第21話 豪太、近藤勇と飲む(中)

 豪太が近藤に酒を飲まされている間、咲は別室で、近藤の妾である「お孝」に化粧を施されていた。その前には風呂にも入らせてもらっている。


 化粧と言っても、ゆうじょのそれではなく、白粉おしろいを薄く塗って微妙な陰影を表現し、唇には小さめにべにをさす、町娘のそれだ。


「あんたは、ほんまにべっぴんさんやねぇ」

 とお孝が咲の髪をとかしながら言った。


「お咲ちゃんだったら、京でもいちばんのゆうになれる」


 太夫とは、美貌と教養とを兼ね備えた最高ランクの遊女のことだ。

 お孝の姉である「ゆきゆう」がそれだった。


 深雪太夫は21〜22歳の頃、池田屋に近い茶屋で働いていたとき、近藤勇に見初められて、けされた。京・さめに家を与えられ、妹のお孝と一緒に住んでいたが、病気がちだった姉の留守中に近藤が妹とできてしまい、その後、病死したとも、近藤から多額の手切れ金を受け取って別れたとも言われている。


 ***


 お孝に咲の相手をさせたのも土方の策略だ。


 土方は、咲の尋常でない強さを目の当たりにしている。武器を持たない状態で、近藤・原田・相馬に太刀打ちできるとは思えないが、大将である豪太を逃がすための盾となるくらいの働きはするかも知れない。それをさせないための隔離だ。


 しかし、土方の思惑とは関係なく、お孝は咲が可愛くて仕方なかった。


 お孝も大坂新町でげいをしていたが、近藤に身請けされてからは醒ヶ井の家に一人で暮らしている。退屈していたところへ送られてきた人形が咲だった。


 美女として名高い深雪太夫に似ていて、しかも、愛嬌がある女だったと言われている。そのお孝が、不意に咲を後ろから抱きしめ、耳元でささやいた。


「お咲ちゃんはずっとここにおり。勇はんとうちの娘になり」


 お孝の袖口からびゃくだんが香っている。

 咲はかつてない胸の高鳴りを覚えていた……。


 ***


 豪太が土佐藩邸を出て数時間が経過した頃、秀一が涼介に言った。


「天童先輩たち、いくら何でも遅くないですか?」

「そうは言っても、待つしかねーだろ」


「それに一つ、気になっていることが……」

「どんなことだ?」


「僕たちが今辿っている運命って、御陵衛士が辿った運命とよく似ているんです」


「御陵衛士?」


「新選組の参謀だったとうろうという人が、局長の近藤勇と袂を分かって、隊士十数名を引き連れて結成した部隊です。表向きは新選組の別働隊ですが、思想的には龍馬さんに近くて、薩摩藩ともつながろうとしていたと言われています」


「その御陵衛士と俺たちの運命がどう似てるんだ?」


「慶応三年11月18日、この日、本来の歴史であれば、近藤勇の妾宅に呼び出されるのは、伊東甲子太郎なんです」


「で、その伊東って野郎はどうなった?」


「近藤に酒を飲まされ、酔わされた帰り道、あぶらのこうというところで、新選組の隊士に殺されました。さらに新選組は、伊東の遺体を放置し、それを引き取りに来た御陵衛士の隊士数名を殺害します。『油小路の変』と呼ばれている事件です」


「何だと……!?」


「御陵衛士に間者スパイとして潜伏していた斎藤一からの情報が発端となった事件ですが、その情報がねつ造だった可能性も含めて、すべては新選組副長・土方歳三の謀略だったとも言われています。もちろん、御陵衛士と僕らはまったく別ですが、もし新選組が、最初から殺すつもりで、天童先輩を呼び出したんだとしたら……」


 秀一の説明が終わる前に、涼介は木刀を持って立ち上がっていた。


「伊吹先輩、どこ行くんですか?」


「新選組の屯所だ」


「そんな、危険ですよ!」


「喧嘩しに行くわけじゃねぇ。土方歳三って野郎と話してくるだけだ」


「それなら僕も行きます」


「ダメだ。お前は美羽のそばにいてやれ。心配すんな。俺は天童さんほど無謀じゃねーよ。必ず生きて戻る」


 涼介は一人で土佐藩邸を後にした。

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