第18話 青空の下、咲く笑顔

 咲の置かれている状況が劇的に変わったのは、この作戦の成功による。


 涼介たちはその夜のうちに土佐藩邸にいる龍馬を訪ね、頭を下げて頼み込んだ。ちょうど、咲が大石鍬次郎や斎藤一と試合をしていた頃だ。


 龍馬はかいだくし、善は急げとすぐさま永井玄蕃頭を訪ねようとした。が、今夜は危険だ、と土佐藩から止められ、翌早朝になった(4人は土佐藩邸に泊まった)。


 龍馬から交渉を持ちかけられた永井は、それを承諾した上で、交換条件であるかのように龍馬に一つ頼み事をした。


「土佐藩の代表者を後藤象二郎のままにしておいてくれ」

 ということだ。


 土佐藩の中にはいぬい退たいすけ(後の板垣退助)らに代表される倒幕急進派がおり、彼らが前面に出てくることを、この時期、永井は恐れていた。


 龍馬は3秒ほど考えて、これを了承。永井はただちに新選組の屯所に使いを走らせ、「人質に取っている女を仲間のところへ返せ」というこうじょうを伝えさせた。


 新選組にこの指示を断ることはできない。


 龍馬が永井と交渉するに当たっては、土佐藩の後ろ盾を得る必要があったが、それには岩崎弥太郎や中岡慎太郎も協力してくれた。


 後に龍馬が弥太郎をからかうように言う。

「おんしがのためにここまで骨を折るがは珍しいじゃないか」

 

 それに対して、弥太郎は答えた。


「何、あの女にれたのよ」


「咲か?」

「美羽じゃ」


 ***


 咲は座敷牢から出され、身支度を調ととのえると、近藤勇の妾である「おこう」の家に移るべく、土方歳三と沖田総司に見送られ、新選組の屯所を後にした。


 護送役を務めたのはしまかいという隊士だ。


 永倉新八率いる二番隊に属する隊士で、身長180センチ、体重150キロもある大男だ。隊士たちからは、力士さんの略で「りきさん」と呼ばれている。


 その力さんが、体を丸めるようにして咲に耳打ちした。


「土方さん、ああ見えて、悪い人じゃねーから」


 島田は土方より7歳上だが、土方の熱烈な信奉者で、明治33年に73歳で死んだときにも、懐には土方のかいみょうを書いた紙を持っていた。


 ***


 咲が振り向くと、土方はまだ疑いを持っている目をしながらも軽く会釈をした。

 沖田は両手を後頭部に当て、つまらなそうに冬の青空を仰いでいる。


 その沖田が、咲に聞こえるように言った。


「あーあ。俺もこの人と戦ってみたかったなあ」


 史実の通りなら、沖田の命は残り少ない。

 

 その言い方を聞いて、咲は直感した。沖田自身がそのことを分かっている、と。だから、できるだけ口角を上げ、笑顔をつくって言った。


「ボクもぜひ君と戦ってみたい。武州で会おう」


 沖田は嬉しそうに歯を見せて笑った。

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