第五章

陥落

 戦線は後退し、ついにバール州全土がドーネリア軍の手に落ちた。

 サキヤは同僚や上官に聞いて回り、魔女アリータを連れてきた者を探した。しかしなかなか見つからず、幾日も過ぎていった。


 ユリヒトスはアリータの家に住み着き、魔法に関する古文書を漁る毎日であった。しかし魔力を高める方法など、どの古文書にも書いていない。祖母と姉、それにアリータの仇を討ちたいユリヒトス。しかし今の自分ではどうしようもない事は分かっている。焦り、苦しみ、身悶えしながら古文書と格闘する毎日だ。


 サキヤは、バール州と、セスニア州にまたがる要塞に身を寄せていた。右も左も崖になっており、天然の要塞になっている。砲台が十台、ここに残っている兵士は五千人ほど。他の兵士は大統領官邸の周りを囲む衛兵の任についた。サキヤは怪物が近づいて来るのを見て絶叫する。

「構えー!」

 充分に引き付けてから命令を下す。

「放てー!」

 砲弾は怪物のあちこちに当たり爆発するも、まるで効かない。怪物は目から光の線を兵士へと向ける。


 一瞬で数百人がやられてしまう。やがて城壁を乗り越え砲台を叩き潰し始めた。なすすべもないまま、また光の線の攻撃だ。みな城壁や岩陰に身をを隠す。それでも数百人がこの世から消えた。


 何度も同じ事を繰り返す事しか出来ないサキヤ。あまりに被害が拡大したので、戦線を更に後退させる。そこへ漸くアリータを迎えに行った兵士が見つかったとの連絡が届いた。「よし!」

 サキヤは早速二人で馬を走らせ、その兵士の案内通りに進む。路地裏の屋敷に入っていくと、ユリヒトスが顔を出した。

「何の用だ」

 少し攻撃的に答えるユリヒトス。サキヤは魔力を高めるルビーを手に入れた顛末を話し、それをユリヒトスに渡しながら戦線に復帰してくれないかと頼み込む。


(ひょっとしたらこれでいけるかも…)

 ユリヒトスは無愛想なまま、承諾する。あれからスーネリアの魔法は、極限にまで高めた。そこへこのルビーの力が加われば、あるいは…


「あの化け物は今どこにいる」

「バール州とセスニア州にまたがる関所であばれ回っている。もう、お前だけが最後の望みなんだ!」

「……分かった出向いてみよう。しかし過剰な期待はするな。 期待はずれで終わってしまうかもしれない。取り引きだ。三百万ビードルを用意してくれ。金が底をつきかけている。これは、成功しても、失敗してもだ」

 サキヤは大喜びで約束をする。


 三人は崖に挟まれた、要塞に向かう。もうすでに要塞は突破され、怪物は麓の町を火の手にかけていた。


 ユリヒトスはルビーのネックレスを身に付けると、剣を振るう。これまで修練してきた魔法を力の限り怪物に向ける。


「スーネリア!」


 怪物は片膝をついた。が、再度立ち上がりユリヒトスに光の線を食らわせるが、金の盾で防御する。


「ドロウン!」


 大爆発は起こるものの、皮膚には傷一つついていない。やはり余程の使い手が魔法返しの術、シェドラーを掛けたとみていい。


「悪魔が…」

 サキヤは重い口を開く。

「悪魔が魔法返しの術を掛けたんだ。ユリヒトスならひょっとしてと思い挑んでもらったが、ここらが潮時の様だ。ここまで足を運んでもらって悪かったな」


 ユリヒトスはサキヤの胸ぐらを掴む。

「なぜそれを先に言わなかった。恥をかかせやがって!」

 ユリヒトスは猛然とサキヤに突っかかる。

「このルビーがあればひょっとしたらと思ったんだよ。悪気はない。勘弁してくれ」


 ユリヒトスは三百万ビードルが入った袋をひったくるように手にして、前線を後にした。これでもうユリヒトスの協力は仰げまい。サキヤは怪物が暴れ回るのを、遠くから眺めているだけだった。



 ジャンは大統領官邸を守る一万人程の衛兵らに訓示を与えていた。

「ドーネリア軍は、サンティアナ州とバール州、双方から挟み撃ちをかけてくるに違いない。ここセスニア州だけが最後の砦だ。皆、心して戦ってほしい」


 それだけ言うと、ジャンは仮設のテントに姿を消した。既にバール州も落ち、ドーネリア軍の魔の手が忍び寄ってきている。

(おそらく陥落するだろう)

 ジャンはため息をつく。大統領官邸が乗っ取られるときは、自分も死ぬ時かもしれない。なるべく時を稼ぎたい。


「ユリヒトスが、例のルビーのネックレスをして怪物に挑んだそうだ。しかしやはりどうにもならなかったらしい。サキヤからの書簡だ」


 ジャンはそれを受けとると、中を読んでみる。怪物が好き勝手に暴れている様子が手に取るように分かる。


「サキヤも苦労しているようだな」

 ジャンが言う。

「あの怪物相手じゃぁ歯がたたないだろうよ。サキヤも貧乏くじを引かされたものだ」



 翌朝。サンティアナ州から二万の兵士が大統領官邸に進軍を開始する。迎え討つは一万五千のゴエラス軍の衛兵達。戦局は苛烈を極め、市街戦に突入する。


 魔法剣士ガウディも駆り出されている。あれから思い切り寝たそうで、気力も戻っているようだ。


「ファイルド!」


 轟音と共に兵士が四、五人燃え上がる。ガウディも本来はメールド流の高位の使い手なのだ。


「ドロウン!」


 向かってくるドーネリア軍の兵士が爆発する。魔法剣士を多くそろえたゴエラス軍も踏みとどまっている。しかし数の論理かじわじわと、ゴエラス軍は後退する。



 バール州の要塞を突破した三万のドーネリア軍も進軍を開始する。迎え打つはゴエラスの一万五千。こちらも圧倒的な兵力の差に戦線の後退を余儀なくされる。


 市街戦に突入した。ドーネリアの狙い通りに挟み撃ちである。


 ここで怪物の登場だ。

 怪物は光の線で町を焼き付くすと拳で攻撃する。ユリヒトスが住んでいる区域にも火の手が迫る。


 風が反対側に吹き、ユリヒトスが住んでいる一角は火の手からは何とか逃れた。そんな事はお構い無しに魔方陣の研究をしているユリヒトス。メールド流の魔法の体系が漸く分かりつつある。


 庭に魔方陣を描いてから呪文を唱え、効果を試す。中には地雷のように、その魔方陣を踏むと爆発を起こす魔方陣などもある。多種多様なのである。


 ユリヒトスはついに見つけた…禁断の魔方陣を……



 その頃サキヤの部隊は苦戦していた。敵の攻撃の上に怪物も暴れている。手がつけられない。居住区一帯に火の手があがり、ミールも、新居を焼け出されてしまった。新居には地下室が付いていた。ありったけの食料を買い込みミールは地下室で様子見である。ミールは泣いている。サキヤとの新居が焼かれてしまったからだ。


 ドーネリアの軍人らが町に入ってきて食料や、逃げ遅れた女などを漁る。ミールの家にも入ってきたが、何もないと見ると足早に立ち去っていった。


 やがてバール州からやって来たドーネリア軍と、サンティアナからやって来たドーネリア軍は合流し、大統領官邸へ迫る。


 最初は反撃していたゴエラス軍であったが、次々と官邸の中に籠ってしまった。


 暫しにらみ合いが続く。すると居住区を破壊し尽くした怪物が表れる。そしてその拳で正門をぶち壊す。怪物は容赦なく衛兵達をなぎ倒していくのであった。


 サキヤにも魔の手がせまる!斬りつけてくるドーネリア軍の間隙をついて、ほうほうの体で官邸を脱出する。情けないが仕方がない。いまは一旦引き、様子見を決め込む事にした。


 ドーネリア軍の兵士たちは大統領を見つけると手枷、足枷を取り付ける。後で軍事裁判にかけるためだ。ここで首都は崩壊し、ゴエラス合衆国は陥落した。


 ジャンとガリビアは既に撤退している。高台の上から燃え盛る町を見ている。


「落ちたな…」

 ジャンが呟くと、ガリビアが答える。

「ああ、八十年か…長い戦争だった」


 二人とも、首都に戦線が拡大をすると、家族一同を隣のポーリア州の宿に避難させてある。馬に乗り、少数の部下と一緒にポーリア州を目指す。向こうから数人の兵士がやってくる。ドーネリア軍の残党狩りである。馬を降り相手をしてやる。瞬く間に皆殺しだ。


「サキヤは殺られたんだろうか」

 ジャンが夜空に向かって呟いた。



 サキヤは自宅へ引き返す。新居は見るも無残に焼き払われている。周りにドーネリア軍の兵士がいない事を確認し、地下室のドアを開ける。するとミールが突然抱きついてきた。安心したのか、二人して泣き始める。


 もうこの家には用はない。すかさず逃げだすと、後ろから声がする。サキヤは身構える。


「今から逃げ出すんだろう。俺も付いていってやる」

 誰かと思えばガウディである。心強いやつが味方に付いてくれた。


 途中合流した仲間とも共に走って逃げる。今更悔やんでも仕方がないが、あの要塞を突破された事が大きいと、自分のいたらなさに悔し涙を流す。残党狩りに出くわす。


「コールディアン!」


 三、四人が凍りつき絶命する。それを見て、他の兵士達は蜘蛛の子を散らすように退散する。



 ジャンは示し会わせた通りの宿屋で家族一同と再会した。子ども達を抱き締める。そして妻と母にはキスをし、無事を喜びあった。 ほとぼりが覚めるまでこの宿屋で、暮らす事にした。金がかかるので一部屋だけ借り、布団も借り床に敷き詰めた。子ども達は、ジャンが帰ってきたので、キャーキャー喜んでいる。


 ガリビアも家族と再会し、ハグをする。妻は安心したのか、泣き出してしまった。一人っ子の娘が心配して、こっちも泣き出す。ガリビアはその様子を見ていとおしくなり、再度強く抱き締める。


 サキヤら一行は、やっとの事ポーリア州にたどり着いた。ここでみなそれぞれの目的地に向かって散り散りになる。ポーリア州はこれらの逃亡組の連中で溢れかえっている。


 宿屋がどこも満室で、部屋が取れない。仕方なく歩いていると、焚き火をしている集団に混ざり、サキヤらも暖をとる。一日歩き通しでへとへとである。サキヤらは、そのまま野宿し眠ってしまった。


 翌朝、冷えきった風が当たり目を覚ます。昨日は暗くよく見えなかったが、この町は怪物が通らなかったと見えて無傷である。パン屋に入りパンを買い、今後の事をミールと相談する。


 ミールは臨時給金の百万ビードルを持って来ている。それを運転資金にし、取り敢えずクッキーでも焼いて売ろうかと、商店街を隅々まで見て、貸し店舗を探し回る。サキヤは無類のクッキー好きだ。作るのも大好きだ。好きなものを商売にすると上手くいくとよく死んだ祖父が言っていたのを思い出したからだ。


ガウディは公民館を借り、私塾を開く準備に入った。勉強の他に魔術も教える魔法教室だ。


 サキヤは裏路地で漸く、もとピザ屋をしていた物件を見つけた。オーブンはそのまま使える。場所も気にいった。さっそく大家さんとの交渉に入った。


 元大統領官邸では、あれから三日も経っているのにまだ戦勝の宴をやっている。酒屋の店舗や倉庫にあった酒を奪い、飲み干しているのだ。八十年戦争が幕を閉じた。皆その喜びに酔っていた。


 そこへリーガル卿が下僕をつれてやってきた。怪物の様子を見に来たのだ。勧められる酒を飲み干して、座っている怪物に向かって何やら詠唱を始めた。長い戦いでエネルギー不足に陥っている。それを補いに来たというわけだ。


 リーガル卿が、光輝き始めた。皆興味深げに眺めている。その光を怪物に当てると怪物は見る間に体力を取り戻し、立ち上がる。


「これで当分心配ないであろう」


 リーガル卿はそう言うと再び町へと繰り出し、女漁りを始めるのであった。



 一方サキヤはクッキー屋をオープンさせた。店舗の家賃は安いのだが、裏路地に有るため気づかれにくい。最初の仕事はビラ配りからスタートだ。商店街の表通りに飛び出し、店の宣伝をしてまわる。ノルマは一日三百枚。愛想笑いを振りまきながらビラを配っていく。


「クッキー屋とは珍しいな」

 昼に近づいていくと、沢山の客で賑わいはじめる。甘いクッキーだけではない。ベーコンをトッピングしたクッキーがもの珍しさも手伝って売れに売れる。すぐに売り切れになりサキヤが予備のクッキーを追加で焼くほどだ。


 夜七時に店を締め、今日の売り上げを計算すると、九万ビードル。利益は七万ビードルにもなった。

「大当たりだ!」

 サキヤとミールは大喜びして抱きしめあった。


 サキヤが軍人の間は寂しかった。それが今はずっと一緒にいられる。ミールは喜びもひとしおであった。


 一ヶ月ほどしてジャンが尋ねてきた。再会を喜ぶサキヤ。

「繁盛しているみたいじゃあないか」

「どうにかね。軌道に乗ってきたところだよ」

「このまま商売を続けるつもりかい?」

「分からない。両親の仇を討つにも手だてがないし。今はそれなりに幸せだからな」

「そうか……きょうは久々に飲みに出ないか?」

「いいよ。明日は休日にしよう。ガウディも誘おう」

「ガウディも近くにいるのか?」

「目と鼻の先で魔法教室を開いているよ」

「分かった。俺の行き着けの店に案内をしよう」



 サキヤはミールに事情を説明すると、公民館へと向かう。ガウディが授業をしている真っ最中だった。


「ファイア!」


 棒の先に付けた紙片がポッと燃える。そこへサキヤが入ってきた。


「よう、久しぶり」

「一月ぶりかな。商売は順調のようだな。風の噂が耳に入ってくるよ」

「突然だが、今日は飲みにいかないか?ジャンが誘いに来てな」

「おー、大歓迎だ。飲みに出るのは久しぶりだよ」

 二つ返事でオーケーを取り付けた。


 クッキーを売るのはミールにまかせて、夕方六時に出発した。


 店に入り、ビールを頼む。ちょっとした料理が出され、ジャンが連れてきた友人と四人でボックス席を取る。ジャンが乾杯の音頭をとり酒盛りが始まった。


 しばらく今後の身の振り方やセスニア州の様子、ゴエラス合衆国が単にゴエラス島になるなどの情報交換が続くと、久しぶりに酒を飲んで酔っぱらったガウディがとんでもない事を口にした。


「俺は見たんだ。あの怪物の正体を……」

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