戦争の壁

 サキヤの一行はケソネ山の麓の町で情報の収集をしていた。特にケソネ山への巡礼者への聞き取りである。長旅をして、その道中様々な情報を得ているからだ。旅人の話を総合すると、怪物は一人海を渡りドーネリア共和国に向かった目撃例が、多数あったということだった。


 ドーネリア共和国とは大陸の東端に位置する国家で、さらに東に位置するゴエラス合衆国とは昔から仲が悪く、今でも戦争中である。しかし休戦協定を結んでいるので、現在ドンパチやっている訳ではない。しかしながら今でも年に一、二回は軍事衝突が起きているが、ゴエラス合衆国の住人も、ドーネリア共和国の住人もさほど関心を示さない。「まーたやってるよ」位の認識しか持ってはいない、ユルい休戦状態になっている。


 サキヤら一行は夜、四人集まって情報交換だ。ジャンが口火を切る。

「もう、ここバール州にいても新しい情報は入って来ないようだ。ここゴエラスの西の端に位置するサンティアナ州まで歩を進めてみないか?最前線まで行けば新しい情報も入って来るかもしれない」

 ガリビアも同意見だ。

「魔物の復活の謎も分かるかも知れないしな。ここでの情報収集も終わりにしよう」

「お二人が同意見なら、僕は付いていくだけです」


 翌朝早くに四人は馬を買い、ケソネ山の麓を後にした。サンティアナ州はバール州の西側に接している。馬で行けば五日ほどでつく距離にある。


 早速魔物の群れに囲まれる。しかし、今度は馬に乗っている。容易に振り切る事が出来た。今は雑魚に構っている時ではない。


 ガリビアが道すがら話始める。

「実は魔物を封じた大穴もドーネリア共和国内にあるんだ。その封印が何物かによって壊されたとしか思えない。それの調査も、大統領から直々に頼まれている。その封書も手渡されている。これを見せればドーネリアに渡れる公算が大きい。しかし、この休戦もよく続くよな。もう八十年にはなるかな」


 サキヤが尋ねる。

「そもそもなんでゴエラスとドーネリアは戦争を始めたんですか?」


「宗教戦争だよ。もともとゴエラスとドーネリアは同じ宗教を国教にしていたんだ。しかしドーネリアがその宗教の教えをないがしろにし始めたのが事の発端だ。俺は今回の怪物騒動はドーネリアがしかけた罠じゃないかと思っている。多分怪物を作り出す研究室にスパイがいて、後少しのところで、何らかの方法を用いて怪物を覚醒させ、ゴエラス合衆国を、混乱の渦に巻き込む事が狙いだったんだろうよ。そして怪物はドーネリア共和国に帰り、今回は本格的な占領を仕掛けてくるとみている」

「じゃあ、休戦協定は破棄されるんですね」

「おそらくな…向こうの軍の中に怪物は取り込まれ、再度ゴエラスを襲って来るだろう。そうなると、ひとたまりもない。だから大統領はあれだけ焦っているわけだ」


 サキヤの頭の中がスッキリとまとまった気がした。


 最後の宿場町を後にして、サンティアナ州に入ると関所があった。ガリビアが大統領の封書を見せると、とたんに背筋を伸ばし、敬礼をする。一行は容易く関所を通過する。


「ここからがサンティアナ州だ」

 関所からの眺めは美しかった。秋も深まり紅葉が真っ盛りを迎えている。一行は攻撃の最前線に位置するネルビア城に到着した。


 まずは門番に封書を見せて城の中に入っていく。馬を降り、休憩である。城の中から衛兵が迎えにくる。衛兵を捕まえると、怪物の行方を聞く。


「海に入って、そのままドーネリアに向かって行きましたよ。ここサンティアナ州の州都サンディコの町を破壊しつくし…人々は逃げ惑うしかありませんでした。兵士も多く殺されてしまいました。これから占領軍がやって来る前哨戦でしょうか…」

 ジャンが答える。

「おそらくな。お前達も覚悟をすることだ」衛兵は深刻そうな顔をして去って行った。


 夕食をがつがつ食う。五日間、一度食堂に寄っただけで後は何も口にしていなかったのだ。


 夕食を食い終わると、ネルビア城の城主に謁見である。太った体にゆったりとした軍服、胸には勲章が並ぶ。


「さて今回の一件だが」

 面倒臭そうに話始める。

「怪物が海を渡りドーネリア共和国に入った、その後を追いかけたいということじゃな。明日漁船の手配をしよう。これなら怪しまれずにドーネリアに渡れるはずだ。頑張って怪物をその金の盾で葬り去ってほしい」

「はっ!」

「今夜は早く寝て長旅の疲れを十分にとっていくことだ」

 通り一辺の事を話すと、城主はすぐに席を立った。なんだか疲れているように見える。



 四人は寝室に案内された。四人ともベッドに倒れ込んで眠りこけた。


 それは、夜中の事であった。鐘の音でサキヤは目を覚ました。寝室を出ると走っている衛兵に何が起こっているのか問う。

「ドーネリアの襲来です!」

 不穏な事を言っている。サキヤはすぐさま眠りこけている三人を起こす。


 城の周りにはドーネリアの兵士が押し寄せ、城主が捕まっているらしい。今頃州都サンディコの町も占領されている事だろう。サンティアナ州は陥落したに違いない。よりによってこのタイミングで、ドーネリアが襲来するとは…


 しかし、希望も湧いてきた。この混乱に乗じて用意された漁船に乗り込めば、以外とすんなりドーネリアに渡れるんじゃないのか。


 ジャンとガリビアは、すぐさま旅装束に着替えると、窓からドーネリア軍の様子を見る。城は兵士達に取り囲まれ一部の隙もない。


「どうするジャン」

 ガリビアが尋ねると、大統領から貰った封書を取り出した。

「これで突破してみるしかないだろうよ」


 一行は裏門に向かい、城から出してもらった。すぐに兵士につかまると、ジャンが叫ぶ。


「俺らは魔法使いの一団だ。今回の魔物の復活を調べ再び魔物を封印する密命を大統領から託されている。上の者に伝えてほしい」


 ジャンは封書を取り出すと兵士の一人がひったくるように取り上げ、何処かへ持って行った。


 やがて封書が返され、縛が解かれた。


「魔物の復活にはわれわれドーネリアも手を焼いている。頼んだぞ」


 ジャンのはったりが効いた。これで自由の身となった。


 急いで港に向かう。港には沢山の船が並んでいる。


「旦那方!」

 漁船の親方が待っていてくれた。

「ドーネリアに行くご一行様ですね、待っていましたよ」

 四人とも船に乗り込む。漁船は五キロメートル先のドーネリアの港へ向かって帆を上げ、滑るように走り出した。


 追い風で勢いよく対岸へ向かう。ドーネリアの港にはすぐに到着した。親方に礼をして、港町の宿屋を探す。しかし真夜中である。どこも閉まっている。仕方なく公園で朝が来るのを待つ事にした。


 翌朝…

 公園では、走り回る者、体操をする者など日常の光景がサキヤの目に入ってきた。対岸のゴエラス合衆国では 再び本格的な軍事衝突が起きているのに、責める方は気楽なものである。サキヤは苦笑する。


 今日は日曜日である。公園の近くに国教であるモリソン教の教会が見える。多くの信者が日曜の礼拝に集ってくる。


 モリソン教はもともとドーネリアもゴエラスも同じ一つの宗教だった。しかしドーネリアは大陸の怠惰な教えの影響を受け、だんだんと規律が緩んできた。特にゴエラスの皆を怒らせたのは牛を食べるようになった事である。牛は農業を営むにあたって、力仕事をこなしてくれる、人間に取って最大のパートナーである。それを食うとは、友を食うに等しい。原理主義のゴエラス合衆国はドーネリアとの国交を断絶し、自らのモリソン教をモリソン正教と名乗り始めた。国交断絶から一年立った頃、ついにゴエラスの怒りが心頭に達し、ドーネリアを責め始めた。が、お互いの戦力が互角だったためゴエラスはドーネリアを占領する事をあきらめ、再び国交断絶状態のままこんにちに至るというわけだ。


 ガリビアの説明をサキヤは熱心に聞いている。


「それから八十年してゴエラス合衆国は、劣性を挽回するために『怪物』を作ったと、しかしそれはドーネリア共和国の手のものにより覚醒し、逆にゴエラスを攻め始めた…」

「大方そんなところだろうよ。今回のドーネリアの侵攻には怪物がついて来るはずだ。ひょっとしたらゴエラス全土を征服されるかも知れない。そうなったら俺らは用なしだろうな」

 ガリビアが嘆息する。


「怪物は生物兵器ですよね、そしておそらく知性がない。何故それを分かっていて、大統領は最果てのファルスト城の地下で極秘に製造を進めていたのでしょう」

「多分大統領の近くにドーネリアの息のかかった者がいて、進言したんだろうよ。この生物は神の使者ですとかなんとか言いくるめてな。慌て者の大統領の事だ、まんまと抱き込まれたに違いない。何故あの男が大統領をしているのか、未だに理解に苦しむよ」


「民主主義の弊害というもんだ。声のデカイ方が勝つんだよ」

 ジャンが肩をすくめる。


「ともあれ、これから怪物の追跡だ。準備は怠らないようにな」

 ジャンが皆に声をかける。

「練習用の盾を買わなくちゃ」

 サキヤが思い出して言う。

「そうだそうだ、それがあった。今から武具屋に向かうぞ」

 ガリビアが立ち上がる。


 表通りを進むと、すぐに武具屋が見つかった。門をくぐると、安物の木の盾があった。形状は金の盾と同じようなものだ。早速これを購入する。


 再び公園に取って返し、トレーニングを開始する。ガリビアが軽く切りつけてくる。それを盾で防ぐ。この繰り返しだ。しかしサキヤは本格的な運動という物をしたことがない。息が上がる。指にマメができる。足がふらふらになる。


「今日はここまで!」

 ガリビアの言葉に救われた。



 ユリヒトスは相も変わらす「ドロウン」の訓練である。最初は一日めにして紙を燃やし、アリータを驚かせた。しかし目覚ましい成果はそれまでで、三日経っても同じ事しか出来ない。燃やすのではなく、今度は爆発させるのだと何度アリータに言われても出来ないものは仕方がない。やはり基礎から練らなければ本当の力は手に入れる事が出来ないのか…


 アリータが見せてくれた紙の小片の爆発を思い出してイメージを固め「ドロウン!」と叫ぶ。


 ボッ


 火がつくだけだ。これは正確には「ファイア」の系統の魔法で、練り上げればそれなりの真価を発揮する。しかしそれでは足りないと、ユリヒトスは修練を重ねている。


 一週間が過ぎた。技の方は相も変わらすだ。

 アリータが釜で焼き上げたピザを食いながら告げる。

「おーおー、完璧なスランプに陥っておるな。やはりいきなり『ドロウン』は身につかんようじゃな。諦めて『ファイア』と『コールド』の二つの魔法を基礎からやるか?『ドロウン』はこの二つの魔法を同時に相手にぶつけ、相反するエネルギーを融合する事で爆発させる魔法じゃ。お前さんなら『コールド』もすぐに身につけるであろう。時間は掛かれど急がば回れとも言う。どうじゃ?んん」


 ユリヒトスは考えこんでしまった。師匠がそう言うのなら間違いなかろう。しかし時は待ってはくれない。いつ金の盾で怪物が倒されてしまうかもしれない。俺はこの手で怪物に復讐をしたいのだ。盾を持ち去った少年とやらに、今では焦りにも似た敵がい心を持ち始めている。


「やはり基礎から学ばなければどうにもならないのでしょうか、マスター」

「そう思うぞユリヒトスよ。どれ、占ってしんぜよう」


 アリータは水晶を取り出し、ユリヒトスの今後の修練の成果を占う。ファイアとコールドを練り上げるのには今からおよそ二週間かかる。それでも驚異的なスピードである。一気にドロウンを身につける方は…見えない。いつになるか全くの未知数だからた。結果をユリヒトスに正直に伝えた。ユリヒトスは決めたようだ。


「ファイアとコールドを基礎から身につけます。マスター。私は焦り過ぎていました。初日から結果を出してしまい、自惚れていました。ここは謙虚に、マスターの導きのままに」

「そうか、よくぞ申した!では、少しの休憩の後、次は『コールド』を教えるとしよう」


 少しの休みでピザを喰うとまた棒の先に紙片が取り付けられる。


 まずはアリータがやって見せる。

「コールド!」と言い杖を回すと、紙片が一瞬にして凍りつく。

「どうじゃ見たか?」

「はい。イメージは掴みました」

「それではやってみぃ」

「はい!」


 先程のイメージを脳裏に焼き付ける。そしていいイメージのまま、呪文を唱える。

「コールド!」

 紙片が一発で凍りつく。ユリヒトスは自分でも驚いている。更に驚いたのは魔女アリータである。比較的にファイアよりも難しいコールドを一振りでマスターするとは!


 コールドを体で覚える為、それから修練の日々が続いた。

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