第68話 長い夜
アロンカッチリアさんたちも一緒に泊まることになったが、マルガさんだけいない。
「マルガさんの姿が見えませんが」
「寄宿舎は今、生き物がたくさん居てよ。その面倒をみなくちゃいけねぇ。今回、マルガは留守番ってことになっちまった」
それは気の毒だ。何かお土産を渡す事にしよう。
公爵邸に入った子供たちは、目を白黒させている。
ちょっと前まではボロ倉庫で暮らしていた獣人たちだ。
こんな屋敷は見たこともなかっただろう。
「シンヤ兄さんは、ここに住むのか?」
ポールが聞いてきた。
「うーん、どうしようかな」
「ここに住んだら、もう俺たちの寄宿舎には来てくれないのか?」
見るとみんな目をウルウルして俺たちを見ている。
「何を言ってる。みんなは俺の弟、妹だ。兄が兄弟のところに行かないなんて事はない」
「本当か、本当に来てくれるんだな」
「ああ、当たり前じゃないか。それより、お前たちが来てもいいぞ。門をいつでも通れる通行証を出そう」
「そんなのいらないわ。私の転移魔法でちょちょいと来ればいいわ」
まだ、ウェディングドレスを着ているエリスの裾を踏みつけてやったら、見事に転んだ。
それを見て、みんなが目を丸くしている。
「シンヤさま、酷いわ。エーン」
「シンヤ兄さま、エリス姉さまをいじめちゃダメ」
カリーちゃんが、エリスの応援に回った。
「カリーちゃん、いい子ね。私にはカリーちゃんが居ればいいわ」
二人抱き合っている。
「エリス姉さま、お願いがあるの」
「何?、何でも言ってごらん。お姉さんが叶えてあげるわ」
「カリーもシンヤ兄さまのお嫁さんになりたい」
「えっーと、それは無理」
「今、叶えてくれると言ったもん」
エリスが、困った顔をして助けを求めてきた。
「カリーは俺の妹だろう。兄と妹は結婚できないんだよ」
「エリス姉さまは違うの?」
「エリスは最初からお嫁さんだったんだよ」
「カリーもドレス着たかったのに」
「カリーちゃんはドレスを着たかったのか。それは大きくなって好きな人ができたら、お兄さんが着させてあげるよ」
「ほんとに、約束だよ」
アロンカッチリアさんと子供たちは、客間に通された。
俺とエリスとミュ、ラピス、エミリーは公爵さまと一緒に、謁見の間の隣にある私室で憲兵と軍隊の報告を待っていた。
街中はあちこちに篝り火が炊かれ、出歩く人もいない。
たまに見かけるのは憲兵か軍隊のみだ。
どれだけ時間が経っただろうか。扉をノックする音がする。
執事が扉を開けて、外の人間と話しをしている。
執事が公爵さまのところにきて耳打ちした。
「ロイスリッチ伯爵が自殺したらしい」
これはある程度予測されたことだった。
「それで他の人たちは?」
「ロイスリッチ伯は家督を譲られたばかりだったので、その父上と母上が居るが無事だ。あと、家人の執事とかメイドたちも無事保護している」
公爵さまが執事を呼んだ。
「チェルシー長官が居るなら呼んでくれ」
しばらくすると長官が現れた。
「長官、お疲れのところすまないが、捕縛した人たちから事情聴取して明日の朝までに纏めておいてくれんか」
「はっ、分かりました。ロイスリッチ伯の親御さんには明日の朝、事情聴取される事でよろしいでしょうか?」
「うむ、それで良い。明日の朝、謁見の間で聴取できるように進めてくれ」
「はっ、ご指示のままに」
チェルシー長官は娘の方を見ることなく、部屋を出ていった。
「さあ、とりあえずは片付いた。みんな疲れただろう。今夜は休もうではないか」
公爵さまが終了の宣言をした。
部屋に戻った俺たちは、4人で風呂に行った。
公爵邸の風呂は広い。温泉ではないかと思うほどだ。
エリスとミュはいつも俺と入浴しているからか、一緒に入って来る。
ラピスはもじもじして、脱衣場から出てこない。
「ラピス、どうした?」
「いえ、あのーちょっと恥ずかしいなっと」
「じゃ、後から一人で入るか?」
「い、いえ、もう妻ですから一緒に入ります。でも最初は向うを向いていて下さい」
俺がラピスに背を向けて湯船に入っていると隣に人が入ってくるのが分かった。
ちょっとした距離を挟んで湯船に入っている。
「ラピスさま、ご主人さまの隣に行ってください」
「えっ、でも恥ずかしいです」
「でも、もう夫婦ですよ」
「え、ええ」
ラピスが隣に来た。顔を赤くして下を向いている。
そんなラピスの左耳を甘噛みしたら、更に顔が紅くなった。
「では、俺は先に出ているから」
先にベッドに入っている。
どれくらい経っただろうか。3人が入ってきた。
みんな、白いネグリジェのような寝間着を着ている。
俺の隣にラピスが来る。
俺とラピスを挟んで、エリスとミュだ。
ラピスが俺にしがみついて来た。
俺はラピスの方を向いて、彼女の顔を見る。
目と目が会う。横を向いたままキスをした。
長いキスだった。ラピスの目がしっとりとしている。
俺はラピスを抱きしめ、もう一度キスをした。
思えばこれが、ラピスにとってのフォーストキスだ。
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