第20話 豪太、近藤勇と飲む(前)
杯の中で
新選組が最初の屯所としていた
この男には、そういう一本気なところがある。
新選組局長・近藤勇。
京で活動する倒幕派の志士たちの恐怖と憎悪とを一身に集めたこの男は、慶応三年11月の時点で33歳。眼光が鋭く、丸太のように太い
***
近藤と豪太との会談は静かに始まった。まずは近藤が、咲の捕縛が手違いだったことを詫び、その詫びのしるしとして
豪太の杯に「白雪」を注ぎながら、近藤が言う。
「私は
幕末、薩摩藩が朝廷の信任を得ることができたのは、文久三年8月18日の政変のとき、会津藩と同盟を結び、長州藩の尊王攘夷派を討ったことが発端となっている。その後、長州藩は失地回復を狙い、天子様をさらって京の街に火を放つというクーデターを起こそうとする。それを未然に防いだのが池田屋事件であり、新選組だ。
その薩摩藩が、いつの間にか長州藩と手を結び、今度は幕府と会津藩などを敵とする
奸賊ばらというのは「卑怯な奴ら」という意味だ。
薩摩の人間は「卑怯者」と呼ばれることを何よりも嫌う。そう言われて、刀を抜かなければ薩摩の男ではないほどの、最大級の侮辱だ。
近藤は、示現流の使い手である豪太が薩摩の人間であることを疑っている。そこで、あえて薩摩を侮辱することで、豪太の反応を見ようとしたのだ。
しかし……。
豪太は、近藤が何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「奸賊ばらってなんだ?」
「憎むべき、卑怯者ども、という意味です」
豪太は、近藤が説明した薩摩の政治的な裏切りについては、もちろん理解できていない。奸賊ばらの意味だけは分かったので、それについて同意した。
「その通りだ、近藤さん。悪さはしてもいいが、卑怯なのはいけねぇ」
そう言って、杯の酒をグイと飲み干す。
その悠然とした態度に、近藤は肝を冷やした。
卑怯といえば、今、自分たちがしようとしていることも卑怯だからだ。
女を人質に取り、それを返すから、という約束で一団の代表者を一人で来させ、場合によっては複数人で斬りかかり、殺そうとしている。土方の考えたこの策略を見抜かれたのだと思い、近藤は豪太に底知れぬものを感じた。
(お、恐ろしい男だ……)
***
新選組は「不穏な動きを見せる一団」こと桜坂高校剣道部に、そして、その代表者である天童豪太という男に、途方もない勘違いをしている。
その正体が、わずか5人の高校剣道部員であり、豪太がその全員からバカと認識されているおっさんだとは夢にも思っていない。元々が
ゆえに副長の土方は、厳重な体勢をもってこの男を迎えた。
今、近藤と豪太がいる奥の間には隠し扉があり、土間につながっている。
その土間に潜んでいる新選組の隊士が2人。
十番隊隊長の
その指揮下にある隊士、
原田は槍術の達人であり、何かといえば、すぐに「斬れ、斬れ」とわめく気性の荒い男でもある。史実では、龍馬暗殺の実行犯として真っ先に疑われた一人だ。
一方の相馬は、この時期入隊したばかりの隊士で、まだ目立った働きはしていない。
後に近藤が
その相馬に、原田が声をひそめて言った。
「面倒くせーなぁ。あんな野郎、さっさと斬っちまえばいいんだよ」
***
近藤は豪太を酔わせようとしている。この男の化けの皮をはがすためにも、その上で斬り殺すためにも、酔わせておいた方が都合が良い。
「
と近藤が呼ぶと、
「天童さんは伊丹の酒をお気に召されたようだ。あと二升ほど買ってきてくれ」
「へい」
この峯蔵と呼ばれている男は、新選組の監察方である
山崎は酒を買いに行くふりをして、新選組の屯所へと走った。
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