第215話 ヴェルサルジュ

 野宿をしながら進むが、エリスの洗浄魔法のお蔭で、心まではリラックスできないが、身体だけはどうにか清潔に保っている。

 兵士たちは戦場では身体を洗えないので、洗浄魔法だけでもありがたいみたいだ。

 戦場で洗浄魔法か、などとオヤジフレーズが頭に浮かぶが、決して口に出しては言わない。

 仮にも会長となったのだ。軽蔑の目で見られる訳にはいかない。

 するとオイキミル隊長が、

「いやー、戦場で洗浄魔法とは、これいかに」

 と、兵士の前で言い放った。

 俺はてっきり白い目で見られると思っていたが、兵士たちはゲラゲラと笑っている。

「オイキミル隊長の駄洒落がいつ出るか、いつ出るかと思っていましたが、やっと出ました、ははは」

「まったく、会長や奥さまたちに気を使っているのだと思っていましたがね、ははは」

 そっか、オイキミル隊長ってただのオヤジだったんだ。

「では、私も一発、隊長、体調はいかがですか?」

「うーん、50点」

 こいつら、ただのオヤジ集団だ。


 特に妨害もなく、ヴェルサルジュ公都へ進む。

 リシュジルからの連絡は行ってないだろうが、相手もこっちの部隊は把握しているハズだ。

 逐一、どこを通っているかぐらいは、タウロー伯爵なり、領主なりに入っていると考えた方が、いいだろう。

 斥候に出したミドゥーシャとエルハンドラからは1日に1回連絡が来るが、こっちの方も特にこれと言った情報はなかった。

 ヴェルサルジュ公都へは山を越える必要がある。

 今、峠からヴェルサルジュを見るが、遥か彼方に海が見え、その海沿いに街が見える。

 この山を下りてまだ1日以上掛かる見通しだ。

 山を下って行くと、両側に崖が聳え立ってきた。

 ちょうど、黒部の雪の回廊みたいになってきている。

 その道に沿って、雪解け水が小川になって流れていく。

 この小川に沿って降りて行くと、ヴェルサルジュ公都へ入るギブ要塞に至る事になる。

 山道を下って行くと、両側の崖はどんどん高くなっていく。

 沿って流れる小川も、既に小川と呼べるものではなくなってきた。

 どうやら、この道は氷河の後ではないかと思う。北欧とかの写真で見た風景に近くなってきたからだ。

 一般の旅人が歩く時間とは違うからだろうか、俺たち以外の隊列を見かけない。

 キチン車だけの隊列は夕方、ギブ要塞に到着した。

 ギブ要塞はこの両側の崖いっぱいに造られており、要塞を避けての入国は物理的に無理だ。

 道沿いを流れていた川は要塞の中に入り、籠城したとしても水を枯れさせて落城する心配もない。

 これが他国からの侵入を許さない、難攻不落と言われる所以である。

 ヴェルサルジュを落とそうと思えば、そこに至るのはこの道以外になく、途中にあるギブ要塞を落とさないことにはヴェルサルジュは落ちない。

 アレストテレスさんとリシュジルが入都の許可を貰いに行く。

 話が通っているからだろうか?

 許可は直ぐ下りたようで、アレストテレスさんとリシュジルが戻ってきた。

「これだけの隊列なのに特に何も聞かれる事もなく、許可が降りました。

 話が通っているとしても不自然すぎます。恐らく、ヴェルサルジュ内に引き込んでから勝負するつもりでしょう」

 アリストテレスさんの推測は、外れていないだろう。

 要塞を出た俺たちの隊列は、更に山を下って行く。

 麓に降りた時は、横を流れる川も既に船が行き来できるぐらいの川幅になっている。リシュジルに、街の様子を聞きながら進む。

「ところで、私はギブ要塞に入る前の記憶がほとんど無いのですが、どうしたのでしょうか?」

「リシュジルさんはお疲れのようで、すごく良く寝入っていたので、起こさずにいましたが…」

「そうですか、たしかに遠路はるばる来たので疲れていましたが、そんなに眠っていましたか?」

「はい、キチン車は乗り心地も良いので、私も直ぐに寝てしまいますから、眠ったとしても仕方ない事です」

「……」

 なにか腑に落ちないみたいだが、そこから先は特に聞かれる事はなかった。


 ギブ要塞から流れて来る川は、その名の通りギブ川といい、ヴェルサルジュで一番大きい川になるそうだ。

 街の主産業は漁業と農業で、山の方では牛や羊の放牧も行われているとのことだ。

 そして、ギブ要塞から真っ直ぐに進んで、海に面したところに公主邸はあった。

 一面が海に面しており、残りの三面は海の水を引き入れた堀になっている。

 海に浮かんだお城のようだ。

 今回、俺たちは公主に呼ばれたお客ではないので、公主邸に寄る事はしない。

 俺たちを迎えてくれるのはタウロー伯爵という事になる。

 ただ、この街でもキチンは目立つので、俺たちの隊列が行くと住民たちがいろいろ囁き合っている。

 兵士の服も違うし、男性や女性の服も違う。

 明らかに外国人と見分けがつく。

 まさに浦賀にやってきたペリー提督の気分だ。

 リシュジルに案内され、タウロー伯爵邸に向かう。

「ようこそいらっしゃった。キバヤシさま。まずは疲れを癒されよ」

 タウロー伯爵と思われる老人が出迎えてくれる。

 髪と髭は白髪だが、腰も曲がっておらず、いまだに第一線で活躍している様子を伺わせる。

 伯爵は以前は宰相まで務めたということだが、今では家督は息子に譲り引退しているとの事だった。

 俺たちはあてがわれた来客用の部屋に通された。兵士たちは隣に隣接された家屋に泊まる事になった。

 この街は山からの湧水があるため、水が豊富とのことで、タウロー伯爵邸にも風呂があったので、久々に風呂に入り、疲れを落とした。

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