第65話 妨害
9月30日が来た。
今日は領内は朝から晴れ渡り、気温的もちょうどいい。
領民もなにか浮ついた感じでいる。
それはもちろん、家でも同じだった。
既にミュとエリスは昨日のうちに家を出て、公爵屋敷にて支度をしている。
夕べはこの世界に来てから初めて一人で過ごした。ミュかエリスがいつも傍に居たので、広いベッドが寂しく感じてしまう。
俺はといえば、朝一で例の公爵家の家紋の入った馬車が迎えに来た。
これで、この馬車がここに止まるのは3度目だ。
馬車からは執事が出てきて、恭しく挨拶をする。
そして、一緒に馬車に乗り込んで出発した。
もう少しで、店がある広場に差し掛かろうとした時だ。
同じような黒塗りの馬車が前を塞いだ。
「無礼者、公爵家の馬車である。道を開けよ」
御者が叫ぶが、黒塗りの馬車から貴族と思われる男が出てきて
「ラピスラズリィ公女さまの婚約者とお見受けする。私は、この度の結婚を認めておらぬ。潔く身を引いて貰おう」
そう高らかに言い放った。
周りには市民と思われる人々が囲んで、ざわついている。
「どうした、姿を見せられよ」
俺が出ていこうとすると。執事が止めた。
「お待ち下さい、シンヤさま。ここは私が対処します」
執事は馬車から降りた。
「執事に用はない。ラピスラズリィさまの相手を出せ。
どうせ、公爵さまもラピスさまもその男に誑かされているのだろう。
私が目を覚ましてあげよう」
「これは、ロイスリッチ伯爵さま。この衆人の中、伯爵さまのご家名に傷がつくような事をなされますと、後々の災いとなられると愚考致します。
ここはお通しくださいませんか?」
「ええい、執事では話にならん」
「お目を覚ますのであれば、直接、公爵さま、ラピスラズリィさまに言われる方が効果はございます。
ここで成敗したとなると、伯爵家は恨みを買うことになり、良い判断と思われません」
「なんだと、私のやっている事は愚かしいと言うのか」
「まずは、公爵さま、ラピスラズリィさまにお気持ちを確かめた事がございますか?」
「そんなもの確かめなくても分かっている」
俺はそんなやり取りを馬車の小窓から見ている。
「ええい、問答無用」
いきなり、伯爵が剣を抜いて切りかかった。
執事はそれを躱すと、剣は公爵家の馬車に当たって、傷がついた。
「伯爵さま、無礼ですぞ。伯爵さまが切りかかった事はここにいる民衆全てがご覧になりました。言い逃れはできませんぞ」
「うるさい。俺が領主になれば、民衆など後からどうにでもしてくれよう。おい」
その声に応じて、ならず者が出てきた。
「「「キャー」」」
女性の声が響き渡る。
全部で10人ぐらいだ。
「お前に勝ち目はない。さっさと、相手の男を出せ」
さすがに執事も危ないと思ったみたいだが、この執事は動じない。
「かかれ」
一斉にならず者達が襲い掛かった。
執事はそれを紙一重で躱していく。かなりの実力者だ。
それでも、相手は武器を持っているため、次第に追い詰められて行く。
執事が馬車を後ろに追い詰められた瞬間、憲兵と僧兵が踊り出た。
「な、何者だ」
伯爵が叫ぶ。
そんな中に、一人の男が進み出た。チェルシー憲兵長官だ。
「最初から拝見させていただきました。私は憲兵長官のチェルシーです。
伯爵さま公爵家に切りかかったのは重罪です。ここはお引きなさった方がよろしいではないですか?」
「私は公爵家に切りかかったのではない。公爵さまを誑かす悪人に切りかかったのだ」
「馬車のここに剣でつけられた傷があります。この馬車は公爵家のものです。この証拠があるのに言い逃れはできません」
「お前など、私が領主になれば縛り首にしてくれる」
「この馬車の中の方が領主になられた場合、伯爵さまはどうなりますかな」
「私は伯爵だ、どうすることもできまい」
「さて、それはどうでしょうか?
この結婚式は既に国王に伝えられております。あなたは今、王国全てを敵に回しておられるのですぞ」
当たり前の事を言ってる。それなのにその理屈が解らないらしい。
ならず者達も自分達が置かれている状況を理解したみたいだ。
彼らも相手が、そのような人物と知らずに請け負ったのだろう。
誰ともなく剣を捨てた。
「お前たち、何をしている。こいつらを切れ」
「その者達を直ちに連行しろ」
「はっ」
ならず者達は連行された。彼らも請け負っただけだ。
あの程度なら、死刑になることもないだろう。命あっての物種だ。
ならず者達の方が、よっぽど物分かりがいい。
伯爵は一人になった。
「ロイスリッチ伯爵、ここはお引きになった方がよろしいかと存じますが」
チェルシー長官が言う。
「こうなれば、決闘だ。私と勝負しろ」
その時だ、伯爵に石が投げつけられた。その数はどんどん多くなっていく。
「い、痛い、この私に向かってそんな事をしてみろ、将来後悔することになるぞ」
「お前の方が後悔することになるさ」
「このブタ伯爵、さっさと消えろ」
「ラピスラズリィ公女さまの結婚を妨害するやつは許せん」
伯爵が、悔しそうに顔を歪める。
「どうやら民衆に伯爵さまのお味方は、見えないようですな。
それでもまだやりますか?」
伯爵が唇を噛んで剣を鞘に納める。
そのまま、伯爵家の馬車に乗り込んで行ってしまった。
相手は貴族だ。憲兵では手は出せない。
チェルシー長官が馬車の小窓のところに来た。
「ここからは我々が護衛します」
チェルシー長官が、俺に向かって言う。
「長官、よろしくお願いします」
「はっ」
憲兵に護衛されながら、馬車は教会に着いた。
教会の前は憲兵隊によって、人払いがされており、俺の顔は遠くからは解らない。
人々は一人の男が教会に入っていくのは見えただろう。
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