第42話 新しい災難
それから数日経過した日の朝だった。朝食を済ませて、獣人の子供たちのところに行こうとしていた正にその時、ドアをノックする音がした。
ミュが出ると、
「ちょっと、お待ち下さいませ」
ミュの声がする。
「いえ、構いません」
ん、聞いたことのある声。エリスと二人顔を見合わせる。
リビングの扉が開いて、そこに立っていたのは亜麻色の髪をポニーテールにしたラピスラズリィ公女さまだった。
「こ、公女さま、何故ここに?」
「お父さまに『もっと下々の生活を見た方が良い』と言われたので、下々の生活を見に来ました」
へっ、何その理由。
「お父さまの手紙もあります」
紙に書かれた公爵さまの手紙を受け取る。
紙は羊皮紙より高級品だ。
内容は「この度ラピスラズリィ公女に公爵の地位を譲り、引退を考えているが、下々の生活を知らないまま、領主になっては領民に迷惑をかけるので、シンヤ殿のところでいろいろ教えてやって欲しい」というものであった。
あの公爵、何を考えていやがる。
見るとトランク10個ぐらい持って来ている。後ろに侍女も立っている。
「へー、これが市民の家なのですね」
部屋を見渡して関心している公女さまがいる。
侍女だって、いいところの出だろう。
こんなところに寄こされて、いい気分ではないハズ。
「公女さま、いきなりでは困ります。心の準備もあります。どうかもう一度、出直しをお願いします」
「お父さまには、『しばらく帰って来なくていい』と言われて出てきましたので、今更帰る訳にはいきません」
侍女を見る。ちなみに侍女の名前はエミリーと言うそうだ。
そのエミリーも、
「公爵さまに『ラピスを頼む』と言われております。公女さま共々、よろしくお願い致します」
そういえばこいつら、下々の都合なんて考えないやつらだった。
「これから塀の外の歩いて鐘3つのところまで行かなければならないので、とてもお相手できません」
と、言うと。
「分かりました」
侍女のエミリーがトランクの一つを開いて、パンツタイプの服を取り出した。
靴もブーツを取り出している。
そしてその場で着替え始めた。着替え終わると、
「さあ、これで大丈夫です。早速、行きましょう。
そうです、表に馬車が止めてあります、それを使っても良いです」
外を見ると黒塗りの車体に、公爵家の家紋が入った馬車が止めてあった。
その馬車の周りは、黒山の人だかりである。
それはそうだ。なにしろ公爵家の家紋が入っているのだ。
こんな所に止まっている馬車ではない。
御者だって、しっかりとした服を着ていて、鼻髭を蓄えている。
御者だって一般人ではない。
俺たち3人は抵抗することの虚しさを知った。無条件降伏だ。
「分かりました。それでは皆で行きましょう。ただし徒歩でです」
エミリーもいつの間に着替えたのか、既にパンツスタイルになっていた。
「シンヤ殿の店も、パンツタイプの服を販売して貰いたいもんですね」
ははっー、今度そのように。
とりあえず、御者の方にはそのまま帰って貰い、公女さまとエミリーの分の食料をカイモノブクロに余分に詰めて、出発する。
東門のところで、公女さまが、門兵に向かって、
「うむ、ご苦労さま、ご苦労さま」
とか言っている。
門兵は誰か分からないので、いきなり、制止された。
エミリーが、すかさず前に出て公爵家の家紋の入った剣を翳す。水戸黄門のようだ。
その瞬間、門兵が跪いた。公女さまは、
「良い、良い」などと言いながら、東門を通過して行った。
こいつは、一から教え込まねばなるまい。
「「「はっー!?」」」俺たち3人は、一緒に溜息をついた。
1時間ほど歩くと、公女さまが靴擦れがしたのか「痛い、痛い」と言い出した。
エリスがヒールをかけ、ミュがブーツの皮を柔らかくする。
また、しばらく歩いていたが、今度は疲れたと言い出した。
エリスが体力強化をかける。その繰り返しだ。
いつものは3時間程のところを4時間くらいかかってたどり着いた。
着いたのが、昼過ぎだったので、子供たちは休憩に入っていた。
食堂に行くと皆の顔がある。
ラピスラズリィ公女が獣人の子供を見て、声も出ずにいる。
今までの経緯を話して聞かせると、
「シンヤ殿は獣人を育ててどうするつもりですか?」
と聞いてきた。
「自立してくれればいいと思っています。希望があれば、うちの工場で雇ってもいいです」
俺たちの会話を聞いていたサリーが発言した。
「私はシンヤ兄さまのお役に立ちたいです。工場で働くのがいいのであれば、そのようにします」
「しかし、獣人が仕立てた服を人間族が買うでしょうか?」
「今は何んとも言えません。しかし、それが買える世の中になればいいと思っています」
「そんなのいつになるか分かりません」
「分かりませんが、いつかは出来ると信じてやるだけです。ここで出来なければ、他の場所でやればいいのです」
「言いたい事は分かります。分かりますが……」
「いえ、いいのです。私は公女さまが獣人に偏見を持ってくれなければ、それでいいのです」
「えっ、公女さま?」
「ああ、紹介するラピスラズリィ公女殿下だ」
「ははっ」
アロンカッチリアさんと子供たち、全員が膝をつく。
「良い、無礼講です。立ち上がるが良い」
「それで何故、公女さまがこんなところに?」
「話すと長い話になるけど、簡単に言うと公女さまの勉強かな」
「シンヤさま、ほんとに長い話を簡単にしましたね」
エリスが突っ込んできた。
「えっと、こちらが公女さまだと、こちらの方は?」
サリーが更に聞いてくる。
侍女のエミリーに視線が集中する。
「私は、シンヤさまの3番目の妻でございます」
「「「ええっー、また!!」」」子供たちが驚く。
アロンカッチリアさんは、
「いや、もう何があっても驚かねぇ。驚くもんか」
と呟いている。
「エミリーさん、悪い冗談はやめてくれ」
「失礼しました。私は公女さまの侍女でエミリーと言います」
子供たちが、ほっとした表情をした。
「シンヤ兄さまの事だから冗談と思えなかった。でも良かった、3番目の妻の座は私だからね」
今度はマリンちゃんだ。
「ダメです」
サリーちゃんが反対の声を上げる。
「私も3番目の妻になるー」
カリーちゃんも参戦してきた。
ワイワイガヤガヤやっていると、
「フフフ、ホホホ」
公女さまが笑い出した。
「獣人だろうが、人族だろうが、子供のはしゃぎ声はどこも同じです。皆、シンヤ殿が好きなんですか?」
「「「「はい」」」」
「そうですか、私も好きです」
「えっー、公女さまもシンヤさまの3番目の妻の座を狙っているんですか?うわー、強敵だわ」
マリンちゃんだ。
「そうですね、私もシンヤ殿の3番目の妻にして貰いましょうか」
公女さま止めてくれ。
「「ダメです」」
マリンちゃんとサリーちゃんが、すかさず反対した。
「フフフ、安心なさい、公女は自分の夫は自分では選べないのです」
「えー、誰が選ぶんですか?」
「うーん、それはいろいろですね。お父さまが選ぶ事もあれば、大臣が選ぶ事もあります。他の国から婿殿が来ることもあります。
お金があっても買えない物もあるということです」
「???」
「どうやら難しかったですか?そのうち、分かる時も来ると思います」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます