終章

それから

「いらっしゃいませー!」

 ミールが、精一杯の笑顔で客を迎える。この店の看板娘だが、亭主が留守の間はクッキー作りもキチンとこなす、しっかりとした戦力である。サキヤが突然旅に出るのにも、もうすっかり慣れてしまった。


 あまりにもベーコンクッキーの評判がいいので、甘い生地に塩辛いトッピングの相性がいいんじゃないかと、期間限定で高菜をトッピングしたやつを投入したが、これはさすがにそこそこしか売れなかった。ウィンナーのトッピングも、サラミのやつもそこそこ、やはりベーコンに帰るのである。


 あれから八ヶ月、ミールは、そのお腹に新しい命を宿した。もう、五ヶ月目に入るという。サキヤはミールが転ぶんじゃないかと思い、心配でならない。ミールの後をそわそわついてまわる。そんなサキヤにミールも悪い気はしない。


 今日は秋の大収穫祭。ガリビアと連絡を取りあい、一緒に出店などを見てまわる。ガリビアは、もうひとり生まれて二児のパパとなっている。


 二家族、射的なんぞをやっていると、ミールがつい本気になってしまい、身をのりだし完全に取りにいっている。狙うはダイヤ(ガラス)の指輪である。

(そういえば婚約指輪さえ渡してなかったもんな)

 つぎの店休日、貴金属店に連れてってあげよう。サプライズでもなんでもないけれど、それが俺達の愛情の形。それから式だけは上げておこう。


 射的に夢中になっているミールの手を取り、上の段の軽いやつを狙って取ってやった。


 少しだけ味気ない顔をして、ミールは小さな人形を見つめる。残念そうだが射的屋をはなれた。


 ガリビアの奥さんも話し好きの、人当たりのいい明るいひとで、ミールにクッキーの作り方を熱心に聞いている。ミールは少し得意気にスタンダードの配合と、焼き加減を教えている。


 ガリビアが、上の子供を膝の上にすわらせた。好きなものをフォークで、大皿からお椀へ移して思いっきり食べている。それを笑顔で、見ているガリビア。父親の顔をしている。


 自分もああいう顔ができるのだろうかと、ふと思う。幼少期には、両親の愛情を一身に受けてきたのだ。それを思うと気が楽になっていく。


 花火が上がりはじめた。丸い大きなノーマルは、近くで見ればその迫力に圧倒される。爆発音が、空気の固まりとなって、ドンっと圧がかかる感じだ。そして何より美しい。赤い玉に、青い玉、金色の玉まであつて、見る人びとを飽きさせない。クワイラ城をバックに打ち上げられてて、迫力満点だ。


 花火が終ると小休止だ。また二家族は出店で遊ぶ。サキヤは、えいの姿焼きを食っている。ガリビアら一家も、みんな頼んでいる。


「そんなに美味しいの?」

「美味しいとか、美味しくないとか、そういう問題じゃあないんだよ。えいを食ってると、祭りにきたなーって実感がわくんだよ」


 ミールもひとつ頼む。柔らかく煮込んでいるソースがべったりくっついているそれは、非常に食べづらく、口の回りがソースだらけになる。しかし美味しい。祭の味というのが分かる気がした。


 山車が出てきた。秋の大収穫祭である。この地方の有名な魔法使いや、聖人達が大きな人形で再現されたものだ。


 町を激しく練り歩く。やがてこの町で一番大きな教会へと、無事ゴールすると、すぐさま酒が振る舞われる。

 皆、祭が終わった達成感でわき返り一気に酒を飲んで行く。これで収穫祭は終わりである。


 また、出店で遊んでいるとジャンの一家と鉢合わせした。サキヤとガリビアが

「男の話がある」

 と言い三人で近くの居酒屋に入る。

「こーこーでーいいのーかー?」


 あれから、麓の町へ降りていくと三人ともに、熱が出てきた。サキヤとガリビアは、丸一日でおさまったが、ジャンだけは三日間苦しみ続けた。熱が引いた頃には意識が混濁し、別人のようになっていた。それでもポーリアに着く頃には大分状態もよくなって今に至る。


 言語障害が残ったが脳そのものに障害がある訳じゃあなかったので階級は中将のままである。よくぞここまで回復したと思う。一時は命さえも危険な状態だったのに。


 ビールが運ばれてきた。まずはジャンの一層の回復を願って乾杯である。


「セービアがさあ」

 ガリビアが開口一番禍々しい名前を出す。

「神などいないと言ったそうじゃないか。しかし俺は信じているぜ。神さまとやらよう」

 皆、ビールをぐびぐびのむ。

「パー!たまらんな」

「金の盾の存在を知っているからな。あれが、もとは悪魔の武具で、じょじょにそれこそ神の導きで神そのものになったって言うのを知ってからは俺の信仰心は揺るぎないものとなった」

「役目が終わってからケソネ山に飛んで帰っていったよ。今頃は、温泉にでも入って旅の疲れを取っているんじゃないかな」

 一同は声を出して笑う。


「独立戦争が終わり、ポーリア州は、ポーリア国となった。ドーネリアの傀儡国家ゴエラスの動きもしっかり監視してなくちゃならない。まだまだ仕事は山積みだ」

 ガリビアがおつまみを食べながら言う。


「たーのーんだぞーガーリビアー」

 なぜだかジャンは泣いている。今の自分の不甲斐なさを嘆いての事であろうか。


 三人はビールを一杯飲んだところでおひらきにした。家族が待っている。三人ともまた、祭の輪の中に入っていった。


次の定休日、サキヤはミールを伴って貴金属店に出向いた。ミールは終始機嫌がいい。店に入ると二人の店員が出迎えてくれた。まずは恥ずかしながら予算を言う。そして婚約指輪にもなり、結婚指輪にもなる、ダイヤの大きさが控え目の奴を注文する。

「そういうお客様も多いんですのよ、おほほ」


出された指輪は、ダイヤがリングにしっかり固定させられていてサキヤはすっかり気にいってしまった。ミールの方はなんと泣いている。それはそうだろう。思春期を奴隷として過ごして来たのである。胸が張り裂けそうな喜びが去来しているに違いない。


同じ指輪をペアで買い、店を後にした。




 サキヤは、ある計画を画策中である。店の近くに閉じたままの喫茶店がある。その店舗をかりて、この店で買ったクッキーを持ち込み自由にし、焼きたてのクッキーをお客さんに提供出来ないかと考えているのだ。


 アルバイトを雇い、最初はサキヤがコーヒーのいれかたから、独学で試行錯誤を繰り返していく。アルバイトの女の子も必死である。産業が乏しいこの国では、求人も少ない。メモを取りながら仕事にくらいついていく。


「ふう」

 サキヤは漸く納得が行くコーヒーをいれる事ができるようになった。コツをすべて、女の子に教えていく。女の子は覚えが早く三日もするとサキヤも納得のコーヒーを出せる様になった。


 コーヒーカップをそろえたり、店の見た目を新しくしたり、なにかと物入りである。しかし、借金もせずに、オープンの日を迎える事ができた。


 開店時間はクッキー屋と同じく朝の七時、サキヤはクッキー屋に戻り、手書きのパンフレットをお客さんに配っていく。

「持ち込み自由の喫茶店をオープンしました。是非一度お立ち寄りくださーい!」


 サキヤは必死になってパンフレットを配る。店内にはクッキーの甘い香りが漂っている。

 そこにコーヒーのしまった味が合うと感じてくれたんだろう。

「行ってみるよ」

 常連客がにこやかにそう告げて店を出ていく。

 パンフレット配りもミールに任せて、喫茶店の方へと顔を出す。すると、こちらも行列が出来て満員ではないか!


(当たった!)

 サキヤは思わずガッツポーズを取る。中に入ると、アルバイトの女の子がてんてこ舞いをしている。

「大丈夫かい?」

 女の子は、笑いながら答える。

「最初は戸惑ったけど、もう慣れました」

「じゃあ、店の方はまかせたよ」

「はい!」

 笑顔が素敵な子は、全てを包み込む気がする。この子には安心して仕事を任せられる。


 とにかく忙しい。喫茶店からとって返すと、ベーコンクッキーの減り具合を横目で見ながら厨房に入って焼き直しをする。朝飯のココア味のクッキーを口にしながらコーヒーを飲む。


「カランコロン」

 お客さんが入ってくる。サキヤとミールは満面の笑みで迎えいれる。


「いらっしゃいませー!」




 完


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金の盾と神の導き 村岡真介 @gacelous

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