第三章

神の導き

 一行はモリソン教の礼拝堂の中へと入る。今では宗派こそ違え、四人とも熱心な信者だったからだ。


 日曜礼拝には大勢の人々が詰めかけ、座るところがない。仕方なく立って礼拝が始まるのを待っていると、神父が表れた。礼拝の流れはゴエラスのモリソン正教と全くおなじである。まずはシスター達が美しい声でパイプオルガンの演奏に合わせて讃美歌を歌い、次に全員で祝詞を唱え、最後は神父が神の言葉を皆に伝える。


 サキヤな昨晩ろくに眠っていないのでうつらうつらと説教を聞いていた。それに、さきほどの訓練もある。ひたすら眠い。サキヤは立っていたが、半分ジャンにもたれ掛かって眠ってしまった。


 その時である!群集の中から男が疾風の如く神父に近寄ると剣を抜き、あろう事か神父を袈裟懸けに切りつけたではないか!


 一瞬の静寂の後、シスターが恐怖の金切り声を上げる。神父は首から大量に出血をしながら、後ろへとたおれる。男は振り返る。真っ赤な血を浴びたその眦はある種の狂気にも似た感情をたたえている。


 群集は騒然となり、我先に出口へと向かう。ガリビアが剣を抜き、男と対峙する。暫し剣を交えたところで、男は信じられない言葉を口にする。


「こいつは悪魔に取り付かれていた。だから斬ったまでよ」

「何だってー!?」


 ガリビアの剣が止まる。まさか神父が悪魔に乗っ取られていたとは。にわかには信じられない。


 ガリビアが再び男に近づくと、男は後ろのステンドグラスを突き破りその場を後にした。


 静けさだけが残った。


 一行は倒れた神父を起こした。しかし、完全に絶命している。陰に隠れていたシスター達が神父に駆け寄る。神父は奥の部屋に連れていかれた。


 年嵩のシスターがこちらに近づき、小声で呟く。

「どうかこの一件は、ご内密に」

 それだけ言うと手を合わせ、他のシスターの後を追った。


 呆然と佇む四人。ジャンが口火を切る。

「もうここに用はない。怪物の追跡を急ごう」

「俺も賛成だ。こんな所でぶらぶらしててもしょうがない。先に進もう」

 ガリビアも賛同する。


 後ろ髪を引かれながらも教会を後にした。


 情報収集には酒場が一番だ。しかし、今日は日曜日、夜になってもおそらく酒場は休みだ。昨日の睡眠不足を補うため、宿屋をさがす。しかしこちらも日曜日のため宿屋は開いていない。苦労の末、一軒だけ開いているボロい宿屋を見つけた。


「私は無神論者なもので…」

 まずは人数分の茶を出された。四人は一気に飲み干す。

「ところで、」

 ジャンが店主にお代わりを頼みながら聞く。

「怪物がここドーネリアに渡ったと人々が口をそろえて言っている。怪物の行き先に心当たりはないかな」

「その話は聞いています。なんでもここドーネリアでも被害が出ているとか。ん?よく見るとその女の子が持っているのは伝承の…」

「そうだ。『金の盾』だ。金色に光っているるのが何よりの証。おまけに妖精まで取りついている」

「妖精まで?」


 ジャンが金の盾をコンコンとノックする。すると盾の妖精、ピリアがポンと表れた。

「なんだ、何か用か?」

 店主はたまげる。

 半透明の体にピエロのような衣装、頭にかぶつた三角帽子。妖精に間違いなかろう。

「どうやら練習用の盾を買ったようだな感心、感心」

 ピリアはそれだけ言うとまた 消えた。


 それを唖然と見ていた店主。どうやら本物のようだ。


「怪物の消息についての情報は、私より酒場の男達に聞いた方がいいでしょう。明日の夕方から店を開けるんてビールを奢りながら情報収集するんです。なにか知っているかもしれません。私の情報など、怪物があちこちに現れて町を破壊している…それだけですからね。今日は今からでもぐっすり寝て下さい」


 ミールは二人部屋のカーテンをしっかりと閉め部屋の中を真っ暗にし、眠れる様にした。一階にある共同浴場で体を洗い、また二階に上がりすぐに寝ついてしまった。男どもも、それに続く。やがて四人はぐっすりと眠りの世界に入ってしまった。


「充分に眠れましたか?」

 旅の疲れが一気に出たのか時を忘れて眠りこんだ。今日は月曜日、酒場が一斉に開く日だ。ジャンもガリビアも旅装束に着替え、店主に聞く。

「一番大きい酒場はどこだ」

 店主は道のりを教える。

「僕らは繁盛している店に行ってくる」

 サキヤとガリビアは別行動だ。


 夕方から店を開けている。ジャンもガリビアもサキヤも、旅人や冒険者から怪物の行方を聞き出す。


 真夜中になった。へとへとになりながら、昨日の宿屋に集う。お互いの情報を刷り合わせると、どうやら怪物はドーネリア共和国の中心部にある、タブレル山脈に向かったと言う。そこにはモリソン教の総本部があり、そこを破壊しに旅立ったのかも知れないという事であった。


 ドーネリアの町も破壊している事から怪物に知性らしきものは感じられない。しかし教団に向かっているのは本能的な物か、はたまたほんのり開花した知性のようなものなのか。どちらか知らないが、倒すべき相手に代わりはなかった。


 サキヤらは町の服屋で冬仕度をし、タブレル山脈にあるモリソン教の総本部を目指す。皆革製の厚手のジャンパーと、同じく革製のズボンを買った。


 タブレル山脈には馬で向かう。日程は三日ほどらしい。ジャンの後ろには金の盾を抱え込んだミールが、ガリビアの後ろには、サキヤが乗っている。一言も喋らずに黙々と山脈を目指す。


 宿場町にたどり着くのは一日一回だ。自然、食事も一日一回になる。


「腹減った…」

 ジャンが思わず口にする。大食らいのジャンは、宿につくと三人前の食事を食らう。しかしそれでも足りないらしい。


 そこへ後ろから追い付いて来る者がいる。長い手足に痩せこけた体。目はなく、匂いで追いかけてきたらしい。魔物である。ジャンとガリビアが、同時に馬に鞭を入れる。途端に馬が走り出す。雑魚にかまっている暇はない。それでも執拗に魔物は追いかけてきて馬の尻尾を掴んで離さない。


「しかたがない。相手をしてやろう」

 ガリビアは馬を降りると、魔物に近づき、その長い手を一太刀で切り落とす。さらに舞うようにもう一つの手も飛ばすと心臓の位置に剣を突き立てる。魔物は叫びながら倒れ込み絶命する。


 相変わらず見事なものだとサキヤは目を丸くする。


 気づかないうち様々な魔物に回りを囲まれている。先ほどの魔物や狼の変化、何か分からない肉塊や花の形をしたもの…その数は三十匹もいるであろうか。


 ジャンも馬から降り、身構える。狼の変化が襲ってくる。ジャンは赤いやりを魔物に突き立てる。その一撃で魔物は動かなくなる。ガリビアは肉塊を切り刻む。ジャンもガリビアも鮮やかに魔物の攻撃を一蹴していく。


 そこへ間隙を縫って、魔物がミールに襲いかかる!ミールは無意識の内に金の盾で身をふせぐ。


 するとどうであろう、金の盾はその輝きを一層まし魔物を崩壊させ、この世から消し去る。その勢いでミールは魔物の群れに神の導きを当てると全ての魔物が崩壊していく。


 皆茫然とその様子に釘付けとなった。神の導きを目にしたのは勿論初めてだったからだ。


「よくやったぞ、ミール!」

 ガリビアが文句なく絶賛している。禍々しいものに対する神の導きは絶大なる力を持っているらしい。


 ミールは誉められて照れている。長年奴隷として育ち、人から誉められた事はないのではないか…そんなミールが哀れで切なくて、サキヤの心は張り裂けそうになる。


 敵は崩壊した。一行は再びタブレル山脈に向かう。


 漸くタブレル山の麓に到着した。一軒の営業中の山小屋があった。中に入ると暖炉で暖かく、一行はほっとする。


 中は、モリソン教総本部への巡礼者で溢れていた。ガリビアが、その一人に問う。

「ここから総本部へはどれ程かかるんだい?」

「あと、三時間もあれば到着しますよ」

「三時間か…怪物が居ればいいんだがな…」

「怪物?」

「いやなんでもない。こっちの話だ」


 いつものようにジャンが三人前の食事を頼んでいる。ガリビアも二人前である。決戦を前にして精をつけねばと思っているのであろう。


 サキヤとミールはトーストと、野菜のスープをそれぞれ一人前。二人とも体が小さいのでこれで充分である。皆が食事を平らげると、今日は早めに寝る事にした。



 翌朝、まだ暗いうちにサキヤは目覚めた。早く寝たので睡眠は充分にとれた。一階に行き顔を洗う。はたしてタブレル山脈に向かったと言うが、それは本当なのか?タブレル山脈に行ったとして、本当にモリソン教の総本部へ向かったのか?その理由は…?


 頭の中かクエスチョンだらけでまともに闘えるのだろうか。サキヤはいろいろ考えるのを止めた。父と母を殺したのは間違いなくあいつなのだから。仇を討つまでだ。


 暫くして、サキヤは異変に気づく。遠くから人々の叫び声がこちらに近づいてくる。その内の何人かは、この山小屋へ避難してきた。


「何が起こったんですか!」

「巨人が…巨人が、総本部に襲いかかってきたんだ!あの姿は正に怪物だ」


 思い通りだった。怪物の目指す先はモリソン教の総本部だったのだ。


 サキヤは一階から取って返し、三人を叩き起こす。


「怪物が総本部に現れました!思った通りです。ただちに向かいましょう」


 ガリビアがここにきて呟く。

「しかしなぁ。怪物は、ゴエラス合衆国に

 対する生物兵器だったんじやねーのかい。今ゴエラスとドーネリアはサンティアナ州で戦争をしている真っ最中だ。本来そこにいるはずなんだがな」

 ガリビアも同じような疑問を持っていたのか。

「今さら何を言う!さあ支度だ支度」

 ジャンがガリビアのケツを叩く。

「釈然としねぇな」

 ガリビアはノロノロと支度を始めた。


 一行は急いで馬に乗り込み、鞭を入れる。二匹の馬は走り始める。夜が明けていく。雪が積もり始める。サキヤはこれから始まる復讐に心が騒ぐ。


 やがて真っ白で巨大な建物が見えてきた。最初に目に入ってきたのは、これまた大きな礼拝堂だ。その中で長い手足を振り回し大暴れしている巨大な化け物がいた。


 ウバウワー!


 怪物だ!怪物はその礼拝堂を拳で叩き壊している。教団の衛兵達がショットガンで応戦するもびくともしない。


「サキヤ行くんだ!」

 馬がとまり、サキヤはミールから金の盾を受け取り、怪物に対して身構える。一歩一歩前に進む。緊張が極限に達し、サキヤは唾を飲み込む。怪物はサキヤの存在に気がついたのか右目から光の線を照射する!


 金の盾がそれを無効化する。サキヤは全くダメージを受けない。しかし…しかしである。ここにきて「神の導き」が発光しないのである!


 あの魔物の群れを一蹴した時の如く、神の導きは絶対的なものだと固く信じていた。それがこれほど禍々しいものに対して発動しないとは!


 まだ光の線は照射し続けている。怪物はサキヤがダメージを受けないのを見て、攻撃をやめ、また礼拝堂を壊し始めた。本部から魔法使いの一団がやってきた。


「ビーニアス!」


 体を縛る魔法をかけるもそれは一瞬で、怪物はその怪力により、自ら縛を解いた。


「ファイルド!」


「ファイア」系最強の魔法である。しかしこれも怪物には効かずに胸に焦げをつけた程度であった。


 サキヤは怪物が魔法使いの一団を相手をしている隙をみて、礼拝堂の前から逃げ出した。

 悔しさが涙となって溢れ出る。何がいけなかったのか、何か条件のようなものがあるのか…

 何らかの呪文のようなものが必要なのか。しかしミールは何も言わずに神の導きを発光させた。


 分からない。分からないこそ無力なのだ。


「なぜ神の導きが出ないんだ!」

「分からない何もかもが」

 はやるジャンを制してガリビアが言う。

「もしかして怪物は、禍々しいものではない可能性もあるんじゃないのか」

「なんだってー!?」

 出会った時にガリビアが言っていた事が現実となった。

(産み出された経緯が違う。全く別の種族だ)


 ここまで来てすごすご逃げ出すしかないとは…

「このっ!」

 サキヤは金の盾を蹴り飛ばした。しかしそれをミールが取りにいくき、大事そうに抱き抱えている。


 怪物は礼拝堂を壊し尽くすと真っ白で巨大な建物、モリソン教の総本部の壁に光の線を照射する。しかしその建物はびくともしない。怪物は、悔しそうに拳で壁を何度も叩く。


 その建物はまるで怪物の襲来を予見していたかのように強固に作られていた。それを何度も何度も叩く怪物。このままでは近いうちに餓死するに違いない。衛兵と魔法使いの一団もそれを待つことに決めたようで、遠巻きに眺めているだけだ。


 サキヤら一行も釈然としないながらもそれで納得し、また馬に乗り込み教団総本部を後にした。

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