第91話 開戦

「かかれっ!」

 アルテミッド将軍の声が聞こえた気がする。

 一斉に、前衛の騎馬が駆け出した。

「おおっー」

 雄叫びが、ここまで聞こえた。

 騎馬は落とし穴に向かって走って来るが、既にそれは知っているハズだ。

 見ると騎馬隊より前に獣人たちが板を持って走っている。

 橋を架けるようだ。

「今だ!」

 シミラー将軍ではなく、アリストテレスさんの声が響いた。

 その瞬間、鏡を持った工作兵たちが騎馬隊に向かって太陽の光を反射した。

 この鏡は砂漠から持ち帰った珪素からガラスを作り、錫の裏面をつけた物だ。

 鏡の反射で驚いたのは、騎兵より馬だった。

 馬は驚き、落とし穴の手前で止まる事なく、真っ直ぐ突っ込んでくる。騎兵は馬を留めようとするが、逆に馬は勢いを増して走り出す。

 騎兵のうち、半分位が落とし穴に落ちた。

「それっ、今だ。油樽を転がせ」

 塀の上からスキーのジャンプ台のような木を地面に渡し、油樽を転がし始めた。

 樽は坂道を転がり、落とし穴に落ちていく。

「魔法兵!」

「「「ファイヤーアロー!!!」」」

 一斉に火矢が落とし穴に入り、先に落ちていた油樽に火が点いた。

 落とし穴が火の掘りになったのである。

 もちろん、落とし穴に落ちた兵士は焼け焦げて死ぬ。

 後から追いついたハルロイド側の魔法兵が、落とし穴に水魔法で水をかけるが、油に水をかけると逆に火が飛び散る。

 落とし穴周辺に居た騎兵数人が、その火を浴びて火達磨になった。

 火を目の当たりにした馬はもう言う事を聞かない。

 かと言って退却命令も出ていないので、落とし穴の向うで、騎兵は右往左往している。

「弓兵準備」

 陽が落ちると、今までの川からの風が山からの吹き降ろしの風に変わる。

「撃て!」

 アリストテレスさんの声が響く。

 矢が落とし穴の向うの残った騎兵に集中する。

 それによって、半分くらいの騎兵が倒れていく。残った騎兵は後方の陣に逃げて行った。

 落とし穴の火はまだ燃えている。

 火が沈下しないうちに近づくと、矢で居殺される。

 それは橋を架けても同じだ。

 そんなときだ。シミラー将軍が叫んだ。

「儂の命令を無視して誰が戦闘を開始した。誰が良いと言ったのだ」

「儂じゃよ」

 エルバンテ公が名乗りを上げた。

「シミラー将軍、貴様は軍費の横領、軍事品の横流しの証拠が上がっている。なんなら、財務大臣からここでみんなの前で報告させようか。

 まだ、あるぞ、ハルロイド公のスパイ容疑と、我が娘ラピス殺害容疑だ」

 シミラー将軍が取り囲んだ兵士を切り捨て、塀の下に馬に跨ったまま逃げ出した。

「弓兵、撃て」

 何本という矢がシミラー将軍目掛けて飛んで行く。

 馬に矢が刺さり、将軍が落馬したが、坂道を下っているので勢いは止まらず、馬もろとも、火が残っている落とし穴に落ちていった。

 落とし穴の中から、火達磨の人が這い出てきて、そのまま前方に倒れていった。シミラー将軍の最後だ。

 その姿を敵も味方も見ており、戦場にしばしの静けさが漂った。

 ハルロイド軍の騎兵は、そのほとんどが亡くなったが、歩兵隊以下はまだ無傷のままだ。

 落とし穴の火が消えれば、それこそ死に物狂いで攻めてくるだろう。

 なにせ向うには食料がない。

 こちらを落とせなければ飢えるのだ。

 ハルロイド軍が火が鎮火するのを今か、今かと待っている様子が手に取る様にわかる。

 鎮火すれば、今にも走り寄ってくるだろう。

 こちらは向うの士気を挫かねばならない。

「油樽用意!」

 再びアリストテレスさんの声が響く。

「放て!」

 油樽が落とし穴に向かって落ちていき、鎮火しかけた火が再び燃え上がった。

 風は完全に山からの吹きおろしの風に変わっている。

 恐らく、ハルロイド軍には死体の焦げる臭いが届いているだろう。

 腹の減ったところに死体の焦げる臭い、どんな気持ちでこの臭いを嗅いでいるのか。

 残酷と言えば、残酷な状況だ。

 ハルロイド軍後方の船から火が出た。

 風に乗った火の粉が船に燃え移ったみたいだ。船員が急いで消火活動をしているようだが、隣の船に燃え移り、今のうちに出航しないと全滅の様子を呈してきた。

 軍の中でも揉めているようだ。

 そのうち、1隻が岸を離れて行った。

 それを見た兵士が、騒いでいるのが分かる。

 また1隻、また1隻と岸を離れていく。

 燃え残った船は全て岸から離れた。

 これで本当に背水の陣になった。

 向うは死兵として向かってくるだろう。

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