第236話 眠れない夜

「既に投降している者を何故殺した?」

 俺が村長に問い詰める。

「こやつらは既に討伐指令が出ています。生かしておいても問答無用に死刑になる者たちです」

「しかし、相手は武器を持っていなかった」

「壁を開けるとそこから蝿のように逃げてしまったでしょう。そうするとまた住民が難儀を負います。

 それに次も同じ手に乗るとは言えません。これは千載一遇のチャンスだったのです」

 村長の言わんとする事は理解できるが、投降して武器を持っていない者を嬲り殺しのようにするのは、気持ちがすっきりしない。

「キバヤシさま、今回はご協力頂きありがとうございました。今後は、キバヤシコーポレーションとは末永く協力関係を築いていきたいと思います」

 この村長はドライだ。恐らくビジネスマンになっていたら、大成していただろう。

 協力関係も、お互いの利益になる間は、相互にとってメリットがあるだろうが、一旦関係がギクシャクすると、その協力関係は脆くも崩れ去るだろう。

 こちらもそれを念頭に置いて、付き合わなければならない。

「ええ、今後ともご協力のほどよろしくお願いします」

 一応、ビジネス的な返し方をするが、余分な事に神経を使わないで済む分、付き合いは楽かもしれない。

 ヤマトに提供された野菜や水を積み込み、セゴネビア村を後にした。

 セゴネビア村は珊瑚や真珠が採れ、村もキバヤシとの交易を希望した事もあって、今後とも貿易を続ける事になった。

 すると航路をここまで拡大する必要がある。外洋航路用の船が3隻では足りなくなってきた。

 村長にセゴネビア村の位置を聞いたが、王国の南西部にあたるそうで、所属する領土はサウスイグランドという小さな領らしい。

 領主はガーネッシュ・イグランドいい、女性領主とのことだ。

 サウスイグランドはもともと北にあるノースイグランドと一つの領土だったが、100年ほど前に当時の領主が二人の子供に領土を分け与えたため、それから北のノースイグランドと南のサウスイグランドに別れたとの事だ。

 このあたり、モン・ハン領に似ている。あちらは内紛により別れたが、こちらは領主が分けたのであって、成り立ちはいささか異なる。

 ただ、サウスイグランドは女領主であり、他領から血の混じる事を恐れ、ノースイグランドの領主に嫁入りする事が決まっているそうだ。

 そして、100年ぶりに一つのイグランド領となるという事だ。

 先のプロギス領主もそうだったが、一つの領土を守って行くのも大変だ。

 領主が自由に全て何でも出来る、という訳ではない。

 領土のため、領民のため、結婚なんて自由にできない。

 政治的に嫁ぎ先を決めれるならまだしも、自分で自分を政治の道具としてみなければならないのは、どういう気持ちなんだろうか。

 生まれた環境が悪かった、と諦められるのだろうか。

 プロギスの女性領主は「それが私の人生だ」みたいな事を言っていたが、それで納得しているのだろうか。

 ベッドの中でそんな事を考えてしまう。

 ふと、ラピスの寝顔を見る。

 ラピスは、どう思っているのだろうか。

 ラピスも小さい頃から結婚の話があったと聞いている。しかし、今では俺の妻だ。

 しかも、商人の第三夫人なんて、他人から見れば妾同然として扱われる存在だ。

 どうして、そこに嫁に来る気になったのだろう。

 もっと良い嫁ぎ先もあっただろうに。

 ラピスに聞いても、その答えは分かっている。

「私の気持ちに正直にしただけ」

 きっと、こう答えるだろう。それはある意味正しいのだろうが、本当に後悔していないだろうか。口では「後悔していない」と答えるだろうが、気持ちの奥底には後悔が潜んでいるのではないだろうか。

 俺はラピスを後悔させていないだろうか。

 そう思う自分に自信が持てない。

 他の人はどうなんだろう。自分の妻に向かって、「俺が旦那で良かっただろう」と自信を持って言えているのだろうか。

 反対に女性はどうなんだろう。

「私が妻であなたは幸せ者よ」と言える妻は何人居るのだろう。

 それを思うと夫婦になるのがゴールではなく、夫婦になってからが、人間としてのスタートなのかもしれない。

「う、うん、どうかしました?」

 ラピスが目を覚ました。

「あっ、いや、ラピスの寝顔は、可愛いなと思って」

「ふふふ、また、どんな悪夢を見たのですか?いつにない言葉ですこと」

 俺は顔を真っ赤にして照れた。

「まだ、早いから、今から二度寝だ」

 照れた俺はシーツを頭から被ったが、きっとエリスとミュも起きていて、俺たちの会話を聞いていたに違いない。

 翌朝、起きた俺は昨晩の事があったので、嫁たちの反応を伺っていたが、嫁たちはいつものように振舞っていた。

 俺に気を使っているのかもしれない。

 俺はしばらく起きた嫁たちを見ていたが、

「旦那さま、どうかしました?」

「いや、俺はお前たちが嫁でつくづく良かったと思って…」

「???」

「何か熱でもあるんじゃないですか?」

 うるさい。折角、褒めてやったのに。

 その日の俺は、朝からちょっと機嫌が悪かった。

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