第198話 サイン

 翌朝、川の上に霞がかかり、白い闇と黒い闇が織りなす時間ではあるが、俺は起きて甲板に出てきた。

 早朝の空気は冷たい。そろそろ春になるが、この辺りの木々は、まだ花をつける様子もない。

 俺が一人でいると、見張の兵士が挨拶していく。

 一晩中、見張をして貰って、頭が下がる。

「会長、おはようございます」

 見ると熊族の獣人だ。

「ああ、おはよう。何か変わった事はないですか?」

「いえ、何もありません。我々獣人は夜目が利きますが、それでも異状となるようなものは何もありませんでした」

「分かりました。一晩中、ご苦労さまでした」

 そんな話をしていると、アリストテレスさんと化粧を終えた嫁たちが出てきた。

「静かね」

 ラピスが言う。

「静かですね」

 アリストテレスさんが同意する。

 静寂なのは、これから戦いが起こるのではないかという、予知みたいなものだろうか。

「では、食事に行きますか?」

 俺がみんなを促す。今日は朝から戦いになりそうなので、ヤマトの食堂は早朝から営業中だ。

 食堂に行くと、既にほんどの席が埋まっていた。

「結構、混んでいるな。別れて席を取るか」

 ここでは会長だからという特別席はない。会長も一般兵士も同じテーブルに座る。

「会長。奥さま、こちらへどうぞ」

 見ると獣人が席を開けている。

「いや、それは悪いからいいよ。席が空いていない事もないしね。それに今日は戦いになるから、沢山食べて、頑張ってくれよ」

「は、はい」

 俺は、空いている席を見つけて座った。たまたま、横が1席開いていたところへ、すかさずミュが座る。

「あっ、ミュ、ずるーい」

「そうです」

 エリスとラピスから文句が出るが、ミュは気にしない。

「ご主人さまをお守りするのは、私の役目です」

 そんなところへ俺の前の席が2席空いた。

 今度はすかさず、ミスティとミントが座る。

「あっ、今度はミスティちゃんとミントちゃんまで……」

「だって、他に空いてないんだもん」

 いや、空いているだろう。ほら、あっちにも、こっちにも。

 結局、エリスとラピスは別の席に座った。

 だが、二人の周りには男共が座って行く。そのうち、食事を持って座る順番待ちまで出来てしまった。

 二人は、兵士たちから話しかけられ、食事も出来ない状態になっている。

 二人は兵士たちに人気がある。

 そして、もう一つ人気のあるテーブルがある。

 見るとその中心にいるのは、ホーゲン、ポール、ウォルフだ。

 当然、その周りに居るのは、女性兵士たちになる。

 ポールは急激に白化が進み、純白の肌に白い頭髪になり、精悍な顔立ちの中にも可愛らしさが見えるので、女性に人気が出てきた。

「まったく、ホーゲン、ポール、ウォルフなんて、最近ちょっと見た目が良くなったと思って浮かれているのよ」

「ほんとに、昔は体毛がボウボウだったのに」

 ミスティとミントが言う。

 しかし、この二人も綺麗になってきた。

 サクラシスターズの神シスターの4人には及ばないものの、かなりの人気があるらしく、似顔絵の売れ行きも高いらしい、というのを聞いている。

 次のサクラシスターズは間違いないとの評判だ。

 俺の斜め前の席が1つ空いた。そこに座った女性がいる。

 サクラシスターズで人気ナンバー1、マリンちゃんだ。

 マリンちゃんが来ると花が咲いたようになる。

「シンヤ兄さま、ミュ姉さま、おはようございます」

「ああ、おはよう。遅かったな」

「ええ、食堂の入口で男性兵士たちにサインを頼まれて。一人にサインすると次から次へとしていたら遅くなってしまって」

「あら、私たち、サインなんてした事ないわ」

 ミスティが言う。

「あのー、ここにサインして貰えませんか?」

 一人の男性兵士がマリンちゃんに羊皮紙を出した。

 マリンちゃんは、サッとサインする。

「えっと、ミスティさん、ミントさんもお願いします」

「「えっ、私たちも」」

 羊皮紙の上に3人の名前が並んだ。

「ありがとうこざいます」

 男性兵士は喜んで出ていった。

「へへっー、初サインだったわ」

「なんか、気持ちいいわ」

 ミスティとミントは、まんざらでもなさそうだ。

 しかし、その後ろにまた男性兵士が立った。

「あのー、よろしかったらサインをお願いできますか?」

 食事が終わった食堂は、サイン会場になってしまった。

 会長なのにサインを求められない俺は、食事が終わったので、嫁たちと食堂を後にする。

「ご主人さまには私が居ます。私は、ご主人さまのサインが欲しいです」

「ミュ、サインと精とどっちがいい?」

「精の方で……」

 即答だった。

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