第54話 憲兵長官

 憲兵隊庁舎前に来た。

 入口の両側に憲兵隊員が立哨している。装備も決まっていて、市民の安全を守っているという気概が感じられる。

 庁舎に入ろうとすると立哨の憲兵に止められた。

「お待ち下さい。どちらに御用でしょうか」

「父に会いに来ました」

「お父上というのは?」

「チェルシー・ガゼット憲兵長官です。私は娘のエミリー・ガゼットです」

「しょ、少々、お待ちを」


 エミリーって偉い人の娘だとは思っていたが、憲兵長官の娘だったのか。

 しばらくすると、先程の隊員が走ってきた。

「確認が取れました。ご案内します」

「いえ、結構です。父の部屋は分かります」

 案内を断るとエミリーはそのまま歩き出した。

 俺たちもエミリーを先頭に歩く。

 2階へ上がり、最奥の部屋の前に来た。

 エミリーがノックをすると、扉が開けられる。

 秘書だろうか、若い女性がいた。

「アマンダさん、お久しぶり」

「エミリーお嬢さま、どうされました」

「お父さまに、御用があって。よろしいかしら」

「はい、こちらへどうぞ」

 アマンダさんは隣の部屋へ続く扉を開けてくれた。


「お嬢さまが見えられました」

「おおっ、エミリー。どうした?公女さまと一緒ではないのか?」

「ラピスさまは今、学院で教師をされておいでです」

 今までのことを簡単に説明する。

「あの公女さまが教師、お前が店員をしているというのか」

 アマンダさんも隣で聞いていて、びっくりしている。

「結構、楽しいし、皆頑張り屋なので、私も自分を高めないといけなくて、単なる店員としてもやっていけないわ」


 そして、店の前の広場の使用許可を貰いたい旨を伝える。

「うむ、許可を認めなかったのは憲兵隊長のアルジオだろう。やつは真面目で正直な男なのだが、頭が固いのが玉に傷だな。アマンダ君、アルジオ隊長を呼んでくれ」

 しばらくすると、アルジオさんが来たので、長官自ら問う。

「広場の使用許可願いが出ているそうだが、許可されないと聞いた。何でかね?」

「ファッションショーなる得体の知れない物であれば、危険があるかもしれません。それに広場を使用するとなれば、市民の利便性も低下します」

 最もな言い分だ。役人の答え、そのものだ。

「しかし、市民に娯楽を提供することにもなる。許可する価値はあるのじゃないかね」

「そのような考えもございます。長官のご判断であれば、許可することに異論はありません」

「うむ、では許可しよう」

「ところで、こちらの方は以前来られた、確かミュ・キバヤシ店のガルンハルトさん、で、そちらの方は?」

 さすが、憲兵隊長、一度見ただけで、顔と名前を憶えている。

 俺たちのことはエミリーが答える。

「こちらは、シンヤ・キバヤシさん、店の会長にて、ラピス公女さまの夫となられる方です」


「「「「「ええっー!」」」」」

 その部屋に居る全員が驚いた。もちろん、俺も驚いた。

「こ、これはとんだ失礼を致しました。アルジオ君、直ぐに許可したまえ」

「は、はい、分かりました。ここを出られるまでに、許可証をお作りしておきます」

「それでは遅い、直ぐにここに持ってくるのだ」

「は、はい」

 憲兵隊長のアルジオさんは、猪突の勢いで部屋を出ていった。

「大変、失礼いたしました。それでお連れのお二人は?」

「私の妻のエリスとミュです」

「エリスさま、ミュさまと……、あっ、もしかして女神のエリスさま」

「お父さま、その通りです」

 エミリーの返事を聞いたとたん、チェルシー長官とアマンダさんがその場に跪いた。

「今はただのシンヤさまの妻ですから、気遣いは無用です」

 エリスはそう言って、チェルシー長官とアマンダさんを立ち上がらせる。

「失礼しました。こちらへお掛け下さい」

 チャルシー長官がソファーを指す。

「アマンダ君、何をしている。お茶だ、お茶」

「は、はい」

 今度はアマンダさんが、猪突のごとく部屋を出ていった。


「シンヤさま、それでこちらのミュさまというのは?」

 どうせ、調べれば分かるだろうから、正直に言う。

「ミュは第二夫人で、悪魔になります」

「なんと、女神さまと悪魔を妻としているか。するとラピスさまは第三夫人となるのか?エミリー、まさかお前が、第四夫人なんてことにはならないだろうな?」

「私はそれでも構わないわ」

 おい、ちょ、待てよ。

「ラピスさまが第三夫人なんてまだ決まってません」

 チェルシー長官が「へっ」という顔をしている。

「もう決まったようなもんじゃないですか、それともラピスさまに何かご不満でも?」

「ラピスさまに不満はありませんが、公爵さまが何と言われるか」

 その瞬間、二度目の地雷を踏んだ事を自覚した。

「ふーん、ラピスさまに不満はないと?」

「ご主人さま、公爵さまが認めればラピスさまを第三夫人にと、お考えだったのですね」

「えっ、いや、そういうつもりで言った訳ではなくて……」

「どういうつもりかは、今夜ゆっくり話し合いましょう。もちろん、ラピスも交えてね」

「できれば、第四夫人まで話し合われるのがよろしいかと……」

 エミリー、火に油を注ぐな。

 一瞬のうちに部屋全体に、女神と悪魔のオーラが充満した。ガルンハルトさんは既に床に崩れ落ちている。

 チェルシー長官は辛うじて息をしているようだが、瞳孔は開きっぱなしの状態だ。

 紅茶を持ってきたアマンダさんはその場で失禁し、崩れ落ちた。


「エミリー、大丈夫か」

「ええ、こんなの日常ですから」

 いや、日常ではないと思うぞ。エミリーの神経は図太い。

「エリスとミュ、これはエミリーが許可を貰うための口から出た詭弁だ」

「えっ、ご主人さま、そうなのですか?とても詭弁とは思えませんでしたが」

「そ、そうよねー、ラピスが第三夫人なんて、ホホホ、嫌だわー」

 女神と悪魔のオーラが一瞬にして納まった。

 チェルシー長官とガルンハルトさんが、あの世から戻ってきた顔をしている。

 アマンダさんは顔を真っ赤にして出ていった。

 いや、あんたの娘の方が、いい度胸してると思うぞ。

 その時だった。扉を勢いよく開けて、アルジオさんが入って来た。

「許可証を、お持ちし…ま…し……た」

 部屋の中を見渡し、何が起こったのか分からないようだ。

「ありがとうございます」

 俺たちは許可証を受け取ると、直ぐに部屋を出た。


 チェルシー長官がアルジオ隊長に呟くように言う。

「命が惜しくば、あの3人には逆らうな」

 アルジオ隊長は無言で首を縦に振った。

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