怪物の正体

「怪物の正体を知っているだって!?」

 ガウディはまたビールを飲み干した。

「あれは、俺のルビーを狙って魔物が増えた原因を探っていた時の事だ。水晶で教団総本部の中を探っていると、魔法使い達が呪文を詠唱するなか、まだ半身しかできていない怪物が横たわっていたんだ。そこへ…」

「そこへ?」

「なんと、人間の死体がどんどん運ばれて来たんだ。死体はその場で解体され皮膚は皮膚に、筋肉は筋肉の部分に、内臓は内臓の部分に張り付けられていくじゃないか!俺は思わずそのおぞましい光景から目をそらせてしまったんだ。つまりあれは人間なんだよ。幾千、幾万の人間の死体の塊なんだ。だから金の盾か?それが発光しないんだよ」

「人間……」

 一同は絶句した。驚きとともに怒りさえ沸いてきた。

「それで最初に目覚めた方は、教団の言う事を聞かずにとにかく早く永眠したいと、教団本部を叩き続けた…」

 様々な謎がサキヤの中で氷解していく。


「どうやら金の盾を使うのは誰かやっと見えてきたようだな」

 ジャンがつまみを口に運びながら言う。

「そのリーガル卿だが、俺が斬りつけても死ぬことなく、新しい体に魂を移したようなんだ。二十代の若い男のようだ。不死の魂を持っているんだよ」

「不死の魂…やはり悪魔だな。そんなやつと本当に戦えるのかな」

「戦うしかないだろう。その金の盾でな」

 ジャンがサキヤの方を向く。


「ところで…」

 今度はサキヤの質問である。

「生活の方は今どうなっているんだ?蓄えがあろうともいずれは底をつくだろうに」

「借家を借りてな、そこに住んでいる。昼間は荷物運び、夜は槍術をポーリア州の州兵に教えている。芸は身を助けるだ。何とかやってるよ」

 ジャンはそう言うとビールをぐいっと飲む。


「そこでだ。今日の本題に入る。ポーリア州の州兵を中心に軍隊を組織し、ゴエラスから独立しようかと思っているところだ。独立戦争だよ。幸いドーネリアは、ここポーリア州にはあまり関心が無いようで兵も手薄だ。いっぽう、ゴエラス軍の兵は、命からがらポーリア州に、多数逃れて来ている。こいつらをまとめあげ、今度はこちらから戦争を仕掛ける。後は、州兵の大佐である、こいつから聞いてくれ」


 ジャンが連れてきた男がやっと口を開く。

「俺の名前はビリー。州兵の大佐だ。ポーリア州は怪物が通らなかったお陰でほぼ無傷と言っていい。ドーネリアの支配下に入るんならこちらから仕掛けるまでだ。まだ兵士の数は一万人ほどだが、士気は高い。ただ問題は例の怪物だ。あれを倒さない限り勝負は必敗するだろう。どんな怪物にもどこかしらに必ず弱点があるはずだ。それさえ分かればいいんだが…」

 やはり怪物退治のところで話は行き詰まる。

 今日はこれでお開きとなった。


 四人それぞれどうにか生活しているようだ。サキヤは安心して家路を急ぐ。


 そこへ黒装束の如何にも殺し屋とおぼしき男が風のように表れる。剣を振ってサキヤを無きものとする様子だ。無手であるサキヤは距離を取り、男の刃から必死に逃げる。そういえば聞いたことがある。戦火を逃れ、ポーリア州に逃れた、主に尉官以上の男どもを斬り倒して回る謎の殺し屋の話を。そいつに今狙われているらしい。絶体絶命である。サキヤは家に向かって一気に走りはじめる。男もその後を追う。店舗兼住宅になっている我が家へ到着すると、金の盾を取りだし、呆然としているミールには「狙われているらしい」と一言だけいい放ち、また外へ出ていった。

 男は、盾に向かって斬りつけてくると、なんと盾が発光したではないか!人間ではなく魔物だったのだ。頭から崩壊していく魔物。サキヤは一命をとり止めた。


 家に帰り先程の襲撃の事を話す。ミールは抱きついてくる。

「何処にもいかないで!」

 ミールは今の生活に満足している。毎日サキヤと仕事をし、一緒にご飯を食べ、夜は安心して眠れる。ささやかだがこういう幸せを望んでいるのだ。サキヤが死ぬと、もう生きている意味などない。


「何処にもいかないさ」

 ミールを強く抱き締めるサキヤであった。


 次の日、回覧板が回ってきた。ゴエラス合衆国は滅亡し、ただのゴエラス島になるという内容だった。サキヤはクッキーを焼きながら横目で眺めている。ため息がもれる。ページをめくると、軍事裁判の結果、大統領は炭鉱で三十年の強制労働の刑に着くことになったようだ。死刑を免れただけでもよしとしなければなるまい。



 その夜、サキヤはビールを買ってガウディのアパートを訪問する。快く出迎えるガウディ。

「どうしたんだ、突然」

「昨日、あれから帰り道で突然刺客に襲われたんだ。金の盾で防いだら崩壊してしまった。つまり魔物だったってわけさ。最近元ゴエラス軍の尉官以上を暗殺する動きがあると聞く。それで首謀者は誰なのか探ってほしいんだ」

「分かった。引き受けよう。明日の晩また来てくれ。それまでに水晶で探りを入れておこう」

「野暮用で済まないな。明日はウイスキーでも買ってこよう」

「楽しみにしてるぜ」


 翌日の晩は少し高いがうまいウイスキーを買い、ガウディのアパートを目指す。サキヤは十八才になった。ゴエラスではもう立派な成人なのだ。


 カンカンカンと、階段をかけ上がる。ガウディが出てくる。先ずはウイスキーで乾杯だ。


「なにか分かったかい?」

「魔物の正体は分かったぞ。何やらよく分からない肉塊のようなやつを魔法使いが、人形に変えてるんだ。残りは後十体ほど。その魔法使いの名は、シルビア。魔女だよ。どうする。打って出るか?」

「仕方ないだろうやるしかない。放っておくとカミさんの命まで狙ってくるかもしれない。最初にガツンとやらなくちゃあな」

「俺も加勢するぜ。あとジャンと…」

「ガリビアだな。剣の腕は超一流だ」

「場所も分かったぞ。ポーリア州の州都にあるクワイラ城だ。一旦この町で集まってから夜遅くに出発しよう」


 ガリビアと、久しぶりに再会した。あれからジャンに連絡を取りに走ったのだ。ガリビアも州兵に剣を教えて生活している。そもそも蓄えがたっぷりある。しぶちんなのだ。


 馬を走らせクワイラ城の城壁に取りつく。


「ドミネント!」


 ガウディが剣を振るうと、門番が縛り付けられ動けなくなる。その姿を横目で見ながら走り去るサキヤ達。


「そこを左だ」

 ガウディが道案内をする。やがて腐った獸臭いにおいのする部屋に入る。


 そこには、およそ十体の何がどうなっているか分からない肉塊が、もぞもぞと蠢いている。


 人が入ってきた。サキヤらは階段の下に隠れる。女のようだ。魔女である。


 まだ若いのか、それとも魔法で若く見せているのかは分からない。しかし、大きく開けられた胸元、妖艶な仕草、男を誘うには充分である。


 サキヤはただ息を殺して女が去るのを待つ。

 するとガウディがするりと、一団から抜け出し女の元にいくではないか。サキヤは最初女を倒しに出たのかと思っていた。しかしこちらを振り向くとあろう事か呪文を投げかけてきたではないか!


「ドミネント!」


 体を縛る術である。三人とも全く動けなくなった。

「これでようございますか、シルビア様」


 サキヤはありったけの憎しみを込めて叫ぶ。

「汚ないぞ。ガウディ!」


 そして小声で呟いた。

「仲間だと…信じていたのに…」


「一人につき百万ビードル、今日は三百万ビードルだ。魔法教室なんかで食えるわけないだろう。悪く思うなよ」

「ほう、そこの男がもっている金色に光る盾…」

 シルビアがサキヤに迫る。

「これは伝承の『金の盾』ではないのかえ?ちょっとお貸しよ」

 金の盾がシルビアに取り上げられてしまう。


 サキヤらは衛兵に捕らえられ、地下牢に入れられてしまった。



 ユリヒトスはある悩みをかかえていた。禁断の魔方陣の事である。これの呪文を唱えるのは、本人ではなくもう一人別の、信頼のおけるパートナーが必要ということらしいのだ。本来ならアリータにやってもらうところ、もう師匠は、この世にはいない。


「誰かいないものか…」


 サキヤに聴くのも癪にさわる。しかし軍関係者に聴くのが一番手っ取り早い。ここにある、魔力を高めるルビーの元の持ち主を紹介してもらおうと、サキヤの新居を水晶で探索する。そこには女が一人いてサキヤの帰りを待っている。


「キヤルディーノ!」


 水晶に写し出された者と会話ができる魔法である。ユリヒトスが問いかける。


「そこの女よ」

 とつぜん頭の中に響いた声に、ミールは驚く。


「サキヤは何処に行った」

「あなたは誰?」

「誰でもよい。サキヤの味方とだけ言っておこう」

「いいえ、名前を聞くまでは信用できません!」

「やれやれ、俺の名前はユリヒトスと言う。かつて戦線でともに戦った事もある魔法剣士だ」

 ミールの顔が途端に輝く。

「そうでしたか、お名前は聞いたことあります。主人は今晩はクワイラ城へ行くと言ったきりもう夜中の一時だというのにまだ帰ってきていないんです。安否が心配です。頼みます、今主人はどうなっているのか探りをいれて下さいませんか?」

 ユリヒトスは少し考えてから答える。

「分かった。暫し待て」


「クワイラ城か…」

 敵の城である。よもや捕まっているのではないか?

 ユリヒトスは水晶で探索していく。一階にはいない。平城である。二階はない。


 すると地下か?地下に通じていそうな場所をあたっていく。するとやはりあった!地下へ通じる階段である。さらに探索していくと、なんとジャンが拷問にあっているではないか!縄で椅子にくくりつけられている。

「知らんものは知らん!」

 ジャンは仲間の名前と居場所を聞かれているようだ。木剣でかなりやられているようだった。ユリヒトスは、物が当たってもさほどのダメージにはならない魔法をそっとかけ、他を探索する。


 奥へ奥へと向かうと地下牢があり、サキヤとガリビアを見つけた!


「キヤルディーノ!」


「なんとまあ、哀れな姿よ」

 サキヤの頭の中で突然声がする。聞いたことのある声、ユリヒトスだ。

「ユリヒトスか?よくここが分かったな」

 ガリビアはサキヤが突然話し始めたので驚く。

「頼む、お前の魔法でなんとかここから出して欲しい」

 ユリヒトスは言う。

「取り引きだ。あのルビーを持っていた魔法使いと会わせて欲しい。どうだ、簡単な事だろう?」

「それが……」


 サキヤは事の顛末を話す。

「何だって。裏切られた?」

「だから俺達は今こうしているんだよ」


 ユリヒトスは考えている。金で転ぶやつは、やはり金で転ぶ。しかし、金を魔法で出すのは禁忌とされている。それを破ったが最後、魔法の能力は失われるらしい。


 取り敢えずミールに今の状態を伝える。ミールは泣き出す。

「どうか、あなた様の魔力をもって主人を助けては下さいませんか?」

「いずれはそうする予定だ。しかし、多少は拷問にかけた方がいい。罰を与えなければな」

「主人があなた様に何かしたのですか」

「俺のプライドを傷つけた。それだけの事よ。しかし、その罪は重い」

「何とぞ早くお願い致します」

「待っておれ。クックックッ」


 例の裏切った男はいくらで再度こちらへ寝返るであろうか。五百万ビードル?一千万ビードル?それを得る方法は?色々悩ましい問題をまた抱えるのであった。



 とあるサナトリウムの一室…死病に苦しんでいる、ある壮年の男の元に真夜中ひとり佇むユリヒトスの姿があった。静かに、全くの清浄な空気と一体化するかのように、男に優しい風を届け、痛みを取り除き安心させる。そして比較的に大きな口を開いて取り引きを持ちかける。


「お前はまだ生きたくはないのか」

 男は全身の痛みに耐えながら答える。

「生きたい。生きたいー!この痛みも何とかして欲しい!」

 ユリヒトスにすがり付く男。

「我は魔術に生きる者なり。取り引きだ。明日のこの時間までに一千万ビードルを用意しておくんだ。たちまちにその苦しい死病を治してくれよう」

「ほ、本当か?一千万ビードルでいいんだな?約束だぞ?」

「約束だ。必ず直す。信用せよ」

 ユリヒトスはそれだけ言うと消え失せてしまった。


 一方クワイラ城。今度はサキヤの番だ。やはり縄で椅子にくくりつけられ、木剣で叩きまわされている。

「俺はただのクッキー屋だ!情報なんか持っている筈はないだろう。」


 爪を研ぎながらサキヤへの拷問を冷たく見ていたシルビアが、やめるように衛兵に指示を出す。どうやら本当に知らないようだったからだ。サキヤは縄で椅子にくくりつけられている状態で再び牢屋に入れられた。それはサキヤにとって恥辱にさらされたような行為だった。



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