崩壊

 サキヤは言うべきところと、言わざるべきところを、しっかり整理し、まずはガリビアの所へ向かった。ユリヒトスが本気になって、怪物と対峙する気になっている事。理由は言えないが今度は多分怪物を倒せる可能性がかなり高いこと等…


 二人はそのままジャンの家に行く。同じくその話をすると

「新しい呪文でも開発したのかな」

 などと、あらぬ方向へ思考を巡らせる。


「よし、ポーリアの軍師として、怪物の最後を見届ける必要がありそうだな。よくぞ知らせてくれた。サキヤ、ガリビアよ」


 ポーリアの州都クワイラからサンティアナまでは、馬で小走りしても七日はかかる計算だ。三人は朝早くクワイラを出発した。馬は半分ほど走らせたところでセスニア州の州都で乗り捨てにする予定で、少しペースは早めだ。


 三日ほどたった頃、森の中で野宿するため、薪で暖をとっている最中にサキヤは少しだけ二人に告白した。


「金の盾は今ユリヒトスの手にあるそうだ」

「どうして、また」

「さあ詳しい経緯は分からないが、あの『金の盾』という物、必要としている人間の手元に勝手に渡って行くようなもんじゃあないのかな。今、それを一番必要としているのはユリヒトス。そういう事だと思うんだ」

「なるほどな。お前さんは、最初必要だったから手に入れた。しかし今はクッキー屋の店主だから、その手を離れた…分かりやすい理屈だ」

「神の武具だからね」

「意思のような物があるのかもな」

 ガリビアがシメる。

「ところで落ち合うのはサンティアナへと向かう道と、バール州への辻にある宿屋だったな。町の名前は、えーと…」

「ホンティーだよ。日にちまでは決まっていないが恐らく同じくらいに到着するだろう。それも金の盾が、導くはずだ。」

 三人はホンティーへ向かって馬を走らせた。



 ユリヒトスはシルビアと共に馬に乗っていた。左手には、あの金の盾が、小さな鎖でくくりつけられている。


 丸一日馬に乗っていたが、まだセスニア州である。走らせれば丸一日で待ち合わせ場所であるホンティーに着いているところ、敢えてゆっくり馬を進めている。


 ユリヒトスは少しだけ後悔している。サキヤに連絡を取り、自分でも思っても見なかった告白と懺悔をし、最後には泣き出してしまった五日ほども前の事を。


 友人というものとも何処か違う。どころか、敵がい心を持っていたこともある。しかしサキヤとの事を思いだすと、やはり親友を思いだす心地がして、この悪魔に乗り移られた心でさえ、若々しい弾力を取り戻す事ができるのだ。だからこそ、こそばゆい様に恥ずかしいのだ。だからこそ、その恥ずかしさにも身を委ねる事ができるのだ。それはこの一年と少し本気になって生きてきたことの証である。それまでは将来何になるかすら分かっていなかった風来坊のような存在だった。そこに生きる意義と、道筋を見出だしたのは皮肉にも怪物の存在と、サキヤだったのだ。


「ふふ…」

 そんな自分を他人事のように思い出して、可笑しくなり、つい笑ってしまう。

「ひでー様だった」

「なにが?」

「いや、こっちの事だ」

 少しうつむき、恥ずかしそうににやけているユリヒトスを見てシルビアも笑う。


 たぶん友人に、何かを大声で泣きながら訴えていた五日程前の事を思い出しているのであろう。ユリヒトスが思いがけなく人間味のあるところを見せたその友人に、シルビアも会いたくなった。


 二人はホンティーの町へ到着した。町で一番目立つ場所に店を構えている宿屋に入る。そこで二人部屋をとる。


 次の日、あっさりと二組は合流した。やはり盾の導きらしい。夕食がてら皆で大きな食堂に入った。


 食事や酒が運ばれてきた。このように賑やかな食事はいつ以来だろうと喜ぶユリヒトスである。シルビアも、サキヤをじっと見て目が合うと会釈を返す。


「詳しい経緯は言えないが、俺の魔力は大幅に増大した」

 酒も進んだ頃だ、ユリヒトスは本題に入る。

「今度は恐らくあの怪物を倒せる。魔法返しの術、シェドラーを剥がす術、スーネリアもしっかり自分の物にした」


 ユリヒトスの言葉に皆が集中する。

「そこで、サキヤには俺の後衛に回ってもらい、怪物が反撃に入ったら、金の盾で防いで欲しいんだ」


 二人同時に防御しろということか。難題をつきつける。

 すると金の盾が一際、まるで太陽の欠片のように煌めいた。任せておけということだろう。


 食事も終わりユリヒトスはサキヤを誘い、近くのバーに誘う。ここからサキヤにしか耳に入れたくないことだ。そういえばサキヤと差しで飲むのは、初めてではないのか。


「まあこの一年いろいろとあった」

 どちらともなく口を開く。


「今はクッキー屋の主人に収まったんだってな。クッキーなんて売れるのか?」

「バカにするなよ。月の利益はポーリア軍の大尉ほどはある。軌道に乗っているところさ」

「そうか、ならいいが」


 ユリヒトスは、気になっていた。果たしてサキヤの方も、友情のようなものを感じてくれているんだろうかという事を。


 端から見れば片思いの乙女のような心境である。本当は、二人分の防御の話しなどどうでもいい。サキヤの目に俺の戦いを焼き付けて欲しいのだ。俺の戦いを見届けて欲しいのだ。また小さな池に水が溜まっていき、それがある深さまで来ると決壊を起こす。ユリヒトスの目が潤んでいる。決壊寸前である。

「泣くのは、怪物を倒してからだ」


 少しだけドライにユリヒトスを突き放した。明日は決戦の日だ。運命を掛けた戦いが始まるのだ。


 ユリヒトスは聞いてみる。

「俺は以前と変わりはないか」

 サキヤがビールを空にしながら答える。

「見た目はね。ただ少し表情が曇ったような。目の下にくまができているし」

「ズバズバ言う奴だ」


 しかし、その答えに満足した。悪魔になった者にそこまでズバりと言うやつは、彼くらいだろうからだ。


 夜もふけた。二人は宿に帰り、今日は大人しく眠りについた。



 霧が立ち込める朝である。しかしこの霧も昼までには、消えてしまう。五人は早朝から出発すると、今怪物が暴れているというティメイラという港町に到着した。


 怪物が町を焼き付くしている。人々が山に向かって逃げてくる。噂では動きが鈍くなっていると聞いていたが、どうやら復活したらしい。建物という建物を拳で叩き潰していく。


「ユリヒトス!」

 サキヤが金の盾を持って馬を降りる。ジャンとガリビアも、少し距離を取り見つめている。


 そこへ、無差別に怪物の光の線の攻撃だ。家が燃え始める。人々はなすすべもなく、火に包まれていく町を見ているしかない。


 そこへマントを翻しながら怪物に近寄って行く者がいる。ユリヒトスである。すぐ後ろをサキヤが、金の盾を持って着いてきている。

 ユリヒトスは魔力を高めるただひとつの呪文、「トーラス」を唱えながら怪物に近寄っていく。


 最後の戦いが始まった。まずは魔法返しの術、シェドラーを剥がさねばならない。前は、この段階で失敗している。シェドラーを悪魔が掛けたとは夢にも思っていなかったからだ。しかし今回は違う。こちらも悪魔である。しかも、元からの魔力にも、絶対の自信がある。


 ユリヒトスが渾身の魔力を持って叫ぶ!


「スーネリア!」


 竜巻が起きる。その中心部に怪物が巻き込まれる。ゴロゴロ転がる巨大なる怪物。一見美しく見える。しかし人々の死肉で出来ている事を知っているとヘドが出る。


 スーネリアが、シェドラーを剥がしたかどうかは次の一撃で決まる。


 おばあちゃん、姉ちゃん、そして、師アリータ。それらこの怪物が手にかけ、ユリヒトスから奪いさった者を思い浮かべ渾身の呪文を唱える。


「ドロウン!!!」


 ファイルドの赤い光りと、コールディアンの、青い光が耀き絡み付き、怪物に当たり相反するエネルギーを融合させ、その反発力で怪物の左足が大爆発を起こす!


「やった!」


 サキヤがその快挙に叫ぶ。それは彼の能力を考えると予定調和のようでもあり、しかしやはり、快挙以外の何物でもない。


「コールディアン!」


 左足のももの部分を凍らせる。その部分が一瞬にして砕け散る。怪物がこちらに光の線を照射するも、サキヤが前に出てそれを防ぐ。


「ドロウン!」


 今度は腹だ。胃の辺りを中心に大爆発を起こし、内臓が空白になる。心臓で生きている訳ではないようで、まだ残りの上半身は元気である。怪物はやたらめったらに光の線を放ってくる。サキヤがカバーする。


「コールディアン!」


 右腕の肩の付け根辺りを狙う。バキバキと、右腕全体が胴体から離れる。ここにきて大きくバランスを崩す怪物。右腕側にゴロンと転がって左腕だけでジタバタし始める。


 辺りにはものすごい異臭が立ち込めている。並の者なら、一分もすれば逃げ出すだろう。死体が魔法の縛りからはなれ、本来の只の腐敗した肉塊に戻っているのだ。そんな怪物に、ユリヒトスは容赦なく魔法を浴びせかける。


「ドロウン!」


 左肩から先が吹っ飛ぶ。飛んだ左腕は只の肉塊になる。まるで早くこうしてほしかったかのように腐敗臭がひろがる。


「ドロウン!!」


 遂に胸の部分も吹きとび頭だけとなる。ゴロゴロ転がりながら、死にもの狂いで攻撃している。


 それを遠目から覗いているリーガル卿。肩をすくめながら去って行った。


「これでおわりだ!」


 ユリヒトスは、亡きアリータの杖を振るう。


「ドロウン!!!」


 顔は大爆発を起こし、肉塊になった部分と、壊れた機械になった部分に分かれた。これで完全に怪物は消滅した。




「終わった…仇はとった…しかし本当の敵は別にいる」

 ユリヒトスが呟く。

「分かっている…この怪物を生み出した悪魔。そいつを叩くんだろう。」

「そうだ、リーガル卿だ。そいつはサキヤ、お前がやるんだ。その金の盾でな」


 ジャンやガリビア、シルビアも見守る中で、ユリヒトスは思わぬ行動に出た。


「ファイア!」


 なんとサキヤに向かって攻撃をしたのだ!

 当然金の盾で、防ぐサキヤ。金の盾が発光し、ユリヒトスを包み込む。


「なんて事をするんだ。気でも違ったか!」


「これでよかったんだ、これで…俺は多くの罪を重ねすぎた。後は、たの…む……」


「あんたー!」

「シルビア…愛してた……」


 ユリヒトスが、頭から崩壊していく。もうそれを止める事は誰にも出来なかった。


 仇を討つため気軽に始めた魔法剣士。最後はひとりで運命の十字架を背負い、去って行く。


 ユリヒトスの魂は浄化され、高く高く登っていく。まるでそこが、最初からの居場所だったかのように高く高く。そして全ての罪が許されたかのようにあの蒼天の空に消え去るのだった。


 呆然とするみんな。まさかあのユリヒトスが自ら命を絶つとは。強固で頑丈な心の鎧のなかには、一沫の泡のような部分があったのだろう。


 弾けだすと、止まらなくなりやがてすべてを弾けさせる、泡の塊。ユリヒトスの魂の真の正体は、そんな、泡の塊だったのだ。


 死体さえ残さずに、消えてしまったユリヒトス。


「あんた、あんたー!」

 ただ一人シルビアだけが泣いていた。目の前で何が起こったのかも全く理解できずに。


 サキヤら一行は手を合わせ、その場から立ち去った。



 早くに、そこから立ち去っていたものか一人。そう、リーガル卿である。

(なんだあの一団は。神をやったやつは魔法使いだ。それは分かる。しかし後の三人は魔法使いでもなさそうだったし…しかし、一人だけ魔女だったな。そいつを飼い慣らしてみるか)


 リーガル卿は、山道を降りながら考える。怪物が二体とも失われた今、軍での自分の影響力はどうなるのか、地位は?これ迄に上げた戦績は?


 リーガル卿は水晶の前に座る。そして目に焼き付けた魔女を思いだすと、呪文をかける。


「キヤルディーノ!」


 話しかける前に名前を見ておく。シルビア…この女の名前らしい。


「そこの魔女、シルビアよ」

 泣き晴らしていたのだが、一瞬はっとするシルビア。しかしすぐに見られていると気づくと、服装を正す。

「何の用?」

「今日死んだ魔法使いの事よ。上手くいけば蘇えらせる事が、できるぞ」

「本当かい?あの人が生き帰るんなら、なんでもするよ」

 また大泣きするシルビアである。

「俺は魔法使いでも、悪魔が乗り移っている、最強の魔法使いである。その気になれば魔法使いの禁忌などすぐに破って見せてやる。冥府へ行った男の名を言うんだ!」

「ユリヒトスだよ、ユリヒトス・ゴーナ。早く帰しておくれ」

 水晶を再度見て、亡者の群れを探る。違う、違う。こいつも違う。そこにあの男を見つける…しかし、自分のシェドラーを突破された時点て薄々気づいていたのだ。この男は、「乗り移り」だと。よく見てみると影が悪魔である。

 むしろ冥府へ行ってくれて、よかったのでないか。こいつを蘇がえらせるなんて、とんでもないことである。


 リーガル卿は別の手を考え始めた。

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