第131話 出店

 約束どおり、鐘2つの時間に店主が尋ねて来た。

 部屋に招き入れ、挨拶を交わす。昨日は、挨拶もせずに店での販売の話をしていた事を思い出し、二人して笑いあった。

「今更、紹介という訳でもありませんが、私が『シンヤ・キバヤシ』、キバヤシコーポレーションの会長を努めています」

「昨日は名乗りもせずに失礼しました。

『フゥンレイ生地店』の店主、『ウラコ・フゥンレイ』と申します。

 そして、こっちは息子の『ジルコ・フゥンレイ』です。よろしくお願い申し上げます」

 フゥンレイ店の店主と言う、ウラコそれと息子のジルコと話をする。

 ジルコの歳は15歳を超えた辺りか、20歳には行ってないだろう。

 受け答えはしっかりしている。

 ウラコさんは父親から譲り受けた店を大きくしたいという野望はあるが、現在の王都でそれを行うのはなかなか厳しい条件があると言う。

 一つは大店と言われる店のバックには貴族が付いており、そのバックがなければ成功しないこと、たまに力のある店が出てきても、大店からの価格競争や圧力で潰される事があり、店を大きくするのは、店舗がどう足掻いても限度がある旨を話してくれた。

 その点、キバヤシのバックには国王陛下が付いているため、貴族からの圧力が考え難いので、後は大店の圧力に屈しなければ、フゥンレイ店も大きく出来るだろうということだ。

 ウラコさんの話は続く。

「店を大きくしたいと言うのは偽らざる心根ですが、もう一つ、都民としてこのまま高い服を買わされるのが良いのかという事です。

 今の服は値段も高く、着るのも窮屈です。

 このような服を都民が買わされるのは大店が儲けたいだけに走り、客を客として見ていないからと思います。

 私としては、お客さま第一で商品を売りたい」

 きっと、本音だろう。俺も呉服屋に入って、客を客として見ていない態度を受けたので、ウラコの言っている事には共感できる。

 ラピスとエミリーはウラコから預かった帳簿を見て、そろばんを使って計算している。

 ウラコとジルコはそろばんを見た事がないのか、びっくりしていたが、

「さすがは、エルバンテ第一の大店、キバヤシ店は違います」

 などと、言っている。

「旦那さま、帳簿の確認が終わりました。赤字は出ていないものの、黒字が大きい訳でもありません。従業員2名くらい雇えば、ぎりぎりというところでしょうか。

 あと、丁寧な帳簿です。これ一つを見ても立派な経営をされている事が分かります」

「お褒め頂き、ありがとうございます。

 改めてそのように言われると恥ずかしいですね」

「もし、キバヤシの系列となると、店長はこちらから派遣したいが、よろしいでしょうか?」

「それはご最もな提案です。私も今の手法だけでは限界があると思っています。ぜひ、新しい風を入れて下さい」

「では、その方向で進めましょう」

「2つほどお願いがあります」

「何でしょうか?」

「一つは店の名前をブランド名を冠した『ミュ・キバヤシ』にさせて頂けないでしょうか?これは私の商人としての区切りです。

 もう一つは、息子ジルコをエルバンテに連れて行って下さり、修行をさせて頂きたいと考えます」

「ジルコさんは、おいくつになりますか?」

「はい、私は今年15歳になります」

「エルバンテでは学院があります。まずはそこに入って貰いましょう。そこで商人となるのなら、その基礎を磨いて貰います」

 王都からの帰りに従者が一人増えた。

 ウラコには、学院の話をすると驚いていたが、学院生にも賃金が出る事を聞きさらに驚いていた。

 その代わりに、態度が悪いと退学になる。

 その事を言うと、

「それは賃金が出る以上は、ご最もな事です」

 と、同意してくれた。

「ところで、あの伸び縮みする生地、私の方ではゴムと言いますが、あれはどこで入手されたのですか?」

「あれはゴムと言うのですか。南方のサザンランドと言われている国になります。王都からだと、まっ直ぐに南に下り、元サン・ハン領を通過し、更に南になります。

 そこは気温も暖かく、雪などは降りません。他にもココナッツという果実も採れるそうです」

 なんとココナッツがあるのか。たしかにそれは南方だ。

 ところで、今、元サン・ハン領と言ったが、モン・ハン領とは違うのだろうか?

 そのことを聞いてみたら、ラピスが答えてくれた。

 それによると、王国は500年前にできたが、その時に勇者を助けた功績でハンという者が領土を得て国を創った。

 しかし、300年ほど前に継承者争いから、兄のサンと弟のモンに別れて争ったと言うのだ。

 父親は急死だったらしく、継承者が決まっておらず、兄のサンは有力貴族が後押しし、弟のモンは宰相や官僚が後押しした。

 結局、勝負はつかず、兄が領主のサン・ハン領と弟のモン・ハン領に別れたが、両者の溝は埋まらなかった。

 そのうち、100年ほどが過ぎたが、時のサン・ハン領主は後押しした貴族を重用したがために内紛になってしまい、国を追われるハメになった。

 そうなると今度は王国が仲介に入ったが、貴族連中は武力で抵抗したため、王国とサン・ハン領との戦争になってしまう。

 その戦争に出陣した盟主は討ち死にし、貴族も滅ぼされ、サン・ハン領は王国自らが管理することになったとの事だった。

 しかし、今でも、元サン・ハン領に関わりのあった人々はサン・ハン領を懐かしみ、その名を出すとのことだ。

 それを聞いてウラコさんに聞いてみた。

「ウラコさんはもしかして、元サン・ハン領の出身なのでしょうか?」

「先祖はそうです」

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