第28話 強者を求める本能

 間もなく到着した風格漂う2人が取った行動に、涼介たちは驚かされた。


「この愚か者がぁ!」


 と怒鳴りながら、仲間の隊士たちを次々に殴りはじめたのだ。


 彼らは、完全にごうしゅうと化している集団に「組織」としての規律を回復させようとしている。それから、人垣をかき分け、涼介たちの前に出ると、言った。


「新選組二番隊隊長、ながくらしんぱちと申す者だ。安心せい。お前らと戦いに来たのではない。土方さんから話は聞いている。このバカどもを引き取りに来ただけだ」


 簡潔にそう説明して涼介たちを安心させようとする一方で、左手の親指を刀の鍔にかけ、いつでも斬れるように準備している。油断のない男だ。


 涼介は、この永倉新八という男に関する知識を持っていない。

 信用していいのか分からなかった。


 ***


 豪太は、涼介とはまったく違うことを考えていた。


(こいつ、強ぇな)


 豪太に人間離れした強さ以外の取り柄があるとすれば、それは相手の強さを瞬時に見抜く能力だ。その野獣の勘がこう言っている。


 この男は近藤勇と互角か、それ以上に強いだろう、と。


 実際、永倉新八は、新選組の結成より以前に、名門・しんとうねんりゅうめんきょかいでんを得て、道場の師範代を務めていた男であり、近藤をして「実戦なら分からないが、道場での剣術では勝てない」と言わしめている。新選組を出て御陵衛士に加わった阿部十郎のように、剣の腕は「一に永倉、二に沖田、三に斎藤」と評価する者もいる。


 豪太は、強者との戦いを求める本能に駆り立てられるように、永倉に歩み寄ろうとした。

 ところが、その前にもう一人の大柄な男が立ちはだかる。


「なんだてめぇは?」

 と豪太が聞いた。


「新選組二番隊伍長、しまかい。あんたが天童さんだな。会いたかったぜ」


 身長180センチ、体重は豪太の1・5倍ほどもあるきょかんだ。新選組屈指のとしても知られている。彼もまた、強者を求める本能に駆り立てられていた。


 怪物のような2人の大男の視線がぶつかり、火花が散る。


 その傍らを、永倉新八が悠然と通り過ぎた。

 向かっているのは、美羽のところだ。


 ***


「その銃を渡してもらおう」

 と永倉は言った。


 これから隊士たちを撤収させるに当たって、背後から木刀でなぐりかかられるのは怖くないが、銃で撃たれるのは厄介だ。永倉はその脅威をなくそうとしている。


 しかし、左手の親指が刀の鍔にかかっていることが、美羽たちを恐怖させた。それは「銃を渡さなければ、斬る」というメッセージとして2人に伝わっている。


 圧倒的強者が放つ「気」。


 それは、たった今まで場を支配していた美羽たちの気迫を一瞬で吹き飛ばした。


 永倉は銃口を恐れていない。その威風にされるようにして、秀一が尻餅をつき、手に持っていた提灯を落とした。ろうそくの火が紙に燃え移り、ボッと炎上する。


 美羽はさくらん状態に陥った。


「来ないで……来ないで!」


 と叫びながら、目を閉じて引き金を引いた。カチッと音が鳴り、撃鉄が落ちたが何も起こらない。それでも美羽はカチカチと引き金を引きつづけている。


 永倉が刀のこいぐちをカチャリと切った。


 ……次の瞬間。


 振り向きざまに抜刀し、頭上で木刀を受け止めた。

 涼介が、攻撃することを掛け声で知らせた上で、背後から斬りかかったのだ。


「何の真似だ?」


 と問う永倉に涼介は言った。


「俺の仲間に手を出すな。てめぇの相手は、この俺だ!」

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