第5話 どうか無礼討ちは私一人のみに!
「気がつかれましたか?」
まるで小鳥がさえずるような声に目を覚ますと、俺は
「婆さん……」
俺はびっくりして半身を飛び起こした。そして恐る恐る振り返ると、こちらの世界では今までに見たこともないような可愛い女の子が優しげな目を向けていたのである。しかもピンクのいわゆるミニ浴衣というのを着ているので、俺は今の今までこの子の生脚で膝枕されていたということだ。何たる果報者だよ俺。もちろん可愛い、というのは俺基準だ。
「まあ、そりゃ私はブサイクですけど、いくら何でも婆さんはひどいです」
「あっ……いやいやいや、ブサイクなんてとんでもない! 婆さんと言ったのは……申し訳ない」
前世の思い出を語ったところで理解されるわけがないので、俺は説明するのをやめて謝った。確かに今の俺と同い年くらいの少女に向かって、婆さんと口走ったのはあんまりだと思ったからだ。
「それはそうと、お怪我は大丈夫ですか?」
「えっと……」
思い出した。俺は酔っ払いの一人に殴られて気を失ってしまったのだった。そう言えば酔っ払いはどうしたんだろう。あの中にこんな可愛い女の子はいなかったはずだ。
「あれ?」
そんなことを思い出しながら辺りを見回してみると、先ほど俺に絡んできた酔っ払いは三人ともその場に伸びていた。そして今この場で意識があるのは、婆さんなどと暴言を吐いた俺を心配そうに見つめる膝枕の
少女は特に陽射しが強いというわけでもないのに、
「キミエさんたちは……」
「キミエさん? お連れの方がいらしたのですか?」
「あ、はい……」
「私たちが来た時にはどなたもいらっしゃいませんでしたよ」
「え? ではもしかしてコイツらをやったのは……」
「
あの、やった違いなんですけど。
俺はそんなことを呑気に考えていたのだが、膝枕の君が指し示したのは腰に差した刀の
「あ、あなた様はもしや……」
間違いない、この人は貴族だ。だとすると俺はとんでもないことをしてしまったことになる。平民の分際で貴族様に膝枕させたばかりか、あまつさえその相手に向かって婆さんなどと口走ってしまったのだ。これはもう、この場で
「男爵タノクラが娘、ユキと申します」
「だ、男爵……様の……」
終わった。タノクラ男爵と言えばこの俺でさえ名前を知っている、古くから王都の東に広大な領地を持つ由緒ある豪族である。その娘に婆さんなどと言った俺は間違いなく首を跳ねられるはずだ。
「も、申し訳ございません! 男爵様のご令嬢様とも知らずにとんでもないご無礼を! ど、どうかお許し下さい!」
俺はすでに無礼討ち確定だとしても、謝らなければキミエさんや俺の両親、果ては
ところがおでこを
「あなた面白い方ですね。お名前は?」
「は、はひ! ひ、ヒコザ、コムロ・ヒコザと申します!」
「ヒコザさん……それで、どうしてそんなに怯えているのですか?」
ユキさんは相変わらずおかしくて仕方がないといった感じで、笑いながら俺に問いかけてきた。俺はというと未だに頭を地面に擦りつけながら、全身をガタガタと震わせていたのである。
「申し訳ございません! 私の無礼が許されないのは分かっております。ですが家族や友人には何の罪もございません。ですからどうか、どうか無礼討ちは私一人のみに!」
そこでユキさんはとうとう
「アヤカ様、笑っては失礼ですよ」
「何を申すか。そちも笑っておるではないか」
「あ……あの……」
俺は恐る恐る顔を上げて二人の様子を窺った。あれ、この少女、どこかで見た覚えがあるぞ。
「そなた、ヒコザとか申したの。
ちょっと待って、今思い出すから。ここは絶対に知らないって言ったらダメな気がする。えっと誰だっけ。さっきユキさんは少女のことをアヤカ様と呼んでいたが。あれ、待てよ、男爵令嬢のユキさんが様付けで呼ぶアヤカ様って……でもって妾ってもしや!
俺は開いた口が塞がらないばかりか、二人の前でこれでもかというほどのバカ面をさらしていた。
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