第52話 経営課題

 店の方は輸送部門を作ることになったが、こっちも一筋縄にはいかない。

 馬車は金を出して作ればいいので、時間さえあればどうにかなるのだが、問題は馬車を引く馬がいないのだ。

 馬は軍隊か貴族が所有しており、特にいい馬は軍隊が所有している。

 一般の馬車用の馬は軍隊で高齢になった馬のお下がりになるが、それでも絶対的な数が少ないため、かなり高価だ。

 自分たちで馬を育てるには放牧場を所有しなければならないので、現実的に不可能に近い。それに、1頭の馬からは1年に1頭しか仔馬が生まれないので、生産性が良くない。


「輸送部門の設立に向け、調査を開始しましたが、今申し上げたように馬の手配がかなり難しい状態です。

 軍隊からの払い下げの馬は高齢なので使用できる期間が短く、またそれが輸送費用に反映されることになり、輸送代金が高価となる原因にもなっています」

 街中の運送業者の数が増えないのも馬の入手に問題があるということか。

「若い馬をたくさん入手できれば、輸送費用の削減も期待できますが、それがかなり難しいのが現実です」

 ガルンハルトさんの発言が終わった。


 言ってることは理解できる。それがベストだ。会議室に座っている全員もそう思っているだろう。

「しかし、その若い馬を入手するのが最大の課題だろう。ガルンハルト君、入手の目途はあるのかね」

「残念ながらありません」

 俺の腕をミュが引いた。

「ご主人さま、キチンを使えないでしょうか?」

「キチンをか?」

「はい、性格は馬と同じように大人しく、主人のいう事も聞きます。問題は馬車を引いた事がないことですが、やってみる価値はあると思います」

「そうだな、キチンをどうやって手に入れる?」

「魔物の森から卵を持ち帰り孵化させるのが、手っ取り早いかと」

「キチンってどれくらいで成鳥になる?」

「大体1年です。魔物は直ぐに大きくならないと他の魔物の捕食対象になります。なので成鳥が早いのです」

 1年であの大きさになるのか。そういえば鶏も1年で成鳥になるっけ。


「分かった。やってみよう」

 沈黙している会議室に俺の声が響いた。

「キチンという魔物がいますが、それを馬の代わりにしようと思います」

 室内がザワザワする。

「キチンを馬代わりに馬車を引かせた事はありません。そのため、確認が必要なことから馬車ともども1週間ほどお借りしたい」

 今も店にある馬車は業務用として使っており、輸送には使用していない。これを利用する。その間不便をかけることになるが理解して貰おう。

「分かった、これについては、シンヤさまにやって頂こう」

 アールさんの終会宣言で会議は終了となった。


「エリス、馬と馬車を寄宿舎まで転送できるか?」

「何言ってるの、無理に決まってるでしょう」

 やっぱ無理か。しょうがない、馬車で行くしかないか。

「よし、では馬車で行くから、子供たちのお土産も持って行こう。ラピスも行くだろう?」

「行きたいのはやまやまですが、学院の教師もやっていますし、時間が取れません」

「いや、帰りは駄女神の転移魔法があるから」

「では、行きます」

「ちょっと、横で聞いていれば今『駄女神』って言ったでしょう?誰の事を言ってるの?」

 それには答えずに、

「さあ、お土産でも買いに行こうか」

 さっさと歩きだす。

「ちょっと待ってよー、シンヤさま今夜は覚えときなさい」

 エリス、お前も立派なピンク脳だ。


 馬小屋から馬を出し、馬車に繋ぐ。

 この前、納品された生地で結局使用しなかった生地があったので、子供たちに持って行くことにする。

 ルルシィさんとマルガさんは、お針子さんの仕事をしていたとのことだったので、生地さえあれば、子供たちの服も作れるだろう。

 子供たちに教えることも可能だ。

 馬車で市場へ行き、食材も買っていく。フレッドさんの店があったので、立ち寄った。

 既に、フレッドさんには貧民街のエミリアさんにへ余った食材を降ろすように頼んでいる。

「フレッドさん、今日は余っていない食材を貰いに来ました」

「おうよ、どれを持ってく」

 購入する食材を指示する。

「そんなに買ってくれるのかい。お得意さまさまだな」

「また、余った食材はエミリアさんに渡して下さい」

「分かってるよ、あんたも物好きだね」

 馬車が食材で半分くらい埋まった。生地と食材でこれくらいあれば十分だろう。

 屋台で軽い昼食を採った後、馬車を東門に向けた。

 寄宿舎に着いたのは夕方だ。


 一つ驚いた事がある。

 丘のかなり下の方に塀ができていたのだ。

 塀にある門を潜ってから寄宿舎まではかなりの距離があった。

 その間には畑や田んぼ、あとどこから持ってきたのか、牛に山羊、羊まで放牧されていた。

 塀は、たぶんアロンカッチリアさんが造ったに違いない。畑や田んぼを荒らされないためだろうか、魔物からの襲撃も想定しているかもしれない。

 寄宿舎に着くと、夕方ということもあって、子供たちが皆一斉に出てきた。

 アロンカッチリアさんとルルシィさん、マルガさんの姿もある。

 俺たちの中での人気ナンバー1はやはり、エリスだ。

 子供たちと1週間過ごしたからか、もうお母さんみたいになっている。

 エリスは早速、

「はいはい、騒がない、騒がない。今日はお土産があるから後からご馳走よ」

 子供たちが歓声を上げている。

 ラピスも人気だが、ミュは悪魔だと知っているからか、子供たちはあまり寄ってこないので、少し涙目になっている。


 可愛そうなので慰めておく。

「ミュの事は、俺が一番知っているさ」

「ご主人さま」

 今夜は、エリスに加え、ミュからも突撃命令が下りそうだ。

「ねえ、今夜は泊まっていくの?」

 カリーちゃんが聞いてきた。

「ごめんね、仕事があるから、皆で夕食を食べたら帰らないといけなんだ」

「えっー、残念」

「でも、ちょくちょく来るから大丈夫。なんたって、駄女神の転移魔法もあるしね」

「エリス姉さんは駄女神じゃないもん。ちゃんとした女神さまだもん」

 それを聞いたエリスが、

「カリーちゃんは、ほんとにいい子ね」

 と、言って抱きしめている。

 それを見たミュが、

「私にも駄悪魔と言って下さい」

 ミュの思考回路が、ショートしているらしい。

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