第七章

この世界の秘密

 翌朝、シルビアは待ち焦がれたかのようにティメイラの港で待っている。そこへユリヒトスと思われる青年とともにリーガル卿が現れる。

「シルビア…手を繋いでごらん」

「あんた…」

 シルビアは手を握ってぎょっとした。


 手先が氷のように冷たい。息もしていない。

 リーガル卿が作り出した「人形」だったのだ。


「バカにするんじゃないよ!」

「これは、流石にばれたか」

 リーガル卿は舌を出した。


「私にまとわりついて何をさせるつもりかい?」

「正直に言おう。手駒にするためよ。ドミネント!」


 見えないくさりに巻き取られ身動きが出来なくなる。その口に麻薬を流し込まされる。シルビアはその場から馬車に乗せられ、消えて行った。


 サキヤとジャンと、ガリビア三人は帰途についた。もう怪物が再び現れない事を、確信したからだ。


 食堂で、サキヤは昨日から再び自分の手に戻ってきた金の盾を眺めていた。そういえばシルビアはどうなったんだろう。気になったので、久しぶりにピリアを呼び出した。

 まずはこんこんとノックをする。ポンとピリアが姿を見せた。


「昨日まで一緒にいた、シルビアがいまどうしているのか探ってほしい」

「わしは遠眼鏡ではないと…」

 目の前に唐辛子を三本ぶら下げた。ピリアはそれを大喜びでひったくり、

「シルビアの動向を探るんじゃな」

 と、乗り気で引き受けてくれた。


 暫くして、ピリアが再び現れた。

「大変じゃ!」

「どうしたんだ?」

「言いにくいがシルビアは、リーガル卿の慰み者になっておる」

「なんだ。そりゃー!」

「ジャン、ガリビア、俺だけでも行ってくる。見捨てちゃおけないよ」

「勿論俺らも同行しよう。」

「おうよ」


 三人は馬を翻すと、シルビア救出へ向かった。



 金の盾に座り、道案内をするピリアが、思わぬ事を呟く。

「しかしのう、あの悪魔を倒していいものかどうか…」

「どういう意味だ」

「『神』がお怒りになるやもしれん」

「なんだってー!?」

「まあ、やってみなければ分からんからな。慎重にやることだ」


 サキヤは頭の中の整理がつかなくなってきた。悪魔を倒すためにこの盾は存在するのではないのか。そもそもこの盾は「神」が作り人間に与えたもうたものではないのか?



 ティメイラにある砦の地下の奥深く、リーガル卿に飲まされた麻薬でうっとりとしているシルビアがベッドに横たわっている。その横でこれからの展望をブランデーを飲みながら占っているリーガル卿がいる。飲みやすい種類のものか、ついつい煽るように口にし、泥酔状態になってしまっている。


(また一体作るか…)

 彼もまた必死なのだ。いずれはモリソン教の一神父から教皇に上り詰め、さらに、ドーネリアからゴエラスに渡る地域の支配者になるのが、当面の目標だからだ。それを終えると当然、全世界の王への道筋が見えてくる。

(こんなところで足踏みしている訳にはいかないな)

 明日、ドーネリアの教団総本部に戻り、また神を一体作ろう。今度は十メートルほどの、しかしレーザーは、さらに強力なものを。


 酔いが回ったうろんな目をして、リーガル卿はベッドに横たわる。ため息を一つつく。



「リーガル卿! この砦が、何者かに破られつつあります。早く脱出を!」

 部下の一人が慌てふためいて、リーガル卿の部屋に入ってきた。リーガル卿は、「捨て置け」と取り合わない。酒のせいであろうか、今は全てが疎ましく感じる。


 砦の一階ではジャンとガリビアが、ここぞとばかりに腕をふるっている。魔物退治はサキヤの出番だ。地下の通路へ、猛然と突っ走る。


 ピリアの案内で地下への階段を見つけた。用心しながら階段を降りて行く三人。槍を持った一団が突進してくる。ジャンが大槍をふるって難なく貫いていく。その姿に一同は怯み引き返していく。残りの者はガリビアの出番だ。槍を剣で弾いて中に入り喉元を突いていく。鮮血が吹き飛ぶ。そしてどたりどたりと突っ伏していく。残りの兵は恐れおののき、散り散りになる。


 その地下空間の奥深く…リーガル卿の部屋だ。サキヤが扉に耳を近づけ、中の様子を探る。音がしない。扉をおそるおそる開けて行く。ロウソクだけが灯った薄暗い部屋のベッドに、一組の男女が寝そべっている。二人とも眠っていると思いきや、男の方がベッドのヘリに座り直す。男は相当飲んでいるらしく素っ裸の上にガウンを羽織り新しいブランデーのビンをこちらへ向かって投げる。思わず手にとるジャン。


「飲むか?」


 ここまできて飲む事はないだろう。と思っていると、ジャンがぐびりとやり始めたではないか!ガリビアが、ビンを叩き落とす。


 男…リーガル卿は酩酊しているのか、どこか達観した様子でまたブランデーをグラスに注ぐ。


「それで……何の用だ」


 こちらを愚弄しているのか!ガリビアの剣が心臓を貫く。しかし、血の一滴すら出ない。サキヤが金の盾を突き付けても平然としている。金の盾は相手が攻撃を仕掛けた時だけ神の導きを発光するのを分かっているのだ。最初は襲撃に驚いてドロウンでもかけて来ると思っていたが、完全に手の内を読まれた格好だ。そんな三人に、リーガル卿はブランデーを飲みながら、静かに語り始めた。


「昔話をしてやろう。それは五千年も昔の話し…」


 リーガル卿はブランデーグラスをテーブルに置く。


「この地にある種族が降り立った。その頃人類は、狩猟や採集で暮らし、文化を持つなど程遠い生活をしていた。ある種族はこれを哀れみ、麦の生産の仕方を教えてやった。やがて千年もした頃、人類は文明の萌芽に目覚め麦作を伝えてくれた種族を『神』とあがめ、各地でピラミッドなどを建造し、麦作の安定を願い、年に一度秋に収穫を祝う祭りなどを繰り広げるようになった」

 三人は訝しげにそれを聞いている。


「ここまでは、よく歴史の授業とかで習う教えだ。ところで、神はなぜ一文にもならない事を人類にしてやったと思う?」


 リーガル卿は「クックッ…」と鼻で笑う。


「それはな、人の肉が旨かったからだよ。この星のどの生物よりもな。人肉をたらふく食うために、人類の種としての優位性を他の動物よりも圧倒的に高くして、人類が繁栄を築き、人口がもっともっと多くなるようにしむけたんだ。才能のあるやつには魔法を教え、武術に長けた者には、剣を教え…『神隠し』って聞いた事があるだろう。あれは若い肉が好きな神が取って食っているんだよ。人間が、若鶏を好むようにな」

 途方もない事を話しているのに、悪びれるところが一切ない。


「ところが人類も、知恵を付け始めたのかこの種族を『神』として崇めるのはおかしいんじゃないかとやっと気づき始めたんだ。彼らはその種族を『悪魔』と呼んだ」


 リーガル卿はブランデーグラスを蝋燭にかかげ、光りと影の揺らめきを楽しんでいる。


「その悪魔の王、すなわち魔王は今教会などに神像として崇められている。それがすなわち魔王セービアだ」

 稲妻が近くで落ちた音がした。雨が強くなっているのだろう。


「魔王セービアは、邪魔者を葬りさるために、一つの武具を作った。他ならないお前が今手にしている『金の盾』だよ。セービアに楯突く者を崩壊させ、セービアの下にはすり寄って来るやつばかりになった。皆が誤解している一点はそこさ。」

「誤解している?」

「そうさ、お前らは、その盾が、禍々しいものを一蹴すると思い込んでいるだろう。ところが本来の使い道はあくまでセービアにとって脅威となる悪魔や魔法使いなどを倒す武具なんだよ」

「そ、そんな…」


 リーガル卿は話を続ける。

「ところがまたもや複雑怪奇な事が起こり始めた。その盾が、セービアの手から離れ人々の願いをきく、善の心を持ち始めたんだ。まごうことなき、神の導きを発光する武具へと変わっていったのさ。発光するかどうかは今やその金の盾が決めている。その金の盾こそが、神そのものなのさ」


 サキヤは頭が混乱してきた。金の盾が、魔王セービアの手から離れ、意思を持った神そのもの……


 と、いうことは魔王セービアも、この金の盾で倒す事ができるのではないのか?それとも、それは危険な賭けで金の盾の気まぐれに頼っているだけなのか。今のところ何とも言えない。


 シルビアが、とろんとした目をして、こちらをみている。まだ麻薬が抜けてないのだろう。完全に心が雲っている。


「魔王セービアの居場所を知りたくはないか?」

 どうやらリーガル卿は、自分で戦うのは危険なので、サキヤ達をけしかけているのではないのか。


 その時である!金の盾が一層煌めきガタガタ、ガタガタと、震え始めたではないか。サキヤは何かを直感し、金の盾をリーガル卿へと向けてみた。するとどうであろう金の盾が発光し始める。リーガル卿は何の攻撃もしてないにも係わらずである。


 リーガル卿が叫ぶ。

「ばかな!俺は何もしてないぞ」

 サキヤも叫ぶ!

「何をいってやがる!何万人殺したと思っているんだ!」


 ついに神の導きが、相手の攻撃もなしに発光した。それが「神」となった、金の盾の強い意志なのだろう。


 リーガル卿は金色の光に包まれる。

「ばかなー!何かの間違いだー!」


 リーガル卿が頭から崩壊していく。

「助けてくれー!!!」


 頭から胸、両手両足腹から腰に掛けて微粒子となって消えていった。後には着ていたガウンだけが残された。


 遂にリーガル卿をこの世から消し去ったのだ!


 皆、暫し呆然としていた。ついにこの馬鹿げた戦争も終わる。次第に喜びがわいてきた。

 三人は肩を組んで抱きしめ合う。これであの怪物をつくれる者も居なくなるはずだ。全ての憂いを立ちきったのだ!



 盾をノックし、ピリアを呼び出す。

「なぜ何も言わなかったんだ?」

「聞かれてないからじゃ!それよりも、魔王セービアの居場所を知りたくはないか?」

「もうこうなったらとことんいくぞ。教えてくれ、セービアの居場所を!」

「ドーネリアがある大陸の西に、ガンボア山という山がある。セービアは、その山の頂上に住んでいる。様々な水晶を辺りにはり巡らせ、この世の覗き見ながら生きている。強力な魔法をつかうぞ。くれぐれも用心する事じゃ」


 リーガル卿が着ていたガウンをシルビアに着せ、ジャンが背負って脱出する。門のところで待ち構えていた十人ほどの兵士を見るとガリビアが突進し切って切って切り倒していく。


 兵舎の横に止めてあった馬車を奪い、そこへシルビアを乗せ、急いでそこから脱出した。野宿をして一泊すると、漸くシルビアがまともになって起きてきた。サキヤが「おはよう」と声を掛けると、小さな声で「おはよう」とだけ返してきた。沈鬱な面持ちで魔方陣を描くと、一言

「ありがとう」

 と言い、朝霧の中に消えていった。


 これでやっと出立できる。ジャンが、旅費をたんまりと持っている。何かあったときにとビリーから預かってきたものだ。


 まずはティメイラからドーネリアに、漁船をチャーターしてたどり着く。三人は口数も少ない。この先に待っている恐怖と焦り。次第に染み入る疑問。みな口には出さないが何故俺達なのか?何故俺達が魔王などという巨大な恐怖と対峙しなければならないのか?寄せては返す波のように、不安が三人を襲う。

 しかし、俺達しかいない。三人はその疑問に打ち勝たなければならなかった。


 ドーネリアに入り、馬を買う。ピリアの案内で、まずはタブレル山脈を迂回するため海に出るルートを選択する。


 サキヤはミールの事を思う。今頃忙しくててんてこ舞いではないのか。そのさまを思い浮かべると、思わず頬がゆるむ。


 皆家族の事を考えているんだろう。馬の上に座り、黙々と進んでいく。


 小さな港町に着いた。今日はここで一泊していく。酒はたのまずに、飯だけをたのむ。店主に聞くとガンボア山まではこの辺りが折り返し地点になるらしい。鋭気を養う為に腹一杯食っていく。


「本当は、軍隊が出張るような事変だ」

 ジャンが口を開く。

「悪かったな、二人を巻き込んで」

 サキヤが心より謝罪をする。

「いいんだよ。これは運命なんだろうよ。最初にエソナ島で出会った時からここに集約するのが運命的だとしか、言いようがない。ここに至ったのは、サキヤ、お前がケソネ山に赴き、俺とジャンが護衛の任についてからのことだ。そこで運命が決まったのさ」


 ガリビアは、運命論の信奉者らしい。それとも諦めの境地か。


 思えば二人にはここ一年ちょっと本当に世話になった。命を救われた事も一度や二度ではない。感謝してもしきれない。


 ジャンが、ブランデーを取り出す。どうやらリーガル卿の部屋からくすねてきたらしい。


 ガリビアが笑う。

「相変わらず手癖の悪い野郎だ」

 今では階級に差がついたので、公には敬語を使うが、三人だけだと全くのため口である。

 それがここちよいサキヤであった。

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