第17話生きている『剣』

「おや、タツオの知り合いかな?」


 タツオのパーティメンバーで、中世的な雰囲気を持つ、少し高い声の男性がタツオに話掛けてきた。

 細身で、タツオに比べて頭一つ分は背が低い、しかしその纏う雰囲気に、か弱さはない。細いがシッカリと着いた筋肉、足音もさせずにごく自然に歩く身のこなし。

 手には細めのエストック、肌に沿うようにピッチりと全身を覆うの黒いレザーアーマー、急所を部分的に覆う魔鋼、所々に填め込まれた魔法球が仄かに光る。

 この黒い鎧はシンゴと違い、ファッションでなく斥候としての実用性故だろう、なるべく目立たぬように魔法球の光すら抑え込まれている様に見える。


(へえ、この人可成り出来るわね)


 メグミはその人物についてそう判断した。パッと見の中性的な雰囲気に騙されて、下手にちょっかいを出すと痛い目を見る、そう言うタイプだろう


「あぁ? ああ、ノブヒコか、丁度いい紹介する、同期のメグミだ、口は悪ぃけど気の良い奴だ、よろしくしてやってくれ」


「タツオ、あんたにだけは口が悪いとか言われたくないわ、同期のメグミです、よろしくお願いします」


メグミが普通に頭を下げて挨拶をすると、三バカが何故かビックリしていた、


(こいつ等! 私だって誰彼構わず噛みついたりしないわよ! 後で説教が必要ね!)


「これは丁寧に如何も、タツオのパーティメンバーのノブヒコです。よろしくね、メグミちゃん」


此方も軽く頭を下げて笑顔で挨拶を返してくれる。

 地上でなら軽いあいさつ程度に見えるだろうが、迷宮の中でこれは最も丁寧な挨拶と言っても良い。

 抜身の剣をその手に提げている者同士、握手などはしないし、出来ない。深く腰を曲げて視界を遮るなど愚の骨頂、何時回りから魔物が襲ってくるのか分からないのにそんな事は出来ない。

 余りないことだが、武器を掲げて挨拶する馬鹿が居る、


「絶対やめろ!! 特に迷宮内では絶対にするな! 良いか武器を掲げて初見の相手に挨拶するんじゃない、攻撃の意思表示と勘違いされる! 冒険者は日本人だけじゃない、この異世界では亜人など様々な種族が居る、色々習慣が違うんだ! 素手であろうと変な挙動はするな! 口で挨拶するだけで十分だ!」


だから最初にこう忠告される。これも初心者講習で言い含められる、この世界の冒険者の常識だ。

 突然自分の隣に魔物が発生することも有るのが迷宮、


『油断したものから死んでいく』


冒険者は最初に口を酸っぱく言い含められる。

 こんな低階層だ、コボルト相手に死ぬことは先ずないが、それでも爪で目を突かれれば当然潰れる。加護や魔法が有るため治療さえできれば失明はしないが、それは無事に地上に戻れたらの話だ。

 迷宮内で血の匂いを周囲に振りまき逃げ惑う冒険者、魔物からしたら一番狩りやすい獲物、最優先で襲われる。迷宮内での油断は命の危機に繋がるのだ。

 先輩冒険者の示す、最大限の敬意に、


(このノブヒコって人は良い人なのね、こんな見た目だけで見習いってわかりそうな私に丁寧だわ)


 格言と違って何処の世界でも上に行くほど頭など垂れない、段々と偉そうに成って行くモノなのだ。

 この世界に来て日の浅いメグミであるが、その短い経験でも、明らかに格上の冒険者が謙虚なのは珍しい、特に男の冒険者には殆どいない、ノブヒコ程の実力者なら尚更だ。


(タツオの知り合いだからって線もあるけど、如何だろう? タツオだってまだ見習いだろうし、このパーティでの地位がそんなに高いとも思えないけど……)


 タツオもまだ見習い冒険者の筈だ。見習い期間中に『青銅』や『鋼鉄』等の初級冒険者に成ることは出来るが、メリットが全く無いばかりか、見習いならば無料や大幅割引のある、各ギルドの講習や様々な物品の購入が全て定価になってしまう。デメリットばかりなので6か月の見習い期間は最大限利用するのが常識だ。

 そんな事をメグミが思っていると、


「んっ? タツオの知り合いのパーティか? ならもっとこっちに来ないか?

 そこにも大きな鉱脈がある、そこで採掘すればいい、パーティを引っ付けて、右をこっちで見るから左をそっちで見るようにしないか?」


 そうタツオより若干背の低い、しかしキッチリ鍛えられた筋肉を纏ったがっしりした体形の男が此方に提案してくる。

 タツオのパーティメンバーの一人だ。


(なに? ……野太刀? 凄い刀身が長いわね、太刀よりも長い……珍しい武器ね)


 随分と取り回しの悪そうな武器、使い手と使う場所を選ぶ武器だが、その男はその武器を体の一部の様に自然に扱っている。


(この人も強そうだわ、あの武器もハッタリじゃないわね。

 場所的には広いルームだし、壁や柱周辺以外は特に障害物も無いから問題ないでしょうし、あの様子だと、相当使い込んでるわね、使いこなせるんでしょうねあんな武器でも)


 この男はレザーのアンダーアーマーに部分金属鎧を重ね着こんでいる。全体的にノブヒコと同じ黒系統だが、此方はダークグレー主体で、所々、明るいグレーで真っ黒な部分は少ない。体の各所で魔法球が仄かに光る。やはりこちらはノブヒコの物より光が強い、これが本来の魔法球の光だ、メグミ達の剣とほぼ同じ光量だ。


(この人達、流石、先輩冒険者ね、良い鎧着てるわ。これよね師匠達の勧めてくれた奴って、魔鋼とレザーの鎧か、私達の物だと、この人の鎧とノブヒコさんの鎧の中間くらいの魔鋼の面積が良いのかしらね重量的にも)


 この男の鎧は金属部分が可成り多めだ、急所を覆う感じでなく、体の可動部分を邪魔しない限り全て覆う様に出来ている。重量は例え付与魔法で軽減してもそれなりだろう。


(そう言えばタツオも似たような鎧着てるな、こっちは体に合わせて大きいけど、ほんと、そっくりね、コレ鎧の製作者が同じなんだろうな……はぁ、同期なのに私と随分な差ね、こっちは今、材料集めてるってのに……まあ噂には聞いてたけどね)


 その男の提案にノリコが、


「よろしいのですか? こちらは助かりますが、お邪魔では?」


少し訝し気に尋ねる、足手纏いの『見習い』に共闘を持ち掛ける先輩冒険者などそうは居ない。メリット無しのデメリットのみ、誰がそんな事をするだろか? ノリコが訝し気なのも当然だろう。


 冒険者組合主催の演習であったり、先輩冒険者と迷宮に潜るイベントならば、組合に対する貢献を稼ぐために、見習いの面倒を見る先輩冒険者も居るだろうが、ここは迷宮の中、こんな所で野良で共闘したところで組合に対する貢献すら稼げない、


(何だろう? この人も、ノブヒコさんも見習いに対する見下した態度が少しも感じられない、相当場数を熟している先輩冒険者っぽいのに偉そうなところが無いわね)


「大丈夫だ、是非そうしてくれ。

 今日は矢鱈やたらと魔素が濃い、なにか嫌な予感しかしないんだ。

 聞いているか? 3階のこと」


 その男は当然のように更に共闘を持ち掛け、現在の状況に対する不安を口にする。


(先輩冒険者の感は悪い予感程よく当たるから気を付けろって師匠達が言ってたわ、確かに魔素が前回来た時よりも濃いわね)


 メグミにも周囲に漂う薄い黒い霧の様な魔素が、普段よりも濃い様に感じられる。


「ええ、聞いてます。2階も10の列は各ルームでジャックポットが既に2回あったとか」


 ノリコがその男の質問に答え、詰め所のおじいさんに聞いて仕入れたばかりの情報を追加する。


「そうなのか、こちらは1階側の詰め所で昼を食べて、それから籠りっぱなしでな、情報助かるよ。

 道理で魔物の沸きも数も多いわけだ、こっちにも流れてきてるなこれは。

 おっと自己紹介がまだだったな、すまない。

 このパーティのリーダーのアキヒロだ、よろしく頼む」


 この男、アキヒロもノブヒコ同様軽く頭を下げて自己紹介をして来る。

その態度に、


(まあリーダーなのは何となく分かったけど、うん確信した。

 そうね、見習いのタツオをパーティメンバーに加えた噂の格上先輩冒険者のパーティ、どんな連中かと思ってたけど良く分かったわ、この人達あれだ、根っからのお人好しで世話好きだ。

 悪く言えばお節介だけど、この場合悪く言うのは失礼ね)


 メグミはもう一度タツオを見る、タツオは先輩である筈のノブヒコにため口で、それをノブヒコは気にした風でもない。そして、


(タツオの装備を見れば分かるわね、リーダーと同様の装備をしている。

 格下冒険者としてタツオ扱うのでなく同等の仲間として接しているんだわ。

 まあタツオが先輩冒険者にヘコヘコしてる様も想像がつかないけど、なるほどあのタツオが馴染んでやっていけるわけね)


 世話好きのお人好し、そうでなければタツオの仲間にはなれまい、タツオは押さえつけられれば反発する、別に一人でも平気なタイプだ。

 だが、人の善意、人の情を無下にする様な薄情な人間でもない、礼をもって接する人間を邪険にする程、捻くれてはいない。


 油断なく周囲を警戒しながら此方に笑顔を向けるアキヒロ、


(今回の共闘提案もアレね、離れたところでジャックポットに見習いパーティが巻き込まれて助けるのが遅れるより、手元に置いて直ぐに助けれるようにって配慮なのね、最初から足手まといな見習いを見捨てる選択肢が無いんだわこの人)


「こちらのパーティのリーダーのノリコです。よろしくお願いします」


 笑顔を向けてくれるアキヒロにノリコも笑顔で自己紹介を返す。若干アキヒロの顔が赤くなった気がするが気の所為だろうか?


(……ノリネエやサアヤみたいなすっごい美人が居るから、余計共闘を望んだ線も捨てきれないわね……)


 ここでお互いのパーティの自己紹介となった。


 リーダーのアキヒロが前衛の剣士。最初に挨拶をしたノブヒコはメグミの見立て通り斥候で遊撃。タツオも前衛で両手剣のバスターソードを装備している。マサオと名乗ったゴリゴリのマッチョで、アキヒロと同程度の背丈のバトルアックス使いも前衛。


 この4人が防衛にあたり。


 ヒトシと名乗る、これもゴツイ体格の『火と戦いの女神』の神官が後衛。シノブと名乗る少し背の低いガッチリした体形の魔法職らしき人物、そう魔法職と言い切るには余りにもマッチョなのだが……


 この2人が採掘担当らしい。


 ノブヒコを除く5人全てがゴリマッチョという一見脳筋パーティー、見た目は狂暴な戦士なのに、後衛職、神官や魔法職を名乗る人物が2人居る。そんな不思議なパーティだった。


 自己紹介の挨拶の際に、マサオは何故か笑顔でサイドチェストのポーズを決める……

 ダークグレーのタイツの様な薄い生地のアンダーウェアを上下に着こみ、その上から魔鋼の部分金属鎧を着ていたのだが、そのアンダーウェアが浅黒く日焼けした肌に張り付く様な素材でより筋肉を強調するのだ。胸の大胸筋がピクピクしている。


(うぉっ、くぁぁ、キッツいわね、コレ、キッツいわ。うん、けど良い笑顔ね、まあ悪人じゃあないんだろうけど……確かに武器は掲げてないわね、けどこれ威嚇とみなされることも有りそうだけど……大丈夫なの?)


 更に採掘中の後衛職の二人は、同じく黒く焼いた肌に同じアンダーウェアを着て極一部急所だけ魔鋼覆っているのだが……


(おっ……男のビキニアーマーだとっっ!!)


 驚くメグミ達に二人そろってバックラットスプレットのポーズを決めて笑顔で振り返る。


(……採掘中だものね、うん……動きやすい恰好が良いわよね…………ああぁぁぁぁっ訳が分からんわぁぁ!!)


「ねえ、あれ大丈夫なの? ねえあんな薄い生地よ、それに幾らないんでも……」


 思わず口に出して呟いたメグミの疑問にノブヒコが、


「ああ、彼らのアンダーウェアはねミスリル繊維が織り込まれているから、下手な鎧よりも防刃効果が高いんだよ、お値段もお高いけどね! まあ現代版鎖帷子みたいなものかな?」


更にタツオが、


「あの三人、ああ見えてインテリでな、特に後衛の二人は『空気の鎧』まで使いこなせるから、下手に防具で固めない方が動きやすくて良いんだそうだ」


(インテリ? へ? あのゴッツイのがインテリ……だと? どう見ても脳筋なんだけど? ……けど確かに『空気の鎧』は可成り基礎魔力が無いと使えないって聞いてるわ、え? いや、あの顔まで筋肉見たいな人達がインテリ?)


「へえそうなの凄いわね、っって違う!!! 違うわーーー!! もっと気になるところがあるでしょ!!」


「大胸筋サポーター」


「は?」


「大胸筋サポーターなんだそうだ」


「へ?」


「下はまあブーメランパンツみてえなものだそうだ」


「……」


「気の良い人達なんだ、まあアレはどうかと俺も思うんだが、人に迷惑は掛けてねえしな……まあ、ああいう趣味なんだ仕方ねえだろ?」


(所謂ボディービルダーって奴よね、あの人達)


「あんたもそうなの?」


「流石に一緒にするのは止めてくれ、あの三人だけだ、アキヒロさんも俺もゴツイが違う」


 確かにタツオやアキヒロの筋肉は所謂スポーツマンの筋肉、素早く、力強く、武器を振るう為の筋肉で、魅せる為の筋肉ではない。


「もうね、なんて言って良いのか……」


「デカいって言ってやれ、喜ぶぜ」


「はぁ?」


「後……切れてるだっけ? なあノブヒコ、そうだったよな?」


「うん、それで間違いないよタツオ」


「……」


「いやな、本当に良い先輩なんだよ! あの病気さえなければ他は完璧なんだ! 良いじゃねえかあの位、許容範囲内だろ?」


(あんたの方が酷いわ!! 病気って言ったわ! この野郎、先輩を病人扱いよ!)


 メグミの視線に気が付いたのか、三人組が並んで今度はサイドトライセップスを決め、良い笑顔でウィンク、胸の筋肉を三人が連動するようにピクピクをさせる。


(病気ね! 間違いないわ、病気よ! 病気以外の何物でもないわ!!)


 悪い人達ではない、それは分かる、頭のネジが飛んでいる、それだけなのだろう。

 メグミの突っ込みに平然と答えるタツオ達、どうやらこの手の質問は何時もの事なのだろう……

 見習いの面倒を何もメリットが無いのに背負いこむリーダーのアキヒロ、そのリーダーの提案に笑顔で答えるパーティーメンバー。間違いなく立派な先輩冒険者なのだが、メグミはどうしても尊敬できなかった、特にマッチョでマッスルな三人組の所為で……


(御免タツオ……私の許容範囲は超えてるわ、マッチョなのもマッスルなのも、私の仏の様な広い心で許容してあげる! 

 趣味じゃないけどボディビルダーとして筋肉をアピールするポージングも、まあ可成り頑張って、私の内なる菩薩の様な心を発揮して許容するわ! 

 けど無理! あのビキニアーマーは無理! アレだけは絶対に許せない!!

 私の夢を返せ!!!! 綺麗でグラマラスなお姉さんが来てこそのビキニアーマーなのよ! ゴリラが着るもんじゃ断じてないわ! 弩チクチョウ!!!)


 メグミは内心血の涙を流していたが、良い笑顔でこちらを見てサムズアップをして来る筋肉三人組はまるで悪意が無いのだ、本当に親切心からメグミ達の面倒を見る事を決め、更にあのマッスルなポージングもメグミ達に喜んでもらえると思ってやってる感がヒシヒシと伝わってくるのだ。


(そうよ、態々見るから、頭が変になりそうになるのよ、そうよ可愛いペットでも見て癒されよう、傷付いた心を癒して貰おう)


 このパーティは多くの魔物のペットを飼っていた。

 地球の虎程度なら逆に食い殺せそうな位、大きな灰色狼が三匹、メグミならばその背に乗って移動できそうである。同じ狼のソックスよりも足が細く、スタイルがいい。


(けどうちのソックスの方が可愛いわ、ソックスはあのずんぐりむっくりのマメシバの様な体形が良いのよ!)


 灰色狼たちの顔はまさに野生の獣、鋭い目つきと、細長く突き出た鼻と口、鋭い牙がその口から覗く。

 そんな風に一見ただ狂暴なだけに見えるのだが、その青い目に深い知性を感じる、皆とても賢そうだ。


 更に、プリンと同じく『魔道スライム』も一匹いる、此方はプリンと違い体が青い半透明、以前メグミが聞いた話だと、青い個体は大人しく、人の言うことを良く聞いてくれる為、初心者向けで飼っている冒険者が非常に多い個体だ。

 能力的にも平均値で特に特徴が無いのが特徴と言われる。だが丁寧に飼って進化させれば、非常に多くのバリエーションに進化する為、玄人向けでもあるそうだ。


 そして最後にメリーよりもずっと大きなヤックーが居る、このヤックー、


(うーーん、一般のホルスタインよりも若干大きいかな?)


その位大きい。


(メリーも将来、こんなに大きく成るの?) 


 今メリーは大型犬位の大きさで、ヤギの仲間なら大きさ的にはこの位で、これで大人なのかとメグミは思い込んでいたが、どうやら違ったらしい、まあ見習いのゴロウが飼っているのだ、まだメリーは子供だったようだ。

 

 三匹の灰色狼は採掘中の二人の背中を守り、二人に挟まれた手元に青い魔道スライムがその場で魔鉄を精錬中、更にその後ろに大きなヤックーが魔道スライムを守るように壁になっている。


「ねえタツオのペットはどれ?」


「俺は未だペットは飼ってねえな、見習い冒険者寮はペット禁止だぜ?」


「前に寮母さんに聞いたら、『魔道スライム』は特別に飼って良いそうよ、鳴かないし、フンもしないし、匂いもしない、当然毛も無い、ノミも湧かない、って感じで特別なんだって! タツオも『魔道スライム』にしたら?」


「ウチのパーティにはシノブさんの『カタメロン』が既に居るからな、錬成系が重なってもな……それにどうせ飼うなら強そうなのが良いぜ」


「ねえタツオ、不良の定番は拾った子猫よ?」


そのメグミの言葉にタツオは溜息をついて、


「ふぅ、なあメグミ、その猫、迷宮に連れてきたら確実に死ぬぞ? 部屋を留守にすることも多いんだ、一緒に行動出来ねえペットは飼えねえよ」


「甘いわね、魔物だって可愛いのは居るのよ! 見てよ私のソックス!! 可愛すぎるわ!」


「あれ魔物だったんだな、何で迷宮にワンコが居るのかと思ってたぜ、確かに可愛いな、ふむ、なら猫みたいな魔物も居るのかもな……けど強そうじゃあねえな」


「まあ、失礼な!! ソックスは強いわよ! この辺のコボルト位一撃よ!」


「へえ、ちっこいのに大したもんだ、やるなソックス!」


「ワンッ!」


「なあ、ソックスって何犬なんだ? シバイヌ系の魔物なのか?」


「……狼よ! 『黒星狼』!」


「……同じ狼でも色々種類がいるもんなんだな……これで狼なのか?」


「……」


「悪かったって、睨むんじゃねえよ! ほれソックス、干し肉だ、悪かったな犬だなんて言って」


「ワン♪」


 タツオの手から嬉しそうに干し肉を食べるソックス、それを若干羨ましそうに眺める灰色狼たち、


(流石にあんた達に手渡しではあげられないわね、腕ごと美味しく頂かれそうだわ、うん、そうだソックスのオヤツのカリカリが有るからあいさつ代わりに後であげるかな)


「なあ本当に犬みたいなんだが?」


 干し肉を食べ終わってもペロペロとタツオの手を舐めるソックスみてタツオがそう言う。


「いいのよソックスはまだ子供なの! 可愛いから良いの!」


 メグミもちゃんとお返しにカリカリを灰色狼たちにあげた、手渡しは流石に出来ないので袋ごと口を開けて地面に置いたら、交代しながら三匹で仲良く食べていた。やはり頭がいい、ついでにカリカリを食べる頭を撫でさせて貰ったら、


「クゥーーン」


そう鳴いて頭を摺り寄せて甘えて来る。


(何この子可愛いわ! カッコいい顔をしてても、おっきいワンコよ、やっぱりイヌ科の動物は全部ワンコよ!)


 そんな事をしていたらソックスがメグミの足にすり寄って来たので、此方も頭を撫でておく、タツオに撫でて貰って嬉しそうにしていたが、メグミが他の狼の頭を撫でるのを見て嫉妬したのかもしれない。


 そんな感じでお互いの自己紹介も終わる。


 むさいマッチョでマッスルな相手のパーティ紹介所為か、サアヤは若干顔色が悪い、メグミでもきつかったのだサアヤには刺激が強すぎたのだろう。サアヤが相手には聞こえない程小さな声で、


「美しくないです……美しくないですわ、ううぅ、忘れたいのに筋肉、筋肉が目に焼き付いて離れませんわ、うう、頭の中でピクピク動く筋肉映像が…………でもタツオ×ノブヒコはギリギリいけますかしら?」


 現実逃避の為か不穏当な事を呟いていたがメグミは聞かなかったことにした。ただしノブヒコには聞こえたのか吹き出していた。割と地獄耳だ、流石斥候。


(理解のある先輩で本当に良かったねサアヤ……タツオ×ノブヒコか……無いな!)


そしてメグミは、


(あれ? さっきからノリネエの声がしないわ? なんで?)


ノリコは笑顔のままフリーズしていた…………

 

 再起動したノリコを急かしてメグミ達も場所を落ち着けて採掘を始める、余りモタモタしている暇はない、既に午後2時は過ぎている筈だ。

 メグミ達の門限を考えれば今日のパーティ活動の収集素材の売却、配分と帰りの移動時間、2時間を確保すると、採掘時間は午後6時まで残り4時間しかない、その時間の採掘量に今日の儲けの全てが掛かっていると言っても過言ではない。

 

 ノリコとサアヤが採掘担当となり、その手元にプリンとメリーを配して、背中をラルクとソックスで守る。

 防衛にはゴロウ達3人と更にメグミで当たる。ここは一階の支路と違い、壁を背にしただけで、周囲180度、何処から魔物が襲ってきてもおかしくない。ゴロウ達三人ではアキヒロ達の御蔭で90度に減った警戒範囲でも心許ない。

 万が一でもメグミ達が警戒する側からアキヒロ達のパーティの方へ魔物を通すわけにはいかないのだ。

 恐らくアキヒロ達は見習いのメグミ達にそこまで期待はしていないだろうが、これ以上好意に甘えるわけにはいかないとのメグミ達三人娘の判断である、三バカの意見は求めなかった、理由は察して欲しい。


 アキヒロ達のパーティ付近の防衛にメグミが付いた。最終防衛ラインだ必然の配置である。

 運よくか此方もアキヒロが配慮してか、同じく隣で防衛についているタツオに、メグミはちょいちょいっと手招きをして小声で尋ねる。


「ねえ、タツオの所って確かあんた以外『黒銀』のパーティじゃなかった?

 なんでこんな初心者用の所にあんた達いるの? 確かタツオってもう『オーガ』倒してるわよね? 『見習い』が『オーガ』倒したって噂になってるのを聞いたわよ」


 『黒銀』クラスは初級とはいえそうやすやすと成れるクラスではない、昇格条件が色々厳しい為、『鋼鉄』で2年ほど足踏み状態の者も多いと聞く、まあ中級に上がれずに、『黒銀』で延々と足踏みしてる者も多い為、一番人口の多いクラスでは有るのだが……


 ソロで『オーガ』をタイマンで倒す。これは『黒銀』クラスに上がるための条件の一つだ。

 そうタツオは既に、『黒銀』クラスになれる資格を得ているのだ。

 

 これは『見習い』冒険者としては快挙と言ってい良い。

 

ソロで『オーク』をタイマンで倒す。この『鋼鉄』クラスに上がるための条件すら『見習い』で達成する者は稀なのだ。


 人よりも遥かに大きな巨体の大鬼! まさに日本人の思い描く『鬼』そのもの。


 それが『オーガ』だ、力だけではない、魔力も高く、魔法を使いこなす個体が多くいる。

 更に知能が高いのも『オーガ』の特徴で、数は力という事をよく理解している。

 常に複数体で部隊を作って行動している為、『オーガ』討伐の際には複数のパーティが合同で討伐に当たることが多い。

 腕力だけのそこら辺の魔物とは格が違う、それが『オーガ』だ。


 そんな『オーガ』を既に一人で倒したタツオにとって、この階層のコボルトなど雑魚でしかないだろう。


 メグミは不思議に思い、近くに沸いた『クリスタルジェリー』にひょいっとショートソードをぶっ刺しながら尋ねる。


 『クリスタルジェリー』

 スライムを傘状にした半透明な胴体に、感覚器と核を兼ねた薄く光る球体を内包し、その下では魔結晶まで丸見えで見えている。

 傘の周囲に『魔紫水晶』の結晶がフヨフヨと3つ浮かんで周囲を回転し、傘の中心からは触手が10本程伸びている。


 攻撃時には素早い動きで触手を振るい、更に追加効果として痺れを伴う、少し厄介な宙に浮かぶクラゲだ。

 しかし、普段の動きは遅く、フヨフヨと宙を漂う為、移動速度が遅く逃げられることが無い。

 それに、ほぼ100%『魔紫水晶』を落とすため、攻撃さえ避けるか、最初から攻撃させることなく一撃で仕留めれば非常にお得な魔物なのだ。

 

(ラッキー、『魔紫水晶』ゲット!)


 核を的確に串刺しにされ一撃で倒された『クリスタルジェリー』はやはり『魔紫水晶』を持っていた。傘の周囲に浮かんでいる、『魔紫水晶』全てが手に入るわけではなく、中には魔素に分解する外れも有るのだが、今回外れは二個で一個は当たりだった。

 それを横目で見ながら、タツオは襲い掛かってきたコボルトをその手のバスターソードで頭から胸まで割いて、


「いや、それがな剣を折っちまってな、まあ言ってもまだ2・3本位なんだが……」


 見習いになってまだ4か月、その間で2.3本も剣を折ったとタツオは告げる。

 タツオが今装備しているバスターソード、それが折れるくらい使い込むには普通一年以上かかるだろう。

 この街の剣は『魔鋼』製なのだ、そこいらの鋼鉄の剣とは強度も耐久性も全く違う、


「そしたら武器屋の親父に『もうお前ぇに武器は売らねえ、帰れッ』てブチ切れられよ、別にワザと折ったわけじゃねえんだぜ? メンテナンスだってシッカリやってたのに……けど折れちまったものは仕方ねえだろ?」


(はぁ、そのオヤジさんの気持ちが良く分かるわね、私なら2本目でブチ切れる自信があるわ)


 どんな剣を折ったのかはメグミは知らない、しかし、アキヒロ達がついている、今装備しているバスターソードも中々の物だ、品物の出来が良い、リフォームの為に売り払った、メグミのコレクションしていた剣に大きさは違うが造りがよく似ているモノが有った、恐らく鍛冶師が一緒なのだろう。

 少なくともこのクラスの剣であればそう簡単に折れるものではない、余程剣に無茶をさせているのだ、タツオは。だがタツオにその自覚はない……


「仕方ねえ、どうせならもっと頑丈な剣を造ってもらうかって鍛冶屋に行ったらよ。

 そこでも、鍛冶屋の爺さんが『教えてやるから取り合えず手前ぇで一本剣を作れ!! 材料とって来い、小僧!!』って激おこでよ。

 参ったぜまったくよ、でな仕方なくこうして材料集めてんだよ」


「武器屋のオヤジさんも、鍛冶師のお爺さんも本当に出来た人ね、お金の為だけなら、そのまま黙って武器を売ったり、造ったりも出来ただろうけど、それをしないんだわ。全く良い武器屋に鍛冶屋を紹介してもらってるわねタツオ。どうせアキヒロさん達の紹介でしょ?」


「はあぁ? 何処がだ? まあ紹介してもらったのはお前の予想通り、そうなんだが、どこが良いんだ? まあ売ってる剣の質は良かったぜ? その剣を造ってる鍛冶師の爺さんだっていうから期待したのに造って貰えねえんだぜ?」


「タツオ……ねえ、あんたバカなの? 私はあんた脳筋に見えるけど、バカッてほどじゃないと、そう思ってたけど、違うの?」


「なんだそりゃあ、これまた酷でえ言い草だな、いったい何だってんだどいつもこいつも……ところでメグミ、そっちの男共の剣、ありゃあお前が造ったのか?」


「そうよ、良い出来でしょ」


 ゴロウ達が襲い掛かるコボルトを一撃で切り裂いている。誰が見ても素人丸出しのゴロウ達の腕でも一撃でコボルトを切り裂くその武器、自然と目に留まったのだろう、


「なあ、メグミ、俺に剣を作ってくれねえか? 俺は自分でまともな剣が作れるとは思えねえ、けど剣がなきゃ戦えねえ、この剣だってリーダーからの借りもんだ。俺は、俺の剣が必要なんだ」


「絶対に嫌よ、剣を折ったことを、自慢気に言うタツオに剣なんて、造るわけ無いでしょ?」


「仕方ねえだろ、剣だって『消耗品』だ、使ってりゃ折れることだってあらぁ、それをなんだってんだ一体」


 『消耗品』その一言でメグミは全てを察した、そうタツオは……


「……ねえタツオ、あんた知らないのね? やっぱり知らないのね? 『黒銀』のパーティで知らない筈はないと思ってたけど、そうなのね」


「メグミちゃん、ワザとね、知らせなかったんだ、タツオに自分で気が付いてほしくてね。

 なにせ『見習い』を『黒銀』パーティに引き入れちゃったしね、自分で知ること、気が付く事も大切だと思ったんだ。

 いつまでも手取り足取りじゃタツオが自分で成長する力が育たないでしょ?」


 そうノブヒコが、メグミとタツオ二人の会話が聞こえていたのか、会話に加わり説明する。


「そんなことの為に剣を三本も犠牲にしたんですか? 酷すぎやしませんか? その子たちが可哀そうだわ」


「ごめんねメグミちゃん、折れた剣は2本だよ、1本目が折れてそれを修理してると、2本目が折れたから、修理の終わった1本目を渡したんだ。そしたらそれも折れちゃってね」


タツオは、え?? そうなのか? って顔をしている。どうやら三回目に折った剣は別の剣だと思っていたらしい。だがメグミはそのノブヒコの言葉に激怒する!


「酷い!! 酷すぎますよ、2回も同じ剣を折るなんて、何が目的だろうと酷すぎます!!」


「ごめんね、メグミちゃん……僕たちもね、予想外だったんだ、3回目は強い魔物に囲まれてね、本当に皆、必死だったんだ、そんな中でもタツオはよくやった、本当に頑張ったんだ……まあ言い訳だね、ごめん」


「なあ? 一体如何どういったことなんだ? 俺に分かる様に説明してくれ。いい加減イライラしてきたぜ!!」


「言いますよ? 良いですか?」


「教えてくれる友達がいるってことも、冒険者としての資質の一つだ、かまわないよ、教えてあげてほしい」


「分かりました、ねえ、タツオ、この世界の、この地域の魔鉄から造られる魔鋼の剣はね。『生きて』いるのよ」


「何言ってんだメグミ??」


「これを見てタツオ」


 メグミは自分のショートソードを見せる。


「ねえタツオこの剣、追加効果を付与してるの。この地域で一般的な魔鋼の剣にはそのほどんどが追加効果が『魔法的』に付与されてるの」


「流石にそれくらい俺でも知ってるよ、それがどうしたってんだ?」


「『武器強化』は知ってるわよねタツオ」


「今も使ってるよ、だから何だってんだ?」


「『武器強化』は込めた魔力が切れたら効果も切れるわ、込めた魔力を消費して『一定時間』で必ず効果が消える。けど武器の持つ魔法の追加効果は消えることがないわ、何故だか知ってる?」


「『付与魔法』で造るときに魔力を込めるからだろ?」


「さっきも言ったけどねタツオ、込めた魔力が尽きたら魔法の効果は消えるのよ。例外はないわ、『付与魔法』であってもそれは同じ」


「おかしいじゃねえか、その剣も、俺の今使ってるこの剣も効果は切れてねえ、切れたことがねえ」


「おかしくは無いわ、魔力が切れると効果が切れるのなら、魔力を供給し続ければ効果は続くわ、魔法回路と魔方陣、魔法式はそこにあるんだもの」


「魔力を供給って、俺は魔力を剣に供給はしてねえよ? だれが魔力を供給してるんだ?」


「だから言ってるでしょ、剣は『生きて』いるのよ。魔力は剣が供給してるわ、正確には剣に宿った『精霊』が供給しているの」


「……はぁ?!」


「タツオも日本人よね? 付喪神位知ってるでしょ? それと同じよ。

 出来立ての剣の『精霊』はね、まだ弱いし、自我も薄いからほとんど気が付かないかもしれないけどちゃんとそこに居るの、剣に宿っているのよ」


 タツオは驚いてその手の剣を見つめる、その手の剣の魔法球の仄かな光は常に一定で光っているわけではない。力を込めると力強く光り、また普段でも脈動するように光が揺らぐ、


「手入れをしてあげた後、なんだか剣の調子が良い、切れ味や追加効果が強くなったそう感じたことはなかった?」


 それはタツオにも身に覚えがあった、確かにそう感じたことは有ったが、それはメンテナンスして切れ味を取り戻した、それだけだと思っていた。

 

「『精霊』はねまだ自我が薄くても、手入れしてもらったら嬉しいのよ。だから喜んでその持ち主に力を貸してくれるわ。

 逆も同じ、雑に扱われて喜ぶ『精霊』は居ないわ、まして剣を折るなんて『精霊』を殺すのと一緒よ。

 仲間の『精霊』を殺した人間に、『精霊』が力を貸すことはないわ。タツオあなた本当にやばいわよ、剣に嫌われたらこの先、冒険者なんて続けられるわけないでしょ?」


 そうこの地域の剣は属性の違いにより『魔剣』『魔法剣』または『聖剣』と呼ばれる、それはその剣に『精霊』が宿っているからだ。

 この地域の鍛冶師たちが、この事を発見したのは何時の頃だろう? 日本人達の伝えた技法とドワーフの鍛冶師の技の粋、エルフの錬金術師の魔法球、そして魔鋼、これらが高い次元で組み合わさると、本当に剣に魂が籠る、精霊が宿るのだ。



 その日、何時ものように店番をしていた武器屋店主ジョン・カーターの元に、馴染みの客が店を訪れた、そう、最近有ることで『ラッキーボーイ』として噂になった、


「よう、アキヒロ! このラッキーボーイめ! お前はザッツバーグの店に乗り換えたんじゃないのか? もうこんなしみったれた店に用はねえだろ」


「オヤジさん、いきなりだな、なんだオヤジさんも知ってるのか?」


「この業界はな、広いようで狭いんだ、噂話は一瞬で広まるのさ、特に大儲けした運のいい野郎の話はな!」


「はぁぁぁ、勘弁してくれオヤジさん、俺はあの剣を売るつもりはねえ、だから儲けも無いんだ、まあ運が良かったのは否定しないがね、それにザッツバーグさんの所は勉強のために、剣を見せて貰いに行ってるだけだ、あんな糞高い剣は買いたくても手が出ないな」


「なんだアキヒロ売らないのか? 転売すれば大儲けだろう? いくらで買ったんだ?」


「8万円だよ、ザッツバーグさんからは『その剣の良さを一目で見抜いたお前さんだから売るんだ、失望させてくれるなよ』って念を押されてる。

 だから売りたくても売れない、あの人も武器が好きだろ? あの店で武器を眺めて、あの人と武器談議に花を咲かす至福の一時は、まあ捨てられねえわな。

 それに、そもそもこの剣、本当に運よく手に入れられたんだ売る気がねえよ、今の状況だとこんなラッキーは二度とねえ」


「ほう、8万? そりゃ本当にあの店の剣なのか? なるほど噂になるわけだ、なあアキヒロ、その剣今持って来てねえのか?」


「あるぜ? 見るかい?」


 アキヒロは『収納魔法』でショートソードを取り出す。それを受け取ったジョンは早速鞘からその剣を引き抜いて眺める、噂の鍛冶師の剣、最初にザッツバーグの店に並んだ一本目の剣、それをアキヒロは運よく手に入れていた、


「うぉ、なんだこりゃ、これで8万だぁ! アキヒロ、お前はこの剣をどの位の価値だと思って買ったんだ?」


「軽く10倍、80万はするだろうと一目で分かった、まあその値段でも即購入したね」


「この出来で80万は安すぎだな、しかし、お前さんの集めている武器の中では小さすぎないか? お前さんデカい剣が好みだろ?」


「俺のコレクションは別に大きさは関係ないんだがな、出来が良くて手が出る値段ならそれでいい」


 そうアキヒロは本物の武器好き、コレクターなのだ、


「お前さんの安くて良い剣を見抜く目は本物だからな、いっそ冒険者なんか辞めて武器屋にならねえか? ウチの店を任せたって良いと俺は思ってるぜ?」


「止めてくれオヤジさん、俺のは趣味だよ、商売にはしたくねえ、何せ気に入った剣は売れねえからな、売りたくねえ」


「はっ、確かにそうだな、こりゃ俺の見込み違いだ、すまねえ、今の言葉は忘れてくれ!

 武器を売らない武器屋とか、そりゃあ無理だわ、店が潰れちまう!

 しかし、お前さんがコレクションに追加した剣の鍛冶師はその後必ず伸びる、大成するからな、こっちはお前さんが気に入った鍛冶師と懇意にするだけで儲かる、これからも良い鍛冶師を見つけたら教えてくれよ? 代りにサービスするからよ!」


「おだてても何も出ないぜ? で、オヤジさんはその剣をどう見る?」


「良い出来だ、飾り気は皆無だが、本当に筋、出来が良い、ふむシンプルだが中々面白い形状だな、それに少し使い込んだか? どうだったよ使い心地は?」


「使い込んだ今ならそうだな……さっき80万と言ったが800万でも同じ鍛冶師の剣が手に入るなら買う」


「そんなに気に入ったのか? 確かに良い出来だが……」


「使えば分かる、その剣は本当に使い手の事しか考えてない、驚くほど手に馴染む、そのシンプルな形状、その全ての形状に意味がある、そんな剣だ、鍛冶の腕だけじゃない、とても考えられた剣だ」


「そうなのか? 何でもこの鍛冶師、試し切りが日課だそうだからな、自分で使って試してその経験を反映してるんだろう、そうかこいつは確かに伸びるな」


「ああ、巨匠の愛弟子だっけ? そうだろうなこいつは伸びる、他とは出来が違う」


「それに……精霊が元気だな、この剣の精霊は本当に生きがが良い、これは騒ぎになるのも納得だな、この剣成長すると化けるぜ?」


「だろうな、まだ全然、少しばかり討伐演習でゴブリンやオークを狩っただけだが、もうこの元気さだ、下手したら進化しそうな勢いだろ? 何の素材を与えるか迷うぜ」


「ヒヒイロカネ一択だろ? 騒いでる上級共はそうらしいぜ? 中級でも無理してヒヒイロカネの粉末を買って与えてるって噂だ」


「どうだろうな……俺は初級だからな、上級や中級見たいな贅沢は出来ねえ、まあ何時もの魔鋼とミスリル、それに少量のオリハルコンで様子を見てるんだけどな」


「何でだ? お前たち初級って言ってるが、中身は殆ど中級じゃねえか? 金だってその位稼いでるだろ? 無理すりゃヒヒイロカネの粉末だろうと、アダマンタイトの粉末だろうと買えるだろ?」


「その剣がな、余りその辺の素材を欲しがらねんだわ、一度与えようとしたんだが、余りお気に召さないみたいなんだ」


「何だ? これだけの出来なら、ヒヒイロカネにだって耐えられるだろ? 無理なのか?」


「無理って感じじゃねえな、オリハルコンを余裕で吸収してる、まだまだ余裕があるみたいだし、無理やり与えたら、吸収はするだろうけど……ただ他の素材の方が単に好み、みたいなんだよな」


「アキヒロ、お前らしいな、剣の好みに合わせて、吸収させる素材のランクを落とすのは武器好きのお前くらいな物だろ、他の連中は少しでもランクの高い素材を吸収させようと必死だぜ?

 にしても面白い剣の精霊だな……その造り手の鍛冶師の影響かねえ? 知ってるかアキヒロ、お前にこの一本目を売った後、ザッツバーグの野郎、金じゃなくて素材と引き換えにしたらしいぞ?」


「ああ、聞いてる、アホみたいに値段が釣りあがったらしいな、どうやってももう買える値段じゃねえや」


「まあ世界一高い武器屋だ、あの店に相応しい値段に戻っただけだな、夢を見てた奴らも現実に戻って来ただろうぜ。

 で、どうするんだこの剣は、お前さんこいつをメインウエポンにする心算か?」


「まさか、俺のガタイじゃあこの剣は小さすぎる、そうだな将来のパーティメンバーの為に、育てながらコレクションってところだな」


「アキヒロ、お前……この剣を他人に譲る気か?」


「ウチのパーティメンバーなら他人じゃねえな、身内だ。

 それに俺の剣はコレクションだが、飾りじゃねえ、相応しい使い手が身内になればそいつらに譲るのは惜しくはねえな」


「全く、相変わらずだな、おっと、こいつは返すぜ、あんまり眺めていると手から離れなくなりそうだ」


「馴染むだろ? そうなんだ、不思議なくらい手に馴染むんだよ」


「バランスだな、この剣はバランスが重心位置が滅茶苦茶良いんだ、こう振った時に少しもブレる感じがしねえ、自分の剣の腕が上がったように、思い通りの剣筋で振れる。

 本当にこの鍛冶師は筋が良い、巨匠が惚れこむのも分かるな」


「いつか俺も太刀でも作って欲しいもんだが、俺達のこの調子じゃあ何時になる事やら……まあ雑談はこの辺で、今日はオヤジさんに頼みがあって来たんだ」


「何だ? 良いモノ見せて貰ったお礼にサービスするぜ」


「何本か剣のメンテナンスを頼みたい、そろそろ日常メンテナンスじゃなくて本格的にメンテナンスしたいのが有ってな」


「ほう、進化しそうなのか? 良いぜ、エルネストの爺さんに頼んでおいてやろう」


「頼むわ、それとなってあいつ等遅いな、ノブヒコが一緒だから安心してたんだが……」


「あいつ等も来るのか? 良いぜあいつらの武器もソロソロメンテナンスの時期だろ、一緒に頼んでやる」


「ああ、頼む、それとこれが今日一番の用事なんだけどな、オヤジさん聞いて驚け! 新しいパーティメンバーが見つかった!」


「何だと? そりゃあめでたい! やっと見つかったか! あの個性的な三人が居るからな、中々大変だったろ! 6人揃ったとなれば、これで冒険者組合もお前たちを『黄金』にあげない訳にゃあいかねえだろ、なにせ未だにお前たちが『黒銀』なのがおかしいんだ」


「あーー、まあその辺は気にしてねえから良いわ、どうせ今回も無理じゃねえかな……」


 アキヒロは諦めたように肩を竦める。


「何言ってやがる、何度も言うがお前たちは普通ならとっくの昔に『黄金』に上がってる、その実力がある! 実績も貢献も何も問題はない、ただパーティメンバーが6人居ねえ、それだけで『黒銀』に留め置かれたんだぜ? もっとお前たちも抗議しろよ!」


「だが中級は、何かあれば指揮官として事に当たる、初級冒険者を率いる立場に成るんだ、それが出来なければどんなに実力が有っても『黒銀』、『黄金』になれないのは仕方がない。

 パーティメンバーさえ増やすことが碌に出来ない奴等が、初級を率いて戦えるか? 組合の判断も正しいよ」


 中級冒険者は何かことが起こった場合、現場の指揮官として周りの冒険者を率いて行動することが求められている、確かにその場合も6人以上居れば目が届きやすく、何かあった際の、救援もしやすいだろう。


 5人組のパーティと6人組のパーティ、差はたった一人、しかし実際に魔物と戦う場合においてこの一人の差はとても大きい戦力の差となる。


 アキヒロ達のパーティもそうだが、一般的に冒険者のパーティ構成はこうだ。


 ・『回復要員』


 一名は必須だ、これは戦闘中の回復役という意味ではない。

 冒険者は各自戦闘中は自分達でちょっとした傷は癒すし、回復ポーションだってある。戦闘中の回復役は必要が無い。

 しかし、戦闘後に、重傷を負ったものをその場で治療できる、神官が居るのと居ないのとではパーティの生存率が全く違う。

 迷宮での戦闘は一回勝てばそれで終わりではない、勝っても無事に地上に戻れなければ意味が無いのだ。

 万が一回復役が重傷を負った際にフォローできるように複数人の神官を組み込んだパーティも珍しくない。


(回復要員はヒトシがいる。アイツの腕は確かだ、『加護』が強い、まあ『火と戦いの女神』の神官としてアイツほど適任な奴も居ねえだろ。

 確か既に『蘇生』が使える筈だ、あの年で『蘇生』が使える奴は滅多にいねえ。

 魔法の方も可成りの腕だ、確か『空気の鎧』まで使えるんだったか?

 それにいざとなりゃあ接近戦も熟せる神官戦士、あの太い腕から繰り出されるメイスは雑魚なんざ一発でミンチだ)


 ・『後衛攻撃要員』


 これもまた必須と言っても良い、パーティの殲滅力、対応力を考えればほぼ必須だろう。

 遠距離攻撃してくる魔物への対策としても此方が遠距離攻撃力を有することは非常に重要だ。

 この役目は主に弓、若しくは魔法になる。此方も他の者に全く遠距離攻撃力が無いわけではない、しかし、専門にスタッフやロッドで属性を強化し、狙いを定めた攻撃魔法の威力は、装備しない時の威力と桁が違う。

 それに弓、この世界の弓は、魔法を付与され、一種の魔法攻撃と化している。その殺傷能力の高さ、燃費の良さは特筆すべきものだ。

 しかしこれも最前線で魔物と武器を交えながら行うことは難しい、後方から専門に攻撃する『後衛攻撃要員』の果たす役割は大きい。


(後衛攻撃要員、シノブだな、アイツの強弓はスゲエ、あの弓を引く筋力が普通の奴にはねえ、この間オークを一射で5匹倒したんだっけ? 貫通力が半端じゃねえな、それに魔法の腕も確かだ、弓だって魔法を乗せて放ってる。

 魔法弓兵だっけか? そこら辺の物質から矢を錬成しながら弓を撃つから矢が尽きる事がねえ、戦闘中に矢を錬成とか普通の集中力、魔法制御能力じゃねえわな。

 そしてひ弱な後衛じゃねえ、『ブッチャーナイフ』を握らせれば正に解体人! あれで後衛だってんだからな……)


 ・『斥候、索敵要員』


 こちらは初心者、初級の内は余り重要視されない、しかし、迷宮の難易度が上がる程、その重要性が認識される。

 敵を知り、己を知ればと言う奴で、如何に早く敵を見つけ、情報を入手し、その対応に備えるかで、戦闘の難易度がまるで違う。

 又、厄介な罠などを察知し、回避、若しくは解除する。此方の役割も重要だ。

 邪悪な罠に掛かり、パーティが全滅することは珍しくない。それらへの備えは必須と言っても良い。


(斥候か、何でノブヒコはあのパーティ辞めねえんだろうな? アレだけの腕だ、どこに行っても通用する。

 アキヒロを含めて何時までも『黒銀』から上れねえパーティに居る理由がねえだろうに……

 あのパーティに居る限り『ホモ疑惑』を常にかけられるんだぜ? 俺なら耐えられねえ)


 マッスルでマッチョな集団に、女顔の中性的な男子、勘繰るなと言われてもやはり人は変な勘繰りをする。

 まあジョンはあのメンバーが全員女好きで、男にそう言った興味が一切ないのを知ってはいる。それでもあのメンツで歩いていると、もしかして? と言う疑念が沸いてくる。

 しかし、その見た目と裏腹にノブヒコはああ見えて女好きだ、複数人彼女がいるみたいだが上手くやっている。


(何時か血を見そうだがそんな気配がねえんだよな、複数人同時にデートしてるのを見かけたって、この間ウチの娘が言ってたな、まあアレだウチの娘に手を出さない限り、何しようと文句はねえが、よくそれで修羅場にならねえな?)


 ・『前衛』

 最も一般的な役割で、男の冒険者の大半がこの役割につく、パーティでの戦闘の花形と言っても良。

 しかし、人数が多いだけに替えが効き、また特殊な技能は必要ない。この事から自分で前衛を名乗る者は多いが、本当に上手い前衛は少ない。

 特殊な能力が必要ない分、それだけに顕著にその人物の持っている素の能力が見える役割なのだ。

 上手い前衛の居るパーティと下手な前衛の居るパーティ。どんなに他が優秀でも前衛が下手なパーティは弱い。

 魔物をいかに引き付け、その動きをコントロールするかに、パーティでの集団戦の戦闘能力の高い低いは掛かっている。


 ジョンは改めてアキヒロを見る。


(アキヒロはスゲエ剣士だ、長物をまるで自分の手足のように操りやがる。ヘイト管理も上手いし、それに常に周りをよく見ている。

 こいつが何時も『見習い』の演習に呼び出される理由も良く分かる、こいつに任せておけば問題がねえ、教え方も上手いし、指揮能力も高い、的確な判断力もある。

 何でこれで未だに『黒銀』なのか理解できねえぜ、組合は何を考えてるんだ?)


 ジョンの見立て通り、アキヒロ達のパーティも、役割分担はちゃんと出来ていて、一見、5人でも問題ない様に見える。

 しかし、『前衛』、この人数が二人と三人では、その魔物のコントロール能力がまるで違うのだ。

 二人で頑張れば、そう思うだろう。確かに頑張れる、アキヒロ達も何とか今までやってこれた。しかしいくら頑張っても、そこに余裕がない。

 迷宮で、より強い魔物を相手にする場合、


『余力』


これが非常に重要になってくる。ギリギリでは不慮の事態に対処できないのだ。


 中級に成れば討伐対象として指示されるのは、強力な魔物が多い。それらと戦う際に、アキヒロ達では余力が無いと組合には判断されているのだ。

 これがアキヒロ達が『黄金』に上がれない最大の要因である。


 ちょうどそんな事をジョンが考えていると、店の入り口の扉を開けてマサオが入ってきた。


「おう、オヤジさん、お邪魔するぜ! そして見て驚け! こいつがウチのパーティの新入りのタツオだ!」


 マサオが嬉しそうにその太い腕で前に押し出す様に紹介するそいつは、背の高い店の入り口に頭がつかえそうなほどの巨漢、あの大きなマサオがそいつと比べると小柄に見える。だが……


「おうアキヒロ、何の冗談だ、これは?」


ジョンの声が一段低くなる、


「冗談なんかじゃねえよ、マサオが言ってるだろ? ウチの新人、新しい仲間のタツオだ」


「アキヒロ、遅くなってごめんよ、組合の受付に手間取ってね、何とか手続きが済んだよ、これで今日から正式にタツオもウチのパーティメンバーだよ」


 その明るいノブヒコの声に、ジョンは怒りがこみあげて来る。


(手間取った? ノブヒコお前何言ってるんだ? 当たり前だろう!)


「ノブヒコ! お前そいつは『見習い』だろう! なんて無茶をするんだアキヒロ! 幾ら素材が良くてもお前らに付いて行けるわけねえだろ! 新人を潰す気か!」


 ジョンは怒っていた。我が事のようにアキヒロ達を心配して、そしてその『見習い』を心配して怒鳴った。


「オヤジさん酷いな、潰すわけないだろ? 育てるさ。

 オヤジさんだって一目で分かったろ? 逸材だ、どう見たってそこらの『見習い』じゃあねえ。

 今日はタツオの武器を買いに来たんだ」


「アキヒロお前!」


 ジョンは言葉に詰まった。アキヒロは本気だ、本心からそう言っている。そう育てる気満々なのだ、しかし、


「またこんな奴背負いこんで、育てるだと? 益々上に上がれなくなるぞ! お人好しも大概にしやがれ!」


 『見習い』の加わったパーティーを『黄金』にあげる、そんな事はあり得なかった。アキヒロ達はこの『見習い』が育つまで『黒銀』に留め置かれることが確定した。そんな手続きをノブヒコはしてきたと笑顔で告げるのだ。


 そうタツオは誰が見ても『見習い』だ、タツオ本人の問題じゃない、その装備を見れば誰だって分かる。


 防具など殆ど何も付けていない、『見習い』が最初に支給される、丈夫な布の服、動きやすさと防刃性に優れたモノだが、それだけだ。

 更に武器はと見ればこちらも『見習い』が鍛冶の体験学習で試しに作ったであろう、『見習い』らしい大きな、そして不格好な剣。


 何処から見ても『見習い』だった。


「オヤジさん、俺達全員で決めたことだ、そして俺達全員がそれは望んだことだ、アキヒロを責めるな、それにいくら何でもその態度はタツオに失礼だろう!」


 ヒトシが低い渋い声で告げる。


「オヤジさんが何時も俺達を心配してくれているのは分かっている。だから、感謝はしている、忠告はありがたい、本当にありがたい。

 だが、その忠告は恐らく無用だ、『見習い』そんな言葉じゃなく、タツオを見ろ! この体を見ろ! この筋肉を見ろ! 筋肉は嘘をつかない! この筋肉は本物だ!」


 シノブはその見た目に反して若干声が高い、見た目は脳筋だが、シノブはとても頭がいい、その今は静かに怒りを湛えた瞳に深い知性を感じる。

 シノブの言い回しは独特だ、しかし、そう言いたいことはジョンにも良く分かった。


 タツオの身にまとった雰囲気、その身のこなし、数歩歩いたのを見ただけで分かる、ジョンとてこの年まで武器屋を営んでいる、見てきた戦士の数は半端ではない。


(こいつ、恐ろしく強い、それに確かにこの体の大きさで、この動き、重さを感じさせないだと? どうなってやがる? それにこの眼つき、既に人を何人も殺してる見てえじゃねえか、これで『見習い』?)


「オヤジさん、タツオは確かに『見習い』だ、間違いない。しかしヘタな『黒銀』よりも既に戦闘能力は上だと俺は確信している。貢献で『黒銀』に上がった奴らよりは確実に強い!」


 マサオが断言する、このマサオ、戦闘に対して嘘は決して言わない、その大きなバトルアックスでオーガを複数体一人で屠ったような戦士だ。戦士ギルドで指導教官を頼まれるほどの凄腕、そのマサオが断言する。


 このパーティから女性冒険者を遠ざける、筋肉バカ三人は、しかしそれを除けば非常に優秀な冒険者なのだ。


「はぁ、買い被りだな、俺は剣は素人だ、こっちに来てから振り始めたばかりだぜ? そこのオヤジさんも言ってるだろ? アキヒロさんもノブヒコ達も無理はしねえほうがいいと思うがな? 俺は俺で何とかやっていくぜ?」


 ポリポリと頬を掻きながら言うタツオに、『見習い』らしさは欠片も無い、この状況に置いても平常心で、泰然としたその様、


「いや、タツオ、俺が悪かった、ああ、アキヒロの目は確かだ、アイツの目は本当に確かだ。俺の目が『見習い』ってだけで曇ってたようだ、歓迎する! 是非剣を買っていってくれ!」


「そうか、まあこれからよろしく頼むわ、けどなオヤジさん、剣を買いたくても俺はそんなに金がねえ、もうしばらくこいつでも良いと思ってるんだが、まあ出来るだけ安い奴だな、どこら辺にある?」


 タツオは背中の剣の柄を叩きながら告げる、


「イヤ、オヤジさん、値段は気にしなくていい、こいつの体格に合う、そう言った武器を紹介してくれ」


 アキヒロがタツオの言葉に被せる様に告げる、


「なあ、アキヒロさん、俺は言ったぜ? 金が無いんだ、こっちに来て間がないんだぜ? 無茶言うなよ」


「金なら俺達が出す、お前は気にしなくていい」


「それはダメだろ? いや確かに真面な装備が無くて足は引っ張るかもしれねえが、アンタらも覚悟の上だろ?」


「タツオ、気にするな、お金を出すとは言ったが奢ってやるとは言ってねえ、貸だ。なにお前なら直ぐに返せる、だから気にしないで好きな武器を買え、遠慮の必要はない」


「いやいきなり借金して武器を買って、遠慮するなってアンタも無茶苦茶だな?」


「何言ってるんだい、タツオ。この後防具も見繕うんだ、君は体が大きいからね、多分注文製作だよ、武器なんて安いものだよ」


ノブヒコが明るい声でそう告げる、絶句したタツオは訝し気に周囲を睨みつける、それだけで周囲の温度が下がる、


「……」


「だから金は俺達が出すから心配するな、取り敢えず一式そろえねえと話にならねえだろ?」


 そんなタツオを安心させるように優しい声音でアキヒロは告げる、


「まあ、いきなり強い魔物と戦わせたりはしない、安心して良いよタツオ、けどね、僕たちは君は装備さえ揃えれば、ある程度敵が強くても平気だと踏んでいるんだ。

 まあ差し当たっては防具の製作に三日は掛かる、その後あるオークの討伐演習が第一目標だよ」


 定期的に開かれるオークの討伐演習は5日後だ。ノブヒコ達はそれにタツオと共に参加する予定なのだ。


「俺は昨日ゴブリンだっけ? アレを狩ったばかりだぜ? オーク? 狩れるのか?」


 そうタツオは定期ゴブリン討伐演習に参加し、アキヒロ達はその指導教官役だった、そこでタツオはアキヒロ達の目に留まりパーティに参加することになったのだ。


「ゴブリンはどうだった?」


 アキヒロはタツオに尋ねる。


「見た目通りだな、あれなら楽勝だが……あいつ等も毒とか弓とか使うんだろ? あんなんでも集団で来られると厄介だな、それに巣穴が洞窟だと聞いている、そうなるともう少し小回りの利く武器も要るかもな」


「うん、良い答えだねタツオ、やっぱり君は頭がいい、討伐演習は、出来るだけ平野の草原にゴブリンをおびき寄せて、追い立てて行われてるけど、あれで『見習い』が調子に乗ってゴブリンの巣穴に乗り込むと大概痛い目に遭うんだ」


 ノブヒコはタツオの答えに満足そうに頷く、


「ちゃんと講習で聞いてるぜそれは、油断はしねえ、一番人を殺してる魔物、それがゴブリンだろ?」


 地上において最も数が多く、人と生活圏が交わり、人里を襲うのがゴブリンだ。ゴブリンの集団に襲われて壊滅する開拓村は珍しくはない。

 故に最も多くの人を殺した魔物もゴブリンなのだ。


「まあ、だが普通に戦闘する分にはゴブリンは楽勝だったろ? 俺達にもそう見えた、なら次はオークだ何も問題はない、その装備以外はな」


「確定なのか?」


「俺達を助けると思って装備を揃えてくれ、流石にノンビリ装備を揃えるのに付き合えるほど暇じゃあない、オーク討伐演習は貢献も稼げる、タツオの実力を組合に見せ付けるチャンスでもある、急かして悪いが、頼む!」


 アキヒロが頭を下げる、


(いや普通逆だろ? 全くこの人は……)


「はぁ、まあ良いか、遅かれ早かれ必要だしな、じゃあオヤジさん頼む」


 その姿にタツオは呆れと感心、内混ぜで納得した。


「ふむ、では先ずお前さんのその背負ってる剣を見せて観な」


 ジョンがそう言ってタツオに手を差し出す。


「これか? 一応剣の形してるだけだぜ? こいつは。

 講師のじいさんが嘆いてたぜ、『少しは力加減をしろや! ぶっ叩けばいいもんじゃねえ!』ってな、俺には鍛冶の才能が無いらしい」


 武骨な剣だ。ただ大きなだけの歪みまくった剣、バランスも何もあったものじゃない、だがごつく重い、頑丈だろう。

 既に刃と呼べるものは殆どついていない、だから余計にその重量で叩き切っているのが良く分かる。


「フム、確かに出来は悪いな、だが辛うじて剣だ、ほぅ、よく使いこんでいる、お前さん見習いになってどの位? はぁ? 一ヵ月しか経っておらんのか? それでここまで? 毎日何回振っとるんじゃ?」


 柄の所は滑り止めに巻いた皮が擦り切れそうになっている、イヤ、実際に何回か擦り切れたのか修繕した後が見える。

 それに鍔の部分も何度も手が当たったのか凹んでいるし、柄頭の部分も良く握り込んだのか削れて滑らかになっていた。


「言ったろ? 俺は剣は素人だ。けど基本の型を教えて貰ったからな、それに馴染む様に振ってるだけだ。

 丁度大魔王迷宮の一階が練習には都合が良いんだ、知り合いも毎日通ってる見てえだしな」


「手を見せて観ろ、ほう、お前さん格闘家か? 拳ダコがあるな、おう、良い手だ、既に剣士ダコがあるじゃねえか、なあ格闘が好きならナックルも各種あるぜ?」


「格闘技で倒せるのは人、それ位の大きさまでだろ? 魔物を倒すのに拳じゃあ限界があることくれえ俺にだって分かる、だったら拳への拘りは捨てて、剣に慣れるのが一番だろ?」


「そこまで格闘技で鍛えて、よくもまあ、だが良い判断だ。

 で? どんな武器が欲しい、希望を言って見ろ」


「頑丈な奴だ、頑丈な武器が欲しい、それで出来れば剣だな、まだまだ下手糞だからな、華奢な剣だとぶっこわれちまう」


「タツオ、斧は良いぞ! お勧めだ。遠心力が利用できる! どんなゴツイ野郎もこいつで叩き切れば一発だぜ? 威力が違う!」


「タツオ、メイスだ、メイスは良いぞ! とにかく頑丈だ! なにせ刃が無い! 切れ味が落ちることが無い! 最初から刃が無いからな!!」


 マサオとヒトシが其々の武器を進める、しかし、


「剣だ、剣が良い、知り合いがな、剣士なんだがそいつに以前武器の事を尋ねたらこう言うんだ、『相手が何だろうと、相手がどうだろうと、全部切れば良いのよ』ってな。

 意味が分からねえが、何だろうな、何か説得力が有ってな。切る、そう切るなら剣だろ? 

 邪魔する者は全て叩き切る!! そんな事を言って見てえじゃねえか?」


 そう言ってタツオは良い笑顔で笑う。普段の殺し屋の様な眼つきからは想像も出来ない、優しい笑顔だ。


「タツオ、君凄い知り合いが居るんだね、だってその子、女の子だろ? その口調だと絶対女の子だよ」


「女の口にする言葉じゃねえな、タツオお前変わった趣味だな? ふふっ、人其々趣味はある。まあ頑張れや!」


 ノブヒコとアキヒロが続けて突っ込みを入れる。


「なっ、そっちか? ってそうじゃねえ、違う! お前たちの勘違いだ!」


「惚気話もいいがソロソロ武器を選ぶぞ?」


「誰が惚気話だ、ぶっ殺すぞおっさん!」


「分かった分かった、ほれそうじゃな、お主ならこれはどうじゃ? 中々普通の奴には勧められんがお主なら丁度ええじゃろ」


 ジョンの勧めたその剣は、長く大きな片刃の直刀、グレートソードそう呼ばれる種類の剣だ。


「へえ、中々良い剣じゃないか、だが重そうだな、可成り刃厚と剣幅がある、重すぎないか?」


 アキヒロはその剣の造りを一目見て褒め、更に懸念事項を指摘する、


「ふっ、こいつは俺の秘蔵の品だ、確かに重いが見た目ほどじゃあねえ、『重量軽減』が付与されてるからな、見た目よりは軽いんだ」


「ん? 武器に『重量軽減』なのか? 重さは威力だろう? それでは威力が下がるな」


 マサオが指摘する。


「だが耐久力は損なわれない、この剣はその威力よりも耐久力に重点が置かれた、珍しい剣だ。

 確かにマサオの指摘通り威力は落ちる、確かに俺も最初そう思ったんだが、よく考えてみてくれ、素人が振り回すのにこれほど適した付与はないんだ。

 頑丈だし、この長さだ、威力だって遠心力を利用すれば上がる、剣の扱いを学ぶにはもってこいの付与魔法、それが『重量軽減』なのさ。

 この剣の鍛冶師はそれを考慮した上で、この剣を、初心者向けに造ってるんだ」


「なるほどね、だから片刃なんだね、直刀なのも手入れのしやすさを考慮したのかな? けど惜しいね、一つだけ見逃した点が、見落とした点がこの鍛冶師にはあるね」


「そうだノブヒコの言う通り、素人じゃあこの大きさの剣は扱えねえ、大きすぎる、だから売れなかった、出来は良いんだがな……」


 ジョンはそう言ってため息をつく、そう素人が振り回すには『重量軽減』が効いていても重すぎるし大きすぎたのだその剣は、


「ふむ、しかし、タツオになら丁度良いと、俺は良いと思うがタツオお前はどうだ?」

 

 そう、普通の人には大きすぎても、大きすぎるタツオになら丁度良いのだ。


「ん? どれちょっと貸してくれ、へえ、本当だ、見た目ほど重くねえな、それに今までの俺の奴とじゃあ比べるのも烏滸がましいって奴だ、そうか出来が良いとこんなに素直に振れるのか! すげえ振りやすい!」


「おい! 流石に店の中なんだ、嬉しいのは分かるがその辺にしてくれ、普通の剣なら未だしも、その剣は長い、幾ら剣が振れる様に広めに作っているとはいえ、そこまでの長さは想定してねえ!」


「おっと悪かったな、良いぜオヤジさん、この剣だ! この剣ならそう簡単に折れたりしねえ!」


「バカを言うなよタツオ、この剣はメンテナンスさえしてれば一生モノだ、折れたりはしねえよ、にしても自分で勧めておいてなんだが、本当にお前さんにはちょうどいい長さだな、本当に大きいなタツオは」


 剣を持って嬉しそうにしているタツオを見ながらジョンは思った。


(初めての手にした剣がもう既に体の一部みたいじゃねえか? 剣の出来も良いが、タツオ、こいつ剣の才能も有りやがる、こっちに来て振り始めたばっかりだと? 一ヵ月でここまでとはね。

 確かに。いや確かにアキヒロの目は確かだ)


 その時、素直にジョンはタツオ達の才能を褒めた、そして将来に期待し笑顔だった。


 その時のジョンは、まさか一ヵ月足らずでその剣をタツオが折るとは想像もしていなかったのだ。

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