第18話『自ら助くる者を助く』

 ジョンは嬉しそうにその手の剣を眺めるタツオに、


「おう、忘れるところだったぜ、なあタツオ、この剣はどうする?」


そう言ってタツオが今まで使っていた、不格好な剣を指す。


「おう、忘れてたぜ……思い出もあるし記念だが……ちょっとデカく造り過ぎちまったな、使いもしねえのに持っていても大きすぎてちょっと邪魔だぜ、ふむ、さてどうしたもんかな?」


「ん? その剣なら良い使い道がある、悩む必要は無いぜ、タツオ」


「ああ、アキヒロそう言うことだね、確かにこれは良い具合だねえ」


「?? なんだ? アキヒロさんノブヒコ、何に使うんだ?」


「オヤジさんこれをそのまま素材にして、同じような両刃のグレートソードを一本頼む!」


「ほう、確かにそれが一番かもな、この大きさだ、記念品にはデカすぎらあ。

 それにタツオが魔物を切りまくった所為か、良い具合に魔鋼に魔素が染みてるな、確かに良い素材だ」


 ジョンがその剣を手に持ち、色々確かめる様に見回す。


「なあ、ちょっと待ってくれ、俺は今この剣を買ったばかりだぜ? 金がねえんだ! 借金なんだろ? それで更に武器を打ってもらうって、それ下手したらこの武器よりも高いだろ!」


 そんなタツオの剣幕にノブヒコはヤレヤレと肩を竦めてタツオに、


「良いかいタツオ、冒険者にとって予備武器は必須だよ、剣は少なくても2本は常に準備するモノなんだ。

 本当は今回、更にサブ装備としてショートソードなり買いたいところだけど、そっちは僕のサブ武器の予備が有るからね、それを譲るよ」


「なっ、サブ装備だと?」


「タツオ、万が一に備える、冒険者として当たり前のことだ。

 複数の武器を装備するのも常識、メイン武器だけだと万が一その武器に問題が生じたときに素手で魔物と戦うことになる、そんな愚か者になりたいか?

 そして予備を含めて複数武器を所持して、メンテナンスをしている間は別の武器を使うように武器をローテーションする。そうやって冒険者ってのは戦って行く者なんだ。常に最良の状態を維持しながら冒険をするものなんだ。

 さっきオヤジさんも言っただろ? 武器のメンテナンスは重要だ、それさえ怠らなければ武器は一生使える!」


 アキヒロが生徒に諭す様にタツオに冒険者の常識を教える。


「まあアキヒロみたいに何本も何本も剣を集めるコレクターって奴もいるが、良い武器が有ったら、そして買う金があるなら、買うのが冒険者の常識だ。

 その武器に命を懸けているのが冒険者だ、万が一が有ってはならんし、その為に常により良い武器を求めるのは、冒険者として当然の行為、その為の金は必要経費、金を惜しむんじゃない、命を惜しめよタツオ!

 ベテランともなればコレクターでなくても十本くらいは常に武器を所持しているものだ。

 愛刀を決めるは良い、だが一本の武器だけに無理をさせるべきではないな」


 マサオも常々戦士ギルドの教官として生徒たちに同じように教えているのだろう、重々しい口調だが、可愛い生徒を諭す様に告げる。


「思った以上に金がかかるんだな冒険者って、マジか? そこまでか? だがよ、その剣、体験学習で試しに俺が、素人が造っただけの剣だぜ? 素材になるのか? 普通の素材の方が良くないか?」


「タツオ、この街はね、例え『見習い』が造る無様な武器でも……いや違うな、最初に『見習い』が手にする武器だからこそ、その素材に手を抜いたりはしないんだよ。

 ハッキリ言ってそこいらの魔鋼よりも上等だ、タツオが魔物を切りまくった御蔭で力や魔素を吸って更に上等になっている。素材としてはとても良いモノなんだよ」


 ノブヒコがそう言うと、


「そうなのか? あの鍛冶の先生の爺さん、そんな事は言ってなかったぞ?」


タツオは首を傾げる、納得が行かないようだ。


「あの人はね、そんな事を気にする様な人じゃないのさ、腕が足りない素人だからこそ、少しでも良い素材を使って底上げさせようとするような、そんな人だよ」


「有名人なのか?」


「『大名工』ヤキン、普通『見習い』なんかを相手に鍛冶の手ほどきをする様な、そんな鍛冶師じゃない、この街でも上から数えて片手で足りるほどの偉大な鍛冶師の一人さ」


「ウルサイだけですぐゲンコツが飛んでくる爺さんじゃなかったって事か?」


「!? ヤキン爺さんにゲンコツを貰ったのかい? あの温厚な? ……何をやったんだいタツオ」


「いや……ちょっと力加減を間違えてな、ハンマーの柄がブチ折れただけだ、まあ、あの金床だっけ? あれも少し凹んだかもしれねえが、不可抗力だぜ?」


「……」


「タツオ、おめえさっきノブヒコが言ってたろ? あの人はな、足りない腕を他で補おうと色々やって下さってるんだ、その道具だって可成りの値が張るものなんだぜ?

 いやまあアレだけ頑丈な物がどうやったら折れるのか、想像もつかねえが……どれだけバカ力込めたんだ?」


 ジョンが呆れて問いかける。


「……まあ、悪かったとは思ってるよ、けどよあの爺さん、『力いっぱい叩け!』って言うから、そうしたらよ……」


「ああ、さっき聞いたね『少しは力加減をしろや! ぶっ叩けばいいもんじゃねえ!』って言われたのか、ヤキン爺さんの苦労が目に浮かぶね」


 ノブヒコがその光景が目に浮かんだのかヤキンに同情している。


「しかしだ、あのヤキン爺さんが一本ハンマーを壊したくらいで殴るかねえ?」


 マサオが顎に手を当て首を捻って訝しがる。


「仕方ねえだろ! 手加減しろっていうから手加減したら『弱すぎる! 馬鹿者!』ってそれで今度は力入れたらまた折れてよ、『強すぎるわ!! 馬鹿者!!』って……」


「……」


 皆絶句する、安い道具ではない、少しでも良いモノが出来るようにと、下手したら魔法が付与されたハンマーかも知れないのだ、それをタツオは一本と言わず折ったのだ。

 アキヒロが額に手を当てて、


「ヤキンの爺さんが可哀そうになって来たな、で? 何本折ったんだ?」


「剣が出来るまでに10本だな、『お前さん見たいな生徒は始めてだ! 良いか? お前さんには鍛冶の才能が欠片もねえ! 鍛冶師にだけはなろうとするなよ!』って言われたぜ」


 周囲からため息が漏れる、バカ高い魔法のハンマーを10本も折られたら、それはゲンコツの一つも落ちるだろう、寧ろそれで済んでいるのが信じられない。


「それでも完成するまで付き合ったのかヤキン爺さん、まったく頭が上がらねえな」


「こんど何か差し入れ持って行こうか? アキヒロ」


 ノブヒコが提案する。


「そうだな、それが良い、タツオ、お前も一緒に行って謝って来い。それで肩位揉んでやれ、良いか、力加減を間違えるなよ?」


「俺はその微妙な力加減が出来ねえって話しだったろ?」


「なら謝るだけで良い、あの人は本当に根っからのお人好しだ、それだけでも誠意は伝わるだろ」


「あんたらにお人好し呼ばわりされるとか、あの爺さんも相当だな?」


「タツオ、君がこれから揃える装備の代金より、その時壊したハンマーの代金の方が遥かに高いとしたらどうだい? ヤキン爺さんのお人好し具合が分かるだろ? 君、弁償金請求されたりしなかったろ?」


「……マジか? けどあの爺さん剣が出来た時には呆れながらも笑ってたぜ? ハンマーなんて、てっきりそれほど高くねえんだと俺は思ってたぜ……そいつは本当に悪い事をしたな」


「うん、反省しなさい! で一緒に謝りに行くんだよ! いいねタツオ」


「分かったよ、知らねえんだったら仕方ねえけど、知ってても謝らねえのはなんか違うしな、いいさあの爺さんの顔も偶に見る分にはな」


「あっちは二度と見たくないと思ってるかもしれんぞタツオ、不機嫌な顔されても切れるなよ!」


 ヒトシが茶化す。


「分かってるよ!」


「ふむ、まあそっちの話はそれで良いだろう、ではこの剣は素材にしてもう一本剣を造ってもらうか、そうだな一度エルネストの爺さんに相談してみるかな」


「オヤジさん、あの人に剣を打たせるなよ? とてもじゃないが金が払えねえぜ」


「分かっとる、相談するだけじゃ、じゃがもしエルネストの爺さんが剣を打ってくれるなら、それはそれで良いと思うがの? あの爺さんも変わり者、気まぐれか、気に入った奴の剣しか打たねえ」


「まあそこらであの人の打った剣を買うより、もし打って貰えるならその方が遥かに安いのは知ってる、材料費と謝礼金だけだからな。

 だが謝礼金だけでもあのクラスになるとバカにならねえだろ?」


「お前らも案外ケチくせえな、さっきタツオに値段を気にするなとか言ってなかったか?」


「意地悪を言わないでくれオヤジさん、俺達は初級だぜ? 幾らなんでも限度がある」


「いつか中級に上がれたら、その時はそうだな、皆でミスリルで一本武器でも打ってもらうか?」


 マサオの提案に、


「バカ言ってんじゃねえよマサオ、せめてオリハルコンにしとけ! 大体手前らの武器もソロソロ半分オリハルコンだろ? 今更ミスリルとか金の無駄だぜ?」


ジョンが反対する。


「けど僕はオリハルコンより、ミスリルのあの綺麗な白い刀身に憧れるな」


「ノブヒコお前までそれか! 大体お前は斥候! 白い目立つ武器はご法度だぜ?」


「オヤジさん、記念だ、実用性はまあこの際置いておいても良いじゃねえか、夢なんだよミスリルの武器は、初級冒険者の憧れさ」


 ヒトシが感慨深そうに呟く、そうミスリル製の武具は初級冒険者が最初に目指す憧れの武具だ。


「まったくお前たちは何時まで経っても、半分中級に頭突っ込んでんだ、良いじゃねえかオリハルコン、金ぴかも良いもんだろ?」


「オリハルコンは少し成金臭くて、性能は兎も角、俺は少し苦手だ、合金程度で十分だと思うがな」


「シノブまでもか……全く大きな男共がなに乙女チックな事言ってやがる!

 はぁ、まあいい、お前たちもメンテナンスする武器があるんだろ、とっとと出しやがれ! 次は防具屋に行くんだろ?」


「おっと、そうだったな、武器は買えたんだ次は防具だな、こっちの方が採寸で時間がかかる。タツオはデカいからな」


 そう言って慌ててアキヒロ達が武器を『収納魔法』で取り出してカウンターに積んでいく、ジョンはそれを受け取って伝票とタグを付けながら、


「おう、大量だな、少し時間が掛るぜ? 構わねえか?」


「ああ、構わない、けどタツオの予備武器は急いでくれ、メンテナンスはキッチリ教えておくが、それでも予備は早いに越したことはない」


「おう! 任せとけ、ほれ武器を出した奴から出発しろ! お前らデカいしゴツいんだ、他の客がビビッて寄り付かねえ!」


「ふっ、今日も切れてるだろ!」


「おうよデカいんだ!」


「良い宣伝になるだろ?」


 ヒトシ、シノブ、マサオがダブルバイセップスを決めて胸をブルブル震わせる。


「この店でポーズを取るな! 筋肉馬鹿共! 女性客が怖がって逃げちまうだろ! お前ら今度から来るときは一人づつこい! まとまってくると本当に他に一人も客が来ねえ!」


 確かにアキヒロ達が店に来てから誰も客が入ってこない。


「何時ものことじゃないのか?」


「大体こんなモノだろ?」


「女性客? 見たことが無いなこの店では」


 ヒトシ、シノブ、マサオが口々に疑問を口にする。


「うーーん、僕がこの間一人で来た時には、結構女性のお客さんもいたよ? この店、女性客の評判も中々良いみたいだよ、品揃えと質がいいからね」


「そうだな、俺がこの間来た時も何人か居たな、割と手ごろな値段も受けてるみたいだぞ? ノブヒコ」


「ほれそう言うこった、ほらむさい男共は散れ!」


 ジョンが手で追い払うような仕草をする。


「けどオヤジさん、実は娘さんが店番してる時が一番女性客が多いんだよ」


 そんなジョンにノブヒコは真実を告げる。


「なっ!! なんだと?」


「この頃お手伝いで娘さん店に居るよね? あれで大分女性客が安心してお店に入れるようになったんだって言ってたな」


 ジョン・カーター(51歳)禿頭に髭、太い腕に、樽の様な腹、鋭い眼光が特徴の頑固おやじだ、これで女性客の受けがいいと思う方がどうかしている。


「俺はてっきり、俺の優しい親切な接客が女性客にも受けだしたのだとばっかり……」


 アキヒロ達男性客と違って、女性客には特に怖がられないように丁寧に、にこやかに、親切に接客していたジョンであった。


「まあ見た目ほど怖くないとか、親切とかそっちの噂も聞くけど。

 そう最近の女性客の増加は一重に娘さん御蔭だね、今日は居ないけど娘さん、武器にも詳しくて、とても接客が丁寧で評判が良いよオヤジさん。良い娘さんを持ったね」


「お、おう、そうか……ありがとよ」


 ジョンは若干気落ちしていた。


 そんなジョンを残して、アキヒロ達はそのまま店を出て行った。

 タツオもノブヒコと店を出るところだった、だが、タツオには一つ気になることが有った。


「なあ、ノブヒコ、金を借りてる俺が言うことじゃねえのかもしれねえが、お前ら金は? 代金払ってねえぞ? 良いのかこのまま出て行って?」


「ん? ああ、説明して無かったね、この店は良いんだ、毎月銀行から引き落としなんだよ、武器も担保代わりに何個も預けてるし、付き合いも長い、信用がお互いにあるんだ。

 まあこの後行く防具屋もそうだけど、この街では紙幣が無いだろ? 硬貨を大量に持ち歩くと嵩張るし、お店だってお釣りを用意するのが大変だ。

 クレジットカードもあるんだけど、手数料を考えたら、月払いで纏めて引き落として貰った方がお得なんだよ」


 タツオは並んで歩きながらノブヒコの説明に耳を傾ける。


(そういやあ値段の話も一切出なかったな、幾らだったんだこの剣は? そこら辺も信用って奴か? お互い無茶な要求はしねえって暗黙の了解が有るから成り立ってるって奴か?)


「そうなのか?」


「全部のお店がこうじゃないよ? 高い買い物をする定期的に寄る店、そうだね武器屋、防具屋、後は錬金術店位かなこういったシステムなのは。

 それに最初からじゃない、ある程度通っているうちに店の方からこのシステムを薦められるんだ。要するに馴染みの客として認められた証みたいなものかな」


 流石にこれらの情報は見習いや初心者には関係の無い話の為、組合の講習では普通教えていない。


「へえ、まだまだ知らないことだらけだな俺は」


「まあ、おいおい分かってくるさ、タツオ、焦らなくても良いさ」


「まあ知識も経験もねえからな、だが、まあ努力はしてみるさ、女に負けるのも情けねえしな」


「ねえタツオ。君に勝てる女の子って本当に居るのかい? さっき話してた子だよね?」


「どうだろうな、偶に見かけるだけなんだが、剣の腕じゃあ勝てる気がしねえな」


「へえ、剣道でもやってた子なのかな? けどねタツオ、女と男じゃあ元の筋力が違う、体格が違うんだ。人間相手なら素早さとかで補えても、魔物相手だとその体格の差、元の筋力の差は埋められない壁になって圧し掛かってくるよ、そのうち君なら追い越すさ」


「何だか実感がこもってねえか? ノブヒコ? お前だって強いだろ?」


「そうだよタツオ、僕の実体験だ、どんなに努力しても体格の差はね、後々辛く成るんだよ、特に魔物はどんどん大きく強くなる、僕じゃあ前衛で支えるのがきつくなって行ったんだ、だから斥候になった」


「けどなノブヒコ、相手がアホみたいに大きく成るなら、元の体格とか関係ないだろ? 俺だって魔物と比べたらチビになる、腕力だって劣るようになる、勝てなくなる。

 なら元の体格、腕力に何の意味があるんだ?」


「……君は本当に頭が良い、そうだよ、壁を、ある壁を超えると今度は元の体格も腕力も余り意味がなくなる、そうその壁の向こう、次に物を言うのは技とか速さだ。そこまで行けるとそうなんだけどね、そこまで辿り付く前に大体の子は挫けちゃうんだ」


「それが分かってるって事はノブヒコお前は壁を超えたんだな?」


「まだだよタツオ、僕は未だだ、超えてる人達を知ってるだけさ」


「けど超えるんだろノブヒコも、お前が壁を超える様に、俺もあいつを何時か超える!」


「全く君は……けど君にそこまで言わせる子か、偶に見かけるだけなら、本当の強さとか分からないんじゃない? 本当にそんなに強いの?」


「なあノブヒコ、この世界は色々恩恵がある、それで強く成れる、そうだろ?」


「そうだね、その通りだ」


「けどよ俺達みたいな見習いはその恩恵がまだまだ少ない、未熟、そうだろ?」


「?? そうだね、だから君はまだまだ伸びるよ、強くなる!」


「なら今の段階で目で追えない速さ、動きが霞む様な速さの奴は、恩恵で強化されるとどうなっちまうんだろうな?」


「それは本当に人間かい? 君の夢ってことはないんだよね?」


「ほぼ毎日大魔王迷宮の一階で見かけてる、夢にしちゃ長すぎるな、まあうちの爺さんも大概化け物だったが、あれもそうだろうよ。

 日本で化け物だった奴がこっちで強化されるんだろ、全く、冗談じゃねえよな」


「苦労するねえタツオ、君も難儀な子を……」


「うるせえ違う! そうじゃねえ!」


「一度会って見たいな」


「そのうち会えるだろ、あれは大人しくしてる奴じゃねえからな」


「そうか、なら楽しみにしているよ、その時はぜひ紹介してくれ、頼んだよタツオ」



 それから一か月後、タツオ達の姿は大魔王迷宮地下13階、通称『オーガの山』と言われる階層にあった。


 オーガは地上にも居て、極まれに討伐クエストが発せられることが有るが、基本人里にオーガは近寄らない、その為滅多に地上のオーガと戦うことはない。

 彼らは明晰な頭脳で、人間に敵対した場合、討伐隊が送り込まれ、手酷く撃退されることを学習している。

 

 数の上でオーガが人間に勝ることが無い事を理解しているのだ。個体の能力が人の倍でも、3倍の敵に囲まれれば、4倍の敵に、5倍の敵に、そうやって相手の数が多ければ必ず負ける。それを理解しているのだ。

 故に、人里離れた場所で狩猟やオーク等他の魔物を狩ってひっそりと暮らしていることが殆どだ。

 

 ただし、どこにでもはみ出し者は居る。偶に自己顕示欲の強い、若いオーガが調子に乗ってゴブリンやオークを手下にして人里を襲ってくる事があるのだが、その場合に討伐クエストが発せられるくらいである。


 しかし、大魔王迷宮の様なダンジョンでは話が違ってくる。そう地下13階『オーガの山』では常にオーガが発生し、その階層をうろついているのだ。

 これらのオーガは地上のオーガと違い、明確な意思を持って生み出される。そう自分達以外の種族に対する殺意だ。

 

 そしてオーガとしての強さは、その賢さは地上とダンジョンで余り差はない、それどころかダンジョンでは魔素が濃い為、上位種として生まれるオーガも多い。地上のオーガよりも厄介な者が多いのだ。


 そんなオーガが群れで屯す階層、単一パーティ単位で侵入しようものなら、圧倒的多数のオーガに囲まれて、あっという間になぶり殺しだ。


 『オーガの山』は気軽に狩りが出来る階層では無いのだ。それ故に、オーガを狩る者が居ないが故に、この階層のオーガは益々強く、厄介な魔物に成って行く。



『オーガの山』への出立前の大魔王迷宮前の広場でタツオは疑問を口にする。


「けどよ、その階層だけだろ? 近寄らなきゃ良いだけじゃねえか? 他の階層で他の魔物を狩れば良いだろ? 何が問題なんだ?」


「タツオ、迷宮は階層で分かれている。これは知ってるね?」


「ああ、最初に習ったぜ?」


「そして各階層間の昇り降りは、階層主の部屋の奥にある階段を使う、これは良いね?」


「ああ、だから攻略済みの各階層で階段を下りた所に結界を敷いて、各階層間の魔物の行き来を阻害してんだろ?」


「うんまあ初心者講習じゃあそう言って教えられるね、けどねそれは正確じゃあない。正確には大規模な魔物の各階層間の往来を阻害して、下の階層の強い魔物が上に大量に登ってくるのを阻害してるんだ」


「何が違うんだ?」


「そもそもね、階層主もその為に存在してるんだよ、下の階層の強力な魔物に対抗できるように、階層主はその階層のどの魔物よりも強い。

 階層主はね迷宮を作った魔族が設置した、迷宮の保護機構、迷宮の魔物が地上に溢れださない為の蓋なんだよ」


「そうなのか? そいつは知らなかったな、アレって冒険者に向けた障害じゃないのか?」


「違うよ、そもそも迷宮は魔物を封じ込めるための施設だ。まあ、各ダンジョンマスターが面白がって罠とか仕掛けとか色々設置して、冒険者に悪戯して楽しんでる面は否定できないけど、本来の目的は違う」


「なあ罠って、致死性のものや、下手したらパーティが全滅するような物もあるだろ? あれで悪戯なのか?」


「彼らにとってはそうなんだよ、タツオ、人と一緒にしちゃいけないよ、彼らは別種族。人が滅ぶのは困るけど、人が傷つこうが別に何とも思わない、そんな連中だと思った方が良い」


「まあそれは分かった、でだ、さっきの話の続きだぜ、ノブヒコ、お前の話で一つ引っかかったことがある。大規模な往来、そう言ったな?」


「そう、そうなんだよ、大規模な往来は出来ない、けどね迷宮の階層間は小規模な往来の出来る、隠された階段が結構あるんだ」


「じゃあ少数だが各階層の間で魔物の行き来があるのか?」


「ある! そうあるんだよ、迷宮の魔物の食料、何だか知ってるかな?」


「ん? なんだ? あいつ等も生きてるってことは物を食ってるのか? 『放牧場』は生えてる草喰ってるんだっけ?」


「実際にモノを食べてる魔物も一杯居るけど、ほとんどの魔物は魔素を食べてる、魔素がある限り、モノを食べる必要が無い位だね、でだ、魔物が上の階層に昇る理由、これが飢えだ」


「?? 魔素が有れば飢えないんだろ?」


「その階層の魔物が増えすぎると魔素が足らなくなるんだよ、エサが足らなくなる、だからエサを求めて他の階層に移動しようとするんだ。

 けどね下の階層に行くと、自分達より強い魔物で一杯だ。強力な上位種なんかは下にも行ってるみたいだけど、これは例外だね。

 だから普通の魔物は弱い魔物の居る上を目指すんだ、エサを求めてね」


「そうか、だから定期的に増えすぎた魔物を狩るクエストが組合から発令されるんだな」


「そうなんだ、6階の『ゴブリンの草原』、8階の『オークの集落』はね、狩りやすいから男性冒険者が金稼ぎに通って数が増えすぎることも無い。5階や7階の小さな階段にも結界を張って、往来を妨げてる。女性冒険者が攫われたりしたら大変だからね。

 それにそれらの階層にはゴブリンやオーク以外の魔物もいる、ゴブリンやオークと他の魔物はお互いに食って食われての関係だ、そこで数のバランスもとれている」


「『オーガの山』は? あそこにも他の魔物は居るだろ?」


「そうオーガ、これが一番の問題なんだよ、こいつらは、言ってしまえば強すぎる! 肉体的な強さはまあ地下13階の他の魔物と大差はない、けど知恵が回る、知性がある、集団行動が出来て魔法まで使う。統合力で言えば地下13階になんかに居て良い魔物じゃあない」


「だから……そうかだから増えすぎて他の階層に、上の階層に上がってきちまうんだな?」


「そうなんだ、この階層の上は『迷宮鉱山』女性冒険者の多い階層だ、そんな所にオーガが出たら大変だろ、奴らは女性冒険者を犯す。

 普通下の階層の魔物が上の階層に上がって暴れると、領域主が駆け付けて始末するんだけど、『コボルトヒーロー』でも8体くらいのオーガに囲まれるとね太刀打ちできなかったんだ」


「領域主にも役割があったのか!? なんだ俺はてっきり領域主と階層主の事を中ボスと大ボスだとおもってたぜ」


「まあその認識でも間違いじゃあ無いんだけどね、蓋の役割の為、部屋から動けない階層主に変わって、階層の秩序を維持、イレギュラーを排するのが領域主の役割だ、だからその階層で2番目に強い、そんな魔物が割り当てられてる。

 まあそんな理由でね、以来、こうしてオーガが増えすぎないように定期的に複数パーティ合同のレイド討伐クエストが出されるんだ」


「何だか聞いてるとウンザリして来るな、オーガか……強すぎねえか? おれは未だ『見習い』2か月目だぜ?」


「既に十分実績は積んで来たよ? オークの討伐演習も何回か参加して散々狩ったし、8階の『オークの集落』でも余裕で狩れている、実力的には問題ないよ。ここ一か月の狩りで『オークスレイヤー』の職能も手に入れたんだよね?」


「あまりカッコいい職能名じゃねえな、まあオークは儲かったから良いけどよ」


 タツオはオークを狩りまくり、既に借金を完済、可成りの額の貯金まで出来ていた。


「『オークジェネラル』をソロで狩ったんだ、普通に戦う分には単体の『オーガ』に後れを取ることはないよ、肉弾戦の攻撃力だけなら『オークジェネラル』の方が上だからね」


「そんなモノなのか?」


「それに今回は合計60組以上のパーティが参加する大規模レイドクエスト、人数が多いからね、危険はそんなにないよ、中級のパーティの参加も多い」


「俺はそれが不安なんだけどな、何故だ? 幾らなんでも中級の参加者が多すぎる、何かあるから組合は中級を多く呼び集めているんじゃねえか?

 それに小耳に挟んだんだが、『黒銀』でも戦闘能力の低い冒険者のパーティは今回参加を断られている。なんで俺が居てこのパーティが参加できてるのか不思議だが、キナ臭いぜ」


「その情報は僕も掴んでいる、何でも今回は偵察隊の報告で何時にも増してオーガの数が多いらしい、その為の盤石の布陣って事だったけど……確かに嫌な予感がするね」


 タツオ達の嫌な予感は的中した。



 小さな砦が築かれている『オーガの山』の安全地帯、その砦の前の広場ではオーガの軍勢と冒険者達が正に戦争を繰り広げていた。


「クソ!! 弓隊!! 敵に弓を打たせるな! こっちの方が射程が長い! 接近してくる敵は放置、後方のアーチャーを潰せ!」


「魔法攻撃来ます! 儀式級5発!」


「神官部隊! 踏ん張れ! 結界で弾くぞ! 3! 2! 1! 今!」


「クソ、左翼が崩れる! 衛生兵! 衛生兵! 至急救助だ! 予備兵を左翼に回せ! ああぁ、一人やられた! メディーーック!!」


「前に出るなよ! 前には出るな! 囲まれる!」


「左翼! 左翼だ! 手隙の奴は左翼に回れ! 相手の攻撃が集中している!」


「クソッ! 後手後手じゃないか!」


「仕方ねえだろ! 相手の数が多いんだ! 文句を言わずに手を動かせ!」


「補給物資が届いた! ポーションが届いたぞ!」


「物は良いから人を寄こせ! クソがぁぁ!」


「敵突撃兵! 右翼!!」


「なんだ相手の指揮官!! 優秀過ぎるだろ!! 斬首作戦は無理なのか!」


「どこに司令部が有るか分からねえ! 無理に決まってんだろ!」


「右翼押されてます!」


「ええい、回復した奴から右翼に救援! ポーション届いたんだろ!」


 待ち構えていたオーガの軍勢に、冒険者達は苦戦していた。

 組織され訓練をされたと思しきオーガたちは、能力の高さを生かし、数の優位も相まって突貫を繰り返す、冒険者達は戦線を支えるので手一杯だった。


「くそ、悪い予感程よく当たりやがる!」


「タツオ文句は後だ、2匹こっちに来てる、右をマサオとノブヒコ、左を俺とタツオでやるぞ!」


「「「おう!!」」」


 タツオ達は武器を構え、大きなメイスを二つ合わせたような独特なロッドを振り回す自分より一回り大きなオーガに向かって行く。

 

 その長身と歩幅の為に一歩アキヒロよりも前に居たタツオにそのロッドが振り下ろされる、


「ちっ、クソがあぁぁ」


 タツオはその手の剣をロッドの軌道に割り込ませ、斜めに逸らせることでロッドの攻撃を回避する、


ガリガリガリリリリリリィ!


火花を飛ばしながらロッドは剣の横腹を削っていく。


 その隙にアキヒロがそのオーガの左横をすり抜け様に胴を払い左手と胴を切り裂く、血しぶきを上げて倒れ込むオーガの首を、タツオが返す刃で刎ね止めを刺す。


「タツオよくやった! しかし、武器に負担を掛け過ぎだ、避けれるなら避けろ!」


「無茶言うな、ギリギリだったろ! そこまで器用に動けねえよ!」


「次は俺が前に出る、タツオは攻撃に回れ!」


「アイよ、一旦下がるか?」


「そうだな、ノブヒコ達も仕留めてる、突出すると囲まれる。下がるぞ!」


「タツオ危ない!!!」


 ノブヒコが叫ぶ、タツオは咄嗟にその手の剣で頭を庇うと、剣の腹に矢が当たって弾かれる。


「クソがぁ! 何処だ! 何処からだ!」


「索敵は良い、頭を下げろタツオ! 冷静に成れ!」


「まだ来る、あっ!」


 ノブヒコの視線の先、40メートル前方でタツオに向かって第二射を放とうとしたオーガがアキヒロ達の後方から飛んできた矢に首を射抜かれる、その後もその周辺に居た『オーガアーチャー』が後方から飛んでくる矢に次々に射抜かれ息絶える。


「シノブか? 助かった、下がるぞ! 頭を庇え!」


 アキヒロが改めて指示を出す。


「一射目はシノブだね、その後は他の矢も混ざってたけど」


 ノブヒコはタツオの元に駆け寄りながら告げる、あの距離で矢の違いを認識できていた。


「今回はエルフの弓隊が居てくれて本当に良かったな、相手も『アーチャー』を多数用意してたみたいだが、抑え込んでくれている」


 そう呟くアキヒロは後方に下がりながらも目は前線から離さない。


「最近やたらとエルフの冒険者が増えてねえか?」


 マサオの呟きに、


「なんでもエルフお嬢様がこの街に来て居るらしくて、その護衛に勝手に森から付いてきちゃってるらしいよ、エルフの本国は激怒しているそうだけど、自分達で親衛隊を名乗って本国から席を抜いたらしくてね、どうにもならないそうだね」


 ノブヒコが知っている情報を開示する、


(ノブヒコって一体どこから情報を仕入れてきてるんだ? 色々詳しく知り過ぎだろ?)


 タツオはそう思いながら、疑問を口にする。


「護衛が冒険者やってて良いのか?」


「そのお嬢様が冒険者に成ろうとしてるみたいでね、先に冒険者になって影から守るとか何とか……」


 そのノブヒコの言葉にアキヒロが、


「元々この街にはエルフのお偉いさんが一人いてな、その縁もあってか、その護衛の為か、エルフの冒険者は割と多いんだが……一気に増えたのはその所為か」


「エルフのお偉いさんだろ? なんでこの街に居るんだ?」


「本人は引退した心算らしいんだよね、既に一般人だと言い張っているみたいなんだけど、そんな事をエルフの本国・長老が許す筈も無くてね、喧嘩が続いてるみたいだね」


「何だ? もしかしてそのお嬢様とやらはそいつの関係者か?」


「どうやら孫娘らしいよ」


「ハネッ返りが多い家系なのか?」


「どうなんだろうね? まあ何方どちらも国を捨てても一緒についてくるエルフが多いみたいだから、慕われてはいるんだろうけどね」


 そんな話をしている間に後方にタツオ達は下がってこれていた。砦前に築かれた簡易バリケードの中に滑り込む。

 すぐさまヒトシが駆け寄り、


「おう、無事でなによりだ! 水分を補給しろ! あと簡易食糧とバナナもある、口に入れておけ!」


 範囲回復で全員を癒しながら配り歩く、タツオ達は気にしてなかったが、彼方此方小さなケガをしていたらしい、回復の効果でジンワリと温かく、全身の疲労が消えていく。


「ヒトシ、状況はどうなっている、前線で見る限り、可成り不利に見えるが撤退か?」


 アキヒロがスポーツドリンクを飲みながら状況を確認する。


「戦況は芳しくないな、何とか支えている、そう言うしかない。だが撤退はしない」


「なに? この状況でか? 上は何を考えている!」


 その報告にアキヒロは激怒する。


「くそっ、このままでは死亡者が出るぞ! 寧ろもう出てるんじゃないのか?」


 普段温厚なアキヒロが瞳を険しくして捲し立てる。


「ギリギリだ、本当にギリギリでまだ死亡者は出ていない、それにもうすぐ上級が来る! 後ひと踏ん張りだ!」


 そんなアキヒロの口にバナナを放り込みながらヒトシが宥める、


「んぐッ! 上級だと? 信じられん、こんな階層にか?」


 口の中のバナナを嚥下しながらアキヒロが問う、


「中級の増援が望めない、それにこの状況で中級以下の増援は返って足手まといだ。

 上も状況を甘く見ているわけではないという事だ」


 今回の討伐クエストには付近の中級男性冒険者がほぼ総動員されている。女性冒険者を動員するわけにもいかない為、増援を送ろうにも人手が足りない。

 そんな事情もあり組合は上級の投入を決定したらしい。


「誰が来るんだ?」


 マサオが問う、


「エリカの姐さんの所が来る! 本人も出張ってくるらしい」


 ヒトシがそれに答える。


「『陽炎かげろう』か!! しかしあの人は女だろう、あそこは女性も多いのに……」


 アキヒロが驚きに目を剥く、


「まあ、あの人に限ってクッコロは無い! 冗談抜きで今のうちに手柄を上げんと獲物を全部取られるぞ」


 アキヒロ達の周辺が一気にざわつき始める、他のパーティにもこの情報が伝わっているらしい。


「何だ? 上級? 何人来るのか知らねえが、そんなに凄いのか?」


 タツオにはその周囲の変化が不思議でならない、


「そうかタツオは知らないのか、『陽炎』なら3人、上級が所属してる、説明するから今覚えろ!


 『戦姫』エリカ、ギルドマスターだ、絶対にこの人の前には立つなよ! 誰? どんな奴かって? 見れば分かる! 絶対に前に立つな、魔物と一緒に切り殺される!


 『斬鬼』シュウイチ、サブマスターだ、太刀を使う優男だが、一旦戦闘が始まると一切相手に容赦しない。闘い出すと回りが見えなくなる! 返り血で真っ赤になって戦うさまは、まさに鬼だ。


 『夜叉』ヒトミ、同じくサブマスターだ。普段は良い、キレるまでは一番常識人だ。この階層ならそうそうキレたりはしないと思うが。だが一見優しいお姉さん風だが中身は夜叉だ。妙な恨みを買ったり、キレられたりする前に逃げろ! 近寄るんじゃない!」


「ちょっと待て、味方だろ? 味方が助けに来るんだろ?」


 アキヒロの説明はその味方の周囲に近寄るなとの警告だ、タツオには意味が分からなかった。

 しかし、周囲では見知らぬ冒険者までアキヒロの説明に頷いて同意を示す。


「タツオ、上級はね、普通の人では絶対に成れない、そう言った階級なんだよ。

 飛び向けた才能と実力が無ければ上級には上がれない。けどね、彼らはその凄まじい戦闘能力と引き換えに、何かが欠けてる人が多い。もう落ち着いている年寄り以外の上級は頭のネジが外れていると思った方が良いね」


 ノブヒコが未だ理解できないタツオに更に説明する。


「何だそりゃ? 大丈夫なのか? それで」


「まあ負けはなくなった、魔物に負けて撤退はなくなったが、上級が来る前に後退した方が良い、巻き込まれたらたまらんからな」


 だがアキヒロ達の願い虚しく、オーガは冒険者の陣営の変化を感じ取ったのか大攻勢に打って出た。増援が来ると察し、増援到着前に冒険者の陣を蹂躙する気なのだろう。


「数が! 数が多い!!」


「耐えろ! あと少しだ! 踏ん張れ!!」


「ソロでオーガの相手は初級にゃ辛いぜ!」


「中級! 根性見せろ! フォローに回るぞ!」


「不味い、中に入られた! 神官、後衛! 近接戦闘用意! 怪我人に近付けるな! 押し返せ!」


 砦の中にまで一部オーガが入り込む大乱戦となった。

 アキヒロ達もそれぞれにオーガと奮闘する、オーガの数が多すぎて今までのようにツーマンセルで一体のオーガに対抗することが出来ない。


「タツオ下がれ! 無理をするな!」


 アキヒロが叫ぶ、


「どこに下がるんだよ! 後がねえ!」


 タツオはオーガを切り伏せながら怒鳴り返す。既にオーガをソロで数体タツオは切り伏せていた。


「クソ!! だれかフォローは出来ないか!」


 3匹のオーガの相手をしながら、アキヒロは舌打ちして回りに問いかけるが、


「ごめんアキヒロ! こっちも2体相手で余裕がない!」


 ノブヒコが両手に短剣を装備して、オーガの関節を切り裂いて答える。ノブヒコはこの乱戦ではエストックは不利と判断して咄嗟に武器を変更していた。


「えええい! 邪魔だ! 退けぇぇ! クソ!! 何匹居やがる!」


 マサオがタツオのフォローに回ろうと、オーガをバトルアックスで吹き飛ばす様に切り裂きながら前に進もうとするが、そこに新たなオーガが襲い掛かる。


 タツオは更に一体のオーガを切り伏せる、するとそのタツオを影が覆う、その新たに襲い掛かってきたオーガを見て、一瞬たじろぐ、


(でけえ! なんだ、普通のオーガじゃねえ! なんて大きさだ!)


 普通のオーガでさえタツオよりも一回りは大きいが、そのオーガはタツオより頭一つ分以上大きかった、その身長は2.5メートルを超える。


「『オーガセイバー』!! 不味い! タツオ!!」


 ノブヒコの悲鳴に似た警告の叫びも空しく、『オーガセイバー』がその手の巨大なグレートソードでタツオに斬りかかる。


 タツオの頭上に振り下ろされる巨大な白刃!!


 タツオは切り伏せた直後の不完全な態勢ながらも、辛うじてその手の剣を攻撃の軌道に割り込ませ逸らせる、

 火花を散らしながら交わる剣と剣! タツオの剣をガリガリ削りながら相手の剣がタツオの横に逸れていく、


バキイイイィィィィンッ!!


 その最中、度重なる戦闘による疲労の蓄積か、その衝撃に耐えられなかったのか、タツオの剣が刀身の半ばから真っ二つに折れる。


「くそがぁ、こんな所で死ねるかぁぁ!!!!」


 タツオはそう叫んで折れた剣をそのままに、振り終わりの隙の出来た『オーガセイバー』の懐に飛び込む、そしてその首めがけて折れた刀身を渾身の力を込めて振り下ろす。


ドスッ!!


 タツオの折れた剣は敵の首に届き、その頸動脈を切断し深く食い込む。『オーガセイバー』はそのまま血を吹き出しながら倒れ込む、しかし、


「くはぁ、クソが!! って抜けねえ! クソ、深く食い込み過ぎだ!」


 タツオの剣はその首の半ばまで埋まり、オーガの強靭な筋肉に挟み込まれ、引き抜けない。

 タツオがその首に刺さった剣でオーガを支えるような格好になる。


「メイン武器に固執するな! サブだ!!」


 アキヒロが直ぐ様声を掛ける。


「分かってる!!」


 剣から両手を離し、タツオが腰の後ろのショートソードを引き抜き構えようとした時、


「タツオ危ない!!」


 ノブヒコの声に反応し、迫る白刃を辛うじてその手の剣で受ける、しかし、衝撃の勢いは殺せず、吹き飛んだタツオは態勢を崩し、床に転がってしまう。


(何だ? クソが! ……続けざまに又こいつか!)


 二匹目の『オーガセイバー』がその手の剣を掲げ、ゆっくりと、そうタツオの目にはゆっくりとその剣が振り下ろされるように見えた。


「まだだっ! まだ終わっちゃいねえ!!」


上体を起こしたタツオはその手の剣を振り下ろされる、剣の軌道に侵入させる……


 その時!


「はん? 元気だねえ坊や、良い根性してるじゃないか! 良いねえ、男の子はそうでなくっちゃね!」


 声がした、タツオがそう思った時には目の前の『オーガセイバー』の上半身が消えていた。切れたとか吹き飛んだではない、忽然と消失したようにタツオには見えた。


「あははははっ、いいねえぇ、いいじゃないか! これ良いじゃないか!! あははは!」


 その人物は突然タツオの横に沸いた、そうタツオには感じられた。気が狂ったように笑いながらその手の刀を掲げて眺める小柄な女性。

 深紅の薄手のアンダースーツに金色で縁取られた深紅の部分鎧をまとった、華奢、そう言っても良い細身の体、しかし、全身からは気が可視化されたように周囲に陽炎を棚引かせて纏わりつく。


『見れば分かる』


アキヒロの言葉を思い出す、


(ああ、確かに見ればわかるな)


「気に入って貰えたかい、エリカ姐さん」


 涼し気な男の声が掛かる。そこには太刀を佩いた、長身の男が立っていた、白い軍服の様な服に、白い部分鎧をまとい、白いマントを棚引かせる。

 モデルの様な体形に、秀麗な顔、その恰好が実に良く似合っていた。女性に大人気であろう優男。

 しかし、ここはダンジョン、その白い恰好は周囲から著しく浮いている。


「ああぁ、良い出来だ、こいつは良い出来だよ! 手に馴染む、こいつは私の為に造られたような刀だよ! いい切れ味だ」


 何時の間にか周囲の喧騒が消えていた、その場に居た筈のオーガは全て地に倒れ伏している。


「あら? エリカちゃんご機嫌ね、そう? そんなに良いの? 私も欲しいわね、ねえシュウイチ?」


 そう言って背後から大地母神の神官服を着た優し気な女性が歩みよる、しかし、その両手には血に濡れた鉈が握られている。

 神官が刃物を、血に濡れた刃物をその手に提げている違和感にタツオは悟る。


(こいつらが残りの二人の上級か、確かに、頭のネジが飛んでやがる)


「無理を言わないでくれヒトミ、エリカ姐さんの分だけでも無理をして手に入れたんだよ?」


「あら? 私が知らないと思っているの? 貴方自分の太刀を頼んだんでしょ?」


「……今度ザッツバーグさんに頼んではみるけど確約は出来ないよ」


「あんた達、五月蠅いね、今日はアタシの刀を育てに来たんだよ、邪魔するなら帰りな!」


「ごめんねエリカ姐さん、邪魔はしないよ、じゃあ僕は右翼を蹴散らすよ、ヒトミは左翼を頼む、エリカ姐さんは好きにしていいからね」


「まってシュウイチ、今日は何処までやることになっているの? このまま階層をお掃除?」


「いいや、エリカ姐さん武器が育ったらそこで御仕舞にするよ、組合もその程度で納得するだろ?」


「ふーーん、原因は放置で良いのね」


「それは僕らの仕事じゃないさ、後輩たちに任せようじゃないか、全部上級が掻っ攫うとね、なかなか風当たりが強く成るものなんだよ」


「あああ!! もうっ! ごちゃごちゃ五月蠅いね! アタシは行くよ! 今の段階なら三百匹も切れば進化は確実だろ! それ位で帰るよ!」


「無茶して折らないでね?」


「誰に言ってるんだい? 邪魔するなら先ずはアンタから切られるかい?」


「酷いなエリカ姉さん、心配しただけなのに、まあいいさ、じゃあ……」


 シュウイチが言い終わるよりも早くエリカの姿が消える。


 タツオの視線の先で、第二陣として砦に迫って来ていたオーガの軍勢に、赤い残光を引いた人の矢が突き刺さる。


 すると、冗談のように、切り飛ばされたオーガの上半身が宙に舞う、留まることなく、次々と上空に打ち上げられる。


 何時の間にかタツオの周囲に居た、シュウイチもヒトミもその姿を消していた。


「タツオ大丈夫だったかい、ごめんよ助けに行けなかった」


「全く情けねえ、やっぱり俺達はまだまだ初級だな、見習い一人助けに行けねえ」


 ノブヒコとアキヒロがタツオに駆け寄り、その身を引き起こしながら詫びて来るが、


「まあ気にするな、助かったんだ、それで良いだろ?」


 タツオの目はそのエリカの虐殺、そう虐殺に釘付けだった。


「タツオ、アレが上級だ、そうだな、お前ならアレに追いつける、俺はそう確信したぞ、『オーガ』をソロで倒すだけでも凄いのに、お前は『オーガセイバー』を倒した!」


 マサオがそのタツオの横に並んで同じく目の前の虐殺を眺めて言う。

 だがタツオはそんな言葉は聞いていなかった。


(アレが上級? そうかあれで上級なのか、確かに速い、確かに強い、スゲエ威力だ、どうなってんのか理屈もわからねえな……オーガが案山子みてえに狩られていく。


 けど、目で追える、動きを、目で追える!

 

 何とかギリギリだが俺の目でも追える!! 近くで動かれると目がついて行かねえ、消えたように感じるが、この距離ならまだ目で追える!)


 そうタツオだって格闘技で鍛えてきた、動体視力に自信はあったのだ。


(ああ、目の前のアレも化け物かも知れねえが、単純に剣の腕ならアイツとどっちが上なんだろうな?)


 同じ距離でタツオの目で追えない、そんな動きをする人物、そんな人物と目の前の光景を比べていた。


「全くタツオは、戦闘馬鹿だね、目の前の光景に夢中で僕達の話は上の空だよ」


 そんなタツオの様子にノブヒコが呆れたように肩を竦める。


「まあアレはな、夢中にもなるさ」


 そう言ってアキヒロが周囲を見回す、そこにはタツオと同じように魅せられたようにその戦闘から目を離せない、冒険者達が居た。


「けどねアキヒロ、これどうする? タツオの剣、折れちゃったよ……」


 ノブヒコが折れたタツオの剣を拾って来て、それをアキヒロ達が眺める、


「もう予備が出来てる筈だから、そっちで何とかするしかないんだが……」


 アキヒロは何か想像したのか、げっそりした顔になる。


「オヤジさん、激怒しそうじゃない?」


 そう言いながらもノブヒコは何時もと変わらぬ声音だ、


「今回は仕方なかろう? 俺も一緒に行って説明するさ」


 マサオが請け負うと、


「そうだね皆で謝ろうか!」


 砦にノブヒコの明るい声が響く。



 その日もエリザベス・カーター(18歳)は何時ものように、父の武器屋で、父の代りに店番をしていた。父親に似ず、あの年でも可愛いと評判の母親に似た事を、エリザベスは信仰する大地母神に感謝していた。


(今日は御客の入りも上々ね、はあぁ、まあ、お店を継ぐのは良いのだけど、ソロソロ本気でいいお婿さん見つけないとね、こんなに私可愛いのに、なんでお婿さん出来ないのかしら?)


 エリザベスは一人娘だ、この店を潰さない為には、婿を迎えて一緒に店をを継ぐしかない。

 エリザベスはこの店が大好きだった、この店の商品も、この店のお客も、そしてこの商売も大好きだった。

 だから店を継ぐことに疑問はないし不満も無い。


 だが、そうだが、肝心のお婿さん候補が現れないのだ、それが目下エリザベスの一番の悩みだ。


 普段、武器を磨いて、その武器を手に微笑んで店番をしているか、家で母親の手伝いをしているエリザベス。


 年頃の娘が武器を手に微笑むその行為、武器屋の娘には当たり前なのかもしれないが、世間一般では危ない娘と思われても仕方がない。


 更にその店番をしている店ではゴツイ、凶悪な顔付きの父親が常に目を光らせているのだ、男が寄ってきて声を掛ける隙が無いのだが、その事に本人は全く気が付いていない。


 そんな事を武器を磨きながらぼんやり思っていると、店の扉が開いた。


「いらっしゃいませーー」


 そちらを確認することなく振り返りながら声を掛けると、扉からゾロゾロとゴツイ男たちが入ってくる。


「やあ、エリザベス! こんにちは! オヤジさんは?」


 ノブヒコが挨拶をすると、その他の男たちも無言で挨拶をする。広い店内が一気に狭くなったと感じるそのゴツイ男たちに、


「こんにちはノブヒコさん! それにみんなも元気そうね! 今、父はエルネストお爺さんの所に出かけてて、だから留守なんですけど、用件は私が聞きますよ」


 むさい男達の相手も既にエリザベスは手慣れたものだった。まあしかしノブヒコが一番話し易いのは確かだ。


「エリザベス、じゃあメンテナンスで預けていた武器と、造ってくれるように頼んでおいたグレートソードは出来ているか?」


アキヒロがノブヒコの後を継いでエリザベスに話しかける。


「うーーんメンテナンスの方は、えっとまだ半分位しか出来てませんね、出来て返って来てるのだけでも渡しますね、っとグレートソードは出来上がってますね。奥にあるから取ってきますね」


 帳面を確認しながらエリザベスが答え、そのまま店の奥にグレートソードを取りに行こうとする。


「大丈夫エリザベス? グレートソードは重いよ?」


 ノブヒコが心配して声を掛ける。


「武器屋の娘を舐めないでください! グレートソード位運べます!」


 鼻息も荒く、エリザベスは張り切って店の奥に引っ込む、


「そう? 無理しないでね?」


 ノブヒコがその背に声を掛ける。


 すると、暫くして、


「んんんんーーーーん! こなくそーー! えーーい!」


 気合の入った声が聞こえてきて、


「うううぅ! ノブヒコさーーん! お願いできますか……」


 エリザベスから泣きが入った。ノブヒコはヤレヤレとカウンターの脇から店の奥に入り、大きなグレートソードを抱えてしょんぼりしたエリザベスと供に戻ってきた。


「まあ仕方ないって、エリザベス、今回のグレートソードは普通よりも大物だ」


「そうだな、エリザベスは武器屋の娘とは言え、特別バカ力が有るわけじゃない、武器を持つコツを掴んでいるから重い武器を運べるだけだ、限界はある」


「気を落とすな」


「次があるさ! ファイトだ!」


「悪いな俺の剣の所為で! こんどお菓子を差し入れてやるから、な? 機嫌直せ!」


アキヒロ、サマオ、ヒトシ、シノブ、タツオと口々にエリザベスを慰める、そう、その位はタツオもこの店の馴染みになっていた。


「もう! 絶対ですからね! あとタツオさんの剣なら最初からそう言ってください!」


「まあまあ、ほらタツオ、新しい剣だよ、確かめてみて!」


 引き抜く事が困難な長さのグレードソードは鯉口付近のバンドを外すと、鞘が割れ斜めにずらして刀身を鞘から外せる様になっている、その特殊な形状の鞘から剣を引き抜いたタツオは、


「これが元あの不格好な剣? なのか? 信じられねえな」


 スラッと伸びた長い刀身、ダークグレーの刀身には溝が中心に彫られ、そこに銅で彫金が施されている。両刃の刃紋も美しく、鍔の所で魔法球が仄かに光る。奇をてらわない、素直な形状のグレートソードだった。


「いや素材にしただけだからね、別物だよ? けど、これ良い出来だね? エルネストの爺さんじゃあないとおもうけど、これは良い出来だよ」


「ほう、良い出来じゃないか、これはガーランドさんの作品だろ、あの人の特徴が良く出てる、エルネストの爺さんの一番弟子だぜ。

 オヤジさん頑張り過ぎだな、まあ材質は魔鋼、そこまで高くは無いか?」


「アキヒロさん凄いですね! なんでわかるんですか? エルネストのお爺ちゃんの系統だろうとは私にも分かったんですけど、ガーランドさんまでは私も見抜けませんでしたよ」


「ってことは当たりなんだね? 凄いねアキヒロ、流石武器マニア!」


「まあな、コレクションは伊達じゃあ無い! ってことさ」


「タツオ、それはもういいだろ、それよりも今日の本命だ」


 未だに新しいその剣の具合を確かめていたタツオにマサオが声を掛けて促す。


「おっと忘れるところだったな、オヤジさん居なくて良かったのか悪かったのか分からねえけど、エリザベス、これを頼む、素材にして、一本剣を頼む」


 タツオはそう言って『収納魔法』で折れた剣を取り出す。


 その剣は見事に刀身の中ほどからぽっきりと折れていた、折れた先の部分も拾って来ていたが、それがそのまま刀身に繋がる、修理できる可能性は無い、そうタツオは思っていた。

 日本刀と同じで積層構造を成すこの地域の剣は、折れた断面を見れば、心金、刃金、棟金、側金と四つの層に分かれているのが良く分かる、溶接して繋ぐ、そんなことが出来る筈もない。


(世話になった愛刀だが、こればっかりはな、仕方がない、俺が下手糞なばっかりに……悪かったな折っちまって)


 タツオは心の中で愛刀に詫びる。そして自分でも無意識にその表面を優しく撫でていた。


 エリザベスはそのタツオの取り出した折れた剣を見て、悲し気な顔をする。


(どうしたの? 何で泣いてるの? そう、途中で折れたのか悔しいのね? ご主人様を置いて先に折れたのがそんなに悔しいの? でも貴方頑張ったでしょ?

 ご主人様が死ぬところだった? そうなの? 危なかったのね、激しい戦いだったのね……

 貴方タツオさんの事が大好きなのね? うん、そうね大事にされてたのね)


 エリザベスは剣の精霊と会話しながらその柄をみる、この剣を使い始めて僅か一ヵ月しか経ってないなのにその柄は、何年も使い込まれたかのように摩耗し削れていた。


(一体どれほどこの剣を振ればこうなるのかしら? それに手入れ、メンテナンスも良くやってるわね、傷は一杯付いてるけど、少しも汚れや錆が無い。

 それにこの折れた断面、折れてからも攻撃したのかしら? 少し断面が削れてる)


 エリザベス・カーター(18歳)武器の鑑定眼はまだまだ未熟、自分の父には遠く及ばない、しかし、その父親譲りの精霊を見る目は既に父を超えている。


 エリザベスは精霊を見るだけでなく、その声さえ聞こえ、精霊と会話が出来る。


 この能力のおかげで、その武器が誰に向いているか、その武器と買い手の相性まで分かる。そう武器が、武器の精霊が全てエリザベスに教えてくれるのだ。

 出来立ての武器の精霊、殆どの人には感じ取れないその精霊を擬人化し、更に会話する事さえ可能とする稀有な能力、それを有しているのだ。


(タツオさんが来るとこの店の武器が一斉に輝きだす、武器がみんなタツオさんの目に留まりたくて、使って欲しくてアピールしだす、この人はこんなに精霊に好かれているのに、本人は全く気が付いていない)


 エリザベスの目には新しいグレートソードの精霊はタツオの剣になって嬉しいのか両手を広げて喜んでいる赤ちゃんに見えるし。

 折れた剣は、優しく撫でるタツオの指に縋る様に頬ずりしなが泣いている少女のように見える。


 黙って折れた剣を見つめるエリザベスにタツオは、


「すまねえ、怒る気持ちも分かる、俺が下手糞だったんだ、こいつを使いこなせなかった。折角オヤジさんが売ってくれた秘蔵の品をこんなにしちまって悪いと思ってる。

 けどな、俺には武器が必要だ、このグレートソードも一本だけだと日常のメンテナンスしか出来ねえ、金属疲労を取り除くには鍛冶師に預けて本格的なメンテナンスが必要なんだろ? こいつを又折っちまう前に、予備の武器が絶対に必要だ!

 勝手な願いなのは分かってるが頼む! 俺に武器を、武器を売ってくれ! それでこれも無理を言って悪いが、こいつをもう一度武器として、素材として使ってやっちゃあくれないか?」


 タツオはエリザベスに頭を下げる。エリザベスはそんなタツオに慌てて、


「頭を上げてください、私は別に怒ってはいませんよ、お父さんは兎も角、私は今回の件については怒りません。

 そうですね、そう、この子は私が預かります、私に任せてください! 良いですかタツオさん」


「構わねえが、良いのか? 勝手に決めちまって、オヤジさんが怒らねえか?」


「タツオさん、私が預かった私の仕事です! お父さんは関係ありません! 怒るなら勝手に怒らせれば良いんです」


「そうか?? まあよろしく頼む」


「良かったねタツオ、これでもう安心だよ! エリザベス、どんな見立てだい?」


 ノブヒコが自分の事のように喜ぶ、


「そうですね、剣は折れてますけど、心は折れてません、大丈夫ですよ」


「そう良かった、良かったねタツオ!!」


「??? ああ? 良かったんだよな?」


「ではメンテナンスの終わった武器を受け取って帰るか! エリザベス、日常メンテナンス用の薬液を3回6人分一緒に貰えるか?」


 アキヒロが告げる。


「はーい、毎度あり! じゃあメンテナンスが終わった武器がえーと」


 カウンターの後ろの棚から武器を取り出そうとしてエリザベスが固まる、


「うん無理するな、俺達の武器は重いからな、そこだな? 勝手に取り出すぞ?」


「モウゥッ! なんで貴方達の武器はこんなに重いのよ!」


 エリザベスは取り出される武器のタグを外し、伝票帖に記載しながら愚痴る。


「ふっ、切れてるからな!」


「デカいからな!」


「パワフルだからな!」


「それは止めて! ポージングしないで! 出入り禁止にするわよ!」


 筋肉バカ三人組を怖い顔をして睨みつけながらエリザベスが警告する。伊達に武器屋の看板娘をやっていない。この辺の扱いも慣れたものだった。


(こんなおバカな三人組でも武器には好かれてるのよね、皆御主人さまの所に帰れて嬉しそうだわ)


 三人組は少ししょぼんと項垂れて、武器を受け取り店を出て行き、アキヒロもメンテナンス用の薬液を容器をエリザベスから受け取って店を出ていく。

 タツオとノブヒコは最後にエリザベスに手を振って、店を後にする。


 アキヒロ達の居なくなった店内でエリザベスは、折れた剣にタグをつけ、伝票に記載してから、渾身の魔力を込めて『収納魔法』でその折れた剣を収納する。


「ふう、重いわね、けど武器の運搬用にもう少し魔法も鍛えるべきかしらね? 腕力は余り鍛えると婚期が益々遠ざかりそうなのよね……」


 乙女の微妙な悩みを憂いながら、中々帰ってこない父親の事を思い出し、


「どうせどこかでサボってるんだわ、全くダメなお父さんね!」


 そう愚痴を言って、少し不満も晴れたので、折れた剣をどうするか思案を始める。


(うーーん、先ずはエルネストのお爺ちゃんに相談かな? もうあの子進化しそうだし、この際修理と一緒に進化させるべきじゃないかしら?)



 エリザベスは翌日、エルネストの所に相談に来ていた。もちろん内容はあのタツオの折れた剣の事だ、剣を取り出し、エルネストに見せながら、


「ねえどう? エルネストお爺ちゃんはどう思う?」


「ふむ、お前さんの意見を先ずは聞こうじゃないか」


 燃えるような赤い髪の毛に赤い髭、武骨なドワーフの顔に、そこだけ宝石のように綺麗な金色の瞳、それが『大名工』エルネスト・ゲバフ(230歳)だ。


「この子、心が折れていないわ、進化したいって、今度は折れない、もっと頑丈な剣に進化するんだって、そう言ってるわ、なら私はこの子の願いをかなえてあげたいの!」


「で? それが可能だとお前さんは思うわけだな? ガーランド! ガーランドは居るか!」


 エルネストが大きな声で呼ぶと、ガーランドが現れる、ドワーフのエルネストと違い、ガーランドは人族の鍛冶師だ。


「師匠、何の用です?」


「うむ、これを見ろ、どう思う?」


「これはまたぽっきりといきましたな、ほう、よく使いこまれている、メンテナンスも良くやってる、これは……折れたのは運が悪かったとしか言いようが有りません、よっぽど相手が悪かったんでしょうな。

 逸らした攻撃に耐え切れずに折れたか、其れまでに可成り疲労をしているが、長時間の疲労が溜まって折れたんじゃない、その激しい戦闘の最中で何度目かの衝撃に耐え切れずに折れてますな」


「そうだな、恐らくそれで正解だろう」


「良く分かりますね? 何処を見たら分かるんですか?」


「エリザベスのお嬢ちゃん、断面ですよ、断面に筋があるでしょ? それに傷ですかね、メンテナンスで塞がった傷以外の傷の付き方、そこら辺を見ればどういった使われ方をしたのか分かります」


「そう言うことだ、ガーランド、お前この間グレートソードを作ったな?」


「ああ、ジョンの依頼で確かに馬鹿でっかいのを一本作りましたな、あれの素材は良かった。

 そうだあれも不格好ながらよく使いこまれていた、この折れた剣も……ほうぅ、これは一緒か? 同じ冒険者が使ってやがるのか」


「ガーランド、お前の作った剣、同じ冒険者が使った場合、どの位耐つ?」


「ああ、そう言うことですか、そうですなこの折れた剣と同じでしょうな、あの素材の剣を渡されたのが一月前、で、それからこの剣を使い込んだとして一月ですか、ならばあの剣もこのままでは一月で折れますな、信じられんことに」


「信じられない? 何故ですか?」


 エリザベスが尋ねる。


「この冒険者の使い込み方ですよ、一月でここまで柄が摩耗する? よっぽどだ、よっぽどじゃねえとこうはならない」


「ガーランド、エリザベスの嬢ちゃんはこの折れた剣は進化する、そう言っておる」


「見習いが一月で剣を進化させる? ふむ、確かに、これは進化してもおかしくない、エリザベスのお嬢ちゃんが言うなら間違いないでしょうな」


「ガーランド、どうする、もう一度引き受けるか?」


「いや、ここは師匠に任せます、私では少し力不足かと、この折れた剣はヤキン様の系統……クレスタでしょうか? なかなか良い腕をしている、それだけに私では無理だ、不完全な力しか引き出せない」


「そうか、ではあのグレートソードが折れて戻ってきたらどうする?」


「その時は全力で私が引き受けましょう、自分の造った剣だ、そうですな、あれが進化するほど使い込まれていたら嬉しいですな」


「折れていてもですか?」


「折れて居てもですな、その剣、折れているのにちっとも心が折れていない、それにその冒険者の事を嫌っても居ない。

 そんな冒険者に、今度はもっと良い剣を渡したい、その為に、進化するほど使い込まれているのならそれは好都合と言うのものですな」


「ではエルネストお爺ちゃん、その折れた剣は、クレスタ様にお渡しするのですか?」


「いや、クレスタにはちと勿体ないの、ここはガーランドの言う通りワシが引き受けよう……じゃがな? この冒険者少しも精霊が見えて居らぬな? 剣が生きて居る事も知らんのだろう?」


「自分で気が付くようにと、先輩冒険者の方が秘密だって言って、だから私からは教えられません」


「エリザベスの嬢ちゃんや、幾らワシが進化させようが、このままではこの剣はもう一度折れるぞ? 2回目か……流石に2回目はこの子もきつかろう?」


「決して乱暴に扱っているわけではないんですよ!」


「それでもじゃ、この冒険者は技量と能力がちぐはぐじゃ、凄まじい勢いで強くなっておるが、まだ能力に技が追いついておらん、そして剣もまたその冒険者に追いついて居らん。

 この冒険者の剣ならば、出来ればオリハルコン、せめてミスリルで最初から剣を造るべきじゃ」


「私もジョンが余り高い剣は無理だと、見習いだからというから魔鋼で造りましたが、少し後悔してますな、オリハルコンを混ぜるべきだった」


「今回出来るだけオリハルコンを吸収させる、が、元がクレスタの剣じゃ、悪くはないがオリハルコンの吸収はきつかろう、ミスリルも混ぜて可能な限りと言ったところじゃ。

 だからな、エリザベスの嬢ちゃん、このままでは折れる。この剣はもう一度折れる!」


「エルネストお爺ちゃん、その場合どうしますか?」


「そうじゃのう、一度自分で素材を集めさせて、魂の籠った剣を自分で打たせる! それしか有るまい、自分で打てば馬鹿でも精霊に気が付くじゃろ」


「ヤキン様の所でハンマーを10本折ったって噂ですが……大丈夫? お爺ちゃん?」


「なっ、こ奴、あの噂の野郎か? くぅ、どう思うガーランド?」


「覚悟を決めるしかありませんな、私は先ず、折れないハンマーを作りましょうかね、オリハルコンで柄まで作れば流石に平気でしょう?」


「ワシがアダマンタイトで作った方が良いかのう? いやしかしハンマーじゃろ? ヤキンに材質を聞いてみるか、何の材質でそこまで折れたのか」


「柄は木の方が手に優しいんでしょ? 金属製で全部はどうなんですか?」


「無論、普通は金属の心金の上に木で柄を造るがの、それはヤキンの所のハンマーも一緒の筈じゃ、それで折れたのであれば、火傷をせん様に革で巻く位でなければ耐たんな」


「魔鋼で魔法を練り込んだ、魔法を付与したハンマーなら良いですが、ヤキン様は見習い相手でも材料や道具を惜しみませんからな」


「まあ一度問い合わせるか、全く厄介じゃの!」


「ご迷惑をお掛けします」


「エリザベスの嬢ちゃんが謝ることではないのう、悪いのはそ奴じゃ、それにな悪いと思うなら変な拘りは捨てて教えてしまう事じゃな」


「その方が本人の為に成りますか?」


「むぅうう、本人の為にはならんじゃろうが、ワシらの悩みは減るのう」


「ご迷惑をお掛けします」


「なんじゃそ奴! 精霊に好かれとるだけじゃなく、エリザベスの嬢ちゃんにまで好かれとるのか!」


「許せませんなぁ、いざという時は私も厳しく指導しましょう!」


「当たり前じゃ、真面な剣を打つまで缶詰じゃ、っ徹底的に鍛えてやるわ!」


「程々にしてくださいね?」


(何だろう、タツオさんが剣を折らないって可能性は無いのね? まあ無いんだろうな……)



 一か月後、またしてもエリザベスの前にむさくるしい男共が並ぶ、そしてまたしても父は留守だった。


 目の前の男共の気まずそうな顔を見るだけで用件は直ぐに察せられた、


(はぁ、やっぱりこうなるんですね、タツオさんの背に剣が無いわ。まあ覚悟はできてましたけどね)


「いやぁ、エリザベス、ごきげんよう! あのね……」


 あのノブヒコまでが言い難そうに口ごもる。


「ふぅ、ま、何となくわかりました、タツオさん」


 真っすぐにタツオを見つめる、背の高いタツオを見つめると首が痛くなりそうな位見上げる格好になる。


「お、おうっ、それがな……」


「剣を折ったんですね?」


 腰に手を当ててエリザベスは怒っている振りをする。


「すまねえ! 俺の力不足だ!」


 タツオは腰を90度折り曲げその大きな背を折って、エリザベスに頭を下げる。


「私に謝っても仕方ないでしょ? 頭を上げてください。はぁ、じゃあ折れた剣を見せてください」


 エリザベスは自分にではなく剣に謝れと、そう伝えたつもりだったが、タツオは、


「もちろんオヤジさんにも今度謝る、けど、あの時剣を俺に売ってくれたのはエリザベスだ、筋は通さねえといけねえ!」


「分かりました、私は許します、だから先ずは折れた子を見せてください」


 タツオはガバっと顔をあげると、『収納魔法』で折れた剣を取り出す。


 タツオの取り出した剣は今度は根元から折れていた、そう見事なほどにぽっきりと……


 だがエリザベスはそんな所を見てはいなかった、またしても僅か一月、しかし、その刀身、その柄、その剣はもう何年も使用されたかのようにすり減っていた。


 その泣いている精霊の少女にエリザベスは、


(大事にメンテナンスされてる、あの小さかった子が、もうこんなに大きく育ってる、そう、折れちゃったのね、泣かないで、必ずもとに戻るわ、いいえ違うわね、貴方ならもっと強く成れる!

 だからもう泣かないで……大丈夫、ご主人様は無事でしょ? 貴方は悪くないわ、嫌う? そんなわけないでしょ、タツオさんは貴方の事を嫌ったりしないわ)


「ごめんねエリザベス、13階の調査に手間取っててね、ここの所毎週、13階の調査クエストに参加してたんだ。その途中でね……」


 ノブヒコが言い難そうに状況を説明する。


「やっと手がかりをつかんだ矢先だったんだ、敵に囲まれた、たが何とか撃退した、そう思ったんだが……『オーガバーサーカー』を奴等放ちやがった」


 アキヒロは悔しそうに話す。


「アレは俺のミスだ、敵の武器と真面に打ち合っちまった」


 タツオはまたも無意識に折れた剣を撫でながら反省を口にする。


「だがあそこでタツオがアイツの動きを止めたから、だから俺達が攻撃出来た、トドメが刺せたんだ」


 シノブがそんなタツオを慰めるが、


「言い訳だな、武器を折っちまたへぼ野郎の言い訳だ、だってアンタらは前回も今回も武器を折ってねえ、俺だけだ、俺だけが武器を壊してる」


タツオは拳を握りしめて、自分の不甲斐なさに耐えていた。


「タツオは今回相手の武器も破壊している、そうそう誰にでも出来ることでない」


 マサオがタツオを褒めて慰める。


「あのタイミングでバトルアックスを引き戻してタツオの攻撃に合わせるなんて、普通誰も思わん、『狂化』か恐るべき膂力だな」


 ヒトシは敵の強さを口にする。


「はぁ、まあ反省は、各人お家で思う存分やって下さい! 今はこれからどうするかでしょ?」


 エリザベスは呆れ顔で、カウンターで反省会を始める男共を嗜める。


「エリザベス、勝手な事ばかり言ってすまねえが、剣は、頼んでいた剣は出来ているか?」


「ええ、もちろん仕上がってますよ、良い出来ですわ」


「不幸中の幸いか、良かったなタツオ!」


「あまり素直に喜べねえが、助かった」


「奥かな? 僕が取ってくるよ、良いよねエリザベス」


「待って下さい、渡す前に一言あります!」


 そのエリザベスの言葉にアキヒロ達は気まずそうな顔をする。ただ流石にもう仕方がないと、諦めも含まれていた、だが、


「タツオさん、剣はお渡しします。良い出来です、けどね、それでも貴方の剣としては未だ強度が、耐久力が足りません。大事に、本当に大事にしてください、次のメンテナンスでより強度を高める予定ですが、今回はこれで目一杯頑張ったんです! いいですね?」


 その言葉にアキヒロ達は意外そうな顔をし、タツオは戸惑っていた、


「ん? いや今までの剣だって強度は十分だったぞ? 別に脆さは感じなかったが?」


 そうタツオは恩恵で急激に高まっている、己の腕力に無自覚だった。この重いグレートソードを、エリザベスでは運ぶことも困難なその重さの武器を、『重量軽減』の付与無しで己の手足のように振り回していたのに、その事に無自覚だったのだ。


 その剛腕が繰り出す一撃、その一撃一撃が剣の耐久力を奪っていることに無自覚であった。


「日常のメンテナンスの薬液の質を変えます、日々のダメージの蓄積に回復が追いついていないわ、良いですねアキヒロさん」


「了解した、助かるよエリザベス」


 アキヒロがそれを了承する、


「今回が最後です、次はエルネストお爺ちゃんの所に行ってもらいますからね?」


「うっ、それはエルネストの爺さんが言ってたのかな?」


 ノブヒコが冷や汗を垂らしながら尋ねると、


「今回は特別料金ですけど、エルネストお爺ちゃんの仕事ですからね、覚悟してください」


 エリザベスが告げる。


「くはっ、マジでか? エルネストの爺さんが?」


 アキヒロが頭を抱え、


「まあ収支は完全にプラスだ、構わんさ」


 ヒトシがそれを慰める。


「金より惜しむなら命、そうだろアキヒロ?」


 マサオが肩を叩いてアキヒロを励ます。


「なんか悪いな? 高いのか?」


「金はお前が出すんだ、既に十分貯金もある、いけるだろ?」


 謝礼の一部はパーティの資金から出す気のアキヒロであるが、ここはソロソロタツオの自立を促すべきかと、そんな事を口にした。


「まあそれは構わねえが、そんなに貯まってるのか?」


 一方のタツオは自分の貯金額に無自覚であった。


「タツオはその辺ズボラだよね? 明細は渡してるよね? 見てないのかな?」


「まあ飲み食いさえできれば後はどうでも良いやな、余り気にしてねえな」


「誰かシッカリお財布を管理してくれる人が必要だねタツオには」


 ノブヒコはそう言って店の奥にタツオの剣を取りに行く、その言葉にピクっとエリザベスは反応してしまった。


(無いない、無いわ! 確かにタツオさんは良い男だけど、武器屋の店主には絶対にならない、想像がつかないもの! うん、無いわ!)


 とても残念だが、エリザベスに必要なのは武器屋の店主になってくれるお婿さんなのだ。


(けど私が店主をして旦那さんが冒険者……それもありかな?)


 妥協案を模索し始めたエリザベスに、


「っとそうだ、この折れた剣、またお願いできるかな? エリザベス」


 店の奥からとってきた、進化した剣をタツオに手渡しながらノブヒコが尋ねて来る。


「ええ、ガーランドさんには話が付いてますからね、これはこっちで何とかします」


「ガーランドさんか一度謝りに行った方が良いのか?」


「うーーん、如何でしょう? どうせ近いうちに会うと思うのでその時で良いと思いますよ」


「ん?? そうなのか? そんな予定があるのか? なあノブヒコ?」


「ああ、ええと、まあ多分、恐らくね、会えない方が僕は嬉しんだけどねタツオ、頑張ってね!」


「何の事だ? 何を頑張ればいい? 良く分かんねえな? 頑張って謝れって事か? それは誠心誠意謝るしかねえだろ?」


「予定では一月後になってますよ、タツオさん」


 ニコニコと笑顔で告げるエリザベスに、タツオ以外の全員が天を仰ぐ、この少女と『大名工』エルネストの予想、予定が外れるとは思えなかったのだ。


「そうなのか? まあ覚悟を決めて謝るさ、じゃあエリザベスまた頼んだ、ガーランドさんに謝罪を伝えてくれ」


「はい、承りました、じゃあ他の皆はどうする? メンテナンスは全部済んでるわよ?」


「じゃあそれを受けとって、あとこっちに新たにメンテナンスする武器を積んでおくぜ?」


 アキヒロが早速『収納魔法』で武器を取り出す。


「もう? 早すぎませんか?」


「タツオがパーティに加わってから、中々戦闘が激しくてな、無理が効くようになった分、こればっかりは仕方がない」


 ヒトシが説明する。


「まあその分稼ぎも増えている、最近は13階のクエストのおかげで貢献もずいぶん稼げた、下手したらタツオは見習いを卒業したら、即『黒銀』かも知れんな」


 マサオがタツオの『黒銀』への可能性を語り、


「それはあり得るな、既に条件を幾つもクリアしている、後足りないのは期間、冒険者としての在籍期間だけだな」


 シノブがそれに同意する。


「俺は見習いが気楽でいいがな、色々お得だしな、割引、後三か月か……貯金があるなら今のうちに買いだめるか?」


 そんなタツオの呟きに、


「それはダメだ! それはやってはダメだぞタツオ、一発で見習いを卒業させられる! 

 組合の会合で、お前に関して既に見習いを卒業させる話が何回も出ている! それをやったら見習いじゃあ居られなくなるぞ。

 金銭的な問題なら、お前の稼ぎなら卒業しても、それでも構わないかもしれないが、色々勉強できるのは今の内だ、迷宮に入って無い時間は出来るだけ講義に出ておけ」


 アキヒロは慌ててタツオを嗜める。


「そうだよタツオ、見習いしか受け付けていない講義も沢山ある、それに積極的に顔を出すのは重要な事だよ」


 ノブヒコがそれに同意し、


「熱心に講義を聞いて、更に師匠達を質問攻めにする三人組が師匠達の間で話題になっている、タツオ、お前もその位、積極的に行け!」


 自分も空いている時間に指導教官をしているマサオも勧める。


「はぁ、俺が机に座って勉強するタイプに見えるか? って睨むなよ! 分かったよ、出来るだけ出るさ、まあこっちの講義は日本のよりもおもしれえからな」


「話の結論が出たなら、ほら、むさい男共は解散! 解散です! 他のお客さんが怖がって入り口で帰っちゃってるでしょ! ほら解散ですよ!」


「はいはい、全くこの店は落ち着いて長居が出来ないな」


 アキヒロはの嘆きに、


「そうかな? 僕はこの間半日くらいこの店で女の子達と話し込んでたよ?」


「なっ!!」


 ノブヒコ以外の男たちが絶句する。


「エリザベスの入れてくれるお茶も美味しかったしね!」


「なんだと!!」


「なんだそれは! 差別、差別なのか!」


「そんな馬鹿な! 何故俺達が!」


 ヒトシ、シノブ、マサオの筋肉三人組は特にショックが大きかったようだ。


「違います! 貴方達が纏まってくるからよ! 一人づつ来なさいっていつも言ってるでしょ? ノブヒコさんは女の子と一緒に来たり別行動で来るから歓迎してるんです! お客さんも連れてきてくれるし!」


 仲の良い筋肉三人組は、この店を何時も一緒に訪れていた。


「なあ先輩たち、本当にいい加減店をでようぜ? 店の外に他の客が溜まりだした、マジで心苦しいぜ……」


「何故だーーー!!」


 嘆く筋肉三人組の背中を押してタツオ達が店を出ていく、最後にノブヒコが出て行こうとすると、その背中に、


「次は、お父さんに相手してもらいますからね? 私は庇いませんよ!」


「うん了解、今日はありがとうねエリザベス、黙っていてくれて」


「お爺ちゃん達も本人の為には自分で気が付いた方が良いって言ってたからね、けど今回が最後です、お爺ちゃんたちはタツオさんを缶詰してでも剣を打たせるって言ってたわ」


「その予定は、無くなって欲しいけどな」


「無理でしょうね」


「やっぱり無理かな、タツオも馬鹿じゃないんだけど……」


「鈍感なんですかね?」


「そう? 割と繊細だよ、ただね、日本にはそんなものが居なかったからね、自分で自分の勘違いだと思い込んでるんだよ」


「そうなんですか?」


「うん、剣のメンテナンスをしながら首を捻ってるからね」


「あと一歩なんですけどね、気が付いてあげて欲しいな、あの子達はあんなにタツオさんの事が好きなんだから」


「……うん、そうだね、気が付いてほしいよ」


 そう言ってノブヒコも店を出ていく。

 エリザベスは無理だろうと思いながらも、自分達の予想が外れる事を大地母神に祈っていた。



 一月後、タツオに自分の父親の雷が落ち、エルネストが予定を実行に移す。


(はぁ、当たって欲しくない予感ほどよく当たるのよね、ほら落ち込まないで、大丈夫よ、貴方も十分に育ってるから今度はお爺ちゃんがアダマンタイトを混ぜてくれるって言ってるから、もう大丈夫よ! うん、もう大丈夫、折れたりはしないわ)


 またしてもタツオが折った剣を手にして、エリザベスは持ち主に似て頑張り屋の精霊と会話する。



 タツオは愕然とし、大きな肩を落として何事がブツブツ呟き始めた、相当にショックだったようだ。漏れ聞こえる呟きは、


「俺が……俺が……殺してしまった……2人も……何も悪くない奴を俺が殺した……だと」


 大分反省しているようだ。


(はあ、言葉は乱暴でも根が優しいのね、武器を見れば分かるわ、借り物の武器なのに精霊がタツオに懐いてる、タツオを嫌ってないわ。

 乱暴に武器を扱って三回も武器を折ったら、精霊が懐くわけがない。大事に武器を扱ってたのね、折れた剣もタツオを嫌ってないのかもしれないわねこの調子だと。

 乱暴に見えて根は優しのね、優しい自分を隠すために乱暴に振舞ってるのかしら? 難儀な男ね)


 殺人拳の伝承者、優しい自分を守るためには優しいままでは居られなかったのだろう……


 メグミは事情は察したが、そのままもうちょっと反省させることにした。


(まあ、丁度いい薬になるよね、もう一寸反省させよう)



 それよりも何やら周りが騒がしい、まあ、ゴロウ達が知らなかったのは仕方がない、それ以前こいつらは知らないことが多すぎるのだ、知らなくても当然であろう。


「この剣が生きている……」

「マジですか?! メグミの姐御……なんで教えくれないんです……」

「かわいい、かわいいよ、僕の『虎徹』」

 

 ブツブツこちらも呟いている、一人どういった感覚か本質に辿り着いている奴がいるが、実は才能あるのか? シンゴ? ……厨二病恐るべし!


 ただゴロウ達だけでなく、同じルーム内にいる別のパーティーも騒いでいる、ちょっと熱が入りすぎて声が大きかったのかもしれない。


「おい、剣が生きてるって知ってたか?」

「師匠何にも教えてくれなかったぞ?」

「糞!! 帰ったら師匠問い詰めてやる!」

「俺の師匠あの子と同じなんだけど? 俺聞いてないよ?」

「私の師匠も一緒よ、なんで?」

「女だからって依怙贔屓されてるってわけでもないのか」


 初めて知った者ばかりのようだ。メグミはそれで何となく、この街の方針がわかった気がした。


『自ら助くる者を助く』


 メグミ達3人は3人とも似たような所があるのだろう、疑問を疑問のまま放置するのが嫌だった。


『異世界だから』

『魔法だから』


 そんな理由では納得できなかった。自分で試し、分からない、理解できない、疑問に思ったことは師匠たちに聞いた。

 何故? どうして? どういった仕組みで? 原理は? 表面的に教えるだけの各ギルドの講義では満足できずに、師匠の下に押しかけ納得できるまで質問攻めにした。

 そんな中で知り合った3人であった。メグミと同じく師匠の下に押しかけ、質問攻めにしていたのが、ノリコ、サアヤの2人だった。

 

 ある時は付与魔法の講義で、


「ねえ、師匠! おかしいわ、何で剣の付与魔法は効果が切れないの? だって動いているのよ? 効果が続いてるわ。

 動力は? 魔力は何処から供給されているの?」


「そうですわ、見てください師匠! メグミちゃんの造った剣、これ精霊が居ます、精霊が宿ってます。この子は何なんですか?」


「あれ? この子精霊なの? 野良の妖精じゃなくて? この剣に宿ってるの? なんで付いてくるのか不思議だったんだけど……」


「ねえこの子笑ってる、可愛い、ご機嫌ね、ねえメグミちゃん何したの?」


「ノリネエはちょっと黙ってて!」


 ある時は魔法の講義で、


「師匠! ねえこの魔方陣、この魔方陣のこの部分の意味は? 他この魔方陣とこの辺一緒だけど? 何が違うの? どんな意味?」


「この魔力回路もこっちと一緒よ、魔方陣が違うだけですわ、なんでですか? 他の魔法ではこの部分も違いますわ」


「ねえねえ面白いのよ、この部分とこの部分を組み合わせて使うとこんな感じになるの! ねえ綺麗よ!」


「うわぁあ! 危ない! ノリネエ! 無茶苦茶に混ぜちゃダメよ! 原理が判明してないのよ!」


「試行錯誤は良いですけど、基礎です! 基礎を学んでからしないと危険です! お姉さま!」


「大丈夫よ! どっちも危なくない魔法なんだもの!」


「意外と大胆よねノリネエ」


「根性座ってますわ」


 幾人かの師匠の下に、毎回こんな感じでこの3人が質問に押しかけており、自然と顔見しりになり、話すようになり、お互いの疑問をぶつけ合い、議論を深め、いつの間にか友達に、親友になっていた。


 この街の各ギルドの師匠達はそんなメグミ達の質問攻めに、気分を害した様子もなく、寧ろむしろ嬉々として質問に答えてくれた。聞かなければ、自ら行動しなければ放置するが、自ら疑問に感じ、質問し、行動するものに対しては、積極的に手を貸してくれる、差し伸べてくれる。そんな師匠達ばかりであった。


「ふむ、この部分はなこっちの制御を司っておる」


「じゃあこっちは? こっちも制御系でしょ?」


「メグミちゃんこっちは出力で、こっちは範囲見たいです」


「ねえねえ、こっちは色だわ、ほらここを回転させると色が変わるの!」


「……いやノリネエなんで魔法陣を自然に変形させてるの?」


「?ん? 魔法制御すれば、ほら、形状を変化させられるのよ」


「そうじゃな、魔法制御することでパラメーター操作を行うことが出来る、その結果形状も変化するのが制御系の特徴じゃな」


 そんな感じで色々教えてくれるのだ。


 リフォームの時もそうだったのだろう。自分達で出来ると思い、学び、準備をし、自分達で成そうとしていた、だから手を貸してくれたのだろう。まあ拙いメグミ達が無茶をするのを見ていられなかった、ってのもあるのだろうが……


『冒険者は字の如く、自ら危険を冒しに行く者だ。その先に危険があろうとも、前に自分から進むものだ。安全な所で待っているのは、冒険者じゃないだろう? 但し、準備もせずに危険に飛び込むのは只の馬鹿だ、一緒にしちゃいけないよ』


 ある師匠の言葉だ。メグミもその通りだと思う。この街は『冒険者』を育てる街だ、その為に惜しみない投資をしてくれている。この街の方針はまさに理にかなっているのだろう。


 周が騒いで居る中、ノブヒコ達『黒銀』クラスの冒険者達は平然としていた。やはり初級とはいえ『黒銀』にまでなると知っていて当然、寧ろ知らなければ『黒銀』にはなれないのだろう。

 目の前に迫ったコボルトの眉間を、エストックで一刺しにして屠っているノブヒコに、メグミは質問をする。


「ノブヒコさん、その子の名前はなんて言うんですか?」


「ん? ああこの子? 『石穿水滴』て名前だよ、メグミちゃんのは?」


「この子は『火蜂』って名前です」


 メグミは飛び掛かってきたコボルトの首を刎ねながら答えた。


「剣に……名前を付けているのか?」


 少し復活してきたタツオが問う、


「ん、そうだよ、剣に『名前』を付けるって行為はね、剣の『精霊』に名前を与えているんだ。『名前』を貰った『精霊』は個として存在が確定し、自我が強化されて、力が強まるんだよ、付与魔法の効果が強く成るんだ」


 ノブヒコが答える。


「俺ぁそんなことも知らないで、道具だ、消耗品だと、剣を振るってきたのか……俺は……自分が情けねぇ、自分を守って、助けてくれていた奴らを殺してただなんて……俺は自分で自分が許せねえよ」


「タツオ、だからこそよ、だからこそ、剣を造りなさい、あなたの、その思いの丈を全て込めた剣を造りなさい」


(ハンマークラッシャーのあんたが簡単に真面な剣を造れるとは思わないけど、その鍛冶師のお爺ちゃんが仕込んでくれるでしょ)


「そうして生まれた『剣』はきっとあなたの気持ちに答えてくれる。きっとあなたの味方になってくれる。そうすれば、その剣が仲介をしてくれて、あなたの折った剣とも仲直りができるわ」


(まあ実際はその折った剣の精霊もタツオを嫌ってないと思うけど、その気持ちは通じるわ、きっと前より仲良くなれるわ)


「どうせノブヒコさん辺りが折れた剣も修理してくれていると思うわ、直ってきた剣と仲直りして『名前』を付けてあげなさい。

 剣はね、道具はね、常に自分の主、主人の事しか考えてないわ、主人に使ってほしくて、主人の為に働きたくてしょうがないのよ。大事に扱えばきっとタツオに答えてくれる。2度と間違ってはダメよ」


「……俺は許されるだろうか?」


「そうだねタツオ、それは君が、どれだけ気持ちを込めて剣を造れるか、に掛かってると俺は思うよ。

 だから僕達はタツオに協力して今此処に居るんだ、タツオなら出来ると信じてね。

 そうだね……タツオ、メグミちゃんの言う通り、折れた剣は今ゆっくり修理している。『精霊』が元に戻るように特殊な修理をしているんだ。

 戻ってきた剣と仲良くできるように……そう造る剣はショートソードが良いかもね、サブ武器として装備できるし、戻ってきた子たちともかち合わない」


(タツオが体験学習で造ってた剣は本当に酷かったわ、あんな大きいのを無理して造ったってのもあるだろうけど、こいつ鍛冶の才能が無いわ。

 あんな糞高いアダマンタイトのハンマーをぽきぽき折って! 師匠ちょっぴり涙目だったわ。

 あの出来だと本当は、小さいナイフ位から始めるべきだけど、タツオ嫌がりそうだものね、手も大きいし返って造りにくいのかも……そうよ難易度はできるだけ小さい剣の方が低い、ショートソードは良い選択だわ、ナイスチョイスねノブヒコさん)


「ああ……まだ間に合うんだな、俺はまだやり直せるんだな……そうか、だから武器屋のオヤジさんが怒鳴ったんだ。

 だから鍛冶屋の爺さんが剣を造れと……俺は大馬鹿野郎だな」


 タツオはなんだかスッキリした顔をして目の前に迫ったコボルトを袈裟切りにする。


(……んーー、さっきから私達セリフと、行動が有ってないよね……

 割といい話をしてる筈なんだけど、そんな話をしながら他の命を奪うってのはどうなんだろ?

 なんだろこう……何気なくでコボルトを殺すのは、命の尊厳をないがしろにしてる気がする……

 命を、武器の命を大切にしてって話をしながら魔物の命は何気なくで殺す、矛盾してるわ。

 もっと真剣に魔物と向かおう、相手も命がけなんだから、それに相応しい態度で此方も望むべきね)


 そんなことを思っていると、何やらJ-7ルームに続く通路の辺りが騒がしい、見ていると数パーティ分の人数、20数人位が一斉にこちらに駆けて来る。此方に気が付くと、


「逃げろ!!」

「早く!! 逃げろ!!」


 口々に叫ぶ、


(なに? 何かあったのかしら? ジャックポッド?)


 だが逃げてくる人たちは逃げろと危険を訴えるだけで、その具体的な状況が伺い知れない。 

 メグミが様子を見ようと通路に駆けだそうとすると、ノブヒコもそちらに様子見に向かう気配を見せる。


 すると避難者たちが駆け抜けた、その通路の奥から大柄なコボルトが避難者たちを追って現れる。


(んん? 10匹位かしら? けどこの程度で逃げ出すの? 自分達の方が人数多いでしょうに?)


 そう思いながらメグミはこちらのルームに入ってくるコボルトを観察する。


 そのコボルトは大柄で、更にコボルトの手元が魔光石の光を反射して怪しく光る。


(武器? 武器を持ってるわ! 武骨な大型ナイフ、ククリナイフって奴かしら?)


『コボルトソルジャー』が現れた。

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