第12話『ママ』

「もう、メグミちゃんが余計な事を言うから! まるで軍隊みたいじゃない! それに私が鬼軍曹みたい、イヤよ私、鬼軍曹役なんて!」


 ノリコはプリプリ怒っている。


「そう? 結構合ってると思うけど? さっきのお説教とかマジ容赦なくてそんな感じだったわよ?」


「あれは違います、私だって言いたくないけど、そこはほら、心を鬼にして苦言を呈しただけです!」


「やっぱり鬼じゃん? ねえ?」


メグミが三人の意見を聞くと、


「鬼? イヤ聖女の間違いだろ?」

「何を言う女神だろ!」 

「うむ、頼れる姉の様だ」


三人ともノリコに心酔しきっていた。


「何故? 何で? え? あの説教の内容でなんでそうなるのよ! あれか! ノリネエが美人だから? 絶世の美女だから? 胸が大きいから?」


「メグミちゃん、多分全部ですわ、そしてお姉さまの言葉に優しさが含まれているのを感じたんでしょうね……けどダメです、お姉さまは私のお姉さまです。貴方達にはあげません!!」


「当たり前でしょ? 何で野郎なんかにノリネエをやらなきゃいけないのよ、ふざけんじゃないわよ、良いっ!! あんた達ノリネエに手を出したら私が叩き切るわよ!」


 メグミが三人に詰め寄ろうとするとノリコが真っ赤な顔をして手を引いて止める。


「止めてメグミちゃん! もう止めて! 恥ずかしい! 恥ずかしすぎて死んじゃう! 私が恥ずか死んじゃうからもうやめて!!」


 本気で恥ずかしがって茹蛸みたいに耳まで真っ赤になっているノリコの姿に、


(うっわ、めっちゃ可愛いんですけど、なにこの可愛すぎる生き物は! 年上よね? ノリネエって私より年上だったわよね? はあぁ、可愛い! 抱きしめたい!)


そう思って今にも飛びかかりそうなメグミだった。

 もうちょっと弄ると更に可愛いかもと思ったが本気でノリコが涙目になっていたのでメグミも、それ以上は何も言わなかった。

 だがその姿は『赤ずきんちゃん』との題名を付けて周囲を走り回るソックスの姿と共に心の永久保存フォルダに納めて置いた。


 その後、最初からのノリコとの約束でもあるし、シャワーを借りることに決まった。ノリコも少し三人と距離が起きたかったのかもしれない。流石に真っ赤ではないがまだ顔が若干赤い。その姿が、


(うんこれはこれで、ほろ酔い見たいで、そそられるわね、うんアレね、美人は三日で飽きるとか言うけど、それって無表情な美人の話よね。

ノリネエは違う! ノリネエは良いわ!! 表情が豊かなのよね、飽きない、多分一生飽きない。お姉さんっぽいのに所々幼い感じが凄く良い!)


益々メグミを興奮させていた。


 何はともあれシャワーだ。

 シャワーは良い、汗がスッキリ流せる。この異世界は元々シャワーすらなく、川で水浴びするか、桶にお湯を貰ってそれで体を拭くのが一般的だった、それをお風呂まで各家庭に常備しているこの街は可成り特殊なのだろう。

 そしてダンジョンの入り口にシャワーとはいえ備え付けてあるこの街、他の国からしたらそれは信じられない事らしい。


 この鉱山は流石にダンジョン内にシャワーはないが、大魔王ダンジョンの各階層の上り下りの階段付近の詰め所には、シャワールームが設置してあるらしい。

 らしいというのはメグミ達は未だ利用したことが無いからだ、大魔王迷宮も地下5階までは行ったことが有るのだが、そこまで長時間籠っていたわけでは無いので、家に帰ってシャワーを浴びていた、なにせメグミ達は門限が厳しいのだ。


 ともあれ世界各国に、『どれだけ日本人は綺麗好きなんだ?』 っと最初は呆れられていたらしいが、やはりあると便利なので、最近は他国のダンジョンにも徐々にシャワーが普及しつつあるらしい。

 この地域でダンジョン内のシャワーを経験した他国の冒険者が自国に戻って設置したり、出張討伐に行った、この地域の冒険者が設置して普及させているそうだ。

 最初は否定的だった他国の冒険者も、一度利用すればその快適さに、直ぐにリピーターとなる……人間贅沢に慣れるのは一瞬なのだろう……


 この黒鉄鉱山のシャワーは鉱山管理事務所内にあり、お金を払って入るようになっている、男子用と女子用は当然分かれており、各部屋の中にカーテンと衝立ついたてで仕切りが有り、その仕切られた各区画内にシャワーが設置されている。日本のスポーツジム等のシャワールームと同様の仕組みである。



 また余談だがこの地域では覗きには極刑が適用される。


 厳しい気もするが死んでも条件が揃い、アイテムやお金が有れば簡単に蘇生出来きる。

 不可逆の死ではないこの異世界では、死のハードルが低い!

 その為ちょっとやそっとでは罰に成らないとの考え方なのか、可能な限り痛みを与えて惨たらしく殺すことで罰としている節がある。


 また魔法のあるこの世界ではその魔法を利用した痴漢行為が一時期蔓延していたらしい。そう言った事には労を惜しまない人が日本人には特に多かったそうだ。全く嘆かわしい事だが、技術の発展は常にスケベ心と共にあるとの説もある、仕方がないのかもしれない。

 だがその所為で益々、この地域の性犯罪に対する罰が厳罰化していったことは皮肉だろうか?

 スケベ共が頑張った所為で、スケベ行為そのものがとてもリスクの高い行為となっていったのだ。


 それもこれも国のないこの地域では『5街会議』が法を整備運用しており、その中での女性冒険者の発言力が非常に高いためだ。

 女性が結構な割合で召喚されている所為も有る、メグミの時も男性よりも女性の召喚者の方が多かったぐらいだ。

 

 その為、この地域では女性に対する、性犯罪の罰則が異常に厳しい。嘗ての痴漢行為の蔓延を再び起こさない為である。


 『一罰百戒』


 見せしめの意味もあり婦女暴行は局部を地竜に引かせて、引き千切り、そのまま放置し出血死させる、など元の世界ではちょっと考えられないような罰則が規定されている。


 その為か、もう一つの理由の為か近年はこの地域の性犯罪の発生件数はほぼ0件で推移している。

 

 ただし、痴漢行為は兎も角、セクハラは、その線引きと立証の難しさ、冤罪の可能性等が考えられているためか罰則規定がほぼない。

 偶然振れてしまっただけで極刑に処すわけにもいかない為ちょっとしたお触り程度は見逃される傾向に有るのだ。


 メグミは極端だなあとは思うが仕方がないのであろう。


 まあ、満員電車が無い為、長時間に及ぶ直接的な接触を伴う痴漢行為がないのも理由の一つだろうと思われる。ただし同じ痴漢行為でも、立証が容易な物には厳しい罰則が科せられている。


 それが先に述べた『覗きは極刑』等である。嘗て女性に魔法で変身して女子風呂に入り込む輩が居たため、女子風呂には対魔法アンチ結界が張られている位である。あらゆる覗き行為を防ぎながら、監視もしており、それを掻い潜って覗きをした場合、もはや偶然などと言い逃れのしようがない。

 見つかれば直ちに刑が執行されるそうだ。



 話を戻そう。シャワーを借りに鉱山管理事務所の窓口に行って、シャワーを借りたい旨伝えると、「無料で良い」っとの答えが返ってきた。通常一人500円/30分の筈なのだが、何故かと窓口のおじさんに尋ねると、


「いやーー、先ほどは大変助けられましたからね、あの腕の千切れた彼、街の病院から連絡がありましたが無事助かったとの事です。いや良かった」


「まあ、それは良かったです、周りのお仲間も随分心配されてましたからね」


「確かに、腕を拾ってきたお仲間にも感謝しないといけませんな、しかしです! 先程の貴方の治療は素晴らしかった!

 連絡によると腕の方も何も問題なく繋がっているし、応急処置が完璧だったと病院の先生からもお褒めの言葉を頂いてますよ、キチンと骨から繋げて血管、神経、筋肉と順番に繋げているから、後遺症の心配も無いと太鼓判を押してました。

 全くお若いのに大したものだ、ただ『加護』を用いたのではこうは行かないと絶賛でしたな」


「まだ勉強中の身でしたが、医療を志していたので……」


「ノリネエは医大生だったんだよね、勉強中でも実際に実地で役立ててんだから大したものだわ、ここは素直に誇るべきよ」


「流石ですお姉さま! お恥ずかしながら私は血が苦手で、治療魔法は苦手ですわ」


「もう! 止めて、又恥ずか死んじゃうでしょ!」


「ふむ、照屋さんなのかな? 全く可愛らしいですな!

……ゴホンッ、いや例の彼、流石に血を沢山失っているため暫くは入院するみたいですがね、彼からもお礼を言付かっております。後、他にも、彼のパーティメンバーからもお礼を伝えてくれと言われています。皆大変感謝していました」


「良かったわねノリネエ、これでまたストーカーが増えるかもよ? まあ、変な事したら私が退治してあげるから安心して!」


「良いんですかそれって? まあ不埒な行いをお姉さまにしでかす方には私も容赦はしませんわ」


「二人とも、ただ感謝してくださってる方を悪く言うものではないわよ、めっ!」


「純粋な感謝だと私も思うがね、それとね私からもシャワー以外にもお礼があってね、としてね、今回の件での治療の協力と惜しみなく提供、使用頂いた、回復ポーションのお礼にね。

 回復ポーションを100個、それとは別に魔力回復ポーションと精神力回復ポーションを各30個を送らせて貰います、いつでも都合のいい時に取りに来るといい、荷物の空きの関係もあるでしょうしね。

 とりあえずここに一個づつ持ってきたので、この魔力回復ポーションと精神力回復ポーションは直ぐに飲みなさい。まだ顔色が悪いよ君」


「いえ、私は神官としての当然の行為として、皆さんとケガの治療に当たっただけです、しかも私だけそんな……受け取れません、それに100個も使ってませんよ私」


「受け取って置きなさい、君達はまだ見習いだろう? 回復ポーションの出費だって安くはない筈だ。

 それに受け取って頂かないと私も困る。上の決めたことでね、皆感謝しているんだよ」


「……分かりました有難うございます」


 そういってポーションを受けと入りその場で2本とも飲み干すノリコ。顔色が見違えるように良くなった。流石はマジックポーション、効果は劇的だ。


「うん、良い顔色だ、ではシャワーに行ってらっしゃい」


 その様子に満足げなおじさんに送り出され、


「はい、有難うございます」


 お礼を言ってみんなでシャワーに向かって歩き出すと、メグミにだけ見えるように実は所長さんだった受付のおじさんが手招きする。私か? っと自分を指さすと、そうだっと頷く所長さん。


「ノリネエ、サアヤちょっと先に行っといて、私、ちょっと購買に用事あるから」


 そう声を掛けると二人とも「???」って顔しつつ、


「分かったわ先に行ってるわね」


「お先ですー」


そう言って歩いて行った。

 二人が見えなくなってから所長さんがメグミに向かって言い難くそうに話し出す。


「あのーー、ね、非常に言い難いんだが、うん、彼女に助けてもらったことに非常に感謝をしているんだ。

 ただね、大きなお世話なのもわかってるんだけど、どうしてもね、おじさん位の年になると、若い人を見ると一言いっておきたくなるんだ」


「はあ? なんでしょう」


「いやね、彼女、非常に危うい気がするんだよ、おじさんもそんなに彼女のことは知らないよ? でもねそんなに知らないにも関わらず、彼女のことが心配なんだ、非常に良い子なのはわかってるんだがね」


「ああ……ノリネエのことですね」


「そう彼女だ。今回彼女は自分が倒れるまで『魔法』や『加護』を使ってる。

 しかも多少、顔位は見たことがあった人達なのかも知れないが、それでも他のパーティで他人だ。

 気になってあの腕の切れた子のパーティーメンバーにも、親しい知り合いか聞いたんだよ。そうしたら顔位しか知らないって話じゃないか?」


「そうですね、多分ノリネエもその程度だと思います」


「やはりそうか……彼女の信念が何によるのかは知らないけどね、やはり危ういよ、自分の身を顧みない行動は、自分の身を犠牲にする行為は危うい……

 家族で有ってもそれは相当な覚悟で行われる行為だ、それを他人に対していとも簡単に行ってしまえる彼女が、おじさんは心配でたまらないんだよ」


「そうですね、本当によく分かります」


「ああ、君は気が付いていたんだね、それはよかった、こんなおじさんがお願いすることではないのは承知しているけど、彼女が無茶をしないように見守って、時には制止してあげてほしい。まあ既にそうしているのかもしれないけどね」


「親切にありがとうございます。もっとちゃんと見てないとですよね、同じパーティの家族なんですから」


「うんうん、彼女には君がいてくれるんだね、おじさんちょっと安心したよ、もう行きなさい、呼び止めて悪かったね」



 ノリコは父親の仕事の関係で幼い時アメリカに住んでいた。ノリコとその母親は日本でもニュースになった銃の乱射事件に巻き込まれ、ノリコの母親は幼いノリコを守って銃で撃たれて死亡している。


「無事でよかった、ノリコ、泣かないで、愛しているわ」


 それが最後の言葉であったと聞いている。その最後の言葉とその行為が、幼いノリコの人格形成に歪な負荷になって現在も現れているとメグミは思っている。


 完璧すぎたのだノリコの母親は!!


 幼い時に死んだ母親、ノリコに見っとも無い所や欠点を見せることなく、ノリコを庇って死んでしまった母親……

 この偉大な母親に対して、誇れる自分で在りたいと、死んだ母親に褒めてもらえる自分で在ろうと、自分を犠牲にしてでも、自分の尊敬する母ならばこうしたであろう、そう思いノリコは行動している。それがノリコの行動指針になっている。


 メグミは思う、


「無理よね……無理し過ぎよ」


 死んだ母親は決してもうノリコを褒めてくれることはないのだ……

 『自己犠牲』言葉は綺麗だが、自分の子の犠牲をノリコの母は望むだろうか?

 ノリコの生き方には救いが無い。他人は救えても、彼女自身には救いが無い。


 ただ最近は変わってきている。良い方向に変わってきていると感じる。


 『ママ』が居るから、ノリコは変わりつつある。


 未だに無茶ばかりするし、お人好しではあるが……



 『ママ』はメグミたちが住んでいる家にいた『家と家事の精霊』である。10数年、戻らぬ家の主人を待ち、弱まる力の中で家を維持してきた精霊。


 これはメグミやノリコがソックスやラルク、ペットを拾い飼い始めた為、ペット禁止の見習い冒険者寮から出ていかなくては成らなくなり、サアヤを含めた3人でペットと暮らせる家を探した時の話である。


 どうせ見習い冒険者寮は6か月で退寮であるし、初級冒険者はパーティで家を借りてシェアするのが一般的であった為、既にパーティを組んでいた3人は、自分達の予算内で借りて住める家を探したのである。


 その間は、先にもちらっと述べたが家が見つかるまでの間は、ペットはサアヤがその時住んでいた、サアヤの祖父クロウさんの家に、夜の間預かってもらっていた。


 しかし、この街は初級冒険者の数も多い、中々良い空き物件はなく、家探しは難航した。

 まあ条件が厳しかったことも有る、広い庭付き、一戸建て、トイレ風呂完備、この条件で家賃を激安で物件を探そうと言うのである……無茶にも程がある。


 家探しを始めた三人は早速冒険者組合の不動産部門に行って先の条件で何かないかと尋ねるが、


「ご予算は如何ほどでしょう?」


受付のお姉さんが笑顔で聞いてくる。


「ふっ、安ければ安いほどいいのよお姉さん! 治安? 関係ないわね、ゴロツキが居るなら叩き切ってあげるわ!」


「メグミちゃんはちょっと黙ってて、えーと、私、1人暮らしをしたことが無いのだけど、御家賃ってどの位が相場なの? 一人一万円で三人で三万円位?」


「申し訳ありませんお姉さま、私もおじい様とおばあ様の所に居候してたので、1人暮らしの経験がありませんわ、ですから相場も全く分かりません」


「私も高校生ですからね、実家以外で暮らすのは見習い冒険者寮が初めてよ! 寮費ってタダでしょ? 相場? 相場なんて関係ないわ! あれよ噂で聞いたことが有るわ、そうなんだっけ……事故物件! そうよ事故物件よ! それを紹介してお姉さん!」


 不動産部門で声高に事故物件を叫ぶ迷惑な客がそこに居た。


「あのお客様、当方は事故物件を見習い冒険者に売りつける様な事はしておりません! そもそも理解しておいでですか? この異世界、本当に幽霊が居ますよ」


 慌ててフォローに入るお姉さんに、


「願ったりかなったりね! 丁度良いわ、出てきたら即退治よ! なにこっちにはノリネエだって居るんだから余裕よ!」


 不動産担当の冒険者組合のお姉さんが頭を抱えたのは言うまでもない。そう三人とも一人暮らしの経験が無く、相場? 何それ? 状態なのだ。因みにノリコの言う一月3万円では割と安めの相場のこのヘルイチ地上街でもアパートの一室を借りるのが精々である。


「あの、お客様、どの位手持ちで持ってますか、その金額に合わせてご案内しますが……」


「宵越しのお金は持たない主義よ!」


「お願いだからメグミちゃんは黙ってて! メグミちゃんお金を全部鍛冶の材料費につぎ込むんだもの! ダメよ計画的に貯めないと!」


「けどお姉さま、メグミちゃんの造った剣って結構な値段で売れてましたよね? アレの売り上げで収支は黒字では?」


「その売り上げで更に材料を買ってるのよ! だからメグミちゃんのお金は当てにしちゃダメよ」


「あの……」


 お姉さんが躊躇いがちに声を掛けて来る。


「ああ予算だったわね、えーと私の貯金が、あっこの間ヤヨイ様に寄付しちゃったわ、今手持ちが10万円位しか……」


「お姉さま!! 見習いなのになんで寄付してるんですか!! 私達が寄付を受ける側でしょ?」


「ううぅ、ごめんね、だって恵まれない子供たちの為だって、親御さんが居ないのよ! なら私達も何かすべきでしょ?」


「ヤヨイ様も結構阿漕ね、寄付金の額が足りなかったのかしら? 見習いのノリネエからお金をむしり取るなんて」


「いや違うのよ、先輩からそんな寄付をヤヨイ様が受け付けてるって聞いて、その時は当面必要なお金じゃなかったからつい……」


「ヤヨイ様もさぞ驚いたでしょうね、見習いのお姉さまが寄付をするんですもの、はあぁ、ダメダメですね」


「そう言うサアヤはどうなのよ? あんた衣食住、全部おじいちゃんおばあちゃん持ちでしょ? 結構ため込んでるんじゃないの?」


「うっ! いや……あのですね、この間新刊がですね色々と出たので、それにこう今まで貯金の習慣が無かったので……」


「幾らなのよ、ほらキリキリ吐きなさい」


「お姉さまと同じく10万円位しか……」


「はぁ? 二人ともダメダメじゃない」


貯金額0円のメグミが胸を張って二人を非難する。


「あのお客様、流石にご予算20万円でこの条件は、賃貸の場合2か月分を先払いで納めて頂く決まりでして……」


「何? 敷金礼金ってやつ?」


「いえそちらは頂いておりません、冒険者組合の斡旋ですからね、異世界から召喚された皆様にそこまでは求めません、それどころか組合の方から補助も出ます」


「良いわね補助! ならその補助やらなにやら目一杯使って何か無いの?」


「このご予算ですと一月10万円に成ります。しかし、広い庭付きの一軒家となりますと……庭を諦めませんか? それでしたら幾らかありますし、広めの集合住宅、マンションでしたらご案内出来ますが」


「ダメよ! それだとペットが飼えないでしょ! 庭でペットと遊んだり、訓練したりするの! だから庭付きは絶対よ! あとペット可の集合住宅やマンションって有るの? 鳴き声や匂いがご近所トラブルの元に成るから大体禁止でしょ?」


 メグミ達は余計な知識は色々持っているのに、肝心の相場の知識が欠けていた、


「しかしお客様……」


「いいから少し検索してみてよ、何か掘り出し物の事故物件が有るかもしれないでしょ!」


「いえですから! 事故物件は貸し出したりしません!!」


 お姉さんの嘆きの絶叫が響く中、それでも粘るメグミ達に根負けしたお姉さんが検索の為、通信魔法球端末に向かう。

 お姉さんが検索してみると、本当に偶々たまたま、偶然、安く、しかしボロい一軒家が貸しに出されていた。お姉さんも驚いていたのだが……

 10数年、冒険者である家の主人たちが帰ってきておらず、死亡も確認されないため、放置され荒れ果てた家。

 冒険者ギルドの責任で、家主の冒険者が仮に帰ってきた場合に備え、借家として貸し出すことが決定したばかりの物件であった。


 冒険者ギルドとしては、リフォームしてから貸し出す予定であった物件であるが。メグミ達が交渉し、リフォームは自分たちでするからと言う条件で、激安で借りることができた。


「あのお客様、リホームは自分達でするって言っても元手が無いんじゃありませんか?」


「ん? それもそうね、まあ良いわ、以前、木こりのバイトをした時の伝手が有るから材木は格安で仕入れてこれるし、お金は……仕方ないわね、私のコレクションの剣を売るわよ! 当面必要なもの以外売れば最低でも200万円くらいにはなるでしょ、そうね、あと足りない分は貸して! 融資して! そんな制度が有るって聞いたわ」


「あれ? メグミちゃんいつの間にそんなに剣を貯め込んでたんですか! 剣のコレクションって私聞いてませんよ!」


「サアヤだって魔導書のコレクションしてるじゃない。必要なのよ、必要経費よ! 鍛冶の勉強に必要だったのよ!」


「売りませんよ! ぜええったい魔導書は売りません! すっごい貴重なものもあるんですからね!」


「他の本は? 何やら一杯貯めこんでるわよね?」


「アレはダメです! 絶対ダメ!」


「あれ? もしかして私が一番貧乏? あれ?」


「ノリネエはよく考えずに寄付なんてするからよ、今度からお金じゃなくて労働力で払おうね、その方が心がこもってるでしょ?」


「そうですね、お金だけ渡してそれで良いことした気に成るのは、何だか成金っぽくて私も良くないと思いますよお姉さま」


「うぅ、そうね、そう言われてみればそうかも、そうね今度からボランティアの方に積極的に参加してみるわ」


「………程々にしようね、私達の生活も有るからね?」


「私達が飢えて居たんじゃどうしようもありませんよお姉さま、炊き出しのお世話に成りたくは有りませんわ」


「………あぅぅ」


 すっかりノリコはしょ気てしまった。そんな雰囲気を吹き飛ばす様に明るい声でお姉さんが、


「あのお客様、では当面のリフォーム予算は200万円で、足りない分は融資という事でよろしいですか?」


出来たお姉さんだった。


「OKよ、それよりまずは下見ね、リフォームの下見をするわよ!」


「お客さま? 業者の方に伝手でもあるんですか?」


「何言ってるのお姉さん、そんなの自分達でするに決まってるでしょ? 人を雇う余裕なんて有るわけないでしょ? 私達は見習いよ! 舐めちゃいけないわね!」


「そんな貴方達、女の子三人なのよ、無茶過ぎるわよ!」


 とうとう温厚なお姉さんが切れた。


「三人とも錬金術も木工加工も鍛冶も出来るんだから平気よ! こう見えてもノリネエも体力だけは有るし、サアヤは魔道具にも詳しいわ、何とかなるなる♪」


 それでもメグミは気軽に答える、お姉さんのコメカミの血管が切れそうだ……


「メグミちゃん、確かにメグミちゃん程器用じゃないけど、体力だけって酷いわ」


 そんなお姉さんの様子をサラッと無視してノリコは平常運転だ。


「私は体力有りませんからね? 先に言っておきますが体力は無いですからねメグミちゃん」


 頭脳労働担当だと声高にサアヤが主張する、勝手気ままな三人娘に、


「もうっ!! 良いですか、案内はしますが、現場を見て無理そうだったら素直に、スグ言ってくださいね、此方で腕のいい職人さんに格安でどうにかならないか掛け合います!

 そうよ……融資枠を目いっぱい使えば、何とかなる筈、何とかして見せます、だから正直に言うのよ!! 良いわね!!」


本当に出来たお姉さんだった。


 案内された物件は3人で住むには広すぎる家ではあった、しかし将来パーティメンバーが増えても十分対応可能であり。メグミは特に広めの庭も付いた物件で有ることが大いに気に入った。今は草が好き放題に生えていているが、とても広い。


「良いわねココ、庭が広いわ! ここならめいっぱいソックスが走り回れるわ!」


「けど何だか思ったより傷んでないかしら? ねえメグミちゃん、肝心の物件の老朽化が結構進んでるわよ?」


「ん? そうね、でも土台は腐って無いわ、それに柱も大丈夫っぽい、不思議ね、他は結構ボロいのに、骨格だけはしっかり無傷よ」


「そうですね、家電魔道具はメンテナンスさえすれば何とかなりそうですが、床や壁、それに建具は可成り傷んでますね」


「屋根が少し傷んでるのかしらね? あれっ? 瓦がズレてる程度ね、この位直ぐに治るわよ、雨漏りさえしなきゃいいんだから、瓦が割れてないだけマシね。骨格が無事なら他は張り替えるだけでしょ? どうとでも成るわよ」


「元々は結構オシャレな建物だったのかしら? 家具類も元はそんな感じね、メグミちゃんどう思う?」


「ノリネエそこ、穴が開いてるわ、気を付けてね、床が腐って抜けたのね、うーーん家具類は全滅かもね、痛みが激しいわ、雨が降り込んだわけじゃあ無さそうなのになんで? 土台や骨格に養分吸われたみたいに、他の朽ち果て方が異様ね」


 可成り不自然な、しかしボロボロに老朽化の進んだ室内を見渡し、お姉さんは、


「どうなの? これってどうなんだろう? うーーん、無理じゃない? 貴方達だけじゃあ無理じゃない?」


「どうだろ? 広いからちょっと大変そうだけど、時間を掛ければ何とかなりそうよ、それに当面生活できる範囲で直せば良いわけだし、お姉さん心配し過ぎよ、さっきも言ったけど剣の柄や鞘、スタッフなんかの製作の為に木工ギルドで『木工魔法』を習ってるからね、この世界って道具を揃えないくてもなんとかなるのが良いわね、釘や木材、後はハンマー位じゃない? 必要なのって?」


「壁紙とかは追々ね、家具も必要最低限用意すれば生活は出来そうね」


「家電魔道具の傷みが少ないのが助かりますね、買い揃えると結構高いですからね」


「ねえ本気なの? 本当に自分達でリフォームする気なの? あのね、お姉さん思ったんだけど、リフォーム代で200万用意できるならそれでもっと新しい一軒家を借りた方がよくないかな?」


「けど家賃が高いんでしょ? ここなら初期費用は掛かってもその後の維持費用が安いじゃない、殆どタダ同然よ? ならこっちが良いわ」


 メグミ達は交渉の末、当初ノリコの言っていた月3万円、1人当たり1万円でこの物件を借りることに成功していた。規定通り家賃の前払い2か月分を払っても6万円、これだけ大きな家屋なのに激安にも程がある、しかし、そこは本当に廃墟、ボロボロなのだ。そのまま人が住めるような物ではない。


「そうね、毎月幾ら稼げるか分からない冒険者ですものね、維持費が安い方が良いわね」


「私ここ気に入りましたわ、何だか良い雰囲気です。精霊たちが喜んでる、直せばきっと良い家に成りますわ」


「なに? サアヤも気に入ったの? 私もここなんだが良いわ、落ち着く感じがするの、ボロなのに不思議」


「そうね、何だか優しい、暖かい感じがするわね、前の持ち主がきっと良い人たちだったのね、その雰囲気が残ってるんじゃないかしら」


「ああぁ、もうっ! 良いわね、何かあったら相談に来るのよ、絶対無理はしちゃダメよ! 怪我をしてもダメ! 良いわね! ちゃんと様子を見に来ますからね!」


 本当に出来た優しいお姉さんだった。


 翌日から早速メグミ達はリフォームの為に色々準備を開始した。


 メグミは先ずは木こりのへのお使いクエストで知り合っていた製材所に行き、そこで交渉して、木の伐採作業と引き換えに、安く木材を譲って貰うことで話が纏まった。

 以前もメグミが木こりのバイトをしており、今回もメグミはまるで草を刈るように巨木を切り倒す。


「お嬢ちゃん、本気で木こりにならないかい? お嬢ちゃんなら何時でも大歓迎するよ」


「遠慮するわ、バイトならまだしも本業じゃあね、だって木って動かないんだもの、切ってもつまらないわ、練習にもならないし」


「うーーん、まあ確かにねえ、お嬢ちゃん程の腕前なら迷宮で『エント』でも切った方が楽に儲かるかもねえ」


「『エント』って確か樹の魔物ね? この森には居ないの?」


 『エント』自体は実際は半精霊で魔物と言うわけではないのだが、迷宮に沸く者は魔物と化しているし、森の中でも魔物化した『イビルエント』が人を襲うことも有るのでメグミの言い分もあながち間違いというわけでもない。


「この森は比較的新しい、植樹された森だからね、このジャイアントチークも樹高50メートル、直径5メートル位だけど植えられて30年程だよ、この木はね成長が早いんだよ、まあそのまま育てば樹高が300メートルを超える樹だからねえ。

 そうだねえ、迷宮以外で『エント』が居るのはもっと古い、樹齢1000年以上の木のある森だねえ」


 ジャイアントチークは成長が早い、早いわりに大変材質が硬く、更に年輪が普通年輪と言う位だから年単位で入るのに、この木は月単位で入る月輪なのだ。その為木目も美しく建物の建材として広く普及していた。腐りにくく歪みにくい、まさに理想の建材。そんな木なのである。


「うーーん、残念、居たら切って見たかったのに、まあ良いわ、後何本くらい切れば良いの?」


「いやもう十分だよ、前回もそうだけど普通一本を一日かけて切るものだからね? 数十秒でバンバン切っていったら森が無くなっちゃうよ」


「まあ私は格安で材木譲ってくれたらそれで良いわ、じゃあよろしくね!」


「はいよ、前回も今回も十分切って貰ったからね、そうだね、前回切って貰った木が丁度乾燥が終わった頃合いだ、それを材木に加工してあげよう」


「ああ前回の、ねえ材木に加工ってまた斬るんでしょ? ある程度私が切ったら更に安くならないかな?」


「建材用の材木は精度が命だよ、切り倒す様には行かないよ、こればっかりは専用の機械で加工した方が良いよ」


「そんな物なのね、そうねそのうち材木加工も自分で出来るように精度よく切る練習もしてみるわ」


「………ねえお嬢ちゃん本当にうちに就職しない? まあ最悪就職はしなくても良いけど、ライバル業者にだけは就職しないでね」


「大丈夫よ、暫くは冒険者を続けるから!」


 そんなやり取りをしながら安い材木をゲットしたのだった。


 その間、サアヤは家電魔道具の修理の為に部品をせっせと錬金術で作成し、ノリコは黙々と庭の草刈りに精を出した。


 翌日、続いてメグミは釘や丁番などの金属部品を鍛冶場を借りて自分で作成する。素材は剣の製作の為に、結構買い込んであったので新たに買う必要はなかった。

 その間サアヤは、昨日造った部品を家電魔道具に組み込み修理し、新たに見つかった故障個所に頭を抱えていた。相変わらずノリコは黙々と庭の草刈りに精を出した。


 更に翌日、メグミはサアヤに頼まれて、台所や、お風呂場の蛇口などの水回りの金属部品を作成し、サアヤは昨日見つかった故障部品を錬金術で作成する、半分意地だった……

 ノリコは時折ラルクやソックス等庭で遊びだしたペット戯れながらも、黙々と庭の草刈りに精を出した。


 更に翌日……


「ねえメグミちゃん! なんで私は草刈りだけなの!?」


「ノリネエ、サアヤに草刈りさせたら一日でバテちゃうでしょ?」


「私だって鍛冶も錬金術も出来るのよ?」


「ノリネエ直ぐ凝るじゃない? 今は数が必要なのよ、細かい細工物は後回しよ」


「ええっ! でも可愛いステンドグラスとか、可愛い取っ手とか良いと思わない?」


 ノリコの造るものは手が込んでいる、少女趣味とも言うが、まあそれでもオシャレで悪くはない。ただ少し実用よりもデザインが優先するきらいがあるのだ。


 悩むメグミ、ノリコの目は真剣だ、別に草刈りが嫌なわけでは無いだろう、たった1人で既にこの広い庭の半分位の草刈りを終わらせている。偶に美味しい草が有るのかラルクがモシャモシャ食べているが、嵩が知れている。


 メグミには分かる、ノリコは本気で可愛いステンドグラスとか、可愛い取っ手とかでこの家を飾りたいのだ。三人で住むこの家を綺麗に可憐に彩りたいと本気でそう思ってるのだ。そう言った物のデザインのセンスはメグミにはない。メグミの造るものは実用性100パーセントな機能美だけ、それだけではノリコは嫌なのだろう。


(殺風景すぎるのも良くないかもね、確かに何処かに潤いは必要かも)


「あんまり幼い感じの物はダメよノリネエ、フリフリやリボンはダメ! ロココ調もゴシック調も禁止! せめてオールドアメリカン、カントリー風でお願いね」


「えっ! ええええぇ、ダメなの? ねえダメェ? せめてヴィクトリアンは?」


「ダメ絶対! 私は日本の民芸風が良い位なのに、譲歩してるんだからね! ノリネエの趣味全開だと子供の夢見るお菓子の家になっちゃうでしょ! ご近所から頭お花畑な住人かと思われちゃうわ、自分の部屋は良いけどそれ以外は押さえるのよ! 良いわね!」


 このヘルイチ地上街は日本人が多い為、中世ヨーロッパの素朴な田舎の民家風と日本建築が入り混じった感じの建物が多い、これが中々に趣味が良く、メグミの好みとも合致して、メグミはこの街の街並みが気にいっていた。

 まあ中には此方に来た日本人が建てたとおぼしき、ゴシック建築やロココ調の建物も有るには有るが、それらは大変街並みから浮いていた。

 メグミとしてはそれだけは断固として避けたい。この物件は元が品が良い、素朴にオシャレなヨーロッパの田舎の民家風なのだ。メグミの好みドストライク! できればそのまま再生リフォームしたい。

 断固としたメグミの説得に、渋々ノリコが折れた、


「ううううぅ、分かったわ、頑張ってみます」


 そんなやり取りの後、その日はノリコと役割を交代し、メグミが草刈り、ノリコが鍛冶をすることにした。何故かノリコが意外そうな顔をしたが、メグミは特に気に留めなかった。別にメグミとて草刈りを全てノリコに押し付ける気は無かったのだが、意外だったのだろうか?


 メグミは違った、ノリコとは違った。メグミは鎌で草を地道に刈る様なことはしなかったのだ。事前に草刈り用に作成していた、鎖鎌とブーメランの中間の様な道具を使用し、ガシガシ草を刈っていったのだ。


「何してますのメグミちゃん、その道具は何?」


丁度部品の作成を終えたサアヤが草刈りの様子を見に来て驚いていた。


「良いでしょ? くるくる回るブーメランに鎖を付けて振り回せるようにしたのよ、使いこなすのにちょっとコツが居るけど、鎌で刈るよりよっぽど早いわ」


一振りで広範囲の草が刈られていく、そのスピードは圧倒的だ。


「なんでお姉さまが刈っている時にその道具を出さなかったんですか? お姉さま鎌で黙々と刈ってましたよ?」


 まかせっきりもアレなのでサアヤは家電魔道具の修理の際に草刈りの様子を見に来て、更に少し手伝って居た様だ。


「ねえサアヤ、ノリネエにコレ、使いこなせると思う?」


 器用に道具を操りながらメグミはサアヤに問いかける。


「………そうでしたわ、お姉さまそう言ったの苦手でしたね」


 その器用に操るメグミの手裁きを見ながらサアヤは得心する。


「包丁より大きな刃物はノリネエには無理よ、特にこういったコツの要る道具は絶対無理ね、ケガをする位なものよ」


「手先は結構器用なのに、何故なんでしょうか?」


「うーーん、ノリネエって何時も一生懸命で全力じゃない?」


「そうですね、確かにそうですが、それが関係ありますの?」


「力の加減が苦手なのよ、手先の力加減は出来ても、腕の、体の力加減が苦手なんだと思うわ」


(まあ心の力加減も下手糞だけどねノリネエの場合、まあ長所でもあるけど短所でもあるわね。私はそんな所も好きだけど)


「ああ、なるほど、確かにそうかも知れませんね……ねえ所でメグミちゃん、それ楽しそうですわね」


「楽しいわよ? なにサアヤもやって見たいの?」


「ええ是非!!」


 そしてサアヤも加わって草刈りが進んで行く、サアヤは僅かな時間でその道具を使いこなしていた。


「メグミちゃん、コレ面白い! 凄いですわ鎖を通して魔法や武技も発動可能なんですね」


「そうよ、だから太い草なんかもバンバン切れるわ」


「あはっ、凄い、もう草刈り終わりそう、半日くらいで草刈り終了? えっ? でもコレお姉さま泣きませんか?」


 ノリコは広い庭の半分の草刈りに3日位掛けていた……その間黙々と鎌で刈っていたのだ。


「あ……不味いのかな? ちょっと調子に乗り過ぎた?」


そう思っていると、庭に入る門の所にノリコが悲しそうな顔をして立っている。


「ズルい! ズルいわ! 二人ともズルい!」


「イヤ、ノリネエこれはね」


「違うんですよお姉さま」


「なんで私だけ仲間外れなの! 二人で楽しそうにして!! なんで私も誘ってくれないの! うぅっ!」


 ノリコはメグミが便利な道具を隠していたことでなく、メグミとサアヤが二人で仲良く作業している様子にご立腹の様だ。


「私だってみんなとワイワイ作業したいのに!」


 ノリコは他人が居るとお姉さんっぽく振舞うのだが、三人で居る時は素の、そう幼い感じの素が出るのだ。一番年上の筈なのだが、無自覚にノリコは無邪気なのだ。メグミはそんなノリコが嫌いではない、寧ろ身内として、心を許してくれている感じがして嬉しい。


「ごめんノリネエ、偶々作業が終わったサアヤが来てただけよ、別に仲間外れにしたわけじゃあ無いわ、ほら草刈り終わったから一緒に鍛冶場に行こう? 作業手伝うわ」


「そうですわ、私も部品を作り終えたので手伝えます、そうですね、私は一緒にガラスを作りましょうか、一緒にやりましょう!」


 そのメグミ達の言葉にパアァっと一気に笑顔になったノリコは、


「本当? 一緒にやるのね! みんな一緒ね♪ そうだ、試作品を作ったからメグミちゃんに確認してもらおうと思って持ってきたのよ、ね、ね、どう?」


 嬉しそうに、少女趣味全開の凝った作りのドアノブを見せる。作成前のメグミの注意は忘れてしまったのだろうか? 多分一生懸命、全力で造っているうちに歯止めが効かなくなったのだろう……


(これの何処がカントリー風? ロココ調も良い所じゃない! ダメね、ノリネエは一人にしたらダメだわ)


「うん、ノリネエ、私良く分かったわ、ノリネエに一人で物を作らせたらダメね、誰か監視してないとダメよね」


「大丈夫ですわお姉さま、そちらはお姉さまのお部屋でお使いになれば良いんですから、これからはもう少し抑えたデザインの物を作りましょうね」


 サアヤの趣味は渋い、祖父母の好みが浸透しているのか、純和風、ワビサビの分かるエルフの少女なのだ。


「ええぇ、ダメなの? 可愛いわよ? ねえダメ? ほらっ! ねっ? こう玄関の扉にこんな取っ手付いてたら素敵じゃない? ね?」


「うん玄関は止めようね、ノリネエ、ご近所の目が有るからね、玄関は止めよう!」


「この庭から家に入る、そうだわソコの勝手口、あそこがピッタリですわお姉さま、こう植木鉢や花壇にお花を植えたら、ほらこの取っ手も馴染んでとても素敵です!」


「うーーん、そうなの? 玄関用に作ったんだけど……そうねお花が周りにあると確かに素敵ね! じゃあこれはここの勝手口のドアノブね♪」


「サアヤGJ!!」


 ホッと胸を撫でおろす二人は、ノリコを伴って三人で作業場に向かう。無論メグミの監修の元、嫌がるノリコを説得し、抑えた、本当に抑えた控えめなデザインの物を三人で仲良く作成していった。



 その翌日、漸く各部品・部材も揃い、リフォームへの準備・気合は十分だった。前日に製材所から庭に木材も運び込まれ、さあやるぞ!! っと朝から三人で気合を入れていたら。

 木工ギルドや鍛冶ギルド、魔道具ギルド等の、三人の師匠であるドワーフのおじいちゃんたちが、団体でゾロゾロとやってきた。


「え? 師匠達なにしに来たんですか? それに何でここ知ってるんですか?」


 メグミの問いに、


「ムハハハッ!! こそこそ何やら作っていたではないか! この街で何か作って居ればワシらの耳に入らぬわけが無かろう! 未熟者め! ムハハハハッ!!」


「ワハハハハッ!! 不動産の姉ちゃんに場所を聞いたのでな様子を見に来てやったっぞ、……ん? なんだこの家は、客に酒も出さんのか? いいからちょっと酒とツマミを買ってこい! ワハハハハ!!」


 どうやら不動産部門のお姉さんが師匠達に情報を漏らしたらしい、本当に出来るお姉さんだ。


「グハハハハッ!! アルコール度数は高いものを頼むぞ! 何なら100パーセントでも構わんぞ! グハハハハッ!!」


 そう言って腰を下ろして居座ってしまった、一応こんな酔っ払いのおじいちゃんでも三人の師匠で、しかも結構目を掛けて貰って、色々教えてもらっている。

 無下に追い出すわけにもいかず、逆に三人が追い出されるようにお酒とオツマミを買いに走り、戻ってくると、リフォームがガンガン進んでいた。


「ガハハハハッ!! 待つ間、暇だったし、材料もあったから勝手にやらせてもらってるぞ、ガハハハッ!!」


 瞬く間に木材やらなにやらが加工されて家が修理されていく。師匠達の腕はメグミ達のそれとは比較にならない、魔法のように家がリフォームされていく。


「なあっ! 何やってるんです師匠!!」


「ムハハハッ!! 暇つぶしじゃ! 見てわからんのか未熟者! ふむ、この部品中々良い出来じゃな! うむ! それでこそ我が弟子よ! ムハハハハッ!!」


「ワハハハハッ!! オラオラこんなもんじゃ酒が足りんぞ! もっと買ってこんか、樽で買ってくるんじゃ! 瓶とかあり得んじゃろう! 後このメモの物も買ってこい小娘ども! ワハハハハッ!!」


 その後のメグミ達は完全に師匠達の使いっパシリであった。更に錬金ギルドの師匠が魔道スライムを大量に連れてきて、


「フム、汚いねえ、全くこれだからドワーフは、少しは片付けないか! お前たち、ほら掃除しろ、餌がいっぱいだよ」


そう言ってスライムを解き放つ。


「ガハハハハッ!! なんじゃババア! 要る物までスライムに食わせるでないぞ! ガハハハハッ!! 」


「喧しい糞ジジイ! 必要ならまた造ればよかろう! ウチのスライムは賢いんだよ! そのスライムにゴミと見分けが付かんような物を造るでないわ!」


「グハハハハッ!! 確かにその糞ババアの言う通りじゃな! 無いなら造れば良いだけじゃ! グハハハハッ!!」


 ドワーフは良く笑い、良く食べ、良く飲み、良く造る、この格言を体現した様な師匠達である。口を動かし、酒を煽りながらもその手は魔法のように物を作り出す。

 対抗心を燃やしたのか錬金ギルドの師匠も途中から何やらその場で製作を始めてしまう。

 その後も薬草採取、ポーション作成でお世話になっている、薬草ギルドの師匠がきて、


「ほう、いい庭があるじゃないか、これ薬草だからこの辺に植えておくよ」


 庭を勝手に弄り始めた、サクサク耕して、花壇が整備されていく。

 その後も何故か三人の師匠連が大挙して押し寄せ庭で宴会をしながら、勝手にどんどんリフォームをしていく、散々飲み食いしてそこら辺で寝ている師匠とかも多かったが、夕方にはリフォームが『完成』していた。


 屋根の瓦のズレは何時の間にか誰かが直し、すべて修理された扉に窓、傷んだ壁・床は張りなおされ、魔道具の師匠がサアヤが部品を用意していた家電魔道具を全部修理してくれていた……修理と言うより新品同様に再生され、更にサアヤが確認したところによると最新の家電魔道具よりも性能が上がっているそうである。

 

 室内には新品の家具まで全部そろって配置され、建具も新品がきちんと収まっている。

 ダイニングで作りたてのテーブルと椅子を眺めながらメグミは、


「うーーん、これが昨日までのボロ家と同じ建物だなんて思えないわね、新築の香りがするわ」


 削りたての磨きたての建材や家具から木の良い香りが漂ってくる。


「今日からでも住めそうですわね、水回り見ましたか? 既に水道が通ってます、お湯まで出るので確認したら、魔結晶炉も稼働中で、もう家電魔道具が使えますわ、お風呂なんてピカピカでした」


 ダイニングに居間の方から入ってきたサアヤも色々見て回ったのか驚きの報告をして来る。


「ねえメグミちゃん、サアヤちゃん、今お部屋を見てきたんだけど、もうベットが出来てるのよ! マットレスまで! お布団が有れば寝られる状態よ、それに何時の間にかカーテンとかも掛かってるのよ」


 居間とダイニングの横にあるお風呂場との間にある廊下の扉を開けてノリコが入ってくる。


「うん、何だろうね……サアヤも見たでしょ? 居間にも既にソファーが配置されてて、更にその上で師匠達が酔っ払って寝てたわ……ベットもこのままじゃあヤバそうね、最初からお酒臭くなるのは避けたいわね」


「メグミちゃん、そこは大目に見ましょう! ここまでやって貰って文句なんて言えないわ、途中要望とかも聞かれたじゃない? 全部その通りに家の改装までされてるのよ」


「私達ではリフォームに2週間以上は掛かる予定だったのに……それに私達では例え予定通りリフォームが完了しても、この今の状態は絶対に無理ですね」


「見てよこの細工、この飾彫り、あの髭面のおじいちゃんがこんな繊細な細工をあの顔で仕上げるのよ? ギャップに頭がおかしくなりそうだったわ」


 テーブルや椅子には実用に差しさわりの無い範囲に優美に細工が施されてる、これほどの細工を、これだけの短時間で息をするように自然に彫り上げるのだ。目の前で掘っているのを見ていても、魔法のように感じられるそれ、しかし実際には師匠達の職人としての腕だけで仕上げられているのだ。


「でも本当に素敵! 綺麗! 可愛い! 私とても気に入ったわ!」


「ほんとノリネエ好みよね、けどデザインにノリネエよりも幼稚さが無い、流石ね師匠! これだけ細工が施されているのに華美さよりも優雅な落ち着きが目立つ、品が有るのよね。それに取っ手なんかも私達が作ったものに更に追加工して仕上げているものが大半ね、全く腕の差を見せつけられるわ」


 幼稚の言葉が引っかかったのかノリコが抗議の声を上げそうになるが、握ったドアノブの細工を見てその声を引っ込める。ぐうの音も出ない程に素晴らしい細工が施されている、基本は自分達が作ったものだが、そこにほんの少し手を加えた、その手の加え方、そのデザインセンス……圧倒的だった。


 唖然としつつ三人は掃除と後片付けを始める。今日からでも住めそうな位に仕上がっているのだ。掃除をしてゴミなどを片付ければ明日にも引っ越しが出来る。


 未だに庭で宴会を続ける師匠達や家の中でまだ作業を何やら続けている師匠達をしり目に黙々と、しかしウキウキと三人は拭き掃除などをしていく、大きなゴミの大半はスライム達が処理してくれているのでその位しかやることが無いのだ。


 宴会の方のお酒やオツマミは、これでもかと樽を用意し、どうせ質より量だろうと安売りのお店で干物を中心に大量に買ってきたのでそう簡単になくなることはない……筈だ、ドワーフの胃袋は異次元と言っても良い、少し心配だがまあ後暫くは大丈夫なはずだ。


 そんな感じで三人が拭き掃除をしていると、メイド姿の女性が、いつの間にか三人と一緒に掃除をしてくれていた。

 優しい微笑みを浮かべながら、金色の長い髪を結い上げた彼女は、優しい手つきで新しく配置された、机の上を撫でる様に拭いていく、とても……とても愛おしい物でも触るように丁寧に。


(師匠の内の誰かの知り合いかな? 手伝いに来てくれた人なんだろうか? 美人だわ、若い人は珍しいわね)


 今日は様々なメグミ達の師匠が入れ代わり立ち代わり大勢訪れる、メグミ達が顔を知らない人も幾人か手伝いで師匠達が連れてきていたので、メグミ達はそのうちの一人かなとそんな風に思っていた。

 

 拭き掃除が一段落した時、せめてものお礼にと、出来立てのダイニングのテーブルに、お酒やオツマミとは別に、自分達用で買い出していた紅茶とお菓子を用意して、


「ちょっと休憩して、こっちに来て一緒にお茶でもいかがですか?」


三人を代表してノリコが彼女に声を掛けた。

 まだ拭き掃除を続けていた彼女はスゥっとこちらに来て、座っているノリコの頭を優しく撫でながら、


「あなた達は本当に良い子ですね、こんなに大勢の人たちに愛されている。私は、こんなに嬉しいことはもう無いだろうと思ってました、有難う、本当に良い子ね」


そう言ってノリコの頭を本当に優しく撫で、微笑む。まるで母親が愛し子を褒めるように優しく……


 すると突然……ノリコの目から涙が、ツーーッと零れ落ち、


「あれ? どうしたんだろう? なんで?」


 そうノリコが戸惑っている。メグミ達も訳がわからず見守る中、彼女は、


「……ああ、あなたは今までいっぱいいっぱい頑張ったのね、よく頑張ったね」


 そのままノリコを優しく抱きしめて背中をポンっポンっと優しくたたく。


「あのぉ……えと……ううぅ……」


 ノリコは、その女性の胸に顔を埋めて静かに号泣しはじめ、彼女は変わらずノリコを子供あやす様に優しく抱きしめる。


 呆然とするメグミ達のいる部屋を、天井を風の精霊を使って煤払いしていた精霊使いの師匠が通りかかり、


「ああ、まだ消滅せずに居てくれたんだね、だから土台や柱が無事だったのか」


 そう呟く、


「彼女とお知合いですか? 師匠」


「知り合いといえば知り合いかな? 以前この家に住んでた冒険者がいる時に、遊びに来て数回会ってる程度だけどね。彼女は『家と家事の精霊』……まだあいつらの帰りを待っていてくれたんだね」


「この家の精霊? ですか?」


「そうだね、でもね彼女たちは家が有るだけでは存在できないんだ、家に人が住んで初めて存在できる。もうほとんど力も残ってない……消えかけてるのに、嬉しくて出てきちゃったんだろうね」


「えっ? ……彼女消えちゃうんですか?」


「彼女は、前の家主とこの家の精霊だからね、住人が変わってしまえば自然と消滅してしまうのさ」


 目の前にいる彼女は、その事実は知っているのか、メグミ達の会話は聞こえている筈だが、表情に一切変化なく、ただ優しく微笑みながらノリコを胸に抱いていた。


「私たちの所為で彼女が消える……」


 今まで泣いていたノリコが、彼女の胸から顔を上げ、涙の後を付けたまま、表情をなくして精霊使いの師匠の方を見つめる。それを彼女は、優しい精霊は、ノリコの頬に手を当てながら言う、


「いいえ、あなた達の所為ではないわ、やっとこの家に次のご主人さまが来たのよ。やっと私も解放される。あなた達なら私も安心して任せることができる、やっとご主人さまの所にいけるわ」


 メグミたちは優しい精霊の言葉に何も言えずにいると、突然、


「いやあぁ!! 絶対にいやっ!! 消えないでっ!! いやあぁ!!!」


 ノリコが、普段のお姉さんっぽさのかけらも残さないで、幼子の様に癇癪を起す。目の前の彼女に抱き着いて胸に顔を埋めて、嫌だ、嫌だと駄々をこねる。彼女は少し驚いたようだが、すぐにまた幼子をあやす様にノリコの背中を撫でる。


「うーーん、一つだけ彼女が消えずに済む方法がある、まあ彼女がそれを認めればだけどね」


「師匠それは?」


「君たちが彼女の『名前を付ける』、そしてそれを彼女が認めれば、彼女は君たちとこの家の精霊になるから」


「名前ですか? それだけ?」


「そう、それだけだ、けど……彼女が認めてくれるかな」


「……『ママ』……お願い『ママ』一緒にいて、消えないで『ママ』もう私を一人にしないで……『ママ』お願い……お願いだからぁ」


 彼女に縋り付いてノリコは訴える。彼女はちょっと困ったような表情を浮かべて、


「私はあなたのお母さんではないし、真似ることもできません。私に失望するかもしれません。私はあなたが思っているような者ではないわ」


「『ママ』は『ママ』よ、ほかの誰でもないわ、『ママ』にいてほしいの『ママ』じゃなきゃ嫌なの、お願い『ママ』ずっと一緒にいて、私のそばにいて、


 お願い『ママ』……」


「泣き虫さんですね、泣き虫さん、あなたのお名前は?」


 彼女は、ノリコの涙を指で優しく拭いながら聞く。


「……ノリコ……」


 ノリコは泣きながら答える。


「泣かないで、ノリコ、愛していますよ」


「『ママ』!!」


 ノリコは再び『ママ』のに抱き着いて胸に顔を埋める。


「師匠? どうなったんですか?」


「良かったね、本当に良かった、そう言うことだよ」


「そうですか……」


「あのどういうことですか? メグミちゃん」


 先ほどからずっとオロオロしっぱなしのサアヤが尋ねる。


「んーーとね、私たちにね『ママ』が出来たんだよ」

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