f−3/3 テスト

 その後、全員の自己紹介は終わったが、山田先生のあまりの無関心さに、面接に来た一同は困惑顔だった。

出版社の人までが、私や他の面接希望者達に対し、気まずそうな顔をしている。

「ま、まあまあ、とりあえず自己紹介はこれまでとして……………。じ、じゃあ先生?」

「うん」

これまた山田先生は、面倒くさそうに一同を見渡して言った。

「じゃあ全員、持ってきたカメラをここに置いて、外に出てくれ」

『えっ?』

訳が分からず、全員が間抜けな声をあげた。普通の面接なら、この後で仕事に対する説明があったり、面接者達に対して質問等があったりするのだろうが、まさかいきなり表に出ろとは、いったいどういうことだろう?

「前にバスを用意してますので、みなさん、それに乗ってください」

『は…………………はい………………』

出版社の人に促されるまま、私達はゾロゾロとバスに乗り込んだ。


 私達を乗せたバスは、都内を真直ぐ北に向かって走っていた。

いったいどこへ行こうというのだろう?

今回の面接を、どこか別の場所でする必要でもあるのだろうか?

写真関係の仕事なのだから、撮影会をして腕前でも見ようというのなら分かるが、そのカメラを置いて行っては意味がない。

(私は最初からカメラを持っていなかったので関係はないが)

ふと、バスの窓から外を見ると、真新しい制服を着た女子高生が、学校に登校していく姿が目に入った。

そう言えば、もう新学期だ。

本当なら私も熊本の高校に入って、新たに高校生生活を送っていただろうに。

「…………………」

故郷を思い、私はため息をついた。


 私達を乗せたバスは、そのまま小一時間も走っただろうか、いつの間にか車窓からビル群は姿を消し、その代わりに春の息吹を感じさせる、自然豊かな山々が見えてきた。

ここは東京の、いや、もしかしたらすでに県境を越えた、埼玉県かもしれない。

どちらにしても、景色のいい場所だった。

そのままさらに走っていくと、いずれバスは山間の、小さな自然動物園へ到着した。上野の動物園に比べれば規模は小さいが、それなりの広さはある。

高層ビルの立ち並ぶ都会の動物園より、周りに山や自然がある分、こっちの方が動物園っぽく見えたのは、気のせいではないだろう。

だが、園内の様子はというと、都内の大きな動物園に人気をとられてか、それとも平日だからか、あまり客の姿は見えなかった。

目的地に到着して、みんながバスから下りようとすると、面接員の2人が大きな段ボール箱を、私達の前で広げた。

中には大小様々なカメラが、無造作に放り込んであった。まるで中古カメラの、ワゴンセールのようだ。

ただ、そこにあったカメラはどれも壊れかけの年代物や、玩具同然のモノばかりである。

こんなモノで、私達に何をさせようというのだろう?

「ではみなさん。この中からどれか1つを選んで下さい。普段使い慣れていないカメラで、ここでどれだけの作品が撮れるか。それが今回の面接試験の課題です」

面接員に言われ、全員が訝しげな顔で、それぞれカメラを手に取っていった。

みんな、いつも使っているような高級品ではないけど、それでもまだよさそうな機種を選んでいったので、どうしたものか分からず、最後まで選べなかった私が箱を覗いたときには、もう残り物の玩具カメラしか残ってはいなかったので、私はそれを選ぶしかなかった。

他の立派な機種を選んだ他の人達は、みんな私を気の毒そうな目で見ている。

(あ〜あ、かわいそうに)

(あんなカメラじゃあ、ちゃんとした作品なんて撮れっこないよ)

(これで1人は落選だな)

声には出していないが、彼らがそう思っているであろうことくらい分かった。

でも、私はそれでもいいと思えた。

どうせ私だけ素人だ。写真の初歩さえ知らない私が、高名な写真家のアシスタントなんて勤まるわけがない。落選は最初っから決まっているようなものなのだ。

それに今、選んだこのカメラは、私にとっては忘れることのできない、思い出深いカメラであった。

死んだ姉が、いつも愛用していたのと同じ、猫のキャラクターが描かれた玩具カメラ。

姉の物ではないが、このカメラを手にすることができて、不思議と心が高ぶった。

「それでいいのかい?」

出版社の人が、同情するように聞いてきた。私はそれに、黙ってうなずいた。


「テーマも被写体も指定はしない。ただ、それぞれ思い思いの作品を撮ってきてくれ」

山田先生が、私達にかけてくれた言葉はそれだけだったが、面接希望者のカメラ小僧達にとっては、それはありがたい言葉であったことであろう。

自分達の実力を、神のごとく崇める山田陽山先生に見てもらえる絶好のチャンスなのだ。腕が鳴ろうというものである。

『はいっ!』

子供のように元気に答え、私以外の全員が、目を輝かせて動物園の中に散って行った。

私はその後を、少し気楽な気分で歩いて行った。

とはいうものの、ここまで来て何も撮らずに終わるのでは、あまりにカッコがつかない。

せっかくなので、私も被写体を探して園内をうろついた。

他の面接希望者達は、全員が全員、さっき渡された安物や年代物のカメラを手に、園内を駆けずり回っている。

こうやって見ていると、ホントはみんな素人に毛が生えた程度のハズなのに、不思議とらしく見えてくるのは何故だろう?

彼らを見ているうちに、私の中の負けず嫌いな九州人の血が熱くなってきた。

「…………………負けないっ!!」

気がつけば私も、玩具のカメラを手に、無意識に獲物を、被写体を探していた。

何かいい画はないか? 撮って面白い動物はいまいか、必死に園内に視線を巡らした。

だが、私なんかよりもずっと撮影に慣れた他のみんなは、すでにそれぞれいい被写体を見つけ、何枚も写真を撮りにかかっている。

競争相手と同じ被写体を撮っても面白くも何ともないので、私は他の誰も撮りそうにないような動物を探した。

とはいえ、誰も興味を示さないような動物ならば、最初から動物園で飼育されているわけはないではないかと気付いて、自分の浅はかさに、私はガックリ肩を落とした。

(バカなの? 私ってバカなの???)

そのとき、どうしたものかとあたりを見渡していた私は、背後から妙な視線を感じた。

振り返ると、柵の中からジッとこちらを見つめる、1匹の醜い鳥と目が合った。

(な、なによ、私に文句でもあるの?)

そこにいたのは、ダチョウだった。

ふいに、お互いの視線が合ったにも関わらず、ダチョウは目をそむけることもなく、まるでこっちが動物園の動物であるかのように、物珍しそうに、こちらを見つめていた。

何か気恥ずかしいモノを感じつつ、私はそのダチョウとしばしの間、睨めっこをした。

(何の、負けるものか!)

いったい何の勝負をしているのか、私は相手から視線を外さず、そのままゆっくりと柵に近付いていくと、ダチョウの方もゆっくりとこちらに寄ってきた。

そして、柵越しに2m程近寄ったところで止まり、もう一度お互いに目を見つめ合った。

見つめあったままでいるのも何なので、ここで何かリアクションせねばと、私は少し小首を傾げると、

「えっ?!」

何とダチョウも、同じ方向に小首を傾げたのである。

ただの偶然かもしれないが、私はダチョウと心が通いあえたような気がした。

試しに今度は反対の方に小首を傾げると、ダチョウは私に合わせるように、そっちに長い首の角度を変えたので、何だか嬉しくなり、

「まさか私が笑ったら、あんたも笑ったりはしないよね?」

無理とは思いつつ、私が作り笑顔をすると、

『ふぁ〜っ!』

ダチョウは退屈そうに、口を大きく開けてあくびをした。

「ぷっ!! あはははははっ」

ダチョウの反応に期待していた自分にか、それとも大口を開けたダチョウの間抜けそうな顔にか、私は思わず笑いだした。

何だか笑って、イヤなことも全部忘れられたような気がする。

思えば、東京に来て笑ったのは、これが初めてのことだった。

故郷でのことや、明日の見えない今の状況で、私の心はずっと落ち込んだままだった。

「ありがとう、ダチョウさん」

いきなり笑いだした私を見て、ポカンとした顔のダチョウの顔を、私は写真に収めた。


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