第41話 エルバンテ公爵

 後日、エルバンテ公爵の屋敷に出来たワンピースを持って伺うと、いきなり謁見の間に通された。

 エルバンテ公爵は現国王の唯一の弟で、この領地も国として認められているらしい。

 しかも、飾らない人柄は領民の人気が高く、親しまれている。

 正面にそのエルバンテ公爵と思われる人が、立派な椅子に座っている。

 その左には僧侶服を着た人、おそらく司教さまだろう。

 反対にはラピスラズリィ公女がいる。

 俺とミュは片膝をつき、頭を垂れる。


「シンヤ殿、直答を許す」

「はっ」

「ところで、エリスさまが見えぬようじゃが、どうしたのじゃ」

「はっ、私と妻のミュで来よとの仰せでございましたので、馬車で待機させてございます」

「何?女神さまを馬車で待機させるとは、構わぬ、エリスさまをここへ呼んで参れ」


 部屋の隅に立っていた事務官みたいな人が、慌てて部屋から駆け出して行った。

「ラピスから委細は聞いた。ラピスを一般市民と同じように待たせるとは愉快、愉快」

「お父さま」

「ラピス、お前も権威を継ぐというなら、もう少し、下々の生活を見た方が良い。

 そういう意味では、良い経験になったであろう」

 公女さまは黙っている。


 エリスが事務官に連れられてやって来た。

 エルバンテ公は椅子から立ち上がり、膝をついてエリスに祈りを捧げた。

 それを見て他の事務官、親衛隊もみんな膝を折っている。

 立っているのは司教さまと公女さまだけだ。

「ラピス、お前も跪け。この方は女神エリスさまなるぞ」

 公女さまは仕方ないように膝まづいた。


「エリスさま、このエルバンテ領に降臨いただき感謝致します」

「エルバンテ公、苦しゅうない。面を上げよ」

 エリス、お前は水戸黄門か。

「この度は、娘がご迷惑をおかけしました。なにとぞよしなに」

「私は今はシンヤさまの妻、事を荒立てることは夫に対しても迷惑であれば、今回の事は忘れよう」

「ははっ、ありがたきお言葉」

「良きに図らえ」

 なんつー上から目線。その瞬間俺が切れた。エリスの後頭部を張り倒す。

 バシッ。

 一瞬、その部屋に居る全員が固まる。

「痛ったー、シンヤさま何するんですか」

「何が『良きに図らえ』だ。エルバンテ公爵さまと公女さまは大事なお客さまだ。失礼があってはならない」

「ウエーン、シクシク」

 エリスが泣き出した。それをミュが慰める。

「いや、元はと言えば我が娘の我が儘が原因、女神さまを張り倒すなどとは……」

「いえ、妻の教育は夫の責任。相手が誰であろうと悪いことは悪いのです。私が代わりに謝りますので、妻のご無礼はご容赦頂きたい」

「それでは、ラピスの我が儘と女神さまの無礼、相殺して貸し借りなしということでいかがかな」

「はっ、こちらもそれでよろしいかと」

「ふむ、じゃ手打ちじゃ、ところでシンヤ殿、そのミュとやらも只者ではないのであろう」

 司教の目が光るのが見えた。


 正体はバレているのだろう。ここで惚けても仕方ない。

「はい、ミュはサキュバス、悪魔でございます」

 ミュはエリスを慰めているが、この瞬間、二人とも固まった。

「ふむ、女神と悪魔を妻に持つ男、そちは何者じゃ」

 きっと教会も俺の正体を知りたいのだろう。

 司教がここに居る訳は、そういうことなのだ。

「私は唯の人間でございます」

「それは表の姿、して本当は?」

「表も裏もございません。私は剣も使えなければ、魔法も使えない商人でございます」

 エルバンテ公が黙った。

 司教が発言する。

「エリスさま、このシンヤ殿が言ってる事は本当なのでしょうか?」

「はい、本当です。私の夫シンヤさまは普通の人間です。それは私が保証いたします。ただ、……」

「ただ、何じゃ?」

「ただ、シンヤさまは少々変わり者です。私はそんなシンヤさまが大好きです。それは、ミュも同じです」

 エリス恥ずかしいよー。そんな大胆に。


「はっはっはっ、なんと。ミュとやら、お主もその変わり者が好きなのか?」

「好きとか嫌いではなく、私はご主人さまが居なくなれば、生きているつもりはありません」

 いや、ミュさん気持ちだけで十分です。

「そうか、そうか。シンヤ殿、所望するなら、この近くに屋敷を宛がうが、いかがかな」

「いえ、私は普通に生活して幸せに暮らすだけで十分でございます。エルバンテさま、司教さま、お願いがあります。私の生活に干渉しないで下さいませ」

「そうか、相分かった。本日はご苦労であった」

「それでは公女さま、これはご所望の品でございます。どうかお納めを」

 ミュが木箱に入ったワンピースを差し出した。

 侍女がそれを受け取る。

「それでは、本日はありがとうございました。これにて失礼いたします」

 3人で、謁見の間を後にした。


「ね、ね、私の上からの言い方、ナイスだったでしょう?」

 へっ、エリス、わざと上から口調で言ったのか?

「エリス、あれはわざとか?」

「そうよ、当たり前じゃない。あそこでシンヤさまが突っ込んで来ると思っていたし、それで貸し借り零にして、お互いが妥協しあえればいいかなーっと思って」

 エリス、お前の事、駄女神って言ってごめん。

「シンヤさまが突っ込んでくれなかったら、私あそこで浮くところだったからもうハラハラしまくり」

『大成功ー』なんて言ってるエリスを見ていたら、俺は仏様の手の平の上で踊っている孫悟空の事を考えていた。

 所詮、人間は神には勝てないのか。


 なら、エリスはどういう考えがあって俺の傍に居るのだろう。

「エリスは何故、妻として俺の傍に居るんだい?エリスなら天界に帰っても十分女神としてやっていけるだろう」

「何、言ってるのよ。大好きだからに決まっているじゃない。他に理由が要る?ねぇ、ミュ」

「そうですね、私も今が一番幸せだし、ご主人さまもエリスさまも愛しています。この関係がなくなるということは、考えた事がありません」

 そうだな、俺もミュとエリスが居なくなることは考えたことがない。

 ずっと傍に居てくれるだろう。

 しかし、この後、大きな問題が飛び込んで来るとは、この時は予想だにしなかった。

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