトウキョーの自宅に戻った。
俺はキバヤシコーポレーションの溜まった仕事と、風車や水車、それに鉄道の式典に参加している。
キバヤシコーポレーションも不在にしている間に3社ほど新しい会社ができていた。
流通を取り扱う、キバヤシ流通、清掃会社のキバヤシ清掃とキバヤシ販売から飲食部門を別会社として立ち上げたキバヤシフードだ。
キバヤシ清掃は、建物の清掃はもちろん、街の清掃、鉄道の車内清掃、船の船内清掃と清掃作業全てを行う。
キバヤシフードはレストラン、コンビニ、スーパーマーケーットの経営を手掛けている。
そして、キバヤシ流通はそのまま、食品・雑貨の集荷、卸を行う。
帰って来た俺は、経営会議で2つの案件の決裁を迫られていた。
「会長、キバヤシ不動産からリゾート部門を切り離した、キバヤシリゾート会社の設立について、ご決裁をお願いします。既に経営会議では了承済です」
副社長のガルンハルトから決裁を迫られる。
俺は、キバヤシリゾート社の設立の書類にサインをした。
もう一つは、文房具の製造を行う『キバヤシ文具』の設立だ。
文具は紙の需要が高まっており、それまでの羊皮紙だけで需要を賄いきれなくなってきたので、パピルスで紙を作り出したところ、需要が急上昇した。このため、文具一式を手掛ける会社を設立することになった。
現代の会社と違うのは、パピルスの栽培から手掛けているということだろう。
紙だけではない、墨と硯、筆も製造している。
今は鉛筆と羽ペンの開発も行っている。
トウキョーの仕事が一段落したので、エルバンテ公のところに顔を出すために、公都へ向かう。
久しぶりに見た、エルバンテの公都は大幅に変わっていた。
公都の一番目立つ所に水車が建設されていた。
これは魔石の採取が減少したため、魔石ポンプで地下水を汲み上げられなくなったので、新しく造った運河から水を汲み上げるために作った水車だ。
エルバンテだけではなく、ほとんどの領地、その公都の水はそこの領主が水の権利を持っている。
なので、住民は領主に逆らうと水を供給して貰えない。
そう言った意味では、命の元である水を領主に握られている事になる。
そして、水車が設置された場所と反対側、昔のスラム街のところに見慣れない建物が建っていた。
いや、現代から来た俺には見たことがある建物だ。それは駅舎だ。
駅舎に行くと、蒸気機関車が2台ホームに入っていた。
蒸気機関車には客車が5輌繋がれている。
片方の列車はちょうど着いたばかりのようだ。
「出発進行!」
駅員が告げると、待機していた列車がゆっくりとホームを離れる。
鉄道はエルバンテ公都とトウキョーの往復だけだが、ヨコハマ領、ショウナン領にも鉄路を延ばす予定だ。
将来的には王都まで延ばす予定だが、問題はサン・イルミド川をどうやって越えるかだ。
川幅9kmに橋は架けられない。現代なら、地下トンネルという方法もあるだろうが、この世界にはまだそこまでの技術はない。
キバヤシロジテックはセルゲイさんが社長を退いたので、今はハインツという男が社長を務めていた。
セルゲイさんから、社長交代の話を聞いた時、疑問に思った。
ハインツは優柔不断なのだ。社長は例え情報が不完全な場合でも、会社として判断しなければならない時がある。
ハインツには、その判断は無理だろうと思っている。
その事をセルゲイさんに言うと、
「あいつはいざという時はちゃんと判断しますから、ガハハ」
なんて、呑気にしていた。
試しに、キバヤシロジテック幹部会議に出席してみる。
「…、そ、それではですね、えっと、じ、事業報告からお願い、します」
オドオドした感じでハインツが言う。
それを見た他の幹部連中は呆れた顔をしている。
この1か月間の事業報告が報告される。
「あ、あ、ちょっとすいません。そ、そのキチンの育成牧場の人手不足のところ、もう少し詳しく、お、お願いします」
ん?聞くところはしっかり聞いているようだ。
そんな感じで議事は進んでいく。
「社長、それで、キチン牧場の方は会議の通り進めても良いでしょうか?」
「う、うんとね、もう少し情報が欲しいです。判断はちょっと待って貰えないですか?」
「ですが、時期を外すと手遅れになる可能性もあります」
「さ、先程の報告から、ま、まだ1週間ぐらいは大丈夫ですよね、えっと、でしたら、1週間ほど時間を貰えませんか?
そ、その間に集められるだけの情報を集めて下さい」
この男、優柔不断だと思っていたが、意外と判断は間違わない性格だ。
性格がワンマンタイプでないだけに、部下の意見も良く聞く。
その部下も下っ端の意見まで良く聞く。
時間があれば、現場にも行っている。
その事をハインツに聞いたところ、納得する答えが返って来た。
「社長というのは、情報を集め、取捨選択して判断するのが、仕事ですから、その情報をたくさん集める必要があると思っています。
情報は、上から下まで沢山聞けば、沢山集まりますから、それは結果的に判断するのに役立ちます」
ハインツには色々教えられる事が多い。
セルゲイさんは良い人材を社長に据えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます