第61話 退路を断つ

「シュバンカさんには公爵さまの側近として、公爵家に上がって貰いたい。

 そこで、エルバンテ領の財務を管理して貰いたい。

 実はエルバンテ領の財務はどんぶり勘定らしく、集める税金とその使用先が不明な部分が多い。

 公爵さまの家も、赤字なのか黒字なのか分からない状態だ」

「でも、家宰さまが居るのでは?」

「家宰さまは居るが、財務には疎い。それは大臣連中も同じだ」

「つまり、シンヤさまが領主になるまで、金の流れを調べておけということですか?」

「シュバンカさんは、頭の回転が早くて物分かりがいい。

 その通りだ。それにこれは、公爵さまの要望でもある」


「解りました。私シュバンカ・アーレイ公爵家に参じます」

「向うでは公爵さまから役職が言い渡される予定だが、財務大臣になって貰う予定だ。

 それとサポートが付く。サポートはラピスだ」

「「「ええっー」」」

 30代で財務大臣。助手が公女さま。当然、エミリーも入るだろう。

「セルゲイさん、たしか女性の警備員が何人か居ましたね。そのうち信頼できる一人をシュバンカさんたちの警備に回してくれ。

 それとシュバンカさんからの情報も、その女性を通してセルゲイさんが纏めて報告してくれ」

「そういうことなら判りました」

「シュバンカさん頼みましたよ。この先領民の生活は、あなたにかかっているかもしれない。

 だが無理はしないように。私が行くまでは、不条理があっても耐えてくれ。

 それはラピスにも言っておいてくれ」


「判りました。自分の身が亡くなれば、シンヤさまの身も危なくなるということを理解しています」

「そういう事なら判った。嬢ちゃん、今後とも付き合いが長くなることだろうから、よろしくな。ガハハ」

「は、はい、こちらこそ、より一層今後ともよろしくお願いします」

「公爵家には、いい男も居るだろう、早く嫁に行きな。あんたなら、いい嫁さんになるだろう。それとも好きな男でも居るのかい。ガハハ」

「ええ、いかつい顔で、ガハハと笑う人です」


「そうかい、居るのかい。そりゃ、残念だ」

 この男、だから独身だったのか。

 見かねて、フェイユさんが声をかける。

「セルゲイさん、シュバンカの好きな人が誰だか分かりますか?」

「いや、俺が分かる訳ないじゃないですか」

「いかつい顔してガハハと笑う人は、私は一人しか知りません。ここに居る全員、そう思っていますよ」

「えっ、そうなのですか?俺だけが知らないのか、誰だ、そんな幸せなやつ」

 一瞬、場が固まったが、

「「「「お前だよ」」」」

 全員で突っ込んだ。


「へっ、俺?」

 皆、白い眼で見ている。

「いや、いや、いや、俺は顔はいかつくないし、ガハハと笑わないし」

「あたなの顔はいかついし、『ガハハ』と笑います」

 フェイユさんが、堪りかねて言い放つ。

 シュバンカさんは、この男のあまりの鈍感さに恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしている。

「セルゲイさん、女にこのような恥ずかしい思いをさせた責任を取りなさい。それともシュバンカに何か不満でも?」

 フェイユさん、啖呵を切ったよ。

「い、いえ、不満だなんてとんでもありません」

「では、了承ということでいいですね」

「は、はあ?」


 フェイユさんが高らかに宣言する。

「お聞きの通り、セルゲイの妻とシュバンカの嫁入りが決まりました。結婚式の日は追って連絡します。両名ともこれでよろしいですね」

「は、はい」

 シュバンカさんが恥ずかし気に答える。

「お、おう」

 セルゲイさんの方は気が動転しているみたいだ。

 セルゲイ、お前に退路はない。覚悟を決めろ。

 俺もそうだった。


 8月になり1週間が過ぎた。こちらの8月は元の世界の10月中旬ぐらいなので非常に過ごし易い時期だ。

 シュバンカさんは、今日から公爵家に勤務することになって、オープン当初から勤務していた、ミュ・キバヤシの店を去っていった。

 今頃は財務大臣として、公爵家で数字と向き合っていることだろう。

 彼女とは半年程の付き合いだったが、来なくなると穴が開いたような気がする。

 それは他の従業員も同じなのか、なにか元気がない。

 フェイユさんは、公爵家にシュバンカさんが上がる前にどうにかしないと、あの男に任せておくと、いつ結婚するか分からないということで、7月末日に教会に「結婚届」を出させた。

 結婚したと言っても二人は別居状態だ。


 こちらの世界には休日という概念がないので、シュバンカさんは公爵家に缶詰の状態だが、ラピスが気を利かせて時々、家に帰らせているらしい。

 そういえば、最近セルゲイさん、顔からなんだか「いかつさ」がなくなってきた感じがするのは、気のせいではないかもしれない。

 部下の警備員達にも結婚してから、細かな気遣いをしてくるようになったと好評のようだ。


 一方、サルビさんの方は2号店開店準備で大忙しだ。

 新たに雇う店員の面接、店内の装飾、商品の確認、1号店からの移動する店員を入れても最後は自分が責任を持たないといけないので、帰りもかなり遅いらしい。

 場合によっては泊まり込む事もあるそうだ。


 そんな時、ルネサスさんから化粧品が完成したとの連絡があった。

 思ったより早く完成した。

 これなら2号店の開店に間に合うかもしれない。

 2号店は男女の下着、女性用ナプキンを販売する予定だったが、化粧品ができたら、これも2号店で販売するつもりだった。

 オープンには間に合わないと思っていたが、どうにか目玉にできそうだ。

 サルビさんへの開店プレゼントにもなるだろう。


 研究所に行くと、ルネサスさん以下全員が化粧をしている。

「なんだ、その恰好?」

「化粧品って、お肌につけるものじゃない?影響が出ると困るので、こうやって確認しているのよ」

 それはそうだが、男性の化粧姿って、なんかお姉に見えてくるんだけど。

 しかも、お姉言葉じゃないか。


 歩き方とかも内股で、なよなよしてるし。

「あら、会長、私たちの化粧姿ってどうかしらー、ねー、みんな?」

「そうよ、そうよ、私たち、キレイ?」

 ガテン系の男共がお姉言葉で聞いて来る。

 もうやめてくれー。

 エリスとミュも引いている。それは他の人も同じだ。

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