第二章

もう一つの悲劇

 時は前後する。島一つが州となっている、エソナ州からここポーリア州の港に続々と漁船が押し寄せてくる。怪物が町を蹂躙し、火事の中、ほうほうの体で皆漁船で逃げ出したからだ。港の三キロメートルほどの先にある、エソナ島を振り返って見ている。火の手は想像以上に激しく夜の静寂を壊して、いつ復興できるか分からない状態だ。


「天災にあったようなものだ…」

 一人の男が呟くと、一人、また一人と港を後にする。


 ウバウヴァー!!


 そこへ漁船を追ってきたのか、怪物がいきなり胸の位置まで表れ、耳をつんざく程の声で咆哮する。


 港はまたパニックに陥った。走り出す者、しゃがみこみ泣き出す者、足の悪い老婆を背負い歩いていく者…


 幾人かが港で犠牲となり、怪物は今度は港町を狙い光の線を放つ!


 小さな港町は一気に火の手が回った。怪物は火事の中、建物を壊して行く。


「早くお逃げ!」

 突然怪物がユリヒトスの家屋を襲う。瓦礫の山に祖母と姉が埋まってしまった!


「ばーちゃん、姉ちゃーん!」

 瓦礫を払っても時既に遅かった。かなり撤去したところで姉を見つけた。もう息もしていない。全力で胸をおし、口から空気を入れる。いつまでやっていただろうか、火事が迫っている。

「すまない、姉ちゃん…」

 ユリヒトスは一言だけいうと、隣まで火の手が達した時点で諦め、生まれ育った我が家を離れた。表通りに出ると、人々は山の方に慌てて逃げて行く。人の波に身を委ねるユリヒトス。やがて山道の奥深くに入り込み町を見下ろす。すでに町全体が焼けている。明日の朝は黒焦げになった自宅に帰らなければならないのだろう。


 まだ秋だというのに、夜風が冷たい。今日は一睡も出来ない予感がする。この寒空の下、寝ろというのが無茶な話した。ユリヒトスは地面に座り込み、燃え上がる様な目をして復讐を誓う。それには伝承で聞いた、あの金の盾を用いるしかない。


 噂では隣のバール州にある霊山、ケソネ山の頂上に奉られていると聞いた事がある。詳しい事は道すがら人々の話を聞いて行けば分かって来るだろう。


 足を組んでも眠れない。石畳の上だ。結局一睡もできなかった。


 朝がきた。焼け野はらになった町はどこがどこか見当もつかない。歩いていくと、知り合いの靴屋を見つけた。そこをたどりやっとわが家を見つけた。姉は昨夜のまま死んでいた。


 スコップで瓦礫を撤去していくと、漸く祖母も見つけ肩から引っ張りだした。当然もう命はなかった。可愛がって貰っていたのだ。


「もうすぐ楽にしてやるからな」

 家のスコップで二人分の墓を掘る。そこヘ二人の遺体を並べる。穴を埋め戻すと 堰を切ったように、涙があふれでる。ユリヒトスは涙を拭き、再度復讐を誓う。


 自室は全く壊されていなかった。一睡もしてなかったせいで気絶するように眠ると、次の日の朝方まで眠り込んだ。


 次の日の朝飯を食っていた。

 ユリヒトスは民俗衣装の丈の短い着物に、ジャンパーを羽織り、下は黒いズボンに蛇よけの革のブーツを履いている。もうすぐ冬である。なるべく暖かい格好をしてケソネ山に行かなくてはならない。マフラーまでして完全に冬の装備である。リュックに最低限の着替えと財布、上に寝袋を引っ掛け、生まれ故郷を初めて後にする。


 ユリヒトスは西への大道を伝ってバール州へと着いた。一日歩き通しである。宿場町の食堂へ入ると三つばかりの惣菜をたのむ。


 ユリヒトスは十七才だ。酒は飲まない。代わりにコーヒーを注文する。


 周りを見ると、一昨日の厄災でこの高台に逃げ出した者であふれかえっている。宿屋が集中してあるからだろう。商魂逞しく臨時の屋台まで出して、稼いでいる店もある。


 夕食を平らげると、近くの男にケソネ山にはどうやって行くのか尋ねた。すると男はこう言った。

「兄ちゃん、ケソネ山の洞穴に行くにはこの合衆国の国府にある、大統領官邸に出向き三つの試練をくぐり抜かなくっちゃならねぇ。最初から厳しい試練を与えないと生半可な根性の奴が登ると命に関わるからだ。その試練に耐え抜く事ができるかい?」

 男は高圧的な目で、こちらを見ている。子供だと、はなから相手にしていないのであろう。


「そこで三つの試練をくぐり抜けた者だけが、最期に通行証を渡される。山頂の洞穴には、常時二人の衛兵が居て、通行証がないと、通してはくれない。分かったかい?めったに金の盾は手に入らないという事だ」


 男の言う通り、バール州のとなりにある国府、セスニア州にある、大統領官邸に出向く。そこには今回の怪物騒動で身内を亡くした男たちが押し寄せ、金の盾を手に入れるべく長蛇の列を作っていた。


 およそ三日間並び通し、漸くユリヒトスの番がきた。大統領官邸に入っていく。まずは簡単に挨拶をする。

「私はユリヒトス・ゴーナと申すものでございます。今回の怪物に祖母と姉が殺されてしまいました。仇を討たなくてはなりません。ぜひとも金の盾を奉られている洞穴への通行証を手に入れるべく、こうしてたどり着いた次第にございます」


 大統領自らが面談をしている。焦っているのであろうか、いつ怪物がここセスニア州に表れるか分からないからだ。怪物のその後の行方はまだ掴めてないらしい。


「では早速第一の試練だ。百の矢を避けてみよ!」


 兵士達が百人大統領の前にずらりと並ぶ。


「放てー!」

 兵士たちは矢じりを抜いた矢を一人づつ等間隔に打ってくる。ユリヒトスはこれを難なく避けていく。百本同時に射たれれば避けきれないだろうが、一本づつである。反射神経には自信がある。余裕で百本避けきった。


「次の試練は釜茹でだ。洞窟内には温泉が所々に湧いている。これを進まなければならない。降りる事もできるぞ」

「いや、受けます!」


 大釜が運ばれてきた。水が入れられ、その中に胡座をかいて座る。下から薪が燃え盛り、五十度丁度に達する。

「今五十度に達した。ここから十分耐えるんだ!」


 さすがにこれはきつい。頭の上から汗がとめどもなく沸きだしてくる。


「後五分!」

 ユリヒトスは意識が薄らいでいく。体の芯まで熱が達しているのが分かる。


「後三分!」

 気力を振り絞る。意識はさらに遠ざかる。


「後一分!」

 意識がなくなった。これはいかんと、その場に居合わせた伍長が部下に指示を出し、釜から引き上げる。


 完全に意識をうしなった姿を見て、大統領も満足な様子だ。

「意識を失うまで 試練に挑んだ勇猛ぶり、しかと見届けた。この試練は突破したものとする!」

 うっすら意識が戻ったユリヒトスはホッとした。どうやら死ぬことだけは免れたらしい。


 最後の試練だ。「三日間眠るな」という一見簡単に思えるものである。ユリヒトスはずぶ濡れの服をぬぎ、中庭の日の当たる所で乾かす。試験官が、常にユリヒトスにくっついて来る。下の下着だけは一度脱いできつく絞った後、またはいた。流石に全裸で城の中をうろうろできまい。


 前庭では、次の者が試練を受けている。先ほど湯に浸かり、飯を食ってすぐなのでかなりの眠気が襲う。しかし寝てしまっては全てがパーだ。ユリヒトスはジャンプし始める。こ一時間ほどそうやっていたが、そうそう体力は続かない。息を切らしてベンチに座ると逆に眠気が激しくなっている。

(飯を食ったのがだめだったんだな)

 中庭の中を行ったり来たりして時を稼ぐ。飯の時間だと使用人から告げられても食堂に行かない。三日間絶食しようと思ったのだ。


 一日目の朝がきた。ユリヒトスはまだ歩き通している。

 二日目、眠気と空腹でかなりきつくなってきた。

 三日目の朝、まだユリヒトスは歩き回っている。正午になれば、この苦行も終わりだ。飯を抜いたのが正解だったようだ。朝日が城壁から登ってくる。それから三時間もした頃だろうか、試験官が横につき、笛を「ピー!」と鳴らした。これで終わったらしい。ユリヒトスはその場に倒れ込み、その日の夜中の十一時まで眠ってしまった。


 この試練を突破するのはほぼ不可能だろう。余裕の笑みでお茶を入れにきた女使用人に聞いてみると、なんとユリヒトスが眠っている間に試練を突破し、見事通行証を手に入れバール州のケソネ山に向かった若者がいるというではないか!


 こうしている場合ではない。飯だけは腹一杯食って、女使用人に聞いてみる。

「これから出発するのは駄目か?上司に聞いて欲しい」

 女使用人にチップを弾むと、大喜びで出て行った。間もなく上司が表れた。

「すいませんお客さま、我が主は夜十時には床に入ってしまいます。起こした時の機嫌の悪い事といったら…明日の朝六時以降に正式に通行証をもらうといいでしょう。なあに、まだ先に出て行った少年とはそんなに放れてないでしょうよ。向こうも睡眠を取り戻さなくちゃならないし、今頃何処かの安宿でグーグーいってまさぁね」


 なるほどと納得してしまった。使用人にそう諭されるとまた腹が減ってきた。ステーキとパンを頼むと、がつがつ腹に納め、また眠ってしまった。



 起きたのは朝の七時であった。旅装束に着替えると、大統領から正式に通行証を受け取る。旅費もたんまり貰った。

「たのんだぞ!是非ともあの怪物を始末してほしい」

 大統領とガッチリ握手し、南のバール州を目指して出発した。ケソネ山の麓には三日もあれば着くと言うことだった。


(少年…か)

 自分より後に来て自分より先に出て行った少年…悔しいが、自分より死に物狂いという事か。


 何処から来たのだろう。最初に怪物が表れたエソナ島か。ユリヒトスはそのグレーの瞳をキョロキョロしながら考える。厚手の紙に「通行証」と書いてあって、「この者の通行を許す故あり」とだけ書いてある。後は大統領のサインだけだ。たったこれだけの物を頂戴するのにあれだけのきつい目に合わせるとは。まあ、後の待遇はよかったのでよしとしよう。


 ユリヒトスは足を早める。実際、怪物を倒してくれるんなら誰でもいいわけだが、癪にさわる。プライドが赦さない。ユリヒトスは猟犬のように自分より先に行ったであろうその少年を追いかけ始めた。


 次の日、ある宿場町についた。そこの酒場に入ると昼間から酒を飲み世の中に恨みつらみをぶつけている男がいた。

「まーたく、この世はしょうがねーよ、ちょっと仕事でミスしただけで即クビだ何てよー、なんかが狂ってやがるぜ」


 男を無視してマスターにパンとトマトジュースを注文すると、前を歩く少年の事を尋ねる。


「いやー、見てないですねー。宿屋に聞いた方がいいんじゃないでしょうかねー」

「そうですか…」


 まあ、いい。競争している訳じゃあないのだから。


 トマトジュースが出てきた。野菜不足だったのでこれは嬉しい。一気に飲み干すともう一杯たのみ、ケソネ山の事を聞く。


「ケソネ山ですか、洞窟内はかなり危ういと聞いた事はありますね」

「どういう風にでしょう」

「例えば熱い温泉の中を真っ直ぐひたすら泳いでいったり、巨大な裂け目を鎖を伝って対岸に行ったり、一番キツいのは安定して寝る場所を確保出来ないところでしょうかね。なんせ下は鍾乳石ですからね、寝心地は良くないでしょうよ。全部旅人から聞いた話しですけどね」


 ユリヒトスはトマトジュースを飲みながら考える。三つの試練は一応洞窟内の危険な箇所に乗っ取って与えられたものらしい。納得がいった。


 酒場を出て旅路を急ぐ。空は雲一つない蒼天である。ときおり冷たい風が吹くが冬装束を しているユリヒトスは寒さを感じない。


 三日間歩き通して、ケソネ山の麓までやってきた。山道が続く。森が拓けてきた。二千メートル級の山だ、さほど高くはなかった。山道の果てにその洞窟はあった!言われた通り衛兵が二人、洞窟の前で番をしている。


「通行証です」

 ユリヒトスは通行証を取り出すと衛兵に見せる。しかし驚く答えが帰ってくる。


「あぁ、それを持っていても、もう意味がないぞ。昨日金の盾を見事に持ち出した少年がいてな…」

 後の言葉は頭の中に入っていかなかった。やはりやられたかという悔しさと、試練の後に寝すぎた自分の甘さにただただ後悔するばかりだったからだ。


 ユリヒトスは自ら復讐をする事を諦めた。こうなればその少年が自分の代わりに怪物を倒してくれるのを願うばかりだ。


 祖母と姉の顔が脳裏をよぎる。自然とユリヒトスの頬を涙が流れる。勇んで出かけてもこの体たらくである。親しかった町の人々を思い出す。近所の食堂の親父さん、服屋の主人、雑貨屋のおばさん、そして仲がよかった友達のみんな…


 今頃どうしているだろう。この寒空の下、暖かく眠っているのだろうか。それを思うとまた涙があふれるのだった。

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