第46話 貧民街

 翌朝、ミュは日も昇らないうちに起きて、リビングに行った。

 公女さまたちは、まだ寝ていたらしい。

「まだ、眠ってました」

「そうか、では、しばらく二人でこうしていよう」

 ベッドの中でイチャイチャする。

 窓の隙間から陽が射し込んできたのを見て、ベッドから出て二人でリビングに行き、公女さまたちを起こして、朝食にする。


 公女さまたちは無言だ。

「公女さま、今日は学院に行き、イリと落ち合って貧民街に行きます」

 公女さまとエミリーは顔を真っ赤にして頷くだけだ。

 やっぱり、やり過ぎただろうか、ちょっと反省だな。

「あ、あの、エリスさまとも愛し合うのですか?」

「エリスも妻だから当然です」

「エリスさまも、あんなにキレイに愛し合うのですか?」

「エリスさまとご主人さまの愛し合う姿は、とってもキレイです」

 ミュが答える。

 二人とも頭から湯気が出るかの如くだが、無言だ。


 しばらくして公女さまが、

「私も本当に愛し合う人ができたら、あんなにキレイに愛し合えるでしょうか?」

「公女さまも心から愛する人ができたら、キレイになりますよ」

 本心から言う。

「私も本当に愛し合える人と結婚します」

 顔は真っ赤だが、割りとしっかりと答えた。


 学院にイリを迎えに行く。

 イリの服装は学院の制服だ。イリはブロンドの髪が肩まで伸びている。

 綺麗より可愛い感じのする子だ。

 会長と公女さまと居るからイリも緊張しているのだろう、会話がほとんどない。

「ここ辺りから貧民街に入ります」

 イリが教えてくれた。

 住居も壁が欠けていたり屋根に補修の痕があったりしているが、塀の外のスラム街よりは、まだいいようだ。

 道路もごみが多くなり、住民の服もみすぼらしくなってきた。

「ここが私の家です」

 扉を開けてイリが入っていく。

 俺たちが外で待っていると、さほど時間もかからず、母親と思われる人が出てきた。

 30代半ばぐらいか、エイさんと同じくらいだろう。

「これは、これは、イリから学院の方と伺いましたが」

 イリには正体を言わないように、学院の方とだけ紹介するよう前もって言ってある。

「どうぞこちらにお掛け下さい」

 しばらくすると、お茶が出てきた。

 たぶん、この家で一番良いカップなんだろう。気遣いが感じられる。


「あのう、それでどのようなご用件でしょうか?イリが学院で何か問題でも?」

 このまま嘘を吐いても良かったが、ここは正体をばらすことにした。

「実は私たちは貧民街に来たことがありませんでした。貧民街の方がどのような生活をされているか、確認したかったのです」

 言い方が横柄だが、本音だ。

「それと、私は学院の経営者で会長のシンヤです。そして、妻のミュ、こちらはラピスラズリィ公女さまと侍女のエミリーさんです」

「えっ、」

 イリのお母さんは直ぐに跪いた。

「いいのです。今日はお忍びですから、遠慮は無用です」

 そう言って、お母さんの手を直接取り起き上がらせる。

 昔では考えられなかったことだ。

 お母さんは、以外な展開にボーとしている。

「それでは、イリさんを借りて案内して貰います。よろしいでしょうか」

「は、はい」

「それとこの事は、ご内密に」

 お母さんはもう言葉が出ない。


 イリを連れて歩いていると、人間族と獣人に半分ずつ会う。

 イリに聞いたが、獣人族が半分くらい居るそうだ。

 獣人族はどのように扱われているか聞いてみるが、ここでは人間族、獣人族でいがみ合うと生きていけないから、協力し合う事が自然になっているらしい。

 獣人族でもイリに気安く声を掛けて来る。

 学院の制服を着ている女の子は、人間族の世界でも羨ましがられる。

 貧民街では羨望の眼差しだろう。

 そのことをイリに言うと、

「貧民街から学院に行ったのは、私一人だけなので、最初は凄かったです」

 と答えが返ってきた。


 イリを入れて俺たち5人は、貧民街の広場のような所に来た。

 人間族の市場には遠く及ばないが、小さな店もある。

 ただし、品物はあまり良くない。

 きっと、人間族の市場で売れないと判断された物を売っているのだろう。

 それでも誰でも買えるものではないのか、客も疎らだ。


 その市場の端に人の列があった。

 行ってみると、その先には人族の女性が数人で炊き出しを行っている。

 イリに聞いてみた。

「あれは?」

「あれは、エミリアさんたちです。ここの住人で、炊き出しを行っている人たちです」

 それを見ていた公女さまが

「私も手伝ってきて、よろしいでしょうか?」

「いいですよ、ぜひ手伝って下さい」

 公女さまが、エミリアさんのところに行って話をしている。

 公女さまは変わった。

 こういう時、侍女のエミリーを行かせるのが普通だったのに、今では自分から行っている。

 それを見て俺たちも行く。

 エミリアさんは手伝いを快諾してくれた。

 まさか公女さま自ら配給してくれてるとは思わないのだろう、一人の人族のお爺さんが、

「あんた、公女さまに似て別嬪さんだな、いや、あんな澄まし顔よりよっぽど別嬪さんだ、ははは」

 おい、爺さん本人だぞ、下手すると首が飛ぶぞ。

「えっ、そうですか、公女さまより別嬪さんですか?」

「おうよ、俺は公女さまを見たことがあるが、あんたの方がよっぽど別嬪だ」

 爺さん嘘を言うなよ。

 知らない事ほど、怖いものはない。

「ありがとうございます」

 公女さまは大きな声でお礼を言っている。

 その会話を聞いてイリとエミリーが戸惑っているのが、可笑しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る