第238話 白馬
ユーリから行軍の説明を受ける。
「ここより北上し、このままヴェルサルジュ領に入ります。
しかし、ヴェルサルジュ公都に入るには、最大の要所であるギブ要塞を抜けねばなりません。
このため、プロギス軍とはギブ要塞手前で合流する事になっています。
ただ、キブ要塞に至る道も広い訳ではなく、ジャーネル軍とプロギス軍を展開できるのは、かなり手前の山の麓の草原になります」
俺たちも以前、行った事があるので地形は分かっている。
たしかに、軍を合流し、展開するとなるとかなり手前の山の麓しかなかった。
そして、ギブ要塞を攻めるとなると、狭い道を軍を長くして行軍しなければならないため、ギブ要塞を攻める数は限られる。
このことからも、ギブ要塞が難攻不落と言われたのだ。
だが、ギブ要塞はもう無いはずだ。
「水害でギブ要塞は、既に無くなったのではないですか?」
「キバヤシさまは、どこでその情報をお聞きになったのでしょうか?」
「えっ、いや、風の噂で……」
「その風の噂はあてになりますか?念のため、ギブ要塞はまだ健全と考えて行軍しましょう」
たしかにギブ要塞は我々が破壊したが、その後復旧したかもしれない。
ここは、ユーリの言葉に従おう。
出発してから、1週間ほど経った時、俺たちはヴェルサルジュ領とジャーネル領の間にある山を越えようとしていた。
この山は森が深く、昼でも薄暗い。
いかにも、魔物が出てきそうだ。
ここは俺たちキバヤシ軍が先行し、もし、魔物が出てきたら、退治する事になった。
キバヤシ軍といっても、10人程の軍である。
そして、こういう場面では、お約束どおり、魔物が居た。
魔物は、ヘルキャロットという肉食の狂暴なうさぎだ。
だが、ヘルキャロットは既に死んでいる。
その傍らには白馬が居たが、怪我をしているようで、身体全体が血に染まっている。
それを見たラピスとエリスが走って行った。
しかし、手負いの白馬は人を寄せ付けない。ラピスとエリスを見て、暴れるが、それがまた傷を大きくしていく。
それを見たラピスが白馬を宥める。
「どう、どう、大丈夫よ。大人しくして」
ラピスが宥めていると白馬が大人しくなってきた。
大人しくなったところで、エリスが治療魔法をかけていくと、傷口が塞がったが、身体には流れ出した血がついている。
エリスは洗浄魔法で身体を洗ってやると気持ち良かったのか、ラピスに顔を近づけてきた。
ラピスと話をすると癒されるが、それは白馬も同様なのだろうか。
エリスが身体のヒーラーなら、ラピスは心のヒーラーなのだろう。
「さあ、もう良くなったわ。お行きなさい」
ラピスが白馬に告げるが、白馬は去ろうとしない。
どうしたものかと思っていると、白馬が鈍く光りだし。背中から翼が出てきた。
「エリス、この馬は何だ?」
「ちょっと、待って、……この馬はペガサスよ」
ペガサス、空を駆ける馬だ。しかし、角がない。
「角がないが?」
「雌だもん、角はないわ」
ペガサスはラピスに乗れと言っているようだ。
ラピスもそう思ったのか、ペガサスに乗った。
ラピスは公女さまとして、剣や騎馬の訓練も受けている。馬に乗るのは訳もない。
ラピスを乗せたペガサスは翼を羽ばたかせると空に舞い上がった。
「エリス、後を追ってくれ」
今度はエリスが翼を出して、大空に舞い上がった。
二人が居なくなったところに、ユーリたちがやって来た。
「キバヤシさま、今ペガサスと神が空を飛んでいましたが、ご覧になりましたか?」
「ペガサスを見る事は、珍しい事なのですか?」
「何を言ってますか、ペガサスを見た人間は、寿命が10年延びると言われています。
ましてや神を見たら、不老長寿になるかもしれません」
おい、それは言い過ぎだろう。それにあの神は駄女神だ。
そんな話をしていたが、いつの間にか、ペガサスとエリスは空からいなくなった。
すると前の方から、ペガサスに乗ったラピスとエリスたちが来た。
ペガサスは翼をどこにしまったのか、見た目では分からない。きっと、ミュやエリスのように体内に格納できるのかもしれない。
「キバヤシさま、この馬は?」
「先ほど、魔物に襲われていたようで、助けた馬です」
俺は傍らの死んだヘルキャロットを指差した。
ヘルキャロットからは魔石を既に回収してある。
「なるほど、それで懐かれたという訳ですか。見れば見事な白馬ではないですか。ほれ、どう、どう」
ユーリが近づくが、白馬は首を振って後ずさる。
「どうも、私は嫌われたみたいだ」
ペガサスに嫌われたユーリは自分の隊に戻った。
それからまた行軍を続けるが、ペガサスは俺たちの近くから離れようとはしなかった。
ラピスもそんなペガサスを不憫に思ったのか、鳥車から降りて、ペガサスに乗っている。
だが、馬具がないので、乗り辛らそうだ。
その夜、エリスに転移魔法で、メルゲ爺さんを連れて来て貰い、ペガサス用の馬具を製作して貰う事になった。
3日ぐらいで出来るとのことだったので、その頃に受け取りに行く。
メルゲ爺さんもペガサス用の馬具を作るのは初めてらしく、
「儂の寿命も10年延びるわい」
と、言っている。
メルゲ爺さんにその事を聞くと、
「まあ、そういう言い伝えじゃな」
と言っていた。
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