第228話 失恋

「うっ」

 エミリーがトイレに駆け込んだ。

「エミリー、どうしたの?」

 ラピスが心配になって、エミリーについて行く。

「はあ、はあ」

「エミリー、あなた、まさか」

 ラピス、エリス、ミュが一斉に俺の顔を見る。

「旦那さま、怒りませんから正直に言って下さい」

「そうよ、今更、どうすることもできないわ。しかし、いつの間に……」

「ご主人さまの間違いはミュの間違いです。帰ったら、早速手続きを……」

 えっ、ちょっと待てよ。こっちは普段の仕返しをしただけだ。どうしてそうなる。

「あなた、末永くよろしくお願いします」

「いや、いや、いや、エミリーとはそんな事した覚えはないぞ。お前、何を言ってるんだ」

「だって、あなたがしてくれたおかげで、こうなったのですよ」

 そうです、俺がしたからしたからこうなった。間違ってはいない。間違ってはいないが、違う。

「エミリー、貴方の身体は大事な身体、仕事はいいから、ここでゆっくりしていてね」

 ラピスがエミリーを気遣う。

「ありがとうございます、ラピスさま。ですが、私は侍女です。侍女の務めを果たさない訳には行きません」

「いえ、エミリー、帰ったら、もうあなたは侍女ではありません。家族です」

「ああ、やっとこの日が来たのですね」

 エミリーが泣く。

「エミリーのこの姿を見ても惚ける気。シンヤさまってそういう人だったの」

 エリスが声を荒げる。

「そうです、エリスさまの言う通りです。ここは男らしく、認めるべきです。私たちは何も旦那さまを非難している訳ではないのです」

「どんな事があっても、ミュはご主人さまについて行きます」

 そう言いながらもミュは怒っている。

 ううっ、くそー。エミリーに仕返しをしてやろうと思ったのに、どうしてこうなった。

 俺はエミリーに仕返しをしてやろうと生卵を飲ませた事を、結局、話さざるを得なかった。

 その後、俺はエリスに言われ、床に正座させられた。

 くそー、エミリーめ。いつか、いつか、ギャフンと言わせてやる。

 その話は瞬く間にみんなにバレて、大笑いされた。

「もう、いっその事、エミリーさんを貰ってやればいいじゃないですか?」

 シュバンカはそう言うが、これ以上爆弾は抱えたくない。

「儂も婿殿の気持ちは良く分かるぞ」

 エルバンテ公が同情してくれる。

「パパ、可哀そう」

 娘が嫁たちに叱られている俺を見て、優しい言葉をかけてくれる。

「アヤカ、アスカ、ホノカありがとう。パパの味方はお前たちだけだ」

 俺は娘を抱きしめる。

「パパ、ママ達に逆らうとダメよ」

 その通りでございます。

 娘は良く見ている。

「あら、どういう意味かしら?」

 娘たちは3人とも口を押えた。

「あなたたちは、3人ともお仕置きです」

 エリスが叱る。

「きゃー、パパ助けて」

 娘たちが俺の後ろに回った。

「よし、逃げるぞ」

 俺は娘たちの手を取って、部屋から逃げ出した。

 娘たちは遊んでくれていると思っているのか、「キャッ、キャッ」と言って楽しそうだ。

 俺と娘たちは、船の中をぐるぐる走り回って娘と遊んだ。

 しばらくして、部屋に帰ると嫁たち以外、誰もいなかった。

「もう、仕方ないわね。その代り、今夜は分かっているわね」

 昼は娘たちに奉仕し、夜は嫁たちに奉仕する。ああ、これがホントの「つくづく奉仕」って言葉が頭に浮かぶ。

 そんな中、一人の男が尋ねてきた。

「お館さま、エミールさんもこの船に乗船していると聞いたのですが、どこにいるのでしょうか?全然見かけません」

 シノンには、このサザンランド行にエミールが乗船すると伝えてある。

「エミールに会ってみるか?」

「ええ、お会いしたいです」

「ラピス、エミールを連れて来てくれないか」

 ラピスが部屋を出て行った。

 しばらくすると、ラピスがエミールを連れて帰ってきた。

「エミール、このシノンがお前に会いたいそうだ」

「……えっと、エミールですが、ご用件は?」

「……」

 シノンは黙った。

「あ、あのー、女性のエミールさんは?」

「女性のエミールはいない。いるのは男性のエミールだ」

「……」

 シノンはまた黙った。

「えっと、どういう事でしょうか?私はたしかにエミールですが、女性の方でエミールという方が居るのでしょうか?」

「いや、女性のエミールはいない」

 シノンが崩れ落ちた。

 エミールは何の事か分からずに首を傾げている。

 シノンの恋は、船先の泡のように消えていった。

 俺はシノンとエミールに事情を説明した。

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