第206話 リシュジル

 老人になったヴェルサルジュ領の兵士たちの様子だが、教会の通信網で情報が伝わってきた。

 国に帰り着くまでに3人が亡くなり、それを見た残りの兵士たちは、急いでヴェルサルジュ領に帰ったということだ。

 早速、ヴェルサルジュ領主に謁見し、キバヤシ領主に助命のお願いを出して貰うように嘆願したそうだが、キバヤシの怒りに触れると次に老人になるのは自分であると考えた領主はその願いを無視した。

 これによって、領主は部下からの信頼を失った。

 ヴェルサルジュ領主は部下に殺されるのではないかと疑心暗鬼になり、結果、公主邸に引き籠り、他領の使者にも会わなくなったということだ。

 老人になった者は軍の幹部の者が多かったので、軍の弱体化も進み、元に戻るには何十年という月日が掛かるだろうと言われている。

 ゼイル将軍家は今回の責任を取って廃爵となったそうだ。

 そんな中、夏のある日、ヴェルサルジュ領からの使者という者がキバヤシ領に尋ねてきた。

 その話をシュバンカ代官より聞いた俺はエリスの転移魔法で、キバヤシ領に転移し、会ってみた。

 会う前はてっきり老人となった兵士のうちの誰かかと思ったが、会ってみたら以外と若い。

「私はヴェルサルジュ領の伯爵家の一つである『リシュジル・フォン・アバルド』と申します。

 今回お尋ねしたのは他でもありません。キバヤシさまのお力をお貸し願いたいと考えております。

 既にご存知とは思いますが、先のハルロイド領紛争の際に当領のゼイル将軍はキバヤシさまに対し、大変失礼な対応をしました。

 その結果、軍の幹部120人が老人となり、既に3分の1程が死亡しております。

 また、それを見た領主は公主邸に引き籠り政務を果たそうとしておりません。

 これにつけ、宰相はなりふり構わず力を振るい、公金横領、軍の私物化などで、既に領の体を成しておりません。

 このままでは、王国の介入となり、最後には王国直轄領となる恐れがあります。

 このため、憂いを持った我々貴族連合は、クーデターを起こし、領主と宰相を退け、新しい領土を創りたいと考えています。

 何卒、キバヤシさまのお力をお貸し頂く事は、出来ませんでしょうか?」

「ヴェルサルジュ領と言えば、王国の西側に位置する領であり、キバヤシ領とは東西の端と端である。

 キバヤシ軍がそこまで、出て行く利益が見当たらない」

「ヴェルサルジュ平定の折には、私が領主に就き、未来永劫キバヤシ領との友好領土としてお付き合いさせて頂く所存でございます」

「話は分かった、数日検討させてくれ」

 使者が退出後、自分の部屋に代官、副代官、ザンクマン将軍、宰相、アリストテレスさんと嫁たちを招いて相談した。

「あの話、どこまで信用できるものでしょうか?」

 俺から、全員に聞く。

「かなり自分たちに都合の良い話ですね、キバヤシ軍で邪魔者を排除して、その地位には自分が就くと。

 キバヤシが得られる代償は、未来永劫の友好とか、次の代にはどうにでもなるものです」

 アリストテレスさんの意見に俺も賛成だ。

「追加の報酬要求を出してみてはどうでしょうか?例えば。ゼイル将軍領とか」

 代官のシュバンカさんだ。後ろには、子供を抱いたウーリカがいる。

 侍女は見つかったそうだが……、見つかったというより、学院を卒業したソウちゃんが侍女として来てくれたとの事だ。

 だが、子供の世話は引き続き、ウーリカがしているらしい。

 彼女の心境の変化に、何があったかは分からない。

「それは一つの手でしょう。だが、相手も既にそれを用意している可能性は高いです。交渉するなら徐々に小出しするのは、常套手段ですから」

「軍の方にも問題があります。一つの領土を制圧するとなると、かなりの規模の軍を組む必要があり、それに伴う軍費もばかにできません。

 それに先のハルロイドでの疲れが残っていますので。行軍で西の端まで行くのは無謀でもあります」

 ザンクマン将軍の言う事も最もだ。

「さて、どうするか?」

「しばらく様子を見ましょう、と言っても1週間ぐらいですが。ルルミの部隊にリシュジルを監視させます」

 宰相のヤーブフォンさんだ。

「ルルミの部隊とは?」

「ミドゥーシャが嫁に行ったので、新しく情報収集部隊を造りました。今ではルルミはそこの隊長です」

 ええっー。びっくらこいた。

「分かった、ではこの街に1週間滞在して貰い、その間に情報を得て、回答することとしよう」


 結果から言えば、リシュジルの行動に不審な点はなかった。

 エルバンテへの船が出る港に行っては、エルバンテの事をいろいろ人に聞いていたが、それはどちらかというと、今話題のエルバンテに興味があるという枠を出ていない。

 ルルミの部隊が24時間追跡しているにも関わらず、それを察知したような素振りも見せないので、スパイという感じでもない。

「どう考える?」

 1週間後、全員が集合した部屋で、俺が全員に聞いてみる。

「不審な行動はありません。いえ、無さ過ぎるというべきでしょう」

「誰かに指示されて来ている?」

「そう考える方が良いでしょう」

「で、あるならば、相手の目的は?」

「まず、お館さまは、どのようなお考え持っているかを聞かせて下さい」

 アリストテレスさんが聞いて来た。

「俺は、リシュジルの行動が普通だったので、ヴェルサルジュに行こうと考えていた。だが、軍で行軍するのは大変だ。だとすると少数精鋭になる必要がある。

 だから、俺と嫁たちぐらいでと思っていたんだ」

「相手もそれが目的だとしたら」

「誘い出してどうするか、だろう?」

「いろいろ使い道があるでしょう。人質にできればですが」

「人質か、人質ね」

「そうか、その手があったか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る